世界最大規模の貿易協定:RCEP

アジアで生まれた自由貿易主義の爆弾


マルティーヌ・ビュラール(Martine Bulard)

本紙副編集長


訳:村上好古


 アジアで20年11月、世界でも最も規模の大きな自由貿易協定となるRCEPが締結された。経済的な効果は当面必ずしも大きくないかもしれない。しかし、東南アジア諸国がアメリカ抜きで団結し、その間、中国が自由貿易主義の盟主たろうとしていることが、大きな意味を持っている。[日本語版編集部]

(仏語版2021年1月号より)


STÉPHANE ROZENCWAJG. – « Le Nouveau Tigre », 2020

 それは脆弱で、まとまりがなく、無用で、さらにはあっても意味がないと言われる。東南アジア諸国連合(ASEAN)は、10カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)、6億5,200万人が集まったものでありながら、外交上の視野に普通は入ってこないこの種の多くの地域機関のひとつだ。そもそも去る20年11月12日にハノイで開かれた37回目の首脳会合は誰にも注目されていなかった。しかし、3日後にその幕を閉じた時、その成果は世界をあっと言わせるものだった。オーストラリア、中国、韓国、日本、ニュージーランドを含む「地域的な包括的経済連携」(RCEP)という自由貿易協定が調印されたのだ。

 生産の国内回帰、地元産品購入、そして市場の保護が新たな発展方式の基本となるに違いないと言われている時に、アジアの主要諸国(インドを除く。同国は近隣諸国との競争を恐れ交渉から離脱した)はグローバル化の領域を拡大することに賭けたのだ。「多国間主義と自由貿易の勝利」と中国共産党員の李克強首相は自賛し、日本の自由主義者菅義偉首相もこれに共鳴して「8年間の交渉の末の歴史的な日」と称え、「可能な限り早急に」合意を実行に移そうと呼びかけた(1)。万国の自由貿易主義者よ、団結せよ!

 世界で生産される富の30%、世界貿易の28%、そして22億の人口。RCEPは、かつて結ばれたこの種の協定の中でも、最も規模の大きなものなのだ。しかも、アメリカが入っていない! かつてあれほど敵対していたあの東南アジアで中国が玉座に就くという、歴史的な転換なのだ。

雑多な国の集まり

 ASEANはそもそも冷戦のさなか1967年に、共産主義を阻むことを公然の目的として設立された。彼ら自身の領土から「赤」(あるいは、そうみなされたもの)の追放を何度も行い(2)アメリカの永遠の同盟国として固く結束したインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイという一団の「信頼に値する国々」が、「悪」に対する防波堤となるためここに結集したのだ。しかし、時とともにまたソ連の崩壊もあって、イデオロギー対立は薄れて行った。そして1997~1998年のアジア通貨危機は、当時中国経済が飛躍しはじめていたこの地域を震撼させたが、これによってついに、かつての敵同士が交渉を行いASEANが強化されることになった。アジアの3つの大国(中国、韓国、日本)を加えASEAN+3と呼ばれるものに拡大し、さらに27の参加メンバー(ASEAN+3、アメリカ、北朝鮮、ロシア、インド、EUが含まれる)からなるASEAN地域フォーラム、また18カ国(ASEAN+3、オーストラリア、アメリカ、インド、ニュージーランド、ロシア)が集まる拡大ASEAN国防相会議、とその機に応じた一連の機関創設へとつながって行った。

 ASEANは、こうして静かに大きな外交上のネットワークを作りあげたが、それはおそらくシナ海における領土問題の悪化を回避させはしたものの、かといってそれを解決するものでもなかった。2018年には、パラセル諸島、スプラトリー諸島の主権を主張する関係国すべての間での交渉の基礎となるべき行動規範の素案を、中国との間で作り上げた。これらの島々について、中国は一歩も譲らずこれらすべてを要求し、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、インドネシアは、それほど貪欲ではないものの各国の主張が錯綜している(3)。それから2年経ち、行動規範は死んだも同然となり、トラブルが急増し、遺恨が積み重なっている。

 だからと言って、こうした緊張関係がRCEPの調印を妨げることにはならなかった。同じひとつの協定案のもとに世界で2番目と3番目の経済大国(中国と日本)が加わった。この協定は521ページ(英語)、20章、17の附属書、それに各国国内市場の開放に関する日程表から成り、「輸入品に対する関税と割当(クオータ)を撤廃する」ことを目指すものだとASEANのサイトは説明している。いくつかの非関税障壁(規格に関するもの)、サービス貿易の一部、電子商取引、知的財産権に関する問題をカバーしているが、農産物については重要品目が除外されている。

 実のところ、取決めの内容は、締約国をさほど強く束縛するものではないように見える。締約15カ国のいずれかの原産品を材料として生産された産品は、自動的にその国の原産品として他の締約国から認められる。これにより、因みにEUは、RCEPの複数の締約国(ベトナム、韓国、日本)と自由貿易協定を結んでいることから、その影響を受けることになるだろう[訳注]。産品の原産地を追跡することが、不可能とは言わないまでも一段と難しくなり、その産品がヨーロッパで特恵待遇を受けることもあり得る。

 RCEPは環境、健康、労働問題に関する基準を含んでいない。確かに、アメリカあるいはヨーロッパが後ろ盾となっている協定も、その形式的な美しさとは裏腹に、2018年の北米自由貿易協定(NAFTA)の改訂[米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に改訂]の際に最低賃金やスト権など労働に関する条項が取り入れられたこと(4)を別にすれば、大して変わりはない。ただそうは言っても、RCEPには、多国籍企業がメンバー国のとった措置に不満がある時に、その国に対して異議を申し立てる権限に関する条項も含まれていない。国内法の上位に立つ特別裁判所である国際投資紛争解決センター(ICSID)にはいかなる役割も与えられていないのだ(5)

 一般的に自由貿易協定を締結すると、成長、雇用、貿易に関するあり余るばかりの期待を込めた見通し(それが現実のものになることはほとんどない)が提示される。ところが今回は、最も自由主義的な経済専門家さえも慎重な姿勢を崩さず、平均してせいぜい0.2~0.4%の成長率引上げ効果しか想定していない。実際、大部分の関係国は、とりわけ3大国とは自由貿易に関する二国間協定をすでに結んでおり、また経済特区(非課税)が東南アジアに700カ所、中国に2,500カ所以上と域内に多数存在する(6)

 RCEPは、公式には「アジアの経済的な統合」を促進するものとされているが、期待される変化は限られ、その影響は同一でもないしすべての国に利益をもたらすものでもない。ASEANは、豊かさの度合いが大きく異なる雑多な国の集まりのままなのだ。この絵図の最高位にある一人当たり所得6万4,567ドルのシンガポールは、1,440ドルのミャンマーとは雲泥の差がある(7)。サルタンが治めるブルネイでは人口の78%が都市に住むが、カンボジアでは23%に過ぎない。各国が必要とするものも経済的な耐久力もその水準が異なる。労働力の安価な新たな国を探し求める域内あるいは世界の多国籍企業は、大いなる満足を求めにやってくる。今後ベトナムは、それまで中国に設置されていた工場の再移転先として潤う。日本政府は中国への投資を引き揚げるための計画を決定し、日本企業が国内へ回帰、あるいはベトナム、ミャンマー、タイに投資するのを支援している(8)。日本は、経済的な面で最も対外発展的な国に数えられるが、アジアでは第一の資金の出し手であり、ASEANへの対外直接投資の13.7%を占める。そして中国は7%だ。RCEPは域内での拠点再配置につながるであろう、が激変に至ることはあるまい。

 この協定の本質的な重要性は戦略的な面にある。中国が地政学的な中心となることを認めることになるからだ。RCEPはもともと、当時アメリカ大統領だったバラク・オバマ氏が中国の勢力台頭を抑え込むために構想した(そしてドナルド・トランプ氏がこれを遺棄した)TPPに対抗して中国が始めたものであり、8年間は動きが停まっていた。常套句となっているASEANの「協調外交」と、中国がこの協定成就にかけた思いが、ついにその調印へと導いたのだ。

 確かにこれは、シンガポールの元外交官で公共経済学の教授であるキショア・マブバニ氏が認めるように、「低次元の貿易協定」だ(9)。もっとも、だからといって、この協定が「世界史の中でも重大な画期を成すものであり、過小評価することは誤り」であるという自分の見方に変わりはない、と彼は言う。これまで、「アジアにおける協力関係については、少なくとも可能性として3つの見方がありました。太平洋アジア、インド太平洋、それに東アジア、という3つです。RCEPは、今後東アジアという見方が支配的になるだろうということを示しました。アメリカによって主導されるアジア太平洋という見方は、当初アジア太平洋経済協力フォーラム(APEC)という枠組みの中に反映され、ついでTPPとなりましたがトランプ氏に潰されてしまいました。インド太平洋の方は、インドが撤退したので中断しています」と彼は私たちに語った。

 インドとアメリカの撤退は、一時的なものでしかない。また、中国はそもそもいつまでも単独でいる訳には行かないのだと思われる。実際、中国が孤立することはあり得ないだろう、それはこの国が最も恐れていたことなのだ。「RCEPは、中国の経済的な力の拡張を確かなものにした」とアメリカの政治経済学者であるデビッド・P・ゴールドマンは説く。彼は、「テクノロジーや貿易の仕組みを梃子(てこ)に、その経済モデルで南の国々を引きつける」中国の力を引き合いに出し、「政治モデルの輸出とは別のものだし、それどころか、世界での中国のアプローチの力の強さは、経済的な変革を上から下へというのではなく、毛細管現象のように低いところから始めてじわじわと高いところへ広げて行こうとしているところにその淵源がある」と言うのだ(10)

 西欧諸国はむしろ政治、軍事的な構図でこれを見ている。トランプ氏のアメリカは、四カ国戦略対話(Quad)を再構築した。日本、インド、オーストラリア、アメリカを結ぶこの枠組みでは、明確に対中同盟の結成がその目的だと表明されている。また、フィリピン、インドネシアとはより密接な軍事関係を再編し、インドネシアの防衛相は、アメリカの国防長官を盛大に出迎えた(11)。さらにベトナム、台湾に接近した、等々。これらすべての動きは、継続的な武器売却と、「シナ海でのアメリカ、中国それぞれによる数多くの軍事的な示威行動」を伴っており(12)、誤操作と誤解がより深刻な事態に繋がりかねないリスクを孕んでいる。

オーストラリアを非難する中国

 その結果、両大国の対立は二重の脅しの様相をとって現れる。アメリカに忠誠を誓うのでなければ安全保障はない、と一方が言う。他方は、中国の規則を受け入れるのでなければ経済交流はない(あるいは制限される)、と警告する。どの国も自分の陣営を選ぶか、あるいは、とにかく相手陣営を選ばないようにと迫られる。オーストラリアは、新型コロナウイルスの発生源についての調査委員会を要求し、5Gに関するファーウエイとの和解を拒否する点で公然とアメリカ側についているが、中国は次のような警告とともに、「14項目の苦言」を送り付けた。「もし貴国が中国を敵視するのであれば、中国は貴国を敵視するであろう」(13)。これをもとに、石炭、牛肉、大麦等と並んで、ワインが大きく課税された。紛争はWTO の場で解決されることになるだろうが、オーストラリアの生産者は、すでに被害を受けている。

 とは言ってもアジアの大部分の政府は、こうした大国の言い方を拒否する。マブバニ氏は解釈を誤ってはいけないと警告し、「中国の強大化を近隣諸国が懸念しているからといって、彼らがそれに反対していることを意味するものではない」と言う。シンガポールや韓国などは、むしろそこにある種の均衡を見出す。どの国も、ふたつの大国双方に対して存在感を保とうと努めているのだ。

 ニューヨークのアジア・ソサエティー政策研究所の副所長ウエンディ・カトラー氏[アメリカ通商代表部(USTR)元次席代表代行]が総括するように、「15カ国は、互いの利害の対立と相違を離れて結束することを選んだ」のだ。とりわけこの協定は、「我々のアジアの貿易相手国が、アメリカなしで、ともに行動するために必要な相互の信頼関係を手に入れた」ことを示すものだと、彼女は付け加えている(14)。これは、今後長く地政学上の影響を持つことになるのだろうか。それを判断するにはまだ早すぎる。

 ともかく、習近平氏はこの成功に意を強くし、中国は、トランプ政権によるアメリカの脱退後日本が主導した新たなTPPであるTPP-11に参加する用意があると表明してみせた。経済的な意欲を表明したというよりもむしろ政治的なインパクトを狙ったものだ。中国の国家主席は、自分の国が[世界貿易の]主役であり続けるならという条件は付くが、自由貿易主義の盟主たろうとしている。世界がそれに耳を貸すかどうかは、確かでない。


  • (1) それぞれ、 China Daily, Pékin, 16 novembre 2020, et site du ministère des affaires étrangères, Tokyo, 15 novembre 2020.

  • (2) (参考)Jean Guilvout, « Indonésie : comment le régime militaire règne par la terreur », et Patrice De Beer, « “Démocratie d’exception” à Singapour », Le Monde diplomatique, respectivement février 1977 et octobre 1971.

  • (3) (参考)Didier Cormorand, « Et pour quelques rochers de plus… », Le Monde diplomatique, juin 2016.

  • (4) (参考)Lori M. Wallach, « Premières brèches dans la forteresse du libre-échange », Le Monde diplomatique, novembre 2018.

  • (5) (参考)Benoît Bréville et Martine Bulard, « Des tribunaux pour détrousser les États », Le Monde diplomatique, juin 2014.

  • (6) « World investment report 2019 — Special economic zones », Conférence des Nations unies sur le commerce et le développement (Cnuced), Genève, juin 2019.

  • (7) ASEANに関するこれらの計数は、次のものによる。Asean Statistical Yearbook 2019, Djakarta (PDF).

  • (8) « Japan starts paying firms to cut reliance on Chinese factories », Bloomberg News, 18 juillet 2020.

  • (9) 参照:Kishore Mahbubani, Has China Won ?, PublicAffairs, New York, 2020.

  • (10) David P. Goldman, « The State Department’s wrong telegram », Asia Times, Hongkong, 18 novembre 2020.

  • (11) Aristyo Rizka Darmawan, « Prabowo redeemed in Washington’s eye amid China-US rivalry », The Interpreter, 20 octobre 2020.

  • (12) Daniel Schaeffer, « Chine - États-Unis - Mer de Chine du Sud et riverains : En attendant Biden », Asie21, septembre 2020.

  • (13) Jonathan Kearsley, Eryk Bagshaw et Anthony Galloway, « “If you make China the enemy, China will be the enemy” : Beijing’s fresh threat to Australia », The Sidney Morning Herald, 18 novembre 2020.

  • (14) Wendy Cutler, « PERG agreement : Another wake-up call for the United States on trade », Asia Society Policy Institute, New York, 15 novembre 2020.

  • [訳注]この部分、および以下に続く部分(当段落内)の記述に係る筆者の真意は明らかでない。域内への輸出品の原産地の認定に当たってEUは、協定締約国との間で結ばれた個別の規則に従ってその国の原産品と認められるかどうかを判定するので、本来的に、自らが当事者でないRCEPの取決めによってその原産品の判定、したがって特恵の適用に関する判定が影響を受けることはない。もっとも、RCEP域内での輸出入を利用した生産に関しては、その締約国は域内で特恵関税の適用を受けるので、生産コストを引き下げることができる。これが、EUへの輸出に関し有利になることはあり得る。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2021年1月号より)