正誤表

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『力の論理を超えて』所収記事 訂正分
  • 2000年9月号「世界銀行、半世紀の曲折」
    註(4)「ブリアン・ガルト」を
    「ブライアント・ガース」に訂正(2005年6月28日)

[2016年 訂正分]
  • 2016年5月号「トービン税を待ちながら」
    後ろから三段落目と後ろから四段落目
    「モスコヴィッチ」を
    「モスコヴィシ」に訂正(2016年9月16日)

  • 2015年9月号「辺野古新基地は安倍首相の躓きの石か」
    後ろから四段落目
    [元]「辺野古基地建設について最初の契約(総工費4億60000万ドル)は成立していた。」
    [正]「辺野古基地建設について最初の契約(総工費4億6000万ドル)は成立していた。」に訂正(2016年8日1日)

  • 2016年1月号「フランス社会を絡めとる国民戦線」
    後ろから二段落目
    [元]「オランドは大統領の二度の任期目で、権力を維持するため、新自由主義ドクトリンからはずれた経済政策を放棄し、さまざまな政策を選んだ。」
    [正]「ミッテランは大統領の二度の任期目で、権力を維持するため、新自由主義ドクトリンからはずれた経済政策を放棄し、さまざまな政策を選んだ。」に訂正(2016年7日8日)

  • 2016年1月号「ブリュッセルが再点火する金融界の導火線」
    本文第三段落「内輪の投資」を
    「私募投資」に三カ所とも訂正(2016年7月8日)

[2014年 訂正分]
  • 2014年5月号「左翼の武器、普遍主義」
    中見出し最後「人間に共通の願い」の段落途中
    [元]「労働者は、労働力を所有するやいなや、この労働力を(そしてそれだけを)売り始める」
    [正]「労働者は、労働力を所有するやいなや(そしてそのほかには労働者はなにも所有していないのだ)、この労働力を売り始める」に訂正(2014年7日1日)

  • 2004年7月号「男性が振るう暴力」
    「周知の意実」を
    「周知の事実」に訂正(2014年6月6日)

[2011年 訂正分]
  • 2010年12月号「新たな同盟関係:ラテンアメリカとイラン」
    最後から三番目の段落中の註番号「3」を
    「13」に訂正(2010年1月18日)

  • 2011年1月号「東欧の極右」
    註(1)内「ユーゴスラヴァア」を
    「ユーゴスラヴィア」に訂正(2011年1月25日)

[2010年 訂正分]
  • 2010年11月号「『仕事』の後は『墓場』に直行はごめんだ!」
    第五段落「役不足」を
    「力量不足」に修正(2010年12月12日)

  • 2010年10月号「学校は学びの場であり、学びの場は学校にある」
    註(3)の雑誌名を
    訂正(2010年11月19日)

  • 2004年11月号「開発の自文化中心主義に抗して」
    小見出し「南がとるべき道」直前の段落「開発なき成長」を
    「成長なき開発」に訂正(2010年7月5日)

  • 2010年6月号「銀行の政府か、人民の政府か?」
    註(2) 二つ目の記事原題を
    修正(2010年7月5日)

  • 2010年5月号「広東のアフリカ商人たち」
    註(8) 年号重複を
    修正(2010年6月1日)

  • 2010年5月号「キルギスで起きた第二の革命」
    第一段落「旧ソ連圏」を
    「中央アジア」に修正(2010年6月1日)

  • 2010年3月号「インド組み換えナス論争は氷山の一角」
    註(8), (9), (10) 中のスペルを
    修正(2010年4月13日)

  • 2010年3月号「知的所有権をめぐる秘密の条約交渉」
    小見出し「北側諸国の戦略」直後の段落「国境やネット上での厳しく」を
    「国境やネット上で厳しく」に修正(2010年4月13日)

  • 2010年3月号「インド組み換えナス論争は氷山の一角」
    註(8), (9), (10) 中のスペルを
    修正(2010年4月13日)

  • 2010年1月号「ブラジル外交の新たな展開」
    下から四段落目「いらだたった」を
    「いらだった」に修正(2010年2月3日)

  • 2009年10月号「デンマーク福祉国家の動揺」
    註(6)に
    文献著者名を追加(2010年1月5日)

  • 2009年12月号「遠隔操作される死の飛行機」
    小見出し「『治安』分野への使用拡大」から二つ目の段落「自立性」を
    「自律性」に訂正(2010年1月4日)

  • 2009年8月号「経済成長からの脱皮を思考する人々」
    小見出し「左派諸政党のスタンス」から六つ目の段落「持続可能党」を
    「持続可能発展党」に訂正(2010年1月4日)

[2009年 訂正分]
  • 2009年11月号「シャルル・ドゴール空港の裏舞台」
    小見出し「安全対策も下請け」の直前の段落「そろそろハブ問題に決着をつけるべきだ」を
    「ハブの決め手は時間だ」に訂正(2009年11月28日)

  • 2009年11月号「シャルル・ドゴール空港の裏舞台」
    小見出し「安全対策も下請け」から5段落目「多くの「不明点」がある」を
    「多くの「問題点」がある」に訂正(2009年11月28日)

  • 2009年11月号「シャルル・ドゴール空港の裏舞台」
    8段落目「年間旅客数は上限25万人」を
    「年間便数は上限25万便」に訂正(2009年11月23日)

  • 2009年10月号「イエメンの危機的状況」
    小見出し「暴力集団の伸長を助長」直前の段落「不安定化させる恐れのあることをを浮き彫りに」を
    「不安定化させる恐れのあることを浮き彫りに」に訂正(2009年11月2日)

  • 2009年9月号「ユネスコ松浦改革を問う」
    後ろから二段落目冒頭の字下げを
    訂正(2009年10月2日)

  • 2009年9月号「ユネスコ松浦改革を問う」
    註(11)の書式を
    訂正(2009年10月2日)

  • 2009年9月号「シリーズ経済危機:ラトヴィア東部を歩く」
    小見出し「息子は英国、娘はノルウェー」の二つ前の段落「学校を守るために。中央省庁に」を
    「学校を守るために、中央省庁に」に訂正(2009年10月2日)

  • 2009年9月号「シリーズ経済危機:ラトヴィア東部を歩く」
    本文テキスト中の余計なスペースを
    削除(2009年10月2日)

  • 2009年9月号「シリーズ経済危機:ラトヴィア東部を歩く」
    註(5)の書式を
    訂正(2009年10月2日)

  • 2009年9月号「パラダイム転換のさなかのインド対外戦略」
    註(6)、(13)、(17)の書式を
    訂正(2009年10月2日)

  • 2009年8月号「経済成長からの脱皮を思考する人々」
    小見出し「雑誌の売れ行き」から四つ目の段落「ニコラス・ジョージェスク=レーゲン」を
    「ニコラス・ジョージェスク=レーゲン」に訂正(2009年9月4日)

  • 2009年8月号「経済成長からの脱皮を思考する人々」
    註(2)の文字化けを
    訂正(2009年9月4日)

  • 2009年7月号「2つの正統性をめぐるイランの抗争」
    註(1)のスペリングを
    訂正(2009年8月2日)

  • 2009年6月号「対イラク戦争後のイラン経済」
    小見出し「自動車メーカーの躍進」直後の段落「ではない主張する同機構」を
    「ではないと主張する同機構」に訂正(2009年7月1日)

  • 2009年5月号「翻訳とは読むこと(逆も真なり)」
    小見出し「読者の際限のない仕事」から三つ目の段落「反復や変異は相称を」を
    「反復や変異や相称を」に訂正(2009年6月4日)

  • 2009年5月号「翻訳とは読むこと(逆も真なり)」
    註(7)の書式を
    訂正(2009年6月1日)

  • 2009年5月号「革命を讃える」
    第一段落「フランセス・フクヤマ」を
    「フランシス・フクヤマ」に訂正(2009年6月1日)

  • 2009年5月号「革命を讃える」
    リード文中の「悪魔払い」を
    「悪魔祓い」に訂正(2009年5月25日)

  • 2009年4月号「アフリカの帝王ヴァンサン・ボロレ」
    著作権表示を
    訂正(2009年4月29日)

  • 2009年4月号「NATO復帰というサルコジの選択」
    著作権表示を
    訂正(2009年4月29日)

  • 2004年4月号「旧ユーゴ諸国に躍る民族主義の影」
    筆者名欧文表記「Jean-Arnaud Derens」を
    「Jean-Arnault Derens」に訂正(2009年4月14日)

  • 2009年3月号「グーグル・ブック検索は啓蒙の夢の実現か?」
    小見出し「合意書の解読」の二つ前の段落「〜2005年9月と10月、「巨額の逸失利益〜」中のカギカッコを
    削除(2009年4月4日)

  • 2003年9月号「エジプトでもてはやされる今風のイスラム」
    二人目の筆者の名前「アニ」を
    「エニ」に訂正(2009年1月10日)

  • 2007年5月号「貧しい国々は被験者の宝庫」
    著者名のスペルを
    訂正(2009年1月8日)

  • 1996年6月号「植民地化を受けた者の文学上の故国 - 何語で書くべきか?」
    小見出し「独立後も未解決」直後の段落「何かにつけて口をはさもうとする」を
    「用心して厳しく当たる」、
    同三つ目の段落「いつからそうなのか」を
    「以後はどうなったのか」に訂正、
    小見出し「芸術家かつ市民」直前の段落「文化の回復を欠いた」の前に
    「国の草創期には、」を挿入、
    同三つ目の段落を大幅に改定、
    最終段落「問題を通じて」を
    「問題を超えて」に訂正(2009年1月7日)

  • 2008年9月号「人道支援と現地社会の溝、コンゴの場合」
    註(7)および(8) 書名に関する記述を
    訂正(2009年1月5日)

  • 2007年5月号「貧しい国々は被験者の宝庫」
    小見出し「インフォームド・コンセントの欠如」から五つ目の段落「後でなければならないする条項」を
    「後でなければならないとする条項」に訂正、
    また直後のカギ括弧の種類を
    訂正(2009年1月4日)

  • 2006年7月号「素顔のリビアを探して」
    小見出し「女性たちの立場」から四つ目の段落「家禽の飼育」を
    「家畜の取引」に訂正(2009年1月3日)

  • 2006年4月号「マリの綿農家たちの結論は『ノン』」
    註(3)「リスクも考慮つつ」を
    「リスクも考慮しつつ」に訂正(2009年1月3日)

  • 2003年9月号「エジプトでもてはやされる今風のイスラム」
    小見出し「ヨガ、自然食、足裏マッサージ」から二つ目の段落「詩情へいったもの」を
    「詩情といったもの」に訂正(2009年1月2日)

  • 2003年9月号「南アフリカの土地なき農民たち」
    最終段落「黒人の「後見」になって」を
    「黒人の『後見』になって」に訂正(2009年1月2日)

[2008年 訂正分]
  • 2007年2月号「ダカール・ニジェール特急を守れ!」
    後ろから三段落目「ヨーロッパで聞かれるような」の前のカギ括弧の種類を
    訂正(2008年12月2日)

  • 2008年5月号「アルジェリア独立後の残留フランス人たち」
    註(8) 「内部粛正」を
    「内部粛清」に訂正(2008年10月8日)

  • 2008年7月号「契約見直しに乗り出すアフリカ資源国」
    註(5) 文献の日付の書式を修正(2008年10月8日)

  • 2004年10月号「宙吊りのままのアブハジア情勢」
    小見出し「緊張の高まり」の二つ前の段落「アオセチア」を
    「オセチア」に訂正(2008年8月28日)

  • 2003年10月号「宙吊りのままのアブハジア情勢」
    随所「アブハジア人」を
    「アブハズ人」に訂正(2008年8月28日)

  • 2001年3月号「アルメニアはアゼルバイジャンとの紛争を解決できるか」
    随所「サスキシャン」を
    「サルキシャン」に、
    「セルジュ・サスキシャン」を
    「セルジ・サルキシャン」に訂正(2008年3月28日)

[2007年 訂正分]
  • 2005年6月号「新薬のモルモットにされるアフリカの人々」
    小見出し「インフォームド・コンセントの欠如」から三つ目の段落「専門情報誌センターウォッチでも〜」の部分に
    同誌からフランス編集部への申し入れについて註の形で記載(2007年7月22日)

  • 2005年6月号「新薬のモルモットにされるアフリカの人々」
    小見出し「倫理原則の回避」直後の段落「製薬会社が試験の場を次々とアフリカ大陸に移す」を
    「製薬会社が臨床試験を次々とアフリカ大陸にアウトソーシングする」に変更(2007年5月27日)

[2006年 訂正分]
  • 2006年10月号「権利たる性質を骨抜きにされた最低所得保障」
    第三段落「RMIとほぼ同額の補助金をいつまでも受給できることになる」を
    「RMIとほぼ同額の補助金を長期にわたって受給できることになる」に訂正、
    原註(3)に
    「新法は、〜」以下を追記(2006年12月12日)

  • 2006年11月号「世界に広がるル・モンド・ディプロマティーク」
    後ろから六段落目「世界規模の出版帝国ではないかなどどは」を
    「世界規模の出版帝国ではないかなどとは」に訂正(2006年12月4日)

  • 2006年11月号「北朝鮮の核実験を中国から見ると」
    著者名が消えていたのを
    修正(2006年11月29日)

  • 2006年8月号「インターネットの激安労働者」
    小見出し「究極のアウトソーシング」直前の段落「コストを従来の半額に」を
    「料金を従来の半額に」に、
    「1分あたり42セント」を
    「テープ1分あたり42セント」に訂正(2006年9月4日)

  • 2006年4月号「日本の新たな軍事的野心」
    第四段落「普天間の空軍基地」を
    「普天間飛行場」に訂正(2006年5月8日)

[2005年 訂正分]
  • 2005年11月号「60年を経た核不拡散体制の虚実」
    随所三カ所「NTP」を
    「NPT」に修正(2005年11月25日)

  • 1998年6月号「大国インドの行方をにぎる民族主義政権」
    第四段落「anci-incumbancy reflex」を
    「anti-incumbancy reflex」に訂正(2005年10月25日)

  • 1998年11月号「モーリタニア奴隷制の後遺症」
    註(10)「註12参照」を
    「註14参照」に訂正(2005年10月7日)

  • 2000年10月号「アボリジニの夢はいずこ」
    第一段落「力づくの同化」を
    「力ずくの同化」に訂正(2005年10月7日)

  • 2003年6月号「保護主義と自由貿易をめぐる歴史的考察」
    小見出し「WTOの二つの道」直前の段落のタグごみを除去(2005年10月2日)

  • 2003年9月号「南アフリカの土地なき農民たち」
    小見出し「20世紀最大の所有権剥奪の歴史」から三つ目の段落
    末尾に句点を追加(2005年10月2日)

  • 1996年11月号「日本によるひそかな『植民地化』 - 日常の中の東洋的記号」
    小見出し「経営方式からゲームまで」から三つ目の段落「Z理論」を
    「セオリーZ」に、
    註(5)「William Ouchi, "Theory Z: How American Business can meet Japanese Challenge" (Reading, Addison-Wesley, 1981年)」を
    「ウィリアム・G・オオウチ『セオリーZ』(徳山二郎監訳、CBS・ソニー出版、1981年)」に訂正(2005年9月5日)

  • 1996年11月号「日本によるひそかな『植民地化』 - 日常の中の東洋的記号」
    小見出し「日本人の目のつけどころ」の直前の段落
    「アップルの元経営者のジョン・スカリー」の前で改段落(2005年9月5日)

  • 1996年11月号「日本によるひそかな『植民地化』 - 日常の中の東洋的記号」
    註(4)「マーシャル・サーリンズ『実用的合理性と文化的合理性』(1976年)」を
    「マーシャル・サーリンズ『人類学と文化記号論』(山内昶訳、法政大学出版局、1987年)」に、
    註(7)「ジョン・スカリー(およびジョン・A・バーン)『ペプシからアップルまで‥‥』(パリ、ガリマール社、1988年)」を
    「ジョン・スカリー、ジョン・A・バーン『スカリー:世界を動かす経営哲学』(会津泉訳、早川書房、1988年)。訳文は仏訳による。」に訂正(2005年9月5日)

  • 1996年8月号「もし日本が破産したら - 『土建国家』と税金問題」
    第四段落「経済条件接近指標」を
    「収斂基準」に、
    「同様の指標」を
    「同じ基準」に訂正(2005年9月5日)

  • 1996年8月号「もし日本が破産したら - 『土建国家』と税金問題」
    註(1)中「『週間金曜日』3月22日号」を
    「『週刊金曜日』2月16日号および3月22日号」に訂正(2005年9月5日)

  • 2004年11月号「オーストラリアに横取りされる東ティモールの石油資源」
    第六段落のタグごみを削除(2005年9月4日)

  • 2004年11月号「オーストラリアに横取りされる東ティモールの石油資源」
    最終段落「できなく以上」を
    「できない以上」に訂正(2005年9月4日)

  • 2005年8月号「自らの戦争犯罪に直面する日本」
    第七段落「戦後の多くの在日朝鮮人はこのときに連行された人々である。かれらは」を著者の指示により
    「植民地支配による収奪の結果、日本に渡航し、戦後も日本に残った朝鮮人は」に訂正(2005年8月31日)

  • 2005年7月号「韓国の危惧」
    後ろから二番目の段落「金正日(キム・ジョンイル)主席」を
    「金正日(キム・ジョンイル)総書記」に訂正(2005年8月15日)

  • 2005年7月号「韓国の危惧」
    第一段落「アメリカとの緊張関係のせいで、北朝鮮問題は悪化する一方だ」を
    「北朝鮮問題をめぐって、アメリカとの緊張は悪化する一方だ」に訂正(2005年7月27日)

  • 2005年5月号「欧州構想をめぐる左翼の迷走」
    註(6)参照文献の発行年「2005年」を
    「2004年」に訂正(2005年6月10日)

  • 2005年3月号「オランダ統合モデルの試練」
    最終段落の註番号(9)を
    (10)に訂正(2005年4月2日)

  • 2005年3月号「ブッシュとドルと双子の赤字」
    小見出し「奇妙な循環」から四つ目の段落の末尾に
    句点を追加(2005年3月29日)

  • 2004年5月号「ペルー先住民が強制された不妊手術の実態」
    筆者名の欧文表記を追加(2005年1月30日)

[2004年 訂正分]
  • 2004年11月号「オーストラリアに横取りされる東ティモールの石油資源」
    リード文の文責
    「フランス語版編集部」を追加(2004年11月24日)

  • 2004年6月号「欲望、文化産業、個人」
    一つ目の小見出し、および、そこから九段落目「欲動的」を
    「リビドー的」に訂正(2004年7月1日)

  • 2004年6月号「欲望、文化産業、個人」
    同上段落、小見出し「特異性の問題」の三つ前の段落、および直後の段落「一次ナルシシズム」を
    「本源的ナルシシズム」に訂正(2004年7月1日)

  • 2003年1月号「フランス出版界を襲った異変」
    リード文
    の重複を是正(2004年5月31日)

  • 2004年4月号「アメリカの大中東構想とは」
    リード文「フランス語編集部」を
    「フランス語版編集部」に訂正(2004年4月25日)

  • 2004年4月号「ドイツは戦争の苦難を語り得るか」
    リード文「フランス語編集部」を
    「フランス語版編集部」に訂正(2004年4月25日)

  • 2004年4月号「アメリカの大中東構想とは」
    筆者名欧文表記「Achkar」を
    「Achcar」に訂正(2004年4月25日)

  • 2003年10月号「イランの脅威、イランへの脅威」下から六つ目の段落
    「『革命防衛隊』のに引き渡されて」を
    「『革命防衛隊』に引き渡されて」に訂正(2004年2月23日)

  • 2004年1月号「欧州カトリック勢力のロビー工作」リード文
    「[フランス語版編集部]」ヌケを追加(2004年1月25日)

  • 1998年8月号(有料メール版)「マルクーゼ再読の勧め」
    筆者名欧文表記「Gille Chatelet」を
    「Gilles Chatelet」に訂正(2004年1月25日)

[2003年 訂正分]
  • 1999年2月号(有料メール版)「西の見方、東の見方 - EU拡大の問題点」小見出し「候補国に突きつけられた課題」から三つ目の段落
    「サンクト・ペテルスブルグ」を
    「サンクトペテルブルク」に訂正(2003年11月26日)

  • 1999年6月号(有料メール版)「ロシアに吹き荒れるバルカンの嵐」六段落目
    「サンクトペテルスブルグ」を
    「サンクトペテルブルク」に訂正(2003年11月26日)

  • 2000年9月号「追い詰められたロシア軍の牙」註(2)
    「サンクト・ペテルスブルク」を
    「サンクトペテルブルク」に訂正(2003年11月26日)

  • 2002年10月号「王制をめぐるベルギー世論」一段落目
    「ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)」を
    「BP(旧ブリティッシュ・ペトロリアム)」に訂正(2003年11月26日)

  • 2003年4月号「『石油のための戦争』はどこまでほんとうか」小見出し「数字の示す冷厳な現実」から二つ目の段落
    「ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)」を
    「BP(旧ブリティッシュ・ペトロリアム)」に訂正(2003年11月26日)

  • 1998年11月号(有料メール版)「EU共通農業政策の改革案を斬る」小見出し「生産性より持続性」から三つ目の段落
    「『補助性の原則』」(二カ所)を
    「『補完性の原則』」に訂正(2003年11月26日)

  • 1999年4月号(有料メール版)「コップの中で吹いたEUの嵐」小見出し「ヨーロッパ人の意識改革」の直前の段落
    「補助性の原則」を
    「補完性の原則」に訂正(2003年11月26日)

  • 1998年4月号「スコットランドの静かな革命」小見出し「現状維持への反対」から三つ目の段落
    「上部機関(ここでは国)の権限は補助的なものとする『補助性の原則』」を
    「上部機関(ここでは国)の権限は補完的なものとする『補完性の原則』」に訂正(2003年11月26日)

  • 1999年11月号「ハンガリーのジプシーが目にする法と現実」五段落目
    「ロムの議員」を
    「ロマの議員」に訂正(2003年9月1日)

  • 1998年11月号(有料メール版)「EU共通農業政策の改革案を斬る」四段落目
    「農業指導法案」を
    「農業基本法案」に訂正(2003年9月1日)

  • 2003年5月号「バスク地方を支配する二重の暴力」筆者情報部分
    の形式の乱れを修正(2003年7月27日)

  • 2001年11月号「飢餓問題をめぐる国連機関の分裂」筆者名の欧文表記
    「Jigler」を
    「Ziegler」に訂正(2003年7月27日)

  • 1998年11月号「戦略としての飢餓」筆者名のカタカナ表記
    「イグナチオ」を
    「イニャシオ」に訂正(2003年7月27日)

  • 1998年11月号(有料メール版)「ロシアという重量級国家」筆者名のカタカナ表記
    「モッシュ・ルーウィン」を
    「モーシェ・レヴィン」に訂正(2003年7月27日)

  • 1998年8月号(有料メール版)「フリーダ・カーロ、あるいは皮膚感覚の絵画」筆者名のカタカナ表記
    「バーガー」を
    「バージャー」に訂正(2003年7月27日)

  • 1998年8月号(有料メール版)「ワールドカップのフィールドワーク」筆者名のカタカナ表記
    「マーク」を
    「マルク」に訂正(2003年7月27日)

  • 1997年1月「『アメリカの経済パフォーマンス』の正しい読み方」筆者名のカタカナ表記
    「ハリミ」を
    「アリミ」に訂正(2003年7月27日)

  • 1996年12月「忘れられた東ティモール闘争 - 今でも続く軍事占領」筆者名のカタカナ表記
    「ピエル」を
    「ピエール」に訂正(2003年7月27日)

  • 1996年8月「世界が目をみはるマリの村 - 模範的な成功例」筆者名のカタカナ表記
    「クープシュウ」を
    「クープシュー」に訂正(2003年7月27日)

  • 1996年7月「チュニジアの鉄腕政治」筆者名のカタカナ表記
    「イグナチオ」を
    「イニャシオ」に訂正(2003年7月27日)

  • 2002年8月号「今日のフランスでユダヤ人であること」後ろから二つ目の段落
    「ユダヤ人してのアイデンティティ」を
    「ユダヤ人としてのアイデンティティ」に訂正(2003年6月12日)

  • 2002年11月号「早春のバルカン半島北西部を行く」小見出し「夢を見る人々」から十番目の段落の
    「ズパーニャ」を
    「ジューパニャ」に、
    随所「バニャ・ルカ」を
    「バニャ・ルーカ」に、
    小見出し「変わりゆくサラエヴォ」から三つ目の段落の
    「オスロボジェニエ」を
    「オスロボジェーニェ」に、
    訳註(2)「西欧に住むウクライナ語族のこと。」を
    「ウクライナ人のうち、オーストリア・ハンガリー帝国時代に移住したものの子孫で、東方典礼カトリックのグループのこと。」に訂正(2003年6月2日)

  • 1998年8月号「消費する『自由』のある世界」小見出し「情報社会の垂直統合」の三つ前の段落の冒頭に
    一文ヌケを補足(2003年6月2日)

  • 2000年8月号「『第三世界とは何もの』であったか」第四段落
    「懐古的な観点」を
    「回顧的な観点」に訂正(2003年6月2日)

  • 2002年4月号「天安門で挫折した中国の社会運動」小見出し「新自由主義勢力の要求」から三つ目の段落の第一文の後に
    一文ヌケを補足

  • 2002年3月号「きれいな戦争という汚い嘘」 小見出し「問題の本質」直前の段落の
    「人道問題調整部」を
    「人道問題調整事務所」に訂正(2003年5月17日)

  • 2002年5月号「パレスチナ、領土の廃絶」三段落目
    「破壊的熱狂に捉えられ」を
    「破壊的熱狂に捕らえられ」に訂正(2003年5月17日)

  • 1998年9月号(有料メール版)「アメリカの聖戦、イスラムの聖戦」三段落目
    「化学兵器の生産に使われていたされる点」を
    「化学兵器の生産に使われていたとされる点」に訂正(2003年5月17日)

  • 2001年2月号「教育的に正しいアルジェリア戦争」筆者名のカタカナ表記
    「マシーノ」を
    「マスキノ」に訂正(2003年5月3日)

  • 2001年6月号「それでも街の本屋は生き残る」筆者名のカタカナ表記
    「マシーノ」を
    「マスキノ」に訂正(2003年5月3日)

  • 2003年4月号「『石油のための戦争』はどこまでほんとうか」
    筆者名の姓のヌケを補足(2003年4月25日)

  • 2000年8月号「『第三世界とは何もの』であったか」第六段落
    「シェイエスの有名な一説」を
    「シェイエスの有名な一節」に訂正(2003年4月13日)

  • 2002年1月号「フランスの移民統合モデルは有効か」 小見出し「『外国人』の導入」から二つ目の段落
    「プロレアタリア化」を
    「プロレタリア化」に訂正(2003年4月13日)

  • 2000年9月号「世界銀行、半世紀の曲折」
    註(1)「ユージン・ロットベルク」を
    「ユージン・ロットバーグ」に、
    註(6)「ほぼ準公式史料」を
    「準公式史料」に訂正(2003年4月6日)

  • 2001年3月号「『低強度紛争』の地政学」
    小見出し「危機の構造」から三つ目の段落の>「アフリカのサハラ諸国」を
    「アフリカのサヘル諸国」に、
    同じ小見出しから七つ目の段落の
    「サハラ全域」を
    「サヘル全域」に、
    小見出し「『リスク外交』に傾く主要国」から六つ目の段落の
    「韓国、アンゴラ、キューバ、ニカラグア、モザンビークなどの国々」を
    「朝鮮半島、アンゴラ、キューバ、ニカラグア、モザンビークなど」に、
    小見出し「パンドラの箱」直後の段落の
    「韓国」を
    「朝鮮半島」に(二カ所)、
    同じ小見出しから三つ目の段落の
    「サハラのトゥアレグ危機」を
    「サヘルのトゥアレグ危機」に訂正(2003年4月6日)

  • 2002年3月号「きれいな戦争という汚い嘘」小見出し「アフガニスタンの放射線」から四つ目の段落の
    「多国籍軍が化学兵器を使用としたと見て」を
    「多国籍軍が化学兵器を使用したと見て」に訂正(2003年4月6日)

  • 2002年2月号「テロリズムの定義という危険な試み」
    小見出し「類推解釈の危険」直後の段落の後に一段落ヌケを補足(2003年4月5日)

  • 2002年5月号「ファシズムからナショナル・ポピュリズムへ」第五段落
    「ジョヴァンニ・アレマーノ」を
    「ジョヴァンニ・アレマンノ」に訂正(2003年4月5日)

  • 1999年6月号(有料メール版)「諸国民の歴史」最終段落
    「経済政策の遅れ」を
    「経済に対する政治の遅れ」に訂正(2003年4月5日)

  • 2002年8月号「今日のフランスでユダヤ人であること」小見出し「文化という四つ目の柱」直前の段落
    「偉大なユダヤ人作家」を
    「ユダヤ系の著名文筆家たち」に訂正(2003年4月5日)

  • 1998年8月号「消費する『自由』のある世界」第六段落
    「世界各地の市場の価値感」を
    「世界各地の市場の価値観」に訂正(2003年4月4日)

  • 2002年8月号「今日のフランスでユダヤ人であること」小見出し「文化という四つ目の柱」から二つ前の段落
    「弁護士は次にように語った」を
    「弁護士は次のように語った」に訂正(2003年4月4日)

  • 2000年1月号「医薬品の国際アパルトヘイトを許してはならない」小見出し「特許と公衆衛生」から二つ前の段落の
    「米国製薬研究製造者連合(PhRMA)」を
    「米国研究製薬工業協会(PhRMA)」に訂正(2003年4月4日)

  • 1999年6月号「新たなる世界秩序」小見出し「戦争の遂行方法」から二つ前の段落の
    「アメリカのどこかの国」を
    「アメリカのどこかの州」に訂正(2003年4月3日)

  • 2001年3月号「『低強度紛争』の地政学」小見出し「パンドラの箱」直前および直後の段落の
    「アメリカ」を
    「米国」に訂正(2003年4月3日)

  • 2002年5月号「ファシズムからナショナル・ポピュリズムへ」後ろから三段落目
    「彼らを支持者する労働者の利益」を
    「彼らを支持する労働者の利益」に訂正(2003年4月3日)

  • 2003年1月号「フセイン後を思い描く二つの勢力」後ろから二段落目
    「国際社会に受け入れらてもらわなければならない」を
    「国際社会に受け入れてもらわなければならない」に訂正(2003年4月2日)

  • 2002年9月号「『持続可能』な『開発』に異議あり」筆者名の原語表記
    「Aminata D. Toraore」を
    「Aminata D. Traore」に訂正(2003年4月1日)

  • 1998年7月号(有料メール版)「コロンビアにも希望の光が」後ろから六段落目
    「コロンビア自衛組織連合」を
    「コロンビア自警軍連合」に訂正(2003年3月31日)

  • 1999年4月号(有料メール版)「国家崩壊地帯−統治不能のカオス状体」註11
    「歴史の終り」を
    「歴史の終わり」に訂正(2003年3月31日)

  • 2002年2月号「ある固定相場制の破綻」後ろから五段落目
    「ヴィト・タンジ」を
    「ヴィト・タンツィ」に訂正(2003年3月31日)

  • 2002年2月号「テロリズムの定義という危険な試み」後ろから二段落目
    「見なすとことになる」を
    「見なすことになる」に訂正(2003年3月31日)

  • 2000年10月号「教育に忍びよる五つの危険」後ろから四段落目および脚注(11)
    「オクスファム」を
    「オックスファム」に訂正(2003年2月12日)

[2002年 訂正分]
  • 2002年10月号「フセイン体制の基盤はどこにあるか」七段落目
    「アブドゥルサラーム・アーリフ将軍の体制(1963-68年)」を
    「アブドゥルサラーム・アーリフ将軍の体制(1963-67年)」に訂正(2002年12月2日)

  • 1998年11月号「戦略としての飢餓」最終段落
    「大飢饉が起きていない」を
    「大飢饉が起きていないということだ」に訂正(2002年11月16日)

  • 2000年8月号「『第三世界とは何もの』であったか」一つ目の小見出しの二つ前の段落
    「ベトナム」を
    「ヴェトナム」に訂正(2002年11月16日)

  • 2002年1月号「フランスの移民統合モデルは有効か」後ろから五段落目
    「直接的に」の後のタグのゴミを削除(2002年11月15日)

  • 1999年9月号「戦争犠牲者を差別する人道の論理」二段落目の
    「紛争当時者」を
    「紛争当事者」に訂正(2002年11月15日)

  • 2001年11月号「イスラム政治運動の多様な展開」四段落目の
    「マルクス主義的の流れ」を
    「マルクス主義の流れ」に訂正(2002年11月15日)

  • 1998年10月号「国なきスンニ過激派の群像」最初の小見出しから三段落目の
    「ヘクトメチヤール」を
    「ヘクマチヤール」に訂正(2002年11月15日)

  • 2002年4月号「天安門で挫折した中国の社会運動」筆者名の漢字表記
    「王 暉」を
    「汪 暉」に訂正(2002年11月15日)

  • 2002年10月号「主従関係」筆者の名のカタカナ表記
    「イグナチオ」を
    「イニャシオ」に訂正(2002年11月15日)

  • 2002年9月号「危険きわまりない米国の新戦略概念」後ろから四段落目
    「現下の」を
    「急迫の」に訂正(2002年10月27日)

  • 2000年10月号「イラン石油国有化後のCIAの策謀」本文中、
    註番号(3)のリンクずれを訂正(2002年7月26日)

[2001年 訂正分]
  • 2001年12月号「ペンテコステ派という繁栄の神学」五段落目の
    「福音書の使徒行伝」を
    「新約聖書の使徒行伝」に訂正(2001年12月30日)

  • 2001年11月号「モスクワはなぜ対テロ同盟に加わったか」後ろから六段落目の
    「キルギスタン」を
    「キルギス」に訂正(2001年12月24日)

  • 2001年8月号「脳工学に挑む日本のカミカゼ神経科学者たち」二段落目
    「ジェローム・モノー」を
    「ジャック・モノー」に訂正(2001年9月23日)

[2000年 訂正分]
  • 2000年6月号「エーゲ海の慎重なデタント」本文中、
    「スラーキ」を
    「トラキア」に訂正(2000年12月6日)

  • 2000年6月号「グローバル公共財という考え方」冒頭の書名について、
    邦訳書名「『地球公共財』、日本経済新聞社、1999年」を追加(2000年12月6日)

  • 2000年11月号「アラファトの誤算」最後から二段落目の
    「ソロモン宮殿」を
    「ソロモン神殿」に訂正(2000年12月6日)

  • 1998年11月号(有料メール版)「裸の本の王様はいま」最初の小見出しから三段落目の
    「1820万部」「1540万部」をそれぞれ
    「1億8200万部」「1億5400万部」に、
    最初の小見出しから五段落目の
    「150万台」を
    「1500万台」に訂正(2000年12月6日)

  • 2000年3月号「ヨーロッパ極右の昨日、今日、そして明日」二つ目の小見出しの直前の段落の
    「イタリア社会運動・フランマ・トリコローレ」を
    「イタリア社会運動・フィアンマ・トリコローレ」に訂正(2000年5月7日)

  • 2000年1月号「ビルマに手を差しのべるタイの危ない賭け」
    四段落目「麻薬(主にアンフェタミン)」を
    「薬物(主にアンフェタミン)」に、
    六段落目「94%の地区が麻薬に汚染され」を
    「94%の地区が薬物に汚染され」に訂正(2000年1月30日)

[1999年 訂正分]
  • 1999年11月号「居住者の街から生活者の街へ」後ろから五段落目
    「『政策決定者』と市民『立案者』を近づけ」を
    「『政策決定者』や『計画立案者』を市民に近づけ」に訂正(1999年8月21日)

  • 1999年6月号(有料メール版)「劣化ウラン弾という名の通常兵器」後ろから三段落目
    「クウェート、ドーハ」を
    「ドーハ(カタール)」に訂正(1999年11月23日)

  • 1999年5月号(有料メール版)「ユーゴスラヴィア『民族純化』の連鎖」「−コソヴォで−」の後ろから三段落目
    「セルビア女性を標的とした『民族レイプ』」を
    「セルビア女性を標的とした『民族レイプ』の鼓舞」に訂正(1999年6月15日)

  • 1999年5月号(有料メール版)「普遍の絶対化と差違の絶対化」三段落目
    「パンダニア」を
    「パダニア」に訂正(1999年6月15日)

[1998年 訂正分]
  • 1998年10月号(有料メール版)「地球から失われゆく生物多様性」後ろから三段落目
    「知られている植物種は175万」を
    「知られている植物種は27万」に訂正(1998年11月24日)

  • 1998年4月号「『連帯経済』こそ第三の道」11段落目
    「年間労働時間が3000時間超から1000時間ほど」を
    「年間労働時間が3000時間超からおよそ1500時間にまで」に訂正(1998年5月)

  • 1998年4月号「アメリカは『処女地』アフリカの征服に向かう」四段落目
    「今回のクリントン大統領のアメリカ歴訪」を
    「今回のクリントン大統領のアフリカ歴訪」に訂正(1998年3月29日)

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