裕福で教養あるリスナーがお好き

フランス・アンテールのお好み


ダヴィッド・ガルシア(David Garcia)

ジャーナリスト


訳:生野雄一


 フランスのラジオ放送のなかで最も多くのリスナーを得ているフランス・アンテール(France inter)。フランス社会の多様性を正しく伝えることが公共放送の使命としつつも、実際は、「外交官と大臣の子どもたち」である一部のエリートに番組制作や運営が牛耳られて、スタジオの出演者たちも高学歴の知識人階層に限られ、労働力人口の約半分を占める庶民階層のプレゼンスはない。社会の下層に暮らす人たちや、体制に異議を唱える人たちに関する放送時間は少なく、そうした傾向を持つ番組は次々に中止に追い込まれていく。フランス・アンテールの実情に迫るルポルタージュ。[日本語版編集部]

(仏語版2020年8月号より)

CC BY-SA by Zairon


 フランス・アンテール[国営の公共放送ラジオ・フランス傘下の放送局]から流れてくる、いつもの一日はこうだ(1)。2019年11月18日、6時20分、某大都市の市長が登場。7時50分、テレビ演出家が語る。7時から9時の時間帯のこの朝番組の花形インタビュアー、レア・サラメとニコラ・ドモランは、8時20分、女性政治家を迎える。この日はこのあと、歴史家2名、政治学者、研究者、大学の学長、医師3名、心理学者、ジャーナリスト2名、労働組合トップ3名、俳優2名、映画プロデューサー、小説家等々、そして女子奨学生と続く。ところで、管理職および上級の知的職業従事者は労働力人口の5分の1にも達していないが、この公共ラジオ放送のマイクを独占している。

 この日11月18日に、広い意味での庶民階層(農業者、事務労働者および生産労働者、これに看護師の出演時間と奨学生と親の証言記録を加えた)に充てられた時間はといえば、5時から23時16分までの間で29分だけ。つまり、報道、娯楽、文化の部からなるフランス・アンテールの放送時間の2.6%でしかない。しかし、調査会社が使う「CSP-」(「下級の」社会職業カテゴリー)という軽蔑的な表現に分類される人たちは、生産年齢人口の47.9%(農業者1.5%、生産労働者19.6%、事務労働者26.8%)を占めるのだ(2)

 それでも、この日の朝番組のニュース報道は「黄色いベスト」運動を3つの小さいテーマに分けて報道した。充てられた時間は3分32秒だった。ルーアンのルーブリゾール社の工場爆発で被害を被った農業者への補償問題が1分52秒を占め、リスナーの関心を惹いた。他の番組が7分を割いたストラスブールのバイパス高速道路プロジェクトへの反対運動の報道と合わせても、社会の多様性という観点から言えばフランス・アンテールの報道は断片的なものにとどまっている。このラジオ局が画一的な思想と文化の下で番組制作を行っていることは隠しおおせない。

 2019年11月18日から24日までに、このラジオ局のスタジオには177人の出演者が訪れた。その全員が、文化的にも経済的にも恵まれた上位中産階級の人たちだ。2つの小さな例外があるが、聴取率の低い時間帯だ。22時から23時の間に、「新たな出会い」という番組で女子奨学生の1人と女性の長期失業者1人が「証言」を行っていた。

 このような報告は新しいことではない。すでに2014年に、ジャーナリストのフランソワ・リュファン(現在は国民議会議員)の主導で創設されたグループ「フランス・アンテールに新風を」の計算では、事務労働者と生産労働者に充てられた放送時間は1.7%だった(3)。フランス・アンテールが庶民階層に関心がないのと同様、庶民もフランス・アンテールに興味がない。ラジオ・フランスが秘密裏に行った内部調査によると、リスナーのわずか11%だけが「CSP-」に属している(4)。傘下の主要な6つの総合放送のなかで、フランス・アンテールが下位層の労働者からの評価が最も低い。にもかかわらず、フランス・アンテールは2019年にフランスで最も聴取されているラジオ放送に選ばれた。つまり、「大衆に人気がある」ことが必ずしも労働者階級には結びついていないということだ。

 上記の「フランス・アンテールの聴取者構造」に関する内密の調査によって、同局が教養ある中産階級のラジオ放送だという位置づけが裏付けられた。「フランス・アンテールは、競合するラジオ放送局に比べて、CSP+の聴取者の割合が大きい(39%)のが特徴で、その内訳は、企業主・管理職および上級知的職業従事者(19%)、それに中間職[教育職、技術者、公務員、企業中間職、技術者などのうち、管理職と労働者の中間に位置する職務]従事者(17%)が多く、残りは手工業者と商業者だ。フランス・アンフォ[ラジオ・フランス傘下のニュース専門チャネル]だけがフランス・アンテールよりCSP+の聴取者の割合が高い」とこの調査は分析している。

 しかし、傘下に7つの公共放送チャネルを抱えるラジオ・フランスの「使命と責務の規定」には、「フランス社会の多様性をできる限り正しく伝えるよう留意する」と書かれている。が、その花形チャネルであるフランス・アンテールでは、フランス人の大多数が支払う受信料で制作された番組は少数の中産階級と高等教育終了者に奪い取られている。

外交官と大臣の子供たち

 フランスで第一のラジオ放送の地位を誇るフランス・アンテールの広報部門は、直近の調査(5)に基づいて、国民の支持を得ていると主張する。「フランス・アンテールの問題意識は卓越しているとリスナーが判断しており、生まれ、性別、世代の違いなどの社会の多様性の取扱いに関する調査項目全体の90%以上を支持している」

 視聴覚最高評議会[フランスの電気通信、放送等の監督を行う規制機関]の元メンバーで、レユニオン島の、11人の子どもがいる貧しい家庭で生まれたメモナ・インターマンの評価はそれほど好意的ではない。フランス3[国営フランス・テレビジョン傘下のチャネル]でかつて有名なレポーターだった彼女はこう打ちあける。「フランス・アンテールを聴いていると、現実のフランスとは違う、生活苦を知らない中産階級のフランスという別の国があるように感じます。外交官や大臣を親に持つようなこの朝番組のパーソナリティは、彼らの間で使うことばまでもがお友達ことばです」

 5月22日金曜日、8時20分、アリ・バドゥがエコール・ポリテクニーク[グランゼコールの1つ。理工系エリートの教育研究機関]で哲学を講ずるミカエル・フォセル教授にインタビュー。コロナウイルス時代の世界を考えるというテーマでの知識人との対談シリーズの一場面だ。聴取率の高いこの時間に、哲学の教授資格を持ちパリ政治学院の元講師であるこのジャーナリストは「デカルトの炉部屋」[訳注1]に関する質問をする。次いで、3分後には「哲学の梟(ふくろう)の黄昏時の飛翔」[訳注2]に言及する。唐突に出てきたこれらの難解な引用は著名な思想家(後者はゲオルグ・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル)の著作から取られたものだ。哲学の古典になじみのないリスナーは離れていく可能性がある。

 パリ高等師範学校卒で英語の教授資格を持つオギュスタン・トラプナールは月曜日から金曜日の9時からの教養番組「ブーメラン」の司会者だ。フランス・アンテール特有の高尚なスタイルと気取った雰囲気の番組だ。同様の例を挙げると、それぞれ流儀は違うが、生き方に関する番組「どうぞお好きに?」(6月25日のテーマは「2020年を生きるのにプラトンはどう役に立つか」)、トレンディーなポップカルチャー番組 「Popopop」、難解な「ブルーアワー」、「仮面と筆」、あるいはロックミュージック番組「Very good trip」といったところだ。共通点は、ビッグCカルチャー(大文字Cの文化)[訳注3]だ。

 「フランス・アンテールは高等教育を受けた人たちのラジオだ。出演者たちに問いかける質問を通じて、番組のジャーナリストや司会者は、多くの場合確固とした文化資本を持つリスナーに呼びかけているのだ」とラジオ史家のドニ・マレシャルは分析する。フランス・アンテールで37年間、現場を取り仕切った歴史的人物であるダニエル・メルメ[調査・ルポルタージュ番組「そのときあなたなら」(1989~2014)のプロデューサー兼司会者]はもっと直截に言う。「フランス・アンテールは教養のある上位中産階級に乗っ取られた」と。この公共放送は常に他チャネルとの違いを標榜してきた。かつては「違いを聴いて下さい」とか「フランス・アンテール、聴いて考える力のある人のために」というのがキャッチコピーだった。

 こうしたスローガンはラジオ放送界でのフランス・アンテールの特異性を反映している。ときには良い面もある。このチャネルはニュース、特に国際的なニュースをコンスタントに扱うことで際立っている。「毎日、1時間半を国際情勢の報道に充て、フランスのどの総合放送の視聴覚メディアをも圧倒している。フランス・メディア・モンドは別だが」と、ラジオ・フランスの国際報道センター長のジャンマルク・フール氏は自賛する。フランス・メディア・モンド[国営の国際放送専門機関]は、フランス24、ラジオ・フランス・アンテルナショナルとアラビア語ラジオ放送のモンテ・カルロ・ドゥアリヤを擁するグループだ。2014年から2017年までフランス・アンテールの編集部を指揮していたこの人物は、同局が取り扱うテーマの多様性と世界中を「バランスよく」報道している点を指摘する。

 2009年から2014年までラジオ・フランスの経営トップを務めたジャン=リュック・エースはフランス・アンテールが掲げる編集方針を強調する。ノルマンディーに住む同氏は馬に餌を与えてから我々の質問に答えた。「ユーロップ1[民間の総合ラジオ放送]のリスナーが減ったのは番組の品質が落ちたからです。コンテンツの独自性を保ち、今までどおり広告をほとんど入れなければ、フランス・アンテールの将来は明るいでしょう」と、この総合公共放送局で自分のキャリアの大部分を過ごしてきたジャーナリストは主張する。事実、放送時間1時間あたりのコマーシャルの時間は、フランス・アンテールが5分のところ、競争相手の民放のRTLやユーロップ1では16~17分なので、前者はコマーシャル嫌いのリスナーの逃げ場になっている。フランス・アンテールのリスナー獲得成功は、一部はこうした消極的な「選局」によっている。

 広告の煩わしさから自由なフランス・アンテールは、その代り、聴取者数のグラフから逃れられない。4月9日、ラジオ聴取者に関する四半期報告が発表されたその日に、フランス・アンテールのローランス・ブロック局長はこうツイートした。「毎日700万人の皆さまが聴いて下さっています。これは記録的な数字です」。リスナーの構成に関する調査を増やし、リスナーのタイプに合わせて提供する番組の「セグメント化」を行う。つまり、民放と同じように、ラジオ利用者の需要を満たすためにあの手この手のマーケティング・テクニックが繰り広げられるということだ。2006年にフランス・アンテールの局長に任命されたフレデリック・シェジンガーがこの手法を導入した。これは彼が、かつてラガルデール・グループの音楽視聴覚センターのトップを務めた経験に基づいていた。彼は、ユーロップ1を経営するために2017年にラガルデール・グループに戻るのだが、その前に2度目のラジオ・フランス勤め[2014年~2017年]をしており、その時の肩書は複数のラジオ局を統括する副社長だった。

相次ぐ番組中止

 80歳代の矍鑠(かくしゃく)としたジャン=マリー・カヴァダは、パリ西部のカフェレストランの彼個人用のテーブル(彼の名前が刻まれているプレートでそれとわかる)で、私たちを迎えてくれた。「高品質の庶民ラジオ」を標榜して1999年から2004年までラジオ・フランスの最高経営責任者を務めた同氏は、リスナーの眼に「文化界の一部の著名人たちが『識者』然として映る傾向がある」のを嘆く。

 だが、フランス・アンテールの報道部門担当部長のカトリーヌ・ネイルは満足げだ。「フランス・アンテールのリスナーは平均年齢が54.8歳で、総合放送ラジオ局のなかで最も若いのです。私たちはこの5年間で100万人の若いリスナーを獲得しました」。RMC[ラジオ・モンテ・カルロ。民放]だけは、スポーツを中心とした番組を持っていて、リスナーの若さを誇っている。でもそれは、はるかに庶民的な人たちだ。

 おそらく次のことで事態を理解できる。地方の公共ラジオ放送のネットワークであるフランス・ブルーのリスナー構成は[同じラジオ・フランス傘下の]フランス・アンテールと全く逆だ。この地方ラジオ放送のリスナーの内訳は、24%が生産労働者、事務労働者または農業者で、わずか18%だけがCSP+に属する。フランス・ブルーは労働者階級と農業者、フランス・アンテールは上位中産階級、ということなのか? 「ラジオ・フランス全体としては、大まかにはフランス国民の多様性に沿っていると言える。それは傘下チャネルの相互補完性によって実現している」とフランス・アンテールの某幹部は強調する。

 「そのときあなたなら」のプロデューサーであるダニエル・メルメは、聴取者数は大手公共ラジオ放送にとって「唯一の指針」ではあり得ないとする考え方を支持してきた(6)。声なき人たちの声を伝え、ネオリベラルの秩序に対する社会的・政治的な抵抗を追って、彼の番組は25年間毎日放送されてきた。その番組は2014年6月に中止された。しかし、「そのとき」はオンラインメディアに姿を変えて依然として続いている。

 フランス・アンテールで 「そのときあなたなら」が中止となってから、同様の指向を持つ番組が次々に消えていくこととなった。「カロリンヌ・カルティエとともに」、「フランスでの出来事」、「都市周辺部では」、「先住民を訪れる」、「ソロ・ソーロのアフリカ」、「エルヴェ・ポーションとともに」、「うわさでは」がそれだ。これらの番組に共通しているのはフランスの社会的・民族的な多様性を表現していたことだ。メルメのかつての3人の仲間によって共同プロデュースされた「うわさでは」[2014年8月~2019年6月]は毎週土曜日の16時から17時まで放送されていた。「黄色いベスト」に共感したルポルタージュを境に、5シーズン目でこの番組は最期を迎えた。

 2018年12月8日、世の中では反乱の機運が高まっていた。前の土曜日には「黄色いベスト」が凱旋門を占拠した。ラジオ・フランスの最高経営責任者シビル・ヴェイル氏は、心配になって 、フランス・アンテールの局長をともなって「うわさでは」が放送される間、スタジオに来ていた。レポーターのシャルロット・ペリーが次のように切り出したことで、雰囲気は決定的になった。「フランス本土の四方八方(ママ)で道路が封鎖され、バリケードが築かれ、人々が集まり、既存体制、すなわち、苦しむ大衆を食いものにするエリートの優越的地位に異議が唱えられています」。ヴェイル氏は無表情にじっと黙っていた。彼女は、国立行政学院でエマニュエル・マクロン氏と同期生であり、その夫セバスチャン・ヴェイル氏は国家元首マクロン氏の側近中の側近である。「うわさでは」の共同プロデューサーであるギヴ・アンクティル、アントワンヌ・シャオ、そして シャルロット・ペリー は数日後に呼び出された。ローランス・ブロック はこの3人のプロデューサーに対してあまり「人を不安にさせる」ような放送をしないように警告した。「私たちは人々を怖がらせるためにここにいるのではありません」。そしてこう続けた。「あなた方の番組はCGT(フランス労働総同盟)のアジびらのようです。聴いていて、ぞっとしました」。「うわさでは」はシーズンの最後まで続き、完全に消えた。

 実際、ローランス・ブロック局長が推進する「進歩主義」はどちらかというと社会に関するものだ。「社会の持つ弱さというものは、社会のあらゆるところで現れているはずだ」(7)という。まさに、彼女の言うところでは、市民が政治的に立ち上がるときは、同局全体がそのニュースで埋まるという。こちらでは2分のニューステーマを、あちらでは「編集部によるズーミング」(月曜日から金曜日の7時16分から4分間)、また、ときには「アンテルセプシオン(盗み聞き)」でのルポルタージュ(日曜日の朝、45分間)という具合に。この10年間で、社会闘争に充てられる放送時間は10分の1になった。庶民の地区を取材する番組「都市周辺部では」は、最後には4分しか与えられなかった。都市問題は本当のところ、フランス・アンテールでは市民権を認められていないのだ。

 ところが、イスラーム教徒の女性が被るベールのことをあれこれ批判するときは別で、否応なく庶民の地区が関係してくる。2019年10月11日、ある地方議会で国民連合[マリーヌ・ル・ペンを党首とする極右政党]の議員が、議会見学の子どもたちに付き添ってやってきた1人の女性にベールを脱ぐよう求めた。そのそばに座って、小さな息子は泣き崩れた。この光景がニュースチャネルで何度も繰り返して放映された。10月14日から17日にかけて、レア・サラメとニコラ・ドモランは朝番組で5人の出演者にこのベール問題に関して質問する。10月14日、レア・サラメは共和党(LR)の党首クリスチャン・ジャコブ氏に問う。「あなたは彼(教育相)にベールを禁止するよう求めるのですか?」。その翌日、彼女は与党議員でニコラ・ドモランお気に入りのジャン=ルイ・ブルランジュ氏に対してもこの問題を再び取り上げて、問う。「これは現実の問題ですが、校外学習の時については、どう思いますか?」。 2日後、教育相のジャン=ミシェル・ブランケールが「この話題はいつまで話しても終わりのない繰り返しになるので、もうやめよう」と言った。10月17日、ニコラ・ドモランが、この「イスラームのスカーフという嫌な話題」は終わりにしましょうといいながら、右派の欧州議会議員フランソワ=グサヴィエ・ベラミに対して問いかける。「結局、禁止するのですか?」

 400万人のリスナーを抱えるフランス・アンテールのこの朝番組は、同局の番組のなかで最もリスナーが多い。出演者の選定は戦略的に行われ、必然的にこのチャネルのカラーが決まる。「私たちは議論をして、各人の希望を調整します。ローランス・ブロックの発言で決まるわけではありませんが、彼女はしばしば私たちに『ピンとこないことは、しないように』と繰り返して言います」と、新型コロナウイルス感染症の流行による外出禁止期間中に電話取材に応じたレア・サラメは、自信たっぷりに説明する。報道部門担当部長のカトリーヌ・ネイルは詳しく説明する。「出演者の選定はインタビュアーの感性次第です。ニコラ・ドモランは政治家や知識人を好み、レア・サラメはもっと幅広いスタンスです」。レア・サラメは、文化寄りの傾向が顕著だ。彼女が面白がって言うには「7時50分に出演する作家たちは私の選択です。映画関係者もそうです。ニコラに任せっきりでもいけませんから」。「ニコラ」と金曜日の代役アリ・バドゥは、コレージュ・ド・フランス、パリ政治学院、パリ高等師範学校、エコール・ポリテクニークなどの有名教育機関の教授陣にご執心だ。

 フランス・アンテールの経営陣は「レア」と「ニコラ」が満足するように、彼らの「希望」にも「感性」にも気を配っている。彼らの巨大な顔写真が堂々たるラジオの殿堂の正面を飾っている。レアもニコラも、お気に入りの人物を遠慮なく対談者として誘い、彼らを繰り返し招く。彼ら対談者たちは、「良識派」の陣営の体現者として、熱心に欧州連合基本条約を支持し、彼らの願望を極めて暫定的に「社会的なヨーロッパ」と呼んでいる。彼らは社会党やマクロン勢力に近く、政治の舞台では中道左派(または右派)に位置している。ル・ペンの茶色であれ、メランションの赤であれ、ポピュリズムを激しく非難する彼らは自らを、民主主義として譲ることのできない一線である「自由主義の秩序」を守護する騎士だと夢想している。

改革派の知識人に奉仕

 コレージュ・ド・フランスの近・現代政治史の正教授であるピエール・ロザンバロンは定期的にご託宣を述べに来る。2018年8月31日に彼は「ポピュリズムは世界中で見られ、その態様は様々ですが、今勢力を伸ばしている政治形態です。ポピュリズムが生まれるある一定の環境というものがあるといえます」と勿体ぶってしゃべった。その半年後、ニコラ・ドモランは大いに敬意をもって、改めて彼にこう質問した。「(“黄色いベスト”は)庶民の運動ではなくて、ポピュリズムだというのはなぜでしょう?」。その後2020年1月10日に、アリ・バドゥは同教授の著書『ポピュリズムの世紀(未邦訳)』(Le Siècle du populisme Seuil, 2020)(8)が出版される機会に彼をスタジオに迎える。

 同様の思想的背景を持つ、パリ高等師範学校の経済学部長のダニエル・コーエンはフランス・アンテールの常連だ。ラザード銀行の国際顧問である彼は、ただ感心するばかりのニコラ・ドモランを前にして何の反論も受けることなく、教えを授ける。2019年~2020年のシーズンも休みなしだった。レア・サラメによるインタビューを1回受け、大型対談を3回行い、土曜日朝の経済番組「経済は止められない」に1回出演した。ニュースをユーモラスに扱う番組「Par Jupiter」にも出演して、彼が編著者である『ポピュリズムの起源(未邦訳)』(Les Origines du populisme Seuil, 2020)について語ったこともある。なるほど、ポピュリズムだ……。

 2020年1月7日、年金改革法案への反対運動の真っ最中に、CGTの事務局長はこれに比べると愛想が良いとはいえないもてなしを受けた。眉をひそめて、居丈高な語調のニコラ・ドモランは、その身振りから、どうしようもない劣等生を前にして、思いあがった高等師範学校の生徒がみせるようないらだちを露わにした。なぜ、フィリップ・マルチネーズ氏は他の穏健な「改革派の」労働組合のように政府と妥協しないのか? この出来の悪い生徒は、大勢に従わないことで、お説教と言ってもいいような取り調べを受けた。「みんな、妥協点を探っています。CFDT(フランス民主主義労働同盟)も、政府でさえも!」。「一歩でも政府に歩み寄りたくないのですか? 改革の全面的な撤回ということですか、何に対しても反対なのですか?」。これに先立つ2019年10月3日のマルチネーズ氏との対談において、レア・サラメも戦闘的だった。「年金受給者がますます増えていくというときに、財源が必要です。どうするのですか? これまでの全ての年金改革に反対していましたが、これまでの改革がなかったとしたら、今、どうなっていたと思いますか?」

 いくつもの賞に輝き、国際的にも著名な経済学者トマ・ピケティですら、ニコラ・ドモランから激しい攻撃を受けた。「資本主義が生き延びたのは、悪いなかでもそれが一番ましなシステムだったからではないですか? そして、これに代わるシステムが見つからなかったからではないですか?」。レア・サラメは、ピケティの1,232ページの著作を要約して言う。「あなたははっきりと億万長者はいない方がよい、彼らはいてはならないと言っています。それを言うのは思想的に自由の侵害ではないのですか、本当に億万長者はいない方がいいのですか?」

 2017年11月3日、反ユダヤのイスラーム聖戦主義者で3人のユダヤ人の子どもを含む7人を殺害したモアメド・メラの、兄[アブデルカデル・メラ。共犯者とされた]の弁護士が「8時20分」に出演した。ニコラ・ドモランはとりわけ攻撃的な口調で、エリック・デュポン=モレティ氏──当時は弁護士、現在は司法大臣──が法廷でメラの母親も息子を失ったと述べたことを「不潔なこと」と形容した。デュポン=モレティ氏の反撃が仮借ないものだったので、報道部門担当部長のカトリーヌ・ネイル が大事な「朝の顔」の救済のために割って入る。「ときとして、インタビュアーというものは、相手に直に接するので感傷的になったり、興奮したりするものなのです」と言い訳する。ニコラ・ドモランはといえば、私たちの取材申し入れを、「放送をみれば私の言いたいことはわかるよ」とだけを言って、拒絶した。それはそうかも知れないが。

 私たちが番組の内容を社会階層別に分けた放送時間の詳細を示すと、2004年から2009年までラジオ・フランスの経営トップを務めたジャンポール・クリュゼル氏は、大きく首を振りながらはっきりと反論した。「他のどのラジオ局もテレビ局もこれほどの放送時間を、苦悩するフランスの報道に充てているところはありません。ルポルタージュや研究者の分析を通じてね」。彼の分析が主張するところは、首尾一貫している。「実際、住宅事情の悪い人々の生活環境について語る社会学者に放送時間を割くのも、とても興味深いことです。こうした専門家の話に振り分けられた時間を庶民階層に関する放送時間として計算しないのは、手法的に間違っています」

 「 “良いお客”、たとえば、7~8分間でちょうどよくマイクの前で話をしてくれる専門家などを出演させる傾向はあります」とフランス・アンテールの有力レポーターのヤン・ガリックは証言する。「これは誰にでもできることではなく、おそらく、この種のことに慣れていない家政婦や生産労働者にはさらに荷が重いでしょう。農業者は彼の畑に来て質問をしてくれるジャーナリストなら気安く答えてくれるでしょう。ルポルタージュの放送時間を確保することが絶対に必要だという理由はこういうことです。でもこれは、必ずしも現在のトレンドではありません」。そうは言っても、スタジオでの対談に適した人物を見つけることがどうしてもできないという理由がわからない。「それには、おそらく今以上の努力が必要になるでしょう。でも、ニコラ・ドモラン やレア・サラメの質問に答えることができる“黄色いベスト”とか介護士がフランスには一人もいないという証拠はありません」とヤン・ガリックは含みのある言い方をする。

 「言うまでもなく、私たちは多様性の問題に取り組み続けるべきです」とカトリーヌ・ネイルは認める。こうやって過ちを告白すれば、半ば許されるとでも言うのだろうか? 嘆かわしいことに、報道部門のこのトップは、たちまち私たちの期待に冷水を浴びせかけた。「私たちのところでは女性の専門職が足りません」と彼女は臨床医のように細部にこだわり、多様性を広げる可能性の範囲を狭めたのである。メディア部門における女性の進出に関する視聴覚高等評議会(CSA)の最新のレポートが2020年3月に公表されたが、それによると、テレビ・ラジオ合計で、放送業界の就業者における女性の比率が初めて40%のラインを越えたとされる。確かに素晴らしい成果だ! しかし私はねばり強くこう聞いた。「そのなかで、労働者階級の人の比率はどうですか?」。「それとこれとは別な話です」とカトリーヌ・ネイルは、いささかの同情を込めた声で答えた。「社会階層・職業別の区分はCSAが特に注意している基準ではありません。CSAは肌の色の多様性に関心を持っているのです。生産労働者の進出割合という問題が女性や職員の民族的な多様性より重視されているかどうかは知りません」

 依然として男性が大多数だとしても、この朝番組に出演する女性の割合は増えています、とレア・サラメは誇らしげに強調する。男性の場合と同じく、社会学の分類でいう、上級のできる女性たちだ。「できる女性たち」とは、まさにこのジャーナリストによる一連の放送の名称だ。このプロジェクトが構想され具体化されたのは、彼女がこの朝番組を自主的に退いている間のことだった。それは、彼女のパートナーのラファエル・グリュックスマンが、「公共の場」[グリュックスマンたちが2018年に設立した政党]と社会党が共同で作成した候補者リストの先頭に立って欧州議会選挙運動を闘っているときだった。因みに、彼は、選挙運動がない時はいろいろな朝番組の常連だ……。

 「その番組は私が希望したもので、対談者の選定は私の好みです、会いたいと思っていた人たちなのです」とレア・サラメは強調する。5つ星の配役というわけだ。大臣経験者としてはクリスチャンヌ・トビラ氏やナタリー・コシュスコ=モリゼ氏、ゴンクール賞を取った小説家であり父親が元大臣で高級官僚のレイラ・スリマニ氏、ファイヤール出版社の経営者で著名ジャーナリストの娘ソフィー・ド・クロゼ氏、成功を博したシンガーソングライターで、元共和国大統領[ニコラ・サルコジ]の伴侶であり、イタリアの大実業家ファミリーの相続人カーラ・ブリューニ氏、哲学者、元大臣の伴侶、実業家、世界第3位の広告代理店ピュブリシス・グループ創業者の娘エリザべート・バダンテール氏、CAC40上場企業経営者おなじみのコミュニケーション・コンサルタントのアンヌ・メオ氏など。最後に、膝元のロール・アドレールは、フランス・アンテールの「ブルーアワー」のプロデューサー、フランス・キュルチュールの元局長、そしてついでに言えばローランス・ブロックの大親友だ。

 フランス・アンテールは、おおまかに言えば、相反する思想や意見が混在していることで守られているのだが、この錬金術のことを人は多元主義と呼んでいる。30年以上前から、フランス・アンテールのこの朝番組はネオリベラル思想を経済理論として採用しており、この思想は何がしかの権威と洗練さを保ちながら受け継がれている。 現在その顔になっているのはドミニク・スゥで、彼は、ベルナール・アルノー氏が所有する、実業界に近い日刊紙レ・ゼコーの副編集長でもある。ドミニク・スゥは2018年に出版した著書のなかで次のように打ち明けている。「私が市場経済支持者であることは紛れもない。つまり、その主原理の1つは、それだけではないが、競争と民間主導の経済体制を維持することだ。一部の人の眼には、このために私がウルトラ・リベラルだとか、もっと悪い場合は、ネオリベラルだと映っているが、極左からみたとんでもない侮辱だ(9)

ユーモリストの抵抗

 フランス・アンテールの地政学担当記者のピエール・アスキは「ドミニク・スゥはこの局において右派の保証人の役割をしている」とまで深読みをする。「経済に関して、編集部は明らかに左派なので、リベラルな論説記者がいることは見解の多様性を示す役割をする。異なる見解を唱える人を意図的に抱えているのだ」。新年度には、こうした経済に関する分野の現場でも「多様性」が演じられるだろう。というのも、毎週金曜日の朝に、ドミニク・スゥがトマ・ピケティと討論をすることになるからだ。ピケティはシャーリー・エブド襲撃事件の犠牲者となったベルナール・マリスの後を継いで反対論者の役割を引き受けることになる。月曜日から木曜日は、このレ・ゼコーの編集者は引き続き彼の思想を1人で語ることになる。

 2019年、ラジオ・フランスの最高経営責任者[シビル・ヴェイル]は、フランス・アンテールを含む傘下放送局がユマニテ祭[フランスの日刊紙ユマニテ主催の音楽などのフェスティバル]に参加するのを中止する決定をした。表向きは財政上の理由である。「フランス・アンテールとラジオ・フランスにとって、書籍見本市や農業見本市のような他のイベントと同様にユマニテ祭への参加は重要なものだった。ラジオ・フランスの上層部は私たちに経費節約を求めるが、それはユマ祭自体とは関係がない」とカトリーヌ・ネイルは説明する。この公共放送グループの上級経営陣だった人物が、匿名を条件に、ユマニテとの連携中止を厳しく批判する。「これは間違っている。ユマ祭は庶民のイベントで、フランス・アンテールには庶民階層に向けて語る使命がある。一部の裕福な国民だけのものではないはずだ」

 反論も異論もないのだろうか? 結局ほとんどなかったが、フランスとベルギーのユーモアを売り物にしているが気骨あるスタッフの一団がこの力ずくのやり方に反旗を翻した。「Par Jupiter」の共同プロデューサーであるシャルリンヌ・ヴァノナケールとアレックス・ヴィゾレクは毎日17時から18時まで荒れ狂った。あの2020年2月27日、彼らに同調した論説記者のギヨーム・ムーリスは取材ロケの場所にCFDTの本部を選んだ。彼は、リスナーの抱く固定的なイメージを笑いの種にすることを狙ってこういった。「本日は、超暴力の本丸に乗り込んで取材します。突撃ルポを行います。私はCFDTというとても危険なグループの建物に侵入しています。(……)ところで、皆さんご存知の通り、CFDTというのは急進的な活動をする労働組合です。皆さんは、そのカリスマ的リーダーのローラン・ベルジェがフランス・アンテールの朝番組に出演した時のことをご記憶でしょう。耐えがたい光景でしたが、彼はずっとドミニク・スゥの膝の上でインタビューを受け、うなじにキスを受けながら背中を愛撫してもらっていました。本当に、ぞっとしました」。このちょっとした容赦ない毒舌で、マクロンに歩み寄ろうとした労働組合運動とこの論説記者ドミニク・スゥは手ひどくこきおろされた。ドミニク・スゥはギヨーム・ムーリスとシャルリンヌ・ヴァノナケールからよく嘲笑の的にされており、彼女はいつも7時57分のコメントでもドミニク・スゥを標的にしている。こうした、朝番組の仲間をからかう遠慮のなさは カトリーヌ・ネイルに言わせれば、多元主義の究極の証拠だということだろう。だが、記者がよくよく練り上げた発言と、政治性の強い寸劇を同じレベルで論じていいのだろうか? 「ユーモアは、フランス・アンテールが社会的出自の多様性と意見の多様性を上手く調和させることができた唯一の分野だ」とヤン・ガリックは指摘する。

 ユーモリストで「オリジナルサウンドトラック」の担当者であるピエール=エマニュエル・バレはしかし、「檻」から出たが、2度と戻ってくることはなかった。2017年4月26日、このユーモリストはマクロン氏とマリーヌ・ル・ペン氏のどちらかを選ぶことを拒否して投票を棄権する人たちの考え方を支持した。番組のプロデューサー兼司会者であるナギはこの番組はそのままではだめだと拒否した。「彼がマクロンを叩こうが、ル・ペンをやっつけようが、構わない。だが、棄権を薦めるのは、国民戦線[極右政党で、現在の国民連合に改称する前の党名。党首はル・ペン]の思うつぼだ。私にはプロデューサーとして責任がある」とナギは明言した(10)。マクロンに投票しようと呼びかけることを拒否したピエール=エマニュエル・バレはタブー中のタブーに触れたのだ。その翌々日、政治論説記者のトマ・ルグランは、「マリーヌ・ル・ペンもエマニュエル・マクロンのどちらも支持しないという考え方は、左派の左派を利するものだ」と告発することになる(11)

 ヴァノナケールとムーリスが(かつてのディディエ・ポルトほどではないにせよ)いかに才覚に溢れ想像力に富むといっても、特権的な社会階層に乗っ取られたラジオ局の方針を変えることはできない。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年8月号より)