下水道は衛生監視人

下水の意外な利用法


モハメド・ラルビ・ブゲラ(Mohamed Larbi Bouguerra)

チュニジア科学・文学・芸術アカデミー(カルタゴ)のメンバー、
フランス国立科学研究センター(CNRS)の元客員研究者


訳:生野雄一


 人間の生活排水を運ぶ下水には、細菌やウイルスに関するものなど保健衛生上の貴重な情報が豊富に含まれている。個人からサンプルを採取する場合に求められるプライバシー保護などのプロセスを経ることなく、広範囲で多様な情報を継続的に収集できる利点が近年注目されている。[日本語版編集部]

(仏語版2020年10月号より)

Please Keep Clean Water in Shallow Dishes to Help Birds Survive The Current Heat Wave!! by Koshy Koshy


 1月終わりに最初の重症症例が発見され、2月の終わりに最初の死亡者が出たとき、新型コロナウイルスがヨーロッパに到来した経路は明らかだと考えられていた。ところが、イタリアの国立衛生研究所が別の筋書きを発見し、去る6月18日に公表した。同研究所の水質・保健衛生部のジュゼッピーナ・ラ・ローザ氏の説明によると「2つの研究室が2つの異なる方法で得た結論では、Covid-19[新型コロナウイルス感染症]のウイルスであるSARS-CoV-2のリボ核酸[生体内で遺伝情報の処理に関与する物質]が、2019年12月18日にミラノとトリノで採取された下水サンプルのなかに存在していたことが確認されました。2019年10月および11月のサンプルはすべてのコントロールサンプル[結果の妥当性を検証するための参照サンプル。本件の場合は、2018年9月から2019年6月までに採取した、ウイルスの存在を確実に除外できる24の対照サンプルを調査]と同様に陰性でした(1)」。この発見は 、中国由来の感染症が世界中に拡散したメカニズムを理解するうえで貴重なものであり、さらに、2019年12月終わりのフランスでの呼気サンプルやバルセロナの下水を後になって調査してみて同様に陽性と判明しており、それも最初の感染症例が公表される40日前のことだった。

 下水設備網は人間の代謝で排出された化学物質を運んでおり、食品、医薬、さらには摂取された違法薬物、そして人々が罹患している病気に関する情報が豊富である。デルフト工科大学(オランダ水研究所)のヘルトヤン・メデマ教授の説明では「ある1つの下水処理場で100万人分を超える下水を集水できます」と言う。同教授は、水環境での感染症の伝染について研究している(2)。排水を追跡し研究することは医学的な検査よりもコロナウイルスの拡散をより良く推定することができる、というのも、前者は、軽症または全く無症状の人をも対象に含めているからだ、と言う。フランスでは、下水疫学観測所(Obépine)が、イル=ド=フランス地域圏の3つの下水処理場で3月5日から4月23日に発見されたウイルスの量とCovid-19の症例数の相関関係を明らかにしている(3)

ウイルスは人類の唯一のライバル

 すでに、浄化前の下水の分析は、アヘン依存症とそれによる多数の死者発生という惨事に見舞われた米国で貴重な貢献をしていた(4)。2006年から2014年の間に、米国の製薬業界は常習性の可能性のある薬剤を600億錠販売しており、約30州に対して訴訟を終結させるために192億ドル(170億ユーロ)の支払いを余儀なくされたばかりだ(5)。マサチューセッツ工科大学の若い卒業生のグループが、ノースカロライナ州ケーリー市の下水を分析した。この州は覚せい剤としてアヘンが使われたことでとりわけ被害を被った州だ。彼らは、2018年の夏の間に、個人のプライバシーを侵すことなく同市の下水に含まれているこれらの強い鎮痛剤の分布図を作成することができた。この地理的位置情報を使って、ケーリー市はこれら薬剤の危険性を注意喚起するターゲットキャンペーンを立ち上げ、過剰摂取件数の著しい減少を達成した(6)

 今日、人や家畜に対する抗感染症薬の大規模な使用によって生じる遺伝子や抗生物質耐性菌(ARB)の世界中への伝播が、加速する人の移動で大いに容易になっている。危険地帯と耐性のある病原体の拡散経路を突きとめる目的で、研究者の国際チームが最近取組みを始めたのが、5つの空港の下水と、衛生設備(トイレ)を多くの国の不特定多数の人が一緒に使う定期航空便機内の排水の分析だ(7)。彼らがそこで発見したのは「途方もなく多様かつ大量の、ARBと抗生物質耐性遺伝子[他の病原体などに抗生物質への耐性をもたらす遺伝子]の源」であり、この発見はとりわけ、複雑な環境から採取されたサンプルに関する遺伝子配列研究の新しい方法(メタゲノム解析)のおかげである。比較のために、彼らは空港に繋がっている公営の下水処理場と繋がっていない処理場のそれぞれの下水に存在する、この種の遺伝子とバクテリアを計量した。予期したとおり、航空機内の排水は市中の下水道網で検出されるものに比べて、可動遺伝因子[遺伝子の複製に関わる遺伝子]を並外れて濃く、しかもはるかに多量に含有している。憂慮すべきは、航空機内の排水に発見されたいくつかの大腸菌株がそれぞれ複数の型の抗生物質の分子に対して通常よりもはるかに強い耐性を示していることで、そのなかにはいくつもの細菌対策に大変有効なセファロスポリン[抗生物質の1つの種類]が含まれていることだ。この研究者の国際チームが達した結論は、空港の排水は、通常の環境ではみられない抗生物質に耐性をもたらす遺伝子の水環境への拡散を助長する点において脅威になる可能性があるというものだ。

 感染症の大規模な世界的流行に再び見舞われるときに、都市排水を日常的に監視することは行政当局にとって警報手段として役立つ可能性がある。オランダ国立公衆衛生環境研究所の研究者たちは、臨床検査で発見したCovid-19の最初の症例を当局が確認したわずか4日後に、スキポール空港の排水からSARS-CoV-2ウイルスの存在を確認した。メデマ教授の微生物学チームは、アーメルスフォールト市[オランダ、ユトレヒト州の都市]の下水からウイルスのリボ核酸を、なんと感染が世間に報道される前に検出した。イタリアでは、国立衛生研究所が下水中のコロナウイルスの追跡網を立ち上げることを提言した。フランスでは、前述の調査を行った下水疫学観測所の研究者は「器具の準備や倫理的、経済的な理由などから人間相手に検査を行うのが難しい場合、特に貧しい国々の場合では、下水が住民の持つ病原体検出の代替手段になり得るし、おそらく早期検出につながる(8)」と考えている。

 「地球を支配するうえで人類の唯一のライバルはウイルスである」と1958年にノーベル医学賞を受賞したジョシュア・レダーバーグ氏は断言した。現在進行中の感染症の世界的流行は、ウイルスは水中・陸上を問わずあらゆる生態系において最も豊富にみられる存在だということを想起させる。



  • (1) Communiqué de l’Istituto superiore di sanità n° 39/2020, 18 juin 2020.
  • (2) Cité dans Smriti Mallapaty, «How sewage could reveal true scale of coronavirus outbreak», Nature, Londres, 3 avril 2020.
  • (3) Cf. Sébastien Wurtzer (coll.), «Evaluation of lockdown impact on SARS-CoV-2 dynamics through viral genome quantification in Paris wastewaters, 6 mai 2020.
  • (4) Lire Maxime Robin, «Overdoses sur ordonnance», Le Monde diplomatique, février 2018.
  • (5) Cf. Jan Hoffman, «Opioid settlement offer provokes clash between States and cities, The New York Times, 13 mars 2020.
  • (6) Cf. Celia Henry Arnaud, «Mariana Matus means to combat the opioid epidemic with chemical data, Chemical & Engineering News, vol. 98, n° 9, Washington, DC, 8 mars 2020.
  • (7) Cf. Stefanie Hess et al., «Sewage from airplanes exhibits high abundance and diversity of antibiotic resistance genes, Environmental Science & Technology, vol. 53, n° 23, Washington, DC, 12 novembre 2019.
  • (8) Sébastien Wurtzer (coll.), op. cit.

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年10月号より)