テロとの戦いで奪われるもの

自由と警察


ヴァンサン・シゼール(Vincent Sizaire)

ナンテール大学准教授、
著作に Être en sûreté. Comprendre ses droits pour être mieux protégé
La Dispute, Paris, 2020 がある。


訳:内藤朝樹


 昨年、イスラム教の指導者・ムハンマドの風刺画を授業で扱った中学校の教師が10代のイスラム教徒の青年に殺害された。この事件などを契機としてフランスでは「テロとの戦い」のためとしてイスラム教徒の自由を制限する法律が強化されようとしている。さらにウイルスとの戦いも加わり、公衆衛生を守る名目で警察の権限も拡大。結果として広く社会全体の市民の自由が制限されるおそれが生じている。[日本語版編集部]

(仏語版2020年12月号より)

"reflection"by Zero_666


 過激なイスラム主義に染まった若者たちによる犯行となったコンフラン=サントノリーヌ市とニース市での10月の暗殺事件。これは新たに「テロとの戦い」の名の下、程度の差こそあれ継続的にわたしたちの公的自由[訳注]の制約を求める人々をエスカレートさせる理由となった。それゆえ、法治国家の原理原則を守るべきだという意見の高まりがあっても(1)、テロリストの犯罪行為には警察権をどこまでも広げるのは必要悪だろうという考えに対してはっきりと疑問を投げかける意見はみられない。

 自由を制限するこのような理由づけは民主主義的な観点から懸念されるが、過去に例がない訳ではない。こういった論法は、18世紀末以降の法秩序に影響を与えている権威主義的伝統に基づくものだ(2)。この制限は、「包括治安法」の名のもとに、警察が行使する暴力をまったく問題にすることができないようにするこの法の核心をなすものを理由とする。同様に、新型コロナウイルスによる衛生上の危機に対処するべく2020年2月から政府が実施している例外措置の中にも見てとれる。ほぼ完全にわれわれの移動の自由を奪うこの措置は、われわれの生活と健康を守るために支払う代償に違いないという期待を裏切るものだった。

 しかし、安全と自由を単純化し対立させるこのような論理は完全なる教条主義である。警察権力の行使を抑え制限するという憲法上の要請については、最近では話題にしたがらないだろうが、それは1789年8月26日の人権宣言により認められた啓蒙時代の刑法草案の骨格をなすものだ。だが、この草案は君主制の専制主義に抵抗するだけではなく、独裁的で度を越したアンシャンレジームの役に立たない抑圧的体制への反発のなかで作成されたものだ。共和制の刑罰法規は、法が「非人道的なものになればなるほど効き目がなくなる」という確信のもとに成り立っている(3)

 ますます抑圧的になっていく事態に終止符を打ちたいのであれば、効率的な処罰を止めるのは難しいけれども、法治国家の原則を遵守することこそが、制裁の必須条件の1つであることを考えるタイミングかもしれない。公権力によりなされる自由の剥奪や制限措置が必要最低限におかれ、その措置の目的に沿ったものであるように(とりわけ独立したチェック機構の統制により)注意を向ければ向けるほど、当局が法治国家の原則を守るという実現可能性は高まる。この仮説はまずもっていわゆる「テロ」という犯罪行為に対する戦いの諸々の措置のうちにおいて立証される。1980年代初頭、そして(特別裁判所であった)国家公安法院の廃止以降、事を起こすに至る前にテロを企てる犯罪者集団のリーダーの指示をうけた犯人たちを追跡したり職務質問したりしてテロ計画を未然に防いできたのは、常に独立した予審判事による司法手続きを通じてである(4)。このやり方はおよそ社会の批判を免れないが(とはいえ)、司法制度は少なくとも警察や司法官が具体的、客観的かつ首尾一貫した事由に基づいてかれこれの人物を問題視する裏付けを持っているということを想定している。

 一方で、ここ10年のあいだに顕著になっている行政による対テロ対策という行政措置はとても褒められたものではない。たとえば、「偵察」と呼ばれる、2015年11月から2017年10月の間に宣言された緊急事態の名のもとに発せられた家宅捜索命令は、今では「立入検査」と呼ばれて普通法に位置づけられている(5)。この司法の決定を待たない私権の制限は公権力にとり裁量の拡大を意味するものだった。ひとつには、専ら行政府の命令によって、しかも緊急事態対応だということで裁判所による事前チェックがないまま行われる。もし不服が申し立てられるとしても、それはほとんどレアケースといっていい。もうひとつは、そしてこれこそ問題なのだが、行為が「脅威」だと思われる人物に対しては(6)、具体的なテロ行為の遂行が認められなくともその家宅捜索を行えるというものである。

 緊急事態が解除されて以降、警察当局は、当該人物が「恒常的にテロ活動を助長したり支援したり参加したりする人物や組織に関係していること、あるいはテロ行為の実行を扇動するか、このような行為を擁護するかの主張に賛同したり支持したりする」ことを立証する必要があった(7)。しかし、テロの概念を広義にとらえることは、対象範囲の著しい拡大を認めることとなる(8)。また、もし刑事手続きに関して疑問が生じた場合には、たとえ大なり小なり恣意的にテロとみなされるとしても、具体的な不法行為の証拠の提出がなされる犯罪行為が少なくとも前提とされる。しかし、行政手続きの上では全くそういうことにはならない。

 19世紀初頭より刑事裁判で証拠にもとづく手続きを回避する動きが再び出て来るが(9)、この行政当局の対応はおそらく法治国家原則を批判する人々がたっての願いとして…、制約なき抑圧の典型的なケースになるだろう。けれども、当局の抑圧は一層効果のあるものとなったのだろうか? すなわち、テロリストの犯罪を証明できたり、とりわけテロの計画を特定できたりすることが可能になっただろうか? 抑圧的政策を推し進める当局者たちにはお気の毒だが、これが失敗しているという事実は火を見るよりも明らかだ。例を示せば、緊急事態下に出された家宅捜索のうち、テロ行為をはたらく犯罪者と潜在的なつながりのあるケースは1%以下であった(10)。おまけに、これ以後に命じられた家宅捜索についていえば、家宅捜索165件のうちでこの緊急事態条項を理由として起訴されたのは2人だけだった(11)。いずれにせよ、この2件のいずれにおいても手続きはまったく司法制度を逸脱することなく行われたであろうとは認められるが、司法はテロリストの犯罪に関する家宅捜索に対し同様の権限を当局に付与することになっただろう(12)。行政の「立入検査」により何人かの容疑者に対する情報機関の疑念は払拭されたであろうという主張については(13)、その主張は常軌を逸しているようにみえる。今や情報機関は立入検査をしないでも通話の傍受からネット上のやりとりの監視、そしてアパートでの盗聴にいたるまで、疑いのある人物らを監視するべく実行可能で考えられるあらゆる手段を講じるのだから(14)

 実際には、「自由かつ公正な」当局の抑圧が驚くほどに非効率的なのはいうにおよばず明らかだ。テロリストとみなされうる事実や行為の範囲が極端に拡大されることで、鎮圧部隊があちこちに置かれ拡散し、やがてその部隊が人員不足に陥ることにつながるからだ。さらに悪いことには、警察関係者が追跡しようと努めている行為について正確で厳しい方法で目星をつけなければ、いずれは犯罪の計画を特定する警察組織や裁判官らの職務能力が減退する危険性がある。終わりの見えない深刻なテロの危険性が常に存在することを否定しようとは誰も思っていない。その場合に、テロに関係する人物や犯罪への支持を表明した愚かな人物に対するテロリズム教唆の条項に基づき、ほとんど非公開に近い訴訟手続を反テロを掲げる検察庁が担うのは果たして妥当だろうか?

 これと同レベルの自由の後退はこれまでの私たちの経験になかったけれども、2020年3月23日の法第2020−290条の公衆衛生の緊急事態宣言の実施により、公権力の濫用は偏向的で不合理であることがさらに明らかとなった。公衆衛生危機に対処するためには新しい例外規定を制定する必要はまったくなかったことはすぐに明確にできよう。なぜなら本来、「緊急」というのは政府が行う自由の制限措置に対して、単に「特別な事情」という理由付けをするよりもさらに確固たる、権利保護的な法的根拠をしっかりと付与するものだった。公衆衛生に係るこの法により、当局の介入を以前よりは制約できるが、すべての権力濫用の可能性を予防するにはまるで不十分だ。まずもって、この権力濫用のリスクは「ウイルスの性質と事態の重さに鑑みて人々の健康を危険な状況に陥らせる衛生上の危機(15)」に終止符を打つために決定することができる公衆衛生の緊急事態の発動を可能にするさまざまな基準にある。つまり、「危機」の観念がさらに曖昧なものであって、とくにより主観的になっているのだ。同じように、「危険な状態」という概念はあまりに広範にすぎる。おそらく、およそ感染症というものは我々の健康に害を及ぼすものであり、それが生命の脅威となるか、あるいは少なくとも、多くの国民の身の安全に取返しのつかないほどの悪影響があるといった出来事に限ってのみ、公衆衛生上の非常事態という人々の自由の制限策を実行することが正当化されるのでなければならない。この例外的措置に急転回する際の判断基準の不明瞭さは、1カ月の後に初めて議会がこの公衆衛生非常事態を延長することについて意見を求められただけに、問題がある。また、首相が自由の制限を命じることが出来る事由がいくら網羅的に定められているといっても、その必要性と適合性のチェックが裁判所に付されるのは、検疫と隔離措置だけだ(16)。しかしながら憲法裁判所が判示したように、われわれは新たにそれに従うことになる。特段に厳格なステイホーム指示も、同様に司法のチェックに付すべきだとされた(17)

 この点でもまた、過度な強制によって、いっそう市民が十分納得してこれに従うという効果が薄れてしまうことは明白だ。したがって、行き過ぎ/やり過ぎは、制限措置が支持を失い、そしてその結果、市民による感染予防行動が遵守されなくなる事態を生みかねない。政府はこうした可能性を間接的に認識して、春の外出禁止がはじまったばかりの段階から法の遵守を監視するべく430万回の警察の監視部隊を派遣した(18)。この配備にかかる費用は、特にこの感染症に対し脆弱なひとびとを効率よく保護するのに役立てたはずだったろうに……。

 自由への侵害を厳格に調整して理にかなうよう監視することは民主主義的な必要性からのみではない。われわれの自由を制限してまでも危機に立ち向かおうとする戦いを、効率よく行うための必要不可欠な条件でもあるのだ。


  • (1) Cf. par exemple « Terrorisme, liberté d’expression, laïcité… Au-delà des polémiques et de l’instrumentalisation politicienne, les principes et le droit », Syndicat des avocats de France, Paris, 30 octobre 2020.
  • (2) Lire « Des sans-culottes aux “gilets jaunes”, histoire d’une surenchère répressive », Le Monde diplomatique, avril 2019.
  • (3) Michel Lepeletier de Saint-Fargeau, rapport sur le projet de code pénal, Assemblée constituante, séances des 22 et 23 mai 1791.
  • (4) Art. L.421-2-1 du code pénal.
  • (5) Loi du 30 octobre 2017 renforçant la sécurité intérieure et la lutte contre le terrorisme.
  • (6) Art. 11 de la loi n° 55-385 du 3 avril 1955.
  • (7) Art. L. 228-1 du code de la sécurité intérieure.
  • (8) Lire « Quand parler de “terrorisme” ? », Le Monde diplomatique, août 2016.
  • (9) Cf. Sortir de l’imposture sécuritaire, La Dispute, Paris, 2016.
  • (10) 「4300以上」の家宅捜査中でこの規定に基づく30の訴訟のプロセスが公開された。これは2017年6月22日のテロ対策および治安維持強化の法の影響調査による。一方で88%近くのケースで何ら違反は確認されなかったとみられる。
  • (11) Rapport d’information n° 348 sur le contrôle et le suivi de la loi n° 2017-1510 du 30 octobre 2017, Sénat, Paris, 26 février 2020.
  • (12) Art. 706-89 et suivants du code de procédure pénale.
  • (13) Laurent Borredon, « État d’urgence : “Ne cassez pas la porte, sonnez, je vous ouvre” », Le Monde, 14 décembre 2015.
  • (14) Art. L.851-1 et suivants du code de la sécurité intérieure.
  • (15) Art. L.3131-12 du code de la santé publique.
  • (16) Articles L. 3131-15 et L. 3131-17 du code de la santé publique.
  • (17) Décision n° 2020-800 DC du 11 mai 2020, cons. 43, Conseil constitutionnel, Paris.
  • (18) Rapport de la mission de suivi du projet de loi d’urgence pour faire face à l’épidémie de Covid-19, Sénat, 2 avril 2020.
  • [訳注]公的自由(公の自由)とは法的に承認、規定および保護された人権をさす (中村紘一他『フランス法律用語辞典[第3版]』三省堂、2012年、258頁参照。)

(仏語版2020年12月号より)