広告文化と消費社会

消費者の誕生


アントニー・ガルーゾ(Anthony Galluzzo)

サン=テティエンヌ大学経営学部准教授


訳:内藤朝樹


 この200年間で市場経済が生み出した新しいタイプの人間、それは「消費者」だ。かつては自給自足的な暮らしをしていたわれわれは、いかにして消費を行わなければ気が済まない生きものに変貌したのだろうか。とどまるところを知らない消費欲を掻き立てるのは雑誌、テレビ、SNSにネットといった世界に登場するイラストや写真などの広告イメージ。広告の多くは差別や貧困など社会問題を取り扱わず、美しい空想のストーリーを作りあげている。[日本語版編集部]

(仏語版2020年10月号より)

Untitled (I shop therefore I am) by Barbara Kruger

 消費社会の歴史は、商品イメージが増殖する歴史と理解できるだろう。大衆向けのイメージの世界が19世紀以来とめどなく発展し続け、昔の人々の自給自足のメンタリティーを消し去ってしまった。日常的にイメージとして目の前に現れて、大衆の頭の中を商品で一杯にした。新聞、商品カタログ、雑誌、リトグラフ、映画などの新興メディアは次第に西洋の人々に観客としての姿勢を植え付けていった。それらは眺める歓びと消費欲を人々に教え込んだ。また、人々に商品というものを教育し、商品というのは普遍的な記号、共通言語、そしてあたりまえの事実であると思わせたのだ。

 19世紀を通して、商人たちは増え続ける多くの「紙」を流通させた。ハガキ、石版画、商品カタログによって人々に彼らのブランドや商品が広く知られていった。しかし、これらのイメージの拡散以上に、人々の意識の中に商品を定着させる効果的な方法はメディア業界との結びつきなのだ。ジャーナリストは同じ方向を向く大衆というものを作り出すことにかけて驚嘆すべきプロフェッショナルだということが明らかになった。社会通念を作り出し、話題を大衆に頻々と押し付けることができる。読者に新聞を販売するよりも、広告主に読者を売る方が儲かるということに気づいた出版社のオーナーらは、出版でその動員力を売りものにし始めた。彼らはメディアの大衆化にビジネスモデルを見出し、メディアは商品の大衆化の基盤となったのだ。19世紀初頭のもっとも成功した雑誌は数千人の定期購読で存続できたが、1890年から1900年代の有名雑誌は数百万部を売った。

 イラスト入りの出版物が世界中のイメージを並べて見せることで空間的な隔たりを取り払った。現在というものはもはや「ここ、今」限りではない。それは遠くの人間たちが経験したり感じたりすることについて思いを馳せる機会を与えるのだ。この新たな幻覚は人に深く影響を与えるものだ。人は未知なる経験に自分自身を投企でき、夢想に浸り続けられる。それからというもの、人々が共有するものは住んでいる土地、じかに交わす言葉だけではもはやなく、読むもの、見るものも分かち合える。このように会話のあらゆるテーマがある意味国中に広がるのを見てとるのだ。ニュース、連載小説、新聞の社会面、商品カタログ、教科書が世の中の出来事や事象を連動させ、社会に一定の意識や一定の記憶をもたらす。

 それと同時に、出版物は商品を陳列台という枷から解き放ち、そのイメージを直接家庭に届けた。このようにカタログ、雑誌、リトグラフの商品見本帳というのは、バーチャルな商店街を形成する紙製の商店としてみることができる。商品カタログは詳細なイラストで品物をまるで実物のようにみせる。そのページのなかに商店の陳列棚のレプリカがあるようだ。そこでは自宅にいながら、一銭も費やすことなく商品を見て回ることができる。ぶらぶら歩いて出かけるウィンドウショッピングとは真逆のものだ。つまり、もはや人々が商品を見に行くのではなく、商品が人々の目の前でショーを繰り広げるのである。商品がそのイメージにより人の目を捉えて想像の世界に定着したとしても、イメージはそれ自体が商品そのものであり、同時に他の商品を伝達する媒介物である。19世紀末ごろにはイメージがもつこの2重の性質は、雑誌の出現によりその極地に達する。もともと雑誌(magazine)というこの言葉は商店(magasin)から派生し、商店の倉庫を意味するものだ。この呼称に間違いはない。つまり、雑誌というのは家に居ながらにして行ける商店なのだ。ページを繰ることで雑誌の中で視覚認識された商品が移動するさまは、商店の倉庫内を実際の商品が移動することに相当する。雑誌は全体を消費文化のために捧げられた初の大衆メディアだ。

 このタイプの雑誌はまずもって、19世紀の終わりにアメリカで現れて大衆化した。月刊雑誌の発行部数は、1890年から1905年にかけて一号あたり1800万から6400万部へと伸長した(1)。Ladies’ Home Journalは草分け的な存在で、あらゆるジャンルの中でもっとも売れた雑誌で、1884年の10万部から1904年には100万部へと推移した。アメリカに続き、西洋の様々な国がこの女性向け雑誌のやり方を多かれ少なかれ熱心に採用した。フランスで最初のこの種の雑誌「Votre Beauté 」とMarie-Claireが1930年代に登場した。雑誌の読者は、デパートの中にいるようにして見出しを自由気ままに眺める。Ladies’ Home Journalの編集責任者のエドワード・ボック氏自身も、実店舗と雑誌の類似性について説く。「成功した雑誌はまったくもって成功した商店と似ているのです。つまり、注目を集められて、消費者に足を運んでもらうための新しくて豊富な種類の商品を用意しなければいけない(2)」。雑誌の見出しは商店の棚のように常にいっぱいで商品の豊富さとバラエティを良しとする。またショーウインドーのように人の気を引くカラフルな表紙で買い物客を誘惑する。つまり、雑誌の最新号は新しい流行やモノに関する情報を提供して前号の内容を時代遅れにする。Marie-Claire誌は1954年、「私たちにとってのニュースは、誰が帽子を変え、花束を変え、果物の器を変えたか、というような不断に尽きることのない、毎月変わりゆく人生の出来事なのです(3)」と書いている。消費者である読者の目は慣れ、形、色そして組み合わせの変化にも関心が高まる。そしてしまいには過去に買ったものが古臭くなったのを嘆き、また新しいものをという強迫的な欲望を増大させていく。

 19世紀以降、広告収入は非常に重要なものになった。出版社は読者を広告主に売る。出版社は事実上、商品の売り手に従属し依存する関係に組み込まれてしまう。雑誌は編集によって商品に好意的な雰囲作りを行う。つまり、記事内容のテーマや考え方が広告宣伝される商品と矛盾しないということだ。こうして女性向け雑誌の内容はまずもって食事、ファッションや化粧品へ割り当てられる。清潔な体の重要性を強調する記事のそばに石鹸の広告を見かける。ファッションショーの記事のそばの高級既製服ブランドの広告もそうだ。雑誌の編集記事は宝石を入れるショーケースで、その中に並べる広告の説得力と象徴的な力を高める。

 雑誌の収益性と持続性は大部分が「広告の受け入れ能力」に左右される。広告主の関心事に背く話題を展開すればその受け入れ能力は悪化する。そして記事の内容が広告に従属している傾向があることは、時としてとてもあからさまだ。例えば1990年にフェミニスト運動家のグロリア・スタイネム氏が暴露したところでは、石けんや洗剤メーカのプロクター&ギャンブル社はアメリカの雑誌に対して宗教をけなす記事や性生活、薬物、銃規制、中絶をテーマとするいかなる号にも雑誌の広告掲載を禁じたという(4)

 番組を中断して行われるテレビ広告と異なり、雑誌広告は媒体の視覚的継続性のなかに置かれている。編集記事と広告コンテンツは、読者が空想を馳せる白昼夢の世界に入り込めるような理想を届ける話を一緒になって描く。今日では「記事広告」か「ネイティブアド」と呼ばれるものが150年ほど前の1880年代に登場した。イラストラシオン誌にはボン・マルシェ[パリの老舗デパート]に関する提灯記事が何本も掲載された(5)。もっと狡猾に記事と広告の混同を深めたもう一つのやり方は、イラストレーターの力を借りて視覚に訴えるスタイルの普及だ。そのイラストレーターたちは1890年から1930年代に出版社とスポンサー両方に向けてイラストを制作していた。主要雑誌の表紙を飾る人物は広告にも起用されており、1902年にLadies’ Home Journalが読者にその年に最も良かった記事挿画(イラスト)を尋ねたところ、実際には広告であったイラストが選ばれたほどであった(6)。しかし、スポンサーにとって大衆を商品へ向かわせるもっとも確実な方法は、スポンサー自身で責任を持って記事を編集することだ。Votre Beautéというフランスの女性向け雑誌のはしりのひとつとなった雑誌は、ロレアル社の創設者で社長のウジェーヌ・シュエラーによって化粧品の需要を伸ばすために創刊された。1920年代にこの雑誌は美容院向けの雑誌の付録にすぎなかったのだが、老いの不快な象徴として白髪をテーマにした多くの記事を出した。ところでこの記事はヘアカラー剤の広告のすぐ隣にあった。

 雑誌にはイラスト、ルポルタージュや記事によって物事を具体的に見せる基本的機能がある。つまり、生活様式やモノ、そして人を示して見せる。それらは雑誌がなければ身近にないので目にすることもできず、知られないままに終わるかもしれない。19世紀末の地方や小さな町の女性は、都会に飛び出した裕福な女性のいくつもの挿絵を眺めつつ、自分がショッピングをする姿を想像できた。この類の描写によって、大多数の読者にとって実際にも経済的にも実現できるようになる前から、ショッピングという営みがあたり前のことになる。

 雑誌は高級すぎたり新しすぎて日常では目にすることができないものを、想像上の社会を通して見せてくれる。物事の形式を学ばせることに加えて、特殊な語彙、新しい規範や関心事の傾向も教えてくれる。たとえば20世紀初頭の雑誌の記事や広告には「消毒」、「殺菌薬」、「微生物」あるいは「表皮」というような生物学や薬理学から来る用語が多用され始める。それは衛生用品や化粧品を使うようにうまく仕向けるためだ。

 毎週雑誌のページをめくるという行為は、人の現実の生活水準から完全に切り離された社会のイメージをふくらませる。文学の教授であるリチャード・オーマン氏がマンシー、レディースホームジャーナル、コスモポリタンそれにマクルアーといったこの時代の4大雑誌の内容を分析すると、一連の雑誌は労働者、貧しい人々、貧民街、仕事、移民、アメリカの黒人、労働組合、ストライキあるいはまた「社会主義や無政府主義の思想や自由市場の思想そのものの考え方(7)」などのテーマを一度も扱っていない。

 雑誌の世界というのは物質的にも思考的にも終始一貫している。「こうした社会の姿しか信用しない歴史家がいるとすれば、当時のアメリカ人はみなとても裕福で上品だったと思いかねないことでしょう」と歴史家のローラン・マルシャンは皮肉に述べる。雑誌が吹聴する「社会描写」に労働者階級が登場するとき、彼らは二次的で機能本位の役割としてしか登場しない。「こうした社会描写は、運転手、家政婦、食料品店員などが彼らの雇い主に敬意と喜びをもって仕えている姿を描いているのです(8)」。この手の社会描写は新たに台頭してきた成金の下品さは表現せず、身なり、マナー、優雅さなど全く貴族然とした上流階級としてうっとりさせるものがある。1920年代と1930年代に家政婦はアメリカの広告イメージに広く登場するが、家事労働者は裕福な家庭においてでさえますます珍しくなっていた時代だ。マルシャンはその時代の広告の分析で、登場する家政婦の85%が「若く白い肌でスリムで主人と同じ顔の特徴を持つ」と指摘する。現実には当時のアメリカの家政婦のほとんどは比較的年配の黒人女性であった。

 雑誌の最後の役目は商業社会に対する抵抗を克服するところにあった。こうして、19世紀末のアメリカの雑誌で出版された架空の世界は、市場経済に適合した行動を評価し、消費に敵対的な社会規範を非難する。例をあげれば、1890年代に女性の自転車の使用がためらわれることがあった。というのは、保守的な考え方によれば自転車がマスターベーションを助長し家庭内の安定を乱すおそれがあるからであった。広告のみでは道徳的なパニックを抑えるのに十分でない。雑誌は1890年代を通して、自転車についての美談を増やすことによってその普及に取り組んだ(9)。その物語の中では自転車により遠出している最中の良家の若者たちが出会い、ついには結婚して家庭を築くことができた。特定のブランドを持ち上げる広告にはフィクションがつきものだ。広告はネガティブなニュアンスを和らげ、人々が想像するもののうちにポジティブな連想を構築するのに役立つ。物語というのは商品が世に正統性を見出したときに完結する。したがって1900年代からは自転車の話というのは雑誌上でもはやされなくなった。


  • (1) Mary Ellen Waller-Zuckerman, « “Old homes, in a city of perpetual change” : Women’s magazines, 1890-1916 », Business History Review, vol. 63, n° 4, Cambridge University Press, 1989, et « Marketing the women’s journals, 1873-1900 », Business and Economic History, vol. 18, Cambridge University Press, 1989.  

  • (2) Edward Bok, The Americanization of Edward Bok. The Autobiography of a Dutch Boy Fifty Years After, Charles Scribner’s Sons, New York, 1920.

  • (3) Marie-Claire, n° 1, 1954. Cité par Alexie Geers, Le Sourire et le Tablier. La construction médiatique du féminin dans Marie-Claire de 1937 à nos jours, Éditions de l’EHESS, Paris, 2016.

  • (4) Gloria Steinem, « Sex, lies and advertising », Ms. Magazine, Arlington (Virginie), juillet-août 1990.

  • (5) Michael B. Miller, Au Bon Marché, 1869-1920. Le consommateur apprivoisé, Armand Colin, Paris, 1987.

  • (6) Carolyn L. Kitch, The Girl on the Magazine Cover. The Origins of Visual Stereotypes in American Mass Media, The University of North Carolina Press, Chapel Hill, 2001.

  • (7) Richard Ohmann, Selling Culture. Magazines, Markets and Class at the Turn of the Century, Verso, Londres - New York, 1996.

  • (8) Roland Marchand, Advertising the American Dream. Making Way for Modernity, 1920-1940, University of California Press, Berkeley, 1985.

  • (9) Ellen Gruber Garvey, The Adman in the Parlor. Magazines and the Gendering of Consumer Culture, 1880s to 1910s, Oxford University Press, New York, 1996.



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年10月号より)