フランス・アンテール(「読者の手紙」欄より) 



訳:生野雄一 


 ダヴィッド・ガルシアのフランス・アンテールの調査記事(本紙8月号。邦訳は日本語版9月号「フランス・アンテールのお好み」参照)には、多くの反響があった。以下に2つの投稿を紹介する。[日本語版編集部]

(仏語版2020年9月号より)


当記事は「やや公平性を欠く」(アラン・ブランシャール氏) 

 この記事によれば、フランス・アンテールは主として裕福で教養のある階層(CSP+)を対象としており、それほど裕福でない庶民層や彼らの暮らしの問題を軽視しているとのことです。私は、全般的なトーンや言葉づかいに関しては、フランス・アンテールの「高尚な」話しぶりよりも、サッカー、歌、ラップ、または自動車や化粧品のコマーシャルの合間に“Grosses Têtes”[民放局のクイズ番組]を終始放送し続ける方が「大衆」を軽んじていると思います。社会や社会制度の諸々の問題の多様さに関する配慮も、フランス・アンテールは比較的良くやっています。因みにガルシア氏は、フランス・アンテールには、コマーシャルに中断されることなくリスナーの声を聞いて、物事の理解を深めることができる「お答えします」といった番組があることに言及していません。質問内容の選択になんらかの……「選別」が行われているとは推察しますが。 

 しかも、フランス・アンテールの番組内容がル・モンド・ディプロマティークに同調するものでもなければ単なる左派寄りというのでもないことは、実際、誰も否定できないでしょう。ところで(……)フランスのラジオ放送にはもっと大きな問題があります。民間メディアが億万長者に所有されていること、命令にそのまま従うというよりは、順応的姿勢とポリティカル・コレクトネス[差別や偏見を防ぐ目的で政治的・社会的に公正・中立なことばや表現を用いること]の訓練を受けた「番犬」ジャーナリストとコメンテーターたち、ソーシャルネットワークに取り込まれた若者のメディア離れ、社会的・文化的に最も恵まれない人々の声を拾っていないこと、これらすべては残念ながら事実であり貴紙でもよく取り上げていることです。もっとも私は、政治面であれ、(一番油断がならない)経済面であれ、フランス・アンテールが権力から最も干渉を受けている放送局だとは思っていません。ただし、ラジオ・フランスの放送局全般について、以前のようにコマーシャルを全くなくし、永続的な公的財源は確保しながらも時の政治権力との結びつきを断ち切る仕組みを見つけることが、おそらく緊急に必要でしょう。

番組の体裁より本質的な分析が欲しかった(ヤン・フェア氏)

 ガルシア氏が非難するフランス・アンテールの「知性的」でエリート主義の側面は、私には不快ではありません。適切な人物が登場し、入念に組み立てた発言や思想を伝えるラジオがあるのは喜ばしいことです。終始意味のないことをまくしたてるラジオよりも良いと思います。

 ガルシア氏はフランス・アンテールがコマーシャル嫌いのリスナーの逃げ場になっていると言いますが、放送中に流れてくるスポット広告は相当にどぎついものです。この種の広告が増えており、「大事な」タイミングで割り込んでくるのは耐えられません。いわばこれは公共サービスの劣化であり営利事業への変容を物語るものです。

 従って、番組コンテンツをきちんと分析した方が私にはもっと興味深かったかも知れないというのが、本当のところです。Covid-19感染流行の危機に関するフランス・アンテールの取り扱いは、この放送局には相応しくないやり方に思えました。政府声明を伝える歯車にしかみえませんでした。しかもガルシア氏が強調し明らかにしたように、ラジオ・フランスの経営陣と権力者は近い関係にあります。今般の公衆衛生の危機や人々の日常生活に関する政府の判断を批判したり、それと距離を置いたりすることもありませんでした。(……)フランス・アンテールは世間を騒がせるなという命令を受けているかのようでした。また、ロックダウンが解除される時期はロビイングの場そのものでした。どれほど多くのビジネスやツーリズムの代表者がフランス・アンテールのスタジオに招かれて発言したことでしょうか? コロナ禍後の新しい世界についてモゴモゴした発言の裏には、はっきりしたメッセージがありました。つまり、もっと消費して、バカンスに出よう!というものです。コマーシャルは、これこれの車などを買って愛国的で社会の死活にかかわる重要な行動をとろうと呼びかけていました。今朝も、8時のニュースの話題の一つは預金残高が過度に高水準になっているというものでした。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年9月号より)