女性の平和構築従事者を和平交渉の席へ


サナム・ナラギ・アンデリーニ(Sanam Naraghi Anderlini)

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス女性平和セキュリティセンター長、
Women’s Alliance for Security Leadership(WASL)を主導する団体
International Civil Society Action Network(ICAN)設立者兼CEO、
著書にWomen Building Peace: What they Do, Why it Matters, Reinner, 2007


訳:中桐誠


紛争の被害を受けた地域やコミュニティに対し、女性の平和構築従事者(ピースビルダー)が果たしてきた役割は非常に大きいにもかかわらず、彼女たちの存在は和平交渉の場で無視されてきた。その声がなぜ重要か、平和構築における女性の参画に向けて活動してきた筆者が語る。 [日本語版編集部]

(英語版2020年8月号より)


 2020年7月11日、ボスニア・ヘルツェゴビナは、セルビア人民兵によって8千名のイスラーム教徒が殺害されたスレブレニツァの虐殺から25周年を迎えた。1995年、スレブレニツァは安全地帯とされ、ボスニアに住むイスラーム教徒は国連平和維持軍を庇護者として保護を求めることができた。セルビア人勢力が進攻すると、数で劣るオランダの国連平和維持軍は降伏し、セルビア人勢力がその場を制圧した。彼らは女性や少女をバスで移送し、8千名の男性と少年たちを殺害した。その遺体の発掘と特定作業は今なお続いている。

 スレブレニツァの虐殺は、国連安全保障理事会の対応が不適切で加盟国の政治的利益に動かされていた1994年のルワンダにおける大虐殺と同様に、世界の指導者たちの間で残虐行為の予防に向けた決意を新たにさせた。2005年、「保護する責任(R2P)」は世界的に受け入れられた規範となった。その趣旨は明確で、各国政府は自国民を保護し、残虐行為やジェノサイドを予防することにコミットする。また、ある国家がジェノサイド、戦争犯罪、民族浄化や人道に対する罪から自国民を保護することに明確に失敗した場合、各国政府は集団行動をとる、というものである。R2Pは国連の創設目的を現代的に言い換えたものといえる。力を持つ者は、持たざる者を戦争や暴力から保護する責任があるのだ。

 しかしながら、それは機能していない。2020年7月7日、シリアに関する国連独立国際調査委員会は最新の報告書を発表した。2019年11月から2020年6月にかけて、シリア戦争の当事者は市民を標的とした52件の最も顕著な攻撃を引き起こした。そのうち17件は病院や医療施設に対して行われ、14件は学校を巻き込み、9件は市場、12件は家屋を破壊したとされる。パウロ・ピネイロ調査委員会委員長は「戦争が始まって9年以上が経ってもなお、市民が日々の生活を送るに際し無差別な攻撃を受け、標的になることさえあるというのは到底受け入れがたい」と述べている。「子どもたちは学校で砲撃に遭い、家族は退避中であっても爆撃に遭う。これらの軍事作戦について明らかなのは、親政府軍と国連に指定されたテロリストの双方が戦時国際法に著しく違反し、シリアの市民の権利を侵害しているということです」

異なる実態

 同じことは、イエメンやリビア、そして他の国々でも繰り返された。力を持つ者は、直接的あるいは間接的に残虐行為を引き起こし、それから利益を得ているのだ。イエメンにおいて、安全保障理事会は、2015年にサウジアラビアが主導し米国、イギリス、フランスに支援された戦争にゴーサインを出した。民間人居住地域の標的化やその人道的被害は当初から明白であった。2018年10月、米国統合参謀本部議長ジョゼフ・ダンフォードは「我々は犠牲者を減らすべく、サウジアラビアと協働している」と述べた。だが、実態は異なる。推計によると23万3千名が死亡し、365万名が避難を余儀なくされ、数百万名が飢餓に近い状態に陥った。一方、武器の売買による利益は目を見張るものがある。2019年、米国はサウジアラビアへ1290億米ドル相当の武器を売り付けた。2017年に締結された契約は1100億米ドル相当分が直ちに発効し、さらに10年間で3500億米ドル相当を売り渡すものである。イギリスは2019年に一時的に武器の売買を止めたが、再開しようとしている。イギリスの国際貿易大臣リズ・トラスは「サウジアラビアへの武器と軍事機器の輸出が深刻な国際法違反行為に使われる明確な危険性はないと判断した」と述べた。国連は、民間人犠牲者の60%はサウジアラビア主導の有志連合の空爆によるものだとしている。

 このことは、多国間主義と外交に深刻な疑問を投げかける。戦闘区域において人々を保護する責任は誰が引き受けているのだろうか? 戦争当事者が文民へ暴力をはたらいているとき、和平交渉の場で誰が現地の人々の利益を代弁するのだろうか?

 これらの問題は、女性・平和・安全保障に関する安保理決議第1325号の支援者としての私のこれまでの人生を形作った。International Civil Society Action Network(ICAN)を設立し、Women’s Alliance for Security Leadership(WASL)の設置を主導したのである。2012年、私はガロウェで開かれる次の交渉会合に向かう国連の仲裁チームの一員として、飛行機の窓からソマリアの干上がった大地を見つめていた。飢饉は危機的水準にあった。それは、国連の施設に向かうまでに目に入った、色あせた光景や骨ばったラクダの姿からも察せられた。ソマリアの氏族の指導者たちは、スーツにネクタイ、あるいは現地の衣装を着て、しっかりと武装した取り巻きとともに現れたが、食料や水について話した者は一人もいなかった。彼ら政治家たちは、時間の大部分を議席や政府内でのポストの配分についての論争に費やし、これらのポストを四つの主要な氏族と一つの小さな氏族に分割することにこだわった。多くの者にとって、権力分担の言い回しは慣れ親しんだものだった。

 国連派遣チームにおけるジェンダーとインクルージョン[包摂]の顧問として、私はソマリア人女性の参画が保障され、その視点が考慮されるように彼女たちと協働する権限を与えられていた。たくましく、活動的で、声を上げる能力がある女性には事欠かなかった。にもかかわらず、200名の会合出席者の中で女性は少数であり、そのうち政治家や法律家、人道活動家、ピースビルダーとして活動実態がある者はほんの僅かであった。ソマリアの政治指導者たちは自身の娘や親族の女性を連れていたが、彼女たちは彼らを脅かすような自立した女性ではなかった。飢饉が深刻な懸念であったため、多くの活動家は緊急支援に力を入れており、ガロウェに政治を議論するために来ることはなかった。

 交渉は、議席と、言葉には出ないが明確な給与・特権への関心を巡って紛糾した。これらは権力分担についての議論であったが、本来であれば責任の分担を話すべきであった。外交においては、言葉遣いが重要である。権力は個人的な利益や他者の支配を意味する一方で、責任は説明責任の感覚を示唆する。

 私は、時代や場所に関係なく、危機的状況や戦争下で、女性たちが自身のコミュニティを守るという強い責任感を持ちつつ、ピースビルダーとして頭角を現すのを目にしてきた。イエメンでは、戦争の始まりから5年が経って、Mothers of Abductees Association(MAA)のメンバーが、フーシを筆頭とした戦争当事者に拉致され恣意的に拘禁された幾千名もの人々に対して世の中の注意を集め、その解放を求める根強い声になっている。2019年ストックホルムで署名された停戦合意の一環として、国連は拘禁された人々の解放に向けて交渉し、合意の信頼を醸成する責任がある。しかし、失踪した者の家族にとっては、25歳から65歳までの女性で構成されるMAAのメンバーたちこそが最大の希望であることが多い。

必要な手段はなんでも用いる

 最近の事例では、MAAのメンバーが拘禁された医師の家族を訪ねたところ、その母親は深刻な病を患っていることがわかった。父親は失明しており、妻は腎不全と診断されていた。そのメンバーは部族の指導者たちのもとへ行き、医師を拉致した支配勢力に公式な手紙を出すよう求めた。医師の家族の窮状を伝え、指導者たちが彼に対して持つしきたり上の責務に訴えたのである。指導者たちは村民を動員し、医師の解放を求め彼の立派な人柄と行いを保証する請願の署名を集めた。MAAメンバーは手紙と請願書を支配勢力に提示し、事態を進展させるための接触先を要求した。そして、その努力は実を結んだのである。

 MAAは、必要であればどんな手段も用いる。収容所前のデモ活動、SNS上のキャンペーン、請願、部族の伝統などである。MAAは把握した2133件の拉致、強制収容及び拷問事例のうち、944名を解放に導いた。その務めは個人の身の危険を伴うが、メンバーたちに躊躇はない。彼女たちは並外れた存在だが、一人ではないのだ。

 WASLは、戦争や暴力的な過激主義の影響下にある40以上の国に会員組織を持つ。そのすべてが地域に根差し、平和構築のために法律、文化的規範、宗教的教えや伝統を用いるのに熟達している。カメルーンでは、South West/North West Women’s Task Forceが500名の母親たちと路上で慟哭するデモを行い、政府と民兵組織に殺人とレイプを止めるようその面子に訴えかけた。

 シリアとリビアでは、女性のピースビルダーたちが地方や都会のコミュニティで対話と共生を可能にするためのグループを構築し、過激主義や武装闘争に誘う巧言や話術に対抗している。アフガニスタンのヘラート地方ではハシナ・ニクザドが600名の男性(イマーム、村の指導者、青年や学校教師)からなる強固なネットワークを形成し、能力開発と対話のプログラムを設計することで、男性たちが争いを暴力抜きで解決し、女性と子どもの権利を守ることができるようにした。このことが、暴力からの質的脱却を促し、過激組織への合流を減少させたのである。パキスタンとナイジェリアでは地元の女性や年少者が暴力的な過激主義者に加わるのを防ぐことに焦点が当てられた。彼女たちには、心理面と社会面でのサポートに宗教的な話法、生活のスキル、社会的繋がりを組み合わせることで、前向きな他の選択肢が与えられたのである。

 これら女性ピースビルダーたちの平和構築に携わる動機は様々である。ある人は暴力により子どもを失ったことで戦争の連鎖を止めることを誓い、ある人は困っている人々を助けることが自らの使命であると考えている。戦争が起きる前、彼女たちは教師や建築家、詩人、エンジニア、主婦業などに従事していた。彼女たちはみな、苦痛を伴うものであったとしても、保護活動や自身の反対側にいる者への働きかけに対する並外れたコミットメントによって結び付けられている。その多くにとって、「何もしない」というのはとてもできない贅沢なことなのだ。コロンビアのロサ・エミリア・サラマンカは、平和構築にはすべての対立の中に異なる真実があることを認める意思が必要だと述べている。ナイジェリアのハムサツ・アラミン、スリランカのヴィサカ・ダルマダサ、パキスタンのモサラ・カディーンは口をそろえて他者の中に人間らしさを探し求めることの重要性を主張する。

 暴力の被害者やその影響を被った人々を保護することと、対話のための妥協点を作り出すことはバランスよく進めなければならない。人々はゆっくりと平和構築へ向かっていくのである。Food4Humanityを設立したイエメンのムナ・ルクマンは病気の子どもへ援助をする事業を始め、彼らが紛争の影響を受けたコミュニティから安全に抜け出す道を取り次いだ。また、子どもたちが武装組織に引き入れられ武装させられたとき、彼女は武器の代わりにペンと本を贈る活動を始めた。脅迫され、亡命を余儀なくされても彼女はその務めをやめることはない。「この戦争が始まる前、イエメンにおける紛争の80%は水と土地を巡るものでした。2015年以後、この問題は悪化してきましたし、戦争によって一層悪化しつづけています」。ルクマンの団体は給水所を修理することで部族間の諍いを解消し、少女たちを学校に通わせた。新型コロナウイルスの大流行下では水を供給し、保護具を配布した。Peace Track Initiativeを始めとしたほかの団体とともに、Food4Humanityは停戦を呼びかけ、道義的権威を持つ一団となったのである。

そのとき、「大きな圧力を感じた」

 彼女の体験は、現代の和平プロセスに内在する根本的な欠陥を説明する良い例である。和平プロセスは国家間で行われる一対一の対話を基本として設計されており、戦争当事者は合法な存在であるという仮定に基礎をおいている。しかし、彼らの自国の文民への攻撃と累次の戦時国際法違反の記録を考慮するに、その真実性は疑ってかかられなければならない。指導者といっても、選挙民によって選ばれた正統な指導者というのは稀である。私が出会ったソマリアの移行期における指導者たちの多くは、米国やカナダに何年も滞在しており、自国の変化した現実からは断絶された状態にあった。戦争の政治経済を追跡調査するEnough Projectは、いくつかの国は破綻こそせずとも、戦争経済から利益を得る暴力的な収奪政治のネットワークに乗っ取られてしまったと例証する。

 和平交渉はしばしば、「苦痛を伴う」膠着状態が存在するという想定の上に成り立っている。そこではどちらにも勝ち負けの兆しがないが、どちらも妥協するのに機が熟したととらえているか妥協したくなるくらい疲弊しているものとされる。今日の戦争では、「痛み」の概念はほとんど通用しない。現地の代理主体を通じて戦争を行う地域的あるいは世界的大国は、財政面でも人命においても低いコストしか払わないのだ。ロシアやトルコ、イランの女性たちは、冬の間をイドリブの野外で、水道水を得られず生理中に洗濯をする手段もなく過ごすということはなかった。それを経験したのは、シリアの女性たちだけだったのだ。にもかかわらず、ジュネーヴの和平交渉ではナジュラー・アルシークのような人々だけが彼女たちの声を代弁するべく行動しつづけたのだった。その場で最も力を持たない一人のシリア難民が、最も大きな責任の重荷を背負っていたのである。

平和の土壌を下から醸成する

 現実的な想定として言われるのは、「重要度の高い当事者とは暴力的な当事者である」という考えだ。これは戦争の終結と平和の到来とを一緒くたにするものであり、その発想はかつての国家間の戦争において当事者が暴力を終結させ、停戦ラインに合意し、本国に撤退することができたときの時代遅れなものである。現代の、グローバル化した多元的な世界において、紛争は高度にグローバル化そして局地化した側面を持つ。衝突の起きる前線が人々の住むコミュニティの真っただ中にある以上、平和はリーダーシップによるトップダウンと同時に、草の根によるボトムアップで育まなければならない。過去30年の歴史が示すように、現地の人々のことを最も気にかけているのは現地のピースビルダーであり、その多くは女性で、若い人々が増えている。

 20年前、女性のピースビルダーたちは、国連安全保障理事会や欧州議会、欧州安全保障協力機構による平和と安全保障の取組みに女性を認識し包摂することを求めて行動した。安保理決議第1325号やその後の9つの決議はこの運動が最も顕著に認識された成果である。80以上の国がインクルージョンに向けた行動計画を策定しており、これを実践するグローバルなネットワークが存在する。

 和平プロセスにおける女性の全面的な包摂は、特にしっかりとした運動と継続的な参画を伴う場合、より持続的な成果に繋がるとの研究がある。これに反して、いかなる文化・地域であっても、戦争当事者というものは、お互いの存在を認めるか認めないかについての係争や意見の不一致を棚上げして、和平プロセスに独立した女性の代表を入れる要求を拒否しつづけることにかけては合意し団結するのだ。

 自らの住民を保護する責任をほとんどあるいはまったく取らない勢力は(女性の取り扱い方がその一つの重要な指標になる)、暴力に苦しむコミュニティの本当の懸念事項や体験を代弁する道義的権威を有する者に当然のごとく反抗する。その責任は国際社会、組織としての国連、そしてコミットした加盟国にあり、平和構築活動を改革してピースビルダーを参画させることであるが、彼女たちは銃で力を振るう者に対抗するのに欠かせない存在なのだ。彼女たちは自らのコミュニティの良心として道義的権威を持っており、また保護する責任を引き受けてきた確かな実績を持っているのである。



(ル・モンド・ディプロマティーク 英語版2020年8月号より)