社会福祉より経済を優先するフランスの貧困政策

「働きなさい、マダム!」


リュシー・トゥーレット(Lucie Tourette)

ジャーナリスト


訳:清田智代


 フランスでは家族のあり方が多様化し、「ひとり親家族」も当然のように社会で広く認知されている。しかしひとり親が女性の場合、家族の扶養や経済的な自立には困難が伴うことが多い。そんな彼女たちの声を聞くことは、昨今フランス各地で起きている「黄色いベスト運動」をはじめとした反政府運動の背景を理解するひとつの手がかりとなるかもしれない。[日本語版編集部]

(仏語版2021年2月号より)

photo by Kristina Paukshtite

 フランス中央南部のオート・ロワール県のル・ピュイ=アン=ヴレの近くに住んでいるブハ・ベクリさんは、2000年代の終わりに夫と離婚した。彼女は50歳のモロッコ人で夫と一緒に暮らすために渡仏してきたが、ずっと専業主婦だった。彼女は夫から暴力を振るわれ、「夫と別れたことで死を免れた」と彼女の姪のひとりは回想する。いく晩もの眠れない夜を経て、彼女は疲れ果て、年長の子どもたちのところでかくまってもらうようになった。当時10代だった一番年下の娘は、母親と何度もソーシャルワーカーのもとを訪れたことを覚えている。「ソーシャルワーカーは、母に働くようすすめていました。母は関節炎や糖尿病を患っていました。また、フランス語が話せません。それなのに、私たちがソーシャルワーカーの元へ行き、収入が低すぎてひと月を乗り切るのも大変だと訴えると、彼女は母にこう言ったものです。『働きなさい』と」。他の多くのひとり親家庭の母親と同様、ベクリさんは最初の1年間はひとり親を対象とした追加支給額付き積極的連帯手当(RSA)を受給したが、その後追加支給は打ち切られ、通常のRSAに切り替わった。

 ひとり親を対象とした追加支給額付きRSAは、年齢に制限はなく、ひとり親が1人もしくは複数の子どもを育てている場合に支給される。基本的な原則は通常のRSAと同じで、受給者は国が保障している最低額の収入を手にすることができる。この追加支給額は、最年少の子どもが3歳の誕生日を迎えるまで、もしくは離婚した時点での子どもたちの年齢がいずれも3歳以上の場合は1年間支給される。他にも収入源がある場合、その分は手当額から差し引かれる。ひとり親が1人の子どもを持つ場合、最大で966.99ユーロが支給される。2018年末には22万9200もの世帯がこの追加支給額付きRSAを受け取った。このひとり親のうちの96%は女性で、受給者の半分が30歳未満だった。扶養家族を含めた人数でいえば、68万3200人、つまり人口の1%にあたる人たちが追加支給額付きRSAを受給していることになる(1)

 この追加支給額付きRSAは、2008年に1976年創設のひとり親手当(API)に取って代わったものだ。当初、受給者の一部は、変わったのは単に手当の名称だけ、つまり頭文字の略称だけだと思っていた。ル・ピュイ=アン=ヴレに住むファリダ・ブカバさんがその例だ。2007年に、彼女の夫が彼女と3歳と1歳の2人の子どもを残して家を出てしまい、彼女は無一文となった。そしてAPIの受給を開始した。API立案者の1人で当時シモーヌ・ヴェイユ厚生大臣(在任1974年-1979年)[訳注1]の補佐役を務めたベルトラン・フラゴナール氏のことばを借りれば、この手当は「かろうじて暮らしていけるだけの(2)」生活水準を保障するものだ。創設当時には、このAPI最低支給額は、フルタイムで働いた場合の最低賃金(SMIC)の手取り額(3)に相当した。

制度の建て付けと現実

 APIは最高額が900フラン[訳注2]に加え、子ども1人につき300フランが上乗せされていた。そしてAPIもまた、「仕事に就くまでの間」という期間限定で支給されたとフラゴナール氏は語る。この観点からいうと、APIを受給する母親たち(というのは当時の受給対象のほとんどが女性で、その割合は現在と同程度だ)を働かせるべきかどうかは、それほど問題にはならなかった。当時は「母親たちに対し、ただちに働きなさいと言わなくてもよかったのです」。後の社会参入最低所得手当(RMI)[RSAの前身となる制度で1988年に創設]やRSAのように、APIも「経済的自立が見込めること」を受給要件としていたが、これはAPIの受給者が比較的容易に仕事を見つけることができるという考え方が支配的だったからだ。「我々は、女性は当然のように就職できるものだと考えていた」とフラゴナール氏は回想する(4)。当時の労働人口における失業率は「たったの」3.6%に過ぎなかったのだ。

 1990年代の終わりになると、労働人口の10%以上が職を失った。「当時、人々の就職意欲を妨げるものが新たなリスクとされました。その原因は、受給者を就労に向かわせない社会保障制度にあるとされました」と経済学者でフランス国立工芸院(CNAM)准教授のアンヌ・エドゥは回想する。こうしてAPIは、創設段階では受給世帯の最低収入を保障するものとして提案された。時には「母親業へのお給料」と形容されてきたが、創設から32年を経た2008年にRSAの分野に仲間入りした。その間に「APIやRMIの購買力は不利なスライド方式の影響で悪化した(5)」が、これは最低賃金(SMIC)ではなく物価に連動するためだ、とフランス経済情勢機構(OFCE)のエレーヌ・ペリヴィエは指摘する。今日、子どもを1人持つひとり親の受給額は最高で966.99ユーロだ。厳密にいえば、住宅手当を控除すると831.44ユーロで、創設時のAPIがフルタイムの最低賃金(SMIC)手取り額と同等だったことは程遠い[訳注3]。この状況で「仕事に就く」なんて難しい話だ。

 APIが女性に対して母親業に専念することを推進してきたのに対し、RSAは彼女たちが仕事に就くことを貧困対策への戦略の要においている。RSAの受給者たちは「社会に参入しなければならず」、言葉を換えていえば、働かなければならない。現在RSAの受給者は、追加支給の有無に関わらず、就職活動が最初に取り組むべき義務のひとつとなっている。「私たちは新たにRSAを受給する人々に対し、権利や義務についての情報を提供する機会を設けています」とオート=ロワール県庁でRSAの案内係を務めるマルチーヌ・アリベールさんは説明する。受給者は「相互契約」にサインし、3カ月ごとに収入の申告を行わなければならない。地方にある別の県でソーシャルワーカーを務めるフランソワーズ・ゲランさんは、「アクティベーション政策」が彼女の仕事に影響をもたらしているとはっきり言う。このアクティベーション政策というのはお役所が使っている遠回しな表現で、受給者が積極的に仕事を探すことを公的支援の支給要件とすることだ。「福祉問題は二の次で、何よりもまず優先すべきは就労です。今や、ある人がRSAを受給しはじめたら、我々は真っ先にその人の今後の就職活動の意向を聞き出します」。アリベールさんはこのことを次のように裏付ける。「目的は、その人が公的支援なしで経済的に自立することです」

 一見したところ、受給者を労働市場へ送り込む支援への方向転換によって、女性の受給者たちは長い間釘付けにされていた家庭から解放されるように思える。しかしそうした建前と、日々の現実の間にある溝は深まるばかりだ。

 追加支給付きのRSAも通常のRSAもとにかく、何らかの職に就くことを後押しするものだ。仕事の質についてはここでは問題ではない。受給している女性のひとり親は若く、たいていの場合は就職に有利な学歴や資格をほとんど、もしくは全く持ち合わせていない。「彼女たちは期待するような職に就くことをあきらめなければなりません」とアリベールさんははっきり言う。彼女の勤務地があるピュイ=アン=ヴレはオート=ロワール県の行政の中心地で、県内のイッサンジョーやサント=シゴレーヌのような他市とは異なり、工場がほとんどない。保健衛生関連や飲食業といった分野であれば、RSAを受給している母親たちを雇えるかもしれない。しかし深夜や夜間といった就労時間の兼ね合いから、彼女たちにとっては都合が悪い。職業訓練もまたややこしい問題だ。「オート=ロワール県には養成機関がほとんどありません。県を離れなければならないとなると、それはまた難しいことです。なぜなら子どもを置いて1週間も不在にするなんてできませんから」とアリベールさんは強調する。したがって、地方にあるこの県でRSAを受給している女性たちは、たいていの場合、在宅介護や家事代行といった仕事に就く。「仕事に性差があるせい」で、最も不安定な契約や立場という形で、結局はこういう仕事にしか就けないのだ、とアンヌ・エドゥは強調する。

 働き続けること、もしくは新たに就職する機会はますます減っている。それだけに「労働せよ」と法で定められた命令は、いっそう苦しいものとなっていることが分かる。エドゥアール・フィリップ内閣[2017年5月-2020年7月]下に締結された政府の支援付き契約[訳注4]数は、2018年に30%減、2019年には9%減と大幅に減少したが、これは「大惨事」だとゲランさんは強調する。これらの契約はかつてはよく活用されていた就労の機会であり、家庭との両立が可能だった。これらは1年ないし2年契約で、市役所や学校といった職場で労働時間も短かった。通所時間がフレキシブルで子どもの同伴も可能とされていた参入支援作業所[就職が困難な失業者に対して就職サポートや職業訓練を行う公的機関]でさえ、今や期限付き雇用契約(CDD)か無期限雇用契約(CDI)、臨時雇用もしくはスキルアップ養成までも含め就労に向けた「前向きな職業訓練終了」の達成具合を証明しなければならない。よってこうした就労の機会を手にすることができるのは、社会的ミニマム[最低所得保障制度。RSAを含む8種類の社会給付の総称]受給者の中で最も就業可能性が高い人たちだ。それに反し、ひとり親家庭の母親をはじめとする最も困難を抱えている人々は、こうした機会に恵まれないままだ。

 仕事を求める人々が立ち向かうべき障害は少なくない。母親が働きに出ている間、時には家族や友人といった身近な人々が子どもの面倒を見ることができるだろう。しかしこのような支援がない場合、母親の多くは、働いている間に子どもを託児所へ預けるための経済力がなかったり、もしくは時間が合わないために仕事をあきらめることになる。そのうえ、最も不安定な立場に置かれる職種では、子どもを預けるのに必要な事前のスケジュール調整とは相いれない不時の対応が求められる。清掃や臨時雇用のような分野において、従業員のシフトの割り当ては週単位で行われる。より長く働くことを希望する女性従業員は、たいていの場合、職場から求められるあらゆる依頼を48時間以内に対応しなければ、二度と仕事の依頼が来なくなる。

 一方、自動車が主な移動手段のような県でも、女性のひとり親は運転免許証を持っていない場合が多い。1989年に創立された労働参入養成協会(FIT)[非営利の養成機関]は、社会的な使命を持った自動車教習所だ。モビリテ・オート=ロワールいうプラットフォームで調整役を務めるカロル・ラディクスさんによると、この教習所に通う実習生の40%が女性のひとり親だという。「彼女たちは自分自身に全く自信がありません。彼女たちが抱えているストレスは運転に支障をきたすほどです」。この協会は母親たちに配慮して[フランスの公立学校の大部分が休校となる]水曜日や長期休暇期間を除いた昼間の時間帯に講習を提供する。「人材派遣会社には運転免許証や自家用車を所有していることが登録要件であったり、ホームヘルパー養成講座には運転免許証を持っていないと受講できないようなものがあります」とラディクスさんは証言する。「家事代行をこなすにしても、自動車がなかったら週に5・6時間しか時間を捻出できないでしょう。運転免許証[と自動車]があればもっと時間を割くことができるでしょうに」。運転免許証を取得できたとしても、RSAの支給額では車を買うことはできない。いくつかの企業や協会は従業員に月極で車を貸与するが、その分給料を減額している。

「女性のひとり親の場合は、いつもこうだ」

 「よい母親」であれという命令は消えたわけではなく、障害の多い就労への道のりに平行して取り組まなければならない。56歳のクリスティーヌ・ジュルドさんは15年間、5人の子どもたちと一緒に女手ひとつで暮らしを立ててきた。時にはRSAを受給し、時には参入支援作業所に通い、そして時にはコールセンターでの仕事を交互に行ってきたが、これまでさまざまな生徒指導専門員(CPE)[国家公務員の一種で、中学校や高等学校で生徒の指導を行う専門職]と議論をしてきたことを回想する。「学校で不安要素が発生するとすぐ、CPEは私にこう言ってきたものです。『女性のひとり親の場合は、いつもこうだ』と」。実際子どもに何か問題があれば、いつも家族構成のせいにされるが、それは父親がいないこと、「つまりより観念論的にいえば、権威の不在(6)」が問題だと心理学者で家族療法のセラピストのジャン=フランソワ・ル・ゴフは力説する。

 このような状況で、APIとRSAの統合によって「伝統的な家族のモデルがより前面に出てくる」ことは、エレーヌ・ペリヴィエにとって驚くことではない。この研究者は、とりわけ家族の状況によって女性の扱いに違いがあることを強調する。「カップルで暮らしている母親は、うるさく言われることはありません。主婦としての役割があるので、躍起になって仕事を探す必要はありません」と彼女は言う。しかし、彼女達が配偶者と別れたら、再び就労促進政策(7)の対象になる。社会が、男性が稼いで女性が家事を行い、女性が配偶者や彼氏に依存する状況を安易に許容しているのは、この社会は女性がパートナーと別れたときに、国民連帯[フランスにおける社会保障の基本的な理念]をあてにできることを口先だけでしか認めていないからだ。ということは、できれば裕福なパートナーを見つけた方がよいということなのだろうか。

 シルヴィ・ショドロンさんもやはりオート・ロワール県に13歳の息子と暮らすひとり親だが、また異なるタイプの連帯に希望を見出している。彼女はこの県で活発な「黄色いベスト運動[訳注5]」に深く関わっているが、不安定な女性のひとり親の生き方という点で、「素晴らしい交流」の経験をありがたく思った。彼女はそこで信頼できる人たちと、そして特に外出禁止の期間中に手を差し伸べてくれた人たちと友達になった。彼女は数カ月前から短期契約で夜間を中心に働いている。そのため活動家の友人たちに会う機会は減ったものの、今は「グローバル・セキュリティに関する」法案[訳注6]に反対する活動を注視している。貧困に立ち戻るリスクがあるにもかかわらず、彼女は仕事を辞めて、ますます拡大を続ける社会活動に合流しようと考えている。「抗議活動が本格的に始まるようなら、私も戦いに戻るわ」



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2021年2月号より)