旧ソ連地域を襲うトルコ

カフカス地方のロシアとトルコの抗争


イゴール・ドラノエ(Igor Delanoë)

仏露研究所(モスクワ)副所長、歴史学博士


訳:生野雄一


 カフカス地方のナゴルノ・カラバフを巡って、トルコとロシアはそれぞれアゼルバイジャンとアルメニアの後ろ盾となって対立している。シリア、リビアに次ぐ、両国間の新たな抗争である。旧オスマン帝国の勢力圏回復の夢を追うかのごときトルコの動きに、ロシアも自国の緩衝地帯である旧ソ連地域を侵されるわけにはいかない。激しい戦争の一方で両国は交易面で重要なパートナーでもある。複雑に利害が入り組むなかで、この地域の情勢に関心の薄い欧州と国内事情に忙しい米国を尻目に、露土両国は、それぞれの思惑を含んだ対立と協調の駆け引きに余念がない。[日本語版編集部]

(仏語版2020年12月号より)

     

 ロシアとトルコは、シリアとリビアに続いて、またもや、もう一つの代理戦争を通じて対立している。ナゴルノ・カラバフを巡るアルメニアとアゼルバイジャンの確執がそれだ(1)。勢力圏争いとパワーバランスは露土関係の核心だ。北アフリカからレヴァント[東部地中海沿岸地方]、黒海、カスピ海にわたる「危機の弧」の真っただ中で、両国の野心が衝突している。

 ロシアとトルコは、天然ガスと原子力のエネルギープロジェクトを通じて地経学的な提携を結んだ。一部分が黒海海底を通る天然ガスパイプライン「ブルーストリーム」によって2003年からロシアはトルコにガスを供給している。2020年1月にはその姉妹版である「トルコストリーム」が、トルコのクユキョイ港を経て南欧および南東欧の市場に達した。また、ロシアの国営原子力企業ロスアトムがトルコのアックユに250億ドル(210億ユーロ)のトルコ初の原子力発電所を現在建設中である。2019年に261億ドルの貿易実績(2)を有する通商面での提携には、観光と農業分野での相互補完関係も含まれる。2019年に670万人のロシア人観光客がトルコを訪れた(3)一方で、2020年にはトルコがロシアの農工業製品の世界第2位の輸入国となる見込みだ。今になってみると、2017年末にトルコがロシアの対空防衛ミサイルS-400を購入したことが、米国の意に反して露土両国の軍産協力の強さを示すものだった。

 政治の面でも、トルコとロシアは世界情勢について似通った見方をしている。それは、両国が共通して西側に対して抱いている不信感と不満に根差しており、さらには、多極化した世界秩序が彼らの「力の戦略」を許容するとみる点で利益が一致していることに立脚している。この点では、彼らの対外政策は、近年軍事色を強める傾向にあり、戦力投射[自国の領土外に軍隊を派遣し作戦行動を展開すること]に関して新たな姿勢を露わにしている。

好戦的な汎トルコ主義

 しかしながら、こうした戦略は、ロシアとトルコの伝統的な勢力圏が重なり合う摩擦地帯の存在を浮き彫りにした。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、オスマン帝国が17世紀の最盛期に支配していた北アフリカおよび近東でのトルコの戦略的役割を復活させようとしている。アフメト・ダウトオール元外相(2009年~2014年)──その後首相となるが、[エルドアン大統領と対立して]2016年に更迭──は自国を地域の大国と表現したばかりではなく、世界に文化的・政治的影響力を及ぼし得る国であると語っていた。彼は、「近隣諸国とのトラブルゼロ」主義を説く一方で、ロシア南部からカフカス地方(アゼルバイジャン)、中央アジア(カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギスタン)、そして中国の新疆ウイグル自治区に至る「弧」に沿って点在するトルコ語圏の諸国民に向けて、イスラーム主義あるいは汎トルコ主義を慫慂(しょうよう)する対外政策を打ち出した。ナゴルノ・カラバフの紛争で発現しているのがこのベクトルであり、それは、エジプトやシリアの「アラブの春」の挫折、次いで2016年の反エルドアンのクーデタの企て以降、ますます明確に好戦的な響きを伴っている。エルドアン氏はアゼルバイジャンがアルメニアに報復する計画を公然と支持している。彼は、この戦争中の6週間にわたって発言し続けている「1国民、2国家」の概念に従って、トルコ語圏国家であるアゼルバイジャンの住民はトルコ国民の一部を構成するとしている。

 一方、ウラジーミル・プーチン氏は、ロシアが世界で第一級の地位を回復するための勢力拡大計画の核に「絶対的な支配」を据える。シリアでの軍事作戦の成功はロシアの影響力を高めるのに役立っている。にもかかわらず、ロシアが自国の死活にかかわると考える利害の核心は、引き続き旧ソ連地域だ。そこは、ロシアの政治・軍事を担うエリートにとって今でも防御帯地域と考えられている。ところで、トルコのナゴルノ・カラバフに関する姿勢は、まさにこうした地域において今やトルコがロシアに挑戦しようとするかにみえる。

 トルコはカフカス地方で一定の成功を収めたと言ってもよい。同国の熱狂的な政治的支持と軍事支援のおかげで、アゼルバイジャン軍は、独立を主張するアルツァフ共和国[別名ナゴルノ・カラバフ共和国]にとって緩衝地帯になっている南部の領土を奪還し、次いで、ナゴルノ・カラバフの中心にある象徴的な町シュシャを制圧した。アルメニア人たちは、更なる手痛い敗北を避けるために、11月10日、停戦協定を受諾し、彼らがまだ支配していた地域、すなわち、アグダム地域、ガザフ地域のアルメニア側領土にあるアゼルバイジャンの飛び地(期限11月20日)、およびキャルバジャルの戦略的地域(期限11月25日)とラチン地域(期限12月1日)を明け渡さざるを得なかった。ロシアの管理下にある幅5kmの回廊だけが、アルメニア領への安全な通行を可能にしている。

 ロシアの仲介で締結された停戦協定では、アゼルバイジャン領内に、(協定文書署名の当日、プーチン、エルドアン両大統領間の電話会談の合意により)ロシアとトルコによる敵対行為監視センターの設置が定められた。こうしてアゼルバイジャン内に前進基地を手に入れて、これによってトルコはトルコ語圏の中央アジアに対してより効率的に影響力を発揮できるようになると思われる。さらに、アゼルバイジャンのナヒチュヴァン自治共和国(アルメニア領内にある飛び地でトルコに隣接)とアゼルバイジャン本国の間に新たに回廊が整備されることになる。こうしてトルコは、ナヒチュヴァンとの国境を通じて、カスピ海およびその貴重なオフショアガス田にアクセスを得ることになる。この停戦協定は期間5年で更新可能だが、トルコが賭け金を回収するだけで満足するかどうかはわからない。協定文書のどこにもトルコに言及した個所はないが、イルハム・アリエフ アゼルバイジャン大統領はトルコ軍が停戦監視軍に参加する資格があると主張している。ロシアはこれを否定しているが。

 トルコが旧ソ連地域にまで勢力関係を広げたいと望むのは、他の戦線(シリア、リビア、東地中海)でのロシアに対する自国の立場を強化したい意向があるからだと思われる。そのうえ、黒海、カフカス地方、レヴァントの自国の至近距離でロシアの軍事プレゼンスが高まっているのをトルコは間違いなくプレッシャーと感じており、この率先行動は、それを軽減するための包囲網突破作戦と言える。ロシアの軍事プレゼンスの再強化を手をこまねいてみているわけにはいかないと思っている節がある。去る6月、標的船舶に対する攻撃の模擬演習中の米国の長距離戦略爆撃機B-1ランサーに、トルコの航空機が黒海上空で空中給油を行った。しかもトルコは、ロシアが2017年に自国の鼻先のシリア沿岸にあるタルトゥース(海軍基地)とクメイミム(空軍基地)を49年間の期限付きで手に入れたのをみて、ロシアとの戦略的バランスを取り戻すためにアゼルバイジャンでの軍事基地獲得を模索している可能性もある。

 一方ロシアにとっては、去る7月、トルコがそれまでキリスト教正教会の大聖堂であったアヤソフィアをモスクに再転換したことにも示されるように、同国がケマル主義の世俗共和国のモデルを放棄することは、心配の種だ。汎トルコ主義には、トルコ語を話す1億2000万人の人たちが住む旧ソ連地域(現ロシア国内を含む)に対するトルコの野心をロシアに危惧させるものがある(4)。ひいては、イスラーム教を政治的に利用して、人口の15%がスンニ派イスラーム教徒であるロシア連邦の領土自体が不安定化することを同国は惧(おそ)れている。1990年代および2000年代初頭に、深刻な紛争が北カフカス地方(チェチェン、ダゲスタン)を襲っただけになおさらだ。9月29日からトルコの治安当局がリビアとシリアから数百人のジハーディストをナゴルノ・カラバフの前線に移動させたこともロシアに激しい警戒感をもたらした。ロシアは、黒海とカスピ海において、トルコとの関係が微妙な友邦に躊躇なく働きかけた。すなわち、イランの艦艇が、9月末に行われたカスピ海域でのロシアによる多国籍軍事演習「カフカス2020」の海軍部門に参加した。加えて、11月には黒海で、「友情の架け橋」と命名されたロシアとエジプトの海軍合同演習が初めて行われた。

 しかし、トルコはこのゲームでもう一枚別のカードを持っている。ウクライナだ。2014年のロシアによるクリミアの併合を認めていないトルコは、だからといってロシアに対して制裁は行わず、ウクライナとの間で軍事技術協力を強めた。2018年にはウクライナは、イドリブ(シリア)、リビア、ナゴルノ・カラバフで使用されたトルコ製の無人戦闘航空機バイラクタルTB-2を6機発注した。さらに、ウクライナとトルコは新型無人航空機バイラクタルアキンチの開発でこの分野の協働を行った模様で、同機はいずれ完全にウクライナで製造可能になるとみられる(5)。ウクライナがドンバス地域で同機を使用すると、ロシアはシリアとリビアでトルコ製無人航空機に対して一定の有効性を示したパーンツィリ対空防御ミサイルなどの防空システムを配備するかもしれない。ロシアはまた、レーダーシステム「クラスハ-4」のような移動式電子戦システムを使うかもしれない。このシステムは明らかに、アゼルバイジャンが購入したトルコ製無人航空機(バイラクタルTB-2)やイスラエル製の「カミカゼ」(対レーダー無人航空機ハロップのタイプ)の脅威に備えてナゴルノ・カラバフで配備されたものだ。

 このように、「無人航空機戦」は、カフカス地方のカスピ海側山脈に至る広大な地中海地域で次々に起こる紛争においてロシアとトルコ間の新たなパワーバランスを左右する要素の1つなのだ。無人戦闘航空機を保有するトルコは、現時点ではそれを有していないロシアに対して有利な立場に立っている。ロシアはミサイル技術の優位性を利用してレヴァントと黒海の領空と領海を封鎖し、両地域からトルコを締め出した(6)。トルコの無人戦闘航空機はこの措置に対抗するものだ。

 無人戦闘航空機は、去る3月シリアのイドリブで真価を発揮した。当時この地域では、親トルコ派のジハーディストとロシアが支持するシリア政府軍との間で熾烈な衝突が繰り広げられていた。この場面において、ロシアはトルコの無人航空機の攻撃に見舞われている味方に有効な防空支援を行えないという深刻な困難に遭遇した。この技術のおかげで、トルコは、異例のことだが局地的にロシアの制空権に歯向かうことができたのだ。これは、米軍が占領しているユーフラテス川の東側地域を除けば、シリア紛争において一度もなかったことだ。

 2000年代の初め、プーチン氏とエルドアン氏が政権に就いて以来、ロシアとトルコは彼らの好むレアルポリティーク[イデオロギーや理想よりも現実の利害を踏まえた政治]に則って問題を切り分けることを選んだ。このアプローチにより、例えば、ウクライナに関する基本的な意見の違いは、ロシアと欧米陣営の間で起きたこととは反対に、両国の協調全体の妨げにはならなかった。シリア紛争だけは、一時期その例外となり得た。2015年11月末にロシアの戦闘機スホーイ24がトルコのF-16戦闘機に撃墜されたあとのいざこざがそれだが、2016年6月にエルドアン大統領がクレムリンに謝罪の書信を送ったことで撚りが戻った。

 軋轢をはらむ事件の再燃(ナゴルノ・カラバフ)、長引く潜在的な確執(クルド問題、キプロス、ドンバス、東地中海のガス田問題)、ロシアとトルコが敵対的な策を公言する勝敗の予測がつかない危機の存在(シリア、リビア)をみると両国の関係はどうなっていくのだろうかと訝しくなる。現在のこの状態がいつまで続くことになるのだろうか? 2005年7月にそうだったように、彼らを対立させているさまざまな危機をもっと包括的に解決するようなアプローチを検討しようとは思わないのだろうか? 当時、プーチン氏とエルドアン氏はソチで会談し、ロシアにとってのチェチェンの戦闘員、トルコにとってのクルド人の活動家という独立主義者ないしはテロリストの脅威に直面して、相互に支援し合うことで意見が一致したと言われている(7)。言い換えれば、彼らは、2国間関係がつまずいている2つの地域の安全保障問題を結びつけて解決しようと、不干渉合意を結んだというのだ。

 いずれにしても、この2人の指導者は妥協と交換条件による駆け引きを戦わせ得るだけの経験を積んでいる。彼らが勢力圏の論理を受入れ、欧州が地中海の戦略問題に無関心で、米国が新たな軍事的なリスクに及び腰であることから、プーチン氏とエルドアン氏はそれぞれの利益を共存させるために自由に振舞える余地がいっそう大きい。結局、彼らのどちらも、全面対決に及ぶようなことは望んでいないのだ。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年12月号より)