米中5G戦争の舞台裏



エフゲニー・モロゾフ(Evgeny Morozov)

The Syllabusの創設者、編集者。
著書にPour tout résoudre cliquez ici. L’aberration du solutionnisme technologique,
FYP Éditions, Limoges, 2014.

訳:出岡良彦 


 第5世代移動通信システム5Gの普及が始まろうとしている。5Gで世界をリードするファーウェイ(華為技術)を標的として制裁を繰り出すトランプ政権と、技術覇権の確立を最重要課題とする中国のあいだの攻防は激しさを増すばかりだ。貿易戦争の舞台裏にある米中両国の思惑に迫る。[日本語版編集部]

(仏語版2020年10月号より)


 1994年、ファーウェイ(華為技術)がまだ携帯通信機器の小規模なベンダーでしかなかった頃、創業者のレン・ジェンフェイ(Ren Zhengfei)氏が当時中国国家主席だった江沢民と面会した。人民解放軍のエンジニアからコンシューマー・エレクトロニクス業界に転身した経歴をもつレン氏は、「通信技術は国家安全保障上の問題です。その分野で自国の機器をもたない国は、軍隊をもっていないのと同じです(1)」と愛国心にあふれた進言をする。この賢明な言葉は米国を始めとする他国でも受け入れられることとなった。歴史の皮肉とでも言おうか、今日ではそれらの国々が、ファーウェイとその5G技術の影響力を自国の安全保障に対する脅威と見ている。

 株式を従業員が保有するこの非上場企業の特徴は、CEOが輪番制というユニークな経営体制、レン氏が「貪欲」だとする公開株式市場を嫌悪する姿勢、毛沢東的価値観の崇拝、「帝国主義」的な外国企業への中国の依存を打破するため自国内イノベーションを守り抜く考えにある。現在ファーウェイ・グループは170カ国に拠点を持ち、従業員数は194,000人以上になる。2009年からは産業面でも種々の国際標準化団体においても、5G開発の主要メンバーに数えられている。2020年夏、ファーウェイはサムスンを引きずりおろしてスマートフォンの売上で世界1位の座についた。中国で最もイノベーティブな企業のひとつとされている子会社のハイシリコンが設計したKirinという名のLSI[大規模集積回路]は、最上位クラスの市販品のなかでも、人工知能(AI)アプリケーションの推進役となっている。

 この目を見張るような成功の一端を担うのは研究開発への継続的な投資である。ファーウェイは年間利益の10パーセント以上を研究開発に投じていて、その額はアップル、マイクロソフトを抜き、2019年は150億ドルを上回り、2020年は200億ドルを見込んでいる。ちなみに、ドイツの自動車業界の2018年研究開発費は総額で300億ドル前後である。

 これらの数字もさることながら、ファーウェイは中国社会にとって象徴的な存在になっている。ベーシックな製品やありふれた規格品といった低レベルな領域から事業を始めたこの企業は、今やアップル、サムスンと肩を並べるまでになった稀有な例だからである。その軌跡はハイテク分野に対する中国政府の期待の大きさを物語る。中国は長いあいだ、外国製品の組立工場としての役割しか与えられてこなかった。それは、アップルの全製品の裏面に「カリフォルニア設計、中国組立」と屈辱的な表記がされていることからもわかる。ファーウェイの辿る道は、「中国設計、ヴェトナム組立」という新たな時代の幕開けの可能性を示している。

 仮に、ファーウェイの例に続く中国企業がほかにも出てきたら、米国による世界経済支配は相当揺らぐだろう。過去には、米国の勢力圏に強固な足場を築いたドイツや日本、またアジアの虎と呼ばれた国々が目覚ましい経済発展を遂げたのは事実であるが、その過程は米政府によって多かれ少なかれ遠隔操作されていた。21世紀初めになって米国人は、自分たちが油断しているあいだに、中国が自ら定めた国家間競争の目標を追って自力で頂点へよじ登るのを見ることに耐えられなくなっている。

 その点において、現在取りざたされている5Gを巡る問題は、中国による移動通信規格の支配というだけには到底とどまらない。5Gの技術によって、より多くの機器をより高速に接続することが可能になるとされ、それは個々の機器を通常の接続に加えて機器間でも接続し、データの生成源であるエンドユーザーに近い所でデータ処理を行うことで実現される。ところが、5G関連の広告キャンペーンを見ていると、産業用途に際しての課題が多数あることを忘れてしまう。ほとんどの利用者にとって5Gの効果はダウンロードの高速化と、おそらくは、ずいぶん以前から言われているモノのインターネット[Internet of Things。様々なものがインターネットにつながること]の実現にとどまるだろう。

ネット接続トースターの脅威 

 当然ながら、通信網設備、通信機器で高性能品の供給を目指すには巨額の投資が必要とされ、マーケットの争奪戦は熾烈を極める。しかし、ファーウェイと5Gは氷山の一角にすぎない。その背景にはもっと壮大な規模の経済的な国家間対立が展開されていて、中国が米国より優位に立とうと画策している。5Gが米国を慌てさせているとしたら、それは第一線へ送り込めるトップ企業がないからである。欧州はノキアとエリクソンという通信設備機器メーカー2社を擁するので、それほど焦りを見せていない。

 中国のハイテク企業に対する米政府の攻撃は広範囲におよび、通信設備機器メーカーのZTE(国有企業で5Gにも非常に積極的)、WeChat、TikTok、その他知名度は低いが多数の企業を対象にしている。しかしファーウェイが一番の標的であることは間違いない。その理由は、香港、新疆ウイグル自治区、南シナ海(2)などでの中国の蛮行を米国は絶えず非難し制裁し続けているが、ファーウェイはそのような臆面のない中国の本質を体現していると米政府の目には映るからである。ドナルド・トランプ氏はファーウェイにスパイウェイ(Spywei)というあだ名をつけて喜んでいるほどだ。

 世間はファーウェイの商業的成功を企業努力に相応するものとして見ているが、米大統領執務室から見ればそれは間違いで、ファーウェイの卑怯なやり口を象徴するものである。知的財産権を侵害し、ビジネスパートナーを威圧し、中国国家からのふんだんな援助を利用して販売価格を下げライバル会社をつぶす。南側諸国に通信網設備を建設しつつ深い依存関係に囲い込む。こうして中国政府が特に新シルクロード構想に沿って展開する「債務外交」を具現化している。さらに重大なこととして、ファーウェイの製品には中国政府が監視活動を広げるための「秘密の裏口」が装備されていると言われている。ファーウェイを中傷するなかでも最も想像力豊かな人々は、5G接続の冷蔵庫やトースターを送り込んでくる日も近いと言っている。

 このような批判の裏付けとしてたびたび挙げられるのが、2017年に中国政府が施行した国家情報法である。この法律は当局から要請があったときには情報提供に協力することを企業や一般市民に義務付けている。それとは別に「軍民融合」の加速もあり、米国をお手本にしてハイテク業界と軍部間の関係の柔軟化を図っていることが懸念される(3)。ファーウェイ側は、中国政府が国際的信用を損なうようなリスクは冒さないとして、スパイ行為の糾弾を断固否定している。

 いつものようにトランプ政府の主張は極めて信ぴょう性が低いか、ありもしない証拠によっている。それでも英国、フランス、イタリアといった多数の友好国、そして東欧諸国にも結集を呼び掛けて、各国の5G通信網からのファーウェイ排除を「促した」。といってもこれは婉曲な表現に過ぎず、米国務省が大使館を通じて行使した経済的、外交的圧力は相当なものである。そして、ほかのどの大陸でも事情は同じである。

 マイク・ポンペオ米国務長官の強力なロビイングによって、チリ政府は太平洋横断海底ケーブルプロジェクトからファーウェイを排除する決断を余儀なくされた。ファーウェイが幅を利かせているインドでは、中国との国境での激しい衝突ののち、中国政府に対する報復手段としてナレンドラ・モディ首相がファーウェイの採用・不採用のカードをちらつかせている(本紙Pourquoi la Chine et l’Inde s’affrontent sur le Toit du monde)。まだ公式の禁止令は発表されていないが、インド政府は国内企業のリライアンス・インダストリーズに頼ることを検討するかも知れない。

 ブレグジット問題を抱えている英国はやや動きが鈍かったが、2020年7月、断固たる措置をとり、2027年までに既存のファーウェイ製全設備を通信網から引き揚げるよう携帯通信事業者に要請した。この決定は驚きをもって受け止められた。英国はファーウェイ・グループにとって欧州戦略の中心と目され、ロンドンは欧州地域の本拠地であるファーウェイUKを招致していたからである。2010年にファーウェイがサイバーセキュリティ評価センター(HCSEC)を開設したのも英国だった。同センターは英諜報機関と組んでファーウェイ製通信網機器に確認されたセキュリティ欠陥を解析、修正することを任務としている。しかし、これらの良好な関係も米政府の脅しと英保守党からの非難に対しては無力で、非難を口にする陣営内に反中国の議員グループが構成された。現在の潮流と言えるだろう。

 欧州連合は5Gに関して共通政策を決定するには至らなかった。その主な理由は各参加国が主権を持つ国家安全保障の観点からこの問題が取り上げられたことにある。それよりは産業政策と国際関係の面からとらえるべきだっただろう。そうしていればノキアとエリクソンから5Gの巨大企業が欧州に誕生し、1社で補助金を潤沢に受け、研究開発でファーウェイと肩を並べる成果を出すことをミッションに掲げることができたかもしれない。ドイツとフランスからの圧力を受けた欧州委員会が、最近になって自由競争という固定観念を捨てて地経学的視点を考慮する気運を見せてはいるが、実際にそのような方向に進むとは思えない(4)

 欧州の大国で唯一、5Gに関する計画をまだ公表していないドイツは、2020年秋に決定すると約束した。この問題について政界の意見は分かれ、アンゲラ・メルケル首相の党でさえも分裂している。ベルリン駐在の米国人外交官はドイツ政界の要人と会う機会があれば必ず、ファーウェイを野放しにしたときの代償が高くつくことを繰り返し警告している。

債務外交 

 トランプ語録ではファーウェイは中国流の「暗黙の共産主義」を体現する企業かもしれないが、その台頭には別の解釈を必要とする。最も説得力のある説明のひとつが経済学者Yun Wen(5)のものである。現在のファーウェイCEOであるレン氏は、大言壮語を吐き、毛沢東思想の格言を好み、国家主義の傾向を表向きには見せているが、実のところは国家間の微妙な関係を知り尽くしているようだ。同氏の指揮の下、ファーウェイは1990年代には中国の田舎、続いて利益見込みの薄い南側諸国などの進出困難な地域に拠点を築き、それを橋頭堡としてより利益を期待できる市場の獲得に乗り出した。中国がアフリカやラテン・アメリカに触手を伸ばすのにともない、ファーウェイ並びに中国企業のZTEもその動きに乗じて通信網の建設に参画し、大規模なインフラ整備計画の財政援助として中国政府が現地政府へ融資した貸付金から間接的に恩恵を受けた。

 Yun Wenによると、ファーウェイの場合の債務外交は悪影響ばかりではなかったと言う。南側諸国でファーウェイ・グループが上げた収益は他のマーケットと相対比較するとわずかな額であるだけではなく、同グループによる地域展開は、毛沢東が提唱した「3つの世界論」の精神を汲んでいることもあり、かなりの数の有能なエンジニアや技術者を現地で養成する結果となった。

 米国はトランプ大統領、あるいはバラク・オバマ大統領時代よりも前から、ファーウェイにとってはつねにハイリスクの地域だった。2003年、ファーウェイは当時の主要なライバル会社だった米シスコシステムズから特許侵害で訴えられた。この最初のつまずきのあと、多くの失敗が続く。米企業への資本参加、経営権取得を全面的に禁止された後、現在では自社の顧客への直接のサービス提供、米国内での新製品発売の権限も失おうとしている。米国進出の当初から「ファーウェイは中国軍とグルになっているらしい」と繰り返し非難されてきた。2011年にはウォール・ストリート・ジャーナル紙の暴露記事(10月27日付)で、米国がイランに制裁措置を敷いているにもかかわらず、ファーウェイがイランと商取引をしたと報じられ、問題を一層深刻にした。2013年になるとファーウェイは米国からの撤退を表明し、今や、米政府での同社の存在はロビイスト集団と化している。

 17年前に最初の号砲が鳴らされていたのに、最近になって米国のアンチ・ファーウェイ運動が激化したのはなぜかと疑問に思うのは当然である。2018年末、米政府はレン氏の娘でファーウェイ最高財務責任者のモン・ワンツォウ(Meng Wan-zhou)氏を移動中の経由地カナダで逮捕する命令を出した。それ以来、ファーウェイ・グループの弱体化を狙って米政府はより厳しい制裁を発効している。トランプ氏は政府の公的年金基金に中国資本の会社には投資しないよう要求した。国と取引のある企業はファーウェイとは一切取引関係がないことを証明しなければならない。米証券市場に上場している中国企業については、会計を公表し、中国政府とのあらゆる接触を申告するよう命じられている。米政府の攻撃的な姿勢は、以下のような多数の地政学的、経済的要因が絡まり合って説明される。

 まず地政学的な面では、Yun Wenも指摘しているように、米国家安全保障局(NSA)の活動について2013年にエドワード・スノーデン氏が暴露した調査結果が興味深い。2010年、「shotgiant」というコードネームの作戦でNSAがファーウェイのサーバーをハッキングした。目的は2つあり、1つ目はファーウェイと中国軍の疑わしいつながりを示す痕跡を見つけることだったが、メディアに証拠資料が流れてこなかったことから成果は芳しいものではなかったに違いない。2つ目はファーウェイの設備にセキュリティ欠陥を見つけ出し、米諜報機関がイラン、パキスタンといった同社の顧客になっている国を監視できるようにすることだった。スノーデン氏の暴露資料のなかで、NSAは「ターゲット国のほとんどがファーウェイ製の機器を使って通信している。われわれはその製品を使いこなしてその回線にアクセスできるように知識を深めておきたい」とその思惑を隠そうともしていない。2019年2月、ファーウェイの輪番制CEOグオ・ピン(Guo Ping)氏がむしろ分別のあるコメントをした。「[ファーウェイは]米政府にとって厄介者なのです。なぜなら、監視対象にしたい人がいても監視させないからです」

 実際のところ、ファーウェイが5G競争の勝者になるようなことがあったら、諜報分野での米国の覇権はかなり危うくなるだろう。それはファーウェイが、例えば欧州のライバル企業ほどには、米諜報機関に非公式な協力をするつもりはなさそうだという理由だけからでもうなずける。

 次に経済的な面では、5Gに必要なハードウエア・インフラ以上に、5G関連の知的財産権網に注意しなければならない。まず何と言っても、5Gは規格である。それを利用しようとする通信網や機器はその技術仕様に準拠する必要があり、必然的に特許技術を使うことになる。Wi-Fi、タッチパネル、プロセッサーなどを備えた最新のスマートフォンは、少なくとも250,000件(2015年時点。今ではさらに増えているだろう)の特許で保護されている。2013年の推定では、そのうち130,000件が標準必須特許と呼ばれ、それを使うことで初めて5Gのような技術規格に準拠することが可能になる。

 モバイル通信技術の分野では、標準必須特許の保有者数と地理的分布が変化し、米国と西欧州で減少、アジア諸国で増加した(6)。特許には使用料がつきものである。例えば2Gその他多数の重要な規格の圧倒的勝者である米クアルコム社は、その売上高の3分の2を中国、その大半をファーウェイから得ている。ファーウェイ1社で2001年から60億ドル以上を特許使用料として支出し、その80%は米企業へ支払われた。この常軌を逸した額には中国政府も黙っていなかった。2015年、支配的な立場を濫用したとして9億7,500万ドルの罰金をクアルコムに科し、その3年後には、中国企業の事業活動がさらに不自由なものになるとしてクアルコム社によるオランダNXP社の買収計画を阻止するに至った(7)

「これは戦争だ」 

 状況は変わった。今やファーウェイは5G関連の標準必須特許を最も多く保有する企業のひとつである。それでも知的財産の世界的システムに極めて批判的な姿勢であることに変わりはない。グオ氏は特許使用料を「街道筋の追いはぎが要求する通行料」にたとえ、この「国際クラブ」のルールをより公平で万人が得をする方向へ改正することを呼び掛けた。ファーウェイが保有する特許が「必須」かというと疑わしいのはたしかである。あるアナリストが言うように、スマートフォンが飛行機だとしたら、ノキアとエリクソンの特許はエンジンとナビゲーションシステムに関するもので、ファーウェイの特許は客席シートと機内食カートにすぎないかもしれない。それでも、特許の効力がどうであれ、ファーウェイは依存状態からの脱出を果たしたのである。

 中国にとって、特許の被許諾者ではなく許諾者を目指すのは経済的に理にかなったことである。その甲斐あって、米国から大きく離されていた純特許料収入のギャップを埋めることに成功した。1998年、米企業は中国企業の26.8倍の特許料を受け取っていたが、2019年にはほんの1.7倍にまで縮まっていた(8)。当然ながら中国政府は国際標準化団体においても影響力を持ち始める(9)。国際電気標準会議(IEC)と国際電気通信連合(ITU)は中国人が代表を務め、国際標準化機構(ISO)の会長は初の中国人会長の3年任期が2018年末に終了した。

 国際連合では、中国は顔認証技術関連の規格策定に積極的な姿勢を見せた。ISOではアリババが熱い視線を送る分野であるコネクティッド・シティ[あらゆる都市機能をインターネットで接続し、効率的・持続的な発展を目指す都市]に格段の興味を示し、日本を脅かさずにはおかなかった(10)。そしてついに2020年、「中国標準2035」という意欲的なプロジェクトを華々しく発表した。その目標はハイテク企業と政府機関の協力関係を改善し、自国の利益に適った国際規格の策定を奨励することとしている。

 さて、米国はどうするのか。この分野を注視する人のなかには、目下の反中国キャンペーンと、米政府が日本の巨大メーカーを制圧しようとしていた1980年代の類似性を指摘する者もいる。1986年、富士通が歴史のある米半導体製造会社フェアチャイルド・セミコンダクタを買収する意図を表明したとき、レーガン政府と産業界の多くの人は息が詰まりそうになった。半導体業界のある要人は、1987年11月30日付ロサンゼルス・タイムズ紙で「これは日本との戦争だ。武器と実弾を使う戦いではなく、技術と生産性と品質を弾にする経済戦争だ」と多くの人の心境を代弁した。その数年前には、米政府が後押しした貿易上の制裁が奏功し、やはり日本の巨大企業である東芝がコンピュータの米国市場販売を阻止されていた。

 「これは戦争だ」というスローガンはたいして変わっていない。日米貿易紛争は日本の成長と引き換えに平和的な解決を見た。多くの中国人は今回も同じように、多少の譲歩と引き換えに恒久的な合意が結ばれることを望んだ。しかし、そのような結末はありそうもなくなってきている。この件について、トランプ政権は3つの陣営に分裂している。1つ目は大統領自身である。あらゆる点から考えて、米政府によるファーウェイ・グループへの攻撃は中国政府に対する貿易上の優位を固めるための、より壮大な戦略の一環をなしている。実のところ、5Gに関する中国の覇権を阻止することが本当の目的だとしたら、国有企業のZTEのほうがファーウェイよりもはるかにサンドバッグとして適しているだろう。ところがZTEは今のところ10億ドルの罰金を支払っただけで済んでいる。トランプ氏にとってファーウェイは貿易交渉の取引材料であり、キャンペーンのスローガンでもある。

 2つ目は、通商担当の米大統領補佐官ピーター・ナバロ氏と米通商代表ロバート・ライトハイザー氏がリードする「タカ派」陣営である。彼らの目には、中国の台頭を抑え込むことは死活問題であり、これまで以上にファーウェイを叩くことをためらわない。制裁をほかの中国企業にも広げようとする提案の裏には必ず彼らの影がある。最後となる3つ目の陣営は、表向き「ハト派」を装う軍産複合体である。そのもっともな理由が、中国市場は儲かるということにある。2019年、ファーウェイ1社で米国メーカーから190億ドル分の電子部品を買っている。米国内メーカーの対中貿易を妨げると他国のライバル企業を利することになる。

 2020年1月に署名された米中貿易協定が完全な形で実施される見込みがあるあいだは、スティーブン・ムニューシン米財務長官をはじめとする「ハト派」陣営は、ナバロ、ライトハイザー両氏の激しい反中国感情をなだめることができていた。しかし、地政学的状況の悪化とトランプ氏が中国の責任だとするCOVID-19の危機によって、その見通しが悪くなる。そしてファーウェイが決して実現しない取引の取引材料であり続ける可能性もでてきた。

 このあいだにも、報復措置は強まっている。2020年8月はじめ、ポンペオ氏がクリーン・ネットワーク計画の強化を発表した。この計画は中国共産党の悪意ある影響力をインターネットから一掃することを狙ったものである。その数日後に多少なりとも米企業に由来する技術を使う可能性を米政府から剥奪されたファーウェイは、その製品の生産継続が極めて困難になるのが必至となった。研究開発へ巨額の投資をして、エンジニア集団を抱え、自社発明を擁護してきたにもかかわらず、ファーウェイには自社で生産できず、中国で調達もできない部品があるのだ。

 最先端LSIのKirinも例外ではない。AIをベースとして動作する機能に不可欠なKirinは中国で設計されたものの、中国国外で製造されている。この15年ほどシリコンバレーと競争してきた中国は、この分野で著しい進歩を遂げ、顔認識などの技術では圧倒的優位に立つまでになった。とは言うものの、これまでの優位性はおもに機械学習アルゴリズムのトレーニングに必要となる膨大な量の入力データを収集できることにあった。そしてデータ収集を実行してきたのはデジタル技術をもつ中国巨大企業であるが、学生の安価な労働力を利用することで初めてそれが可能になっていた。ところが、このモデルは旧態の世界に対して考えられたものであり、台湾や米国で製造された高性能な部品が絶えることなく供給される世界を前提としていた。このサプライチェーンが破綻した今日、中国のAI技術は全面的に危機に立たされている(11)。ファーウェイに宣戦布告した米国はおそらく、ファーウェイが子会社のハイシリコンから自社用の半導体を調達するのを妨げると同時に、5Gにおいて先行するファーウェイにブレーキをかけようとしているのだろう。

 産業政策の点でも、米国が攻勢を強めている。米議会はオープン・アーキテクチャ[仕様の一部または全部を公開する規格]のネットワークを立ち上げるための資金準備を議決した。これは将来、ファーウェイとそのライバル企業のネットワークに代わりうるものである。これと並行して、現在米連邦議会で審議中の米国半導体製造強化法(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors for America Act、略称CHIPS for America法)の枠組みで米半導体製造企業に割り当てられる予算枠は100億ドルに至った。議会関係者は国家間の関係が緊張状態にあるあいだは、自国の先端IT企業の力を削ぐのを控えたほうがよいと悟ったようだ。シリコンバレーはこの機会を逃さない。トランプ氏がアプリ運営会社TikTokの攻撃を決めたのはフェイスブック経営者の助言に耳を貸してのことらしい。

 総じて中国政府の反応はさほど激しいものではなかった。ここで留意しておくべきは、中国は米国から攻撃されるまでもなく、何十億ドルもの国家予算を使って技術覇権を強化していたということである。そのあいだには、新型コロナウイルスによる危機の対策にその資金の一部が使われてもいる(特に5Gの展開が遅れた)。2020年5月、ファーウェイとその納入企業に関して新たな制裁をトランプ政府が発表した直後、習近平氏はいくつかのキー・テクノロジーにおける中国のリーダーシップを確立する目的で、2025年までに1兆4000億ドルを投じる計画を明らかにした。中国でいま最も流行している言葉が2つある。その1つはサプライチェーンと技術インフラからの「脱アメリカ」、もう1つは、国内市場への回帰と輸出可能な先端技術の開発を結びつける新たな政策方針を意味する「双循環型経済」である。

 TikTokの米国事業売却に向けての議論が調子よく進んでいるあいだに、中国政府は輸出管理対象となる技術リストの項目を追加した。そこにはコンテンツ・レコメンド・アルゴリズム[ユーザーの興味を推定し、おすすめとして提示するアルゴリズム]、音声認識、その他多数のAIアプリケーションが含まれている。米国の「クリーン・ネットワーク」計画に対抗して中国も「グローバル・データ・セキュリティ・イニシアティブ」という国際ネットワークを独自に立ち上げることを発表し、米国の監視とスパイ行為の防止を目的としている。

 いまのところファーウェイは持ちこたえている。モン氏が逮捕された直後から、制裁が厳しくなることを予期して部品の在庫を積み上げ始め、10~12カ月分を確保した。しかしそれまでに旧仕様品になる部品もあるかもしれない。ファーウェイは5G通信網の契約も多数抱えている。ついには、自社製品がアンドロイド[米Googleが中心となって開発した主にモバイル機器向けのオペレーティングシステム]の更新にアクセスできなくなりそうだということもわかっているので、独自のオペレーティングシステム「ハーモニーOS」の開発を決定した。

 近い将来、ファーウェイがどうなっていようと、「技術覇権は必須のものである」というメッセージは中国、ロシア、その他各国の政府にはっきりと届いた。トランプ氏の宣戦布告よりずっと前に中国はそのことを理解していた。そのトランプ氏は緊急事態だと言って人々を焦らせただけである。「技術の自立がなければ、国家の自立もない」というレン氏の数多くの格言のひとつを中国政府に実践させたのが実に米政府であるとは、なんとも逆説的なことだ。皮肉なことに、ファーウェイを敵として戦う米国が、先端技術分野で大きく先行し自立した中国を育ててしまった。中国のサプライチェーンから米国企業は完全に姿を消されるかもしれない。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年10月号より)