エルドアン大統領の矛盾した政策の犠牲 

トルコで暮らすシリア難民の現状 



アリアンヌ・ボンゾン(Ariane Bonzon)

ジャーナリスト
著書に Turquie, l’heure de vérité, Empreinte temps présent, Paris, 2019.

訳:菅野美奈子 


 2011年にシリアで紛争が始まって以来、国外に逃れたシリア人のうち、最も多くが隣国トルコで暮らしている。しかしトルコでは、帰国を諦め定住するシリア人が増える一方、国民の間で反難民感情が高まっている。予期せぬ感染症の大流行に見舞われる中、エルドアン大統領の矛盾した戦略が難民たちをさらなる窮地に追い込む。[日本語版編集部]

(仏語版2020年5月号より)


Yusuf Sevinçli. — « Post-04 », Istanbul, 2011

© Yusuf Sevinçli - Galerie Les Filles du calvaire, Paris


 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の世界的流行はシリア難民の問題に代わって、トルコメディアのトップニュースになった。しかし、この感染症の流行は難民排斥の動きを助長するおそれがあるため、関心の低下は一時的なものかもしれない。なぜなら、当初は“招いていた”はずの、公式の概算によれば350万人ほどいるシリア難民(1)は疎ましい存在になったからだ。ドイツ国際安全保障問題研究所の調査によれば、60%のトルコ人が自国はシリア人のために最善を尽くしたと思っている。しかし他方で、同じイスラム教徒としての連帯意識がシリアから逃れてきた人たちの受け入れを正当化させた反面、70%以上のトルコ人が今や、彼らの存在は国の社会文化的な構造に悪影響を及ぼし、公共サービスの質の低下を招いていると感じている(2)。「最初の5年間はどちらかといえばうまく共生できていました。というのも、私たちはシリア人がじきにトルコから出ていくだろうと思っていたので。でもやがて、自分たちは行政機関に騙されていて、シリア人は定住するためにここにいるのだと気づきました。その結果、彼らと揉(も)めることになってしまったのです」と、トルコの日刊紙ヒュッリイェトの記者イスマイル・セイマーズ氏は語る。

 コロナ危機に対するトルコ当局の後手後手の対応によって緊張が高まる中、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領に反対する一部の勢力は、感染症の流行に直面したトルコ国民にはシリア難民受け入れのために政府が支出したとする400億ドル(360億ユーロ)を下回る金額しか用意されていないと大統領に迫る。だいたいこの手の議論でよく耳にするのは、「もうひとつのアラブ人国家」(シリアを指す)がトルコ国民の統一性を脅かすほど「トルコに入って」きている、という決まり文句だ。

 アレッポから北に100キロメートル離れたところにあるトルコの都市ガズィアンテプは、この緊張状態を象徴している。バッシャール・アル・アサド政権に対抗する反体制派への後方支援の拠点があるこの都市には、2020年1月時点で44万6560人のシリア人が暮らしている。その数は全人口の4分の1に迫るほどだ。難民たちは決まって恐怖心を口にする。だから何よりもまずトルコに逃げたのだった。2013年にトルコまでたどり着いたラマザン・Cさんはこう語る。「アサド率いるシリア軍の兵士にさせられるのではないかと不安でした。アサド軍はスンニ派の私たちを前線に送るんです。私はムハーバラート(mukhabarat、シリアの治安・情報機関)に逮捕されて、3カ月間牢獄にいました。解放された後、アザズ[トルコとの国境付近にあるシリア北部の町]で反体制派グループに合流しました。彼らは私を匿い、国境の向こう側のキリスまで移動する手助けをしてくれました」。難民たちは細心の注意を払って自身の体験について語り、時として厄介な情報を隠している。「よくわからない場合もありますが、ほとんどの難民はイスラム国(IS)ないし他の過激派組織と何らかの関係を持っていました」と、トルコ人の若手研究者エムレ・ブルハンは語る。彼が所属するガズィアンテプ大学では現在、学籍のある5万5000人の学生のうち3000人がシリア人だ。

 景気が悪化しているせいで、ラマザン・Cさんは生活の糧であった建築塗装工の仕事を失った。やがて失業率は14%に近づいた。それでも彼にとって、90%以上のトルコ在住シリア人と同様に、少なくとも「バッシャール・アル・アサドが権力の座に居座り、平和が戻っていない限り」母国に帰ることは選択肢にない。シリア難民の4人に1人は、帰国という考えを完全に諦めてしまったようだ。

 中央公園にあるカフェの女性店長もシリア人だが、今ではもう故郷に戻るかどうか悩んでいない。彼女には“トルコ人のボーイフレンド”がいる。警備員なので、夜が更けてアンフェタミン[覚醒剤の1つ]の売人たちの間で喧嘩が勃発しても、彼がいれば大事にならずに済む。彼女の妹もトルコ人と交際している。姉妹はつい先日、ガズィアンテプ市がようやくシリア人に割り当てた300の墓地がある区画に母を埋葬したばかりだ。「一部のシリア人女性は、内戦とトルコへの亡命を機に、安心して生活できるようになったため、より自由な新しいライフスタイルを手に入れるチャンスを得たのです」と、ガズィアンテプ大学の研究者ヒラル・セヴリュは説明する。

大多数のシリア難民は「一時的保護」の身分

 時が経つにつれ、シリア人コミュニティーの新たな地図がくっきり浮かび上がってきた。難民キャンプの大半は解体されたが、市によれば、今もなお2カ所残っている。南西部の比較的高級な住宅街には、中産階級と亡命したブルジョワ階級の人たちが安全に暮らしている。こうした階級の人たちの中には、反体制派の幹部がけっこう含まれている。彼らは特にトルコ政府に支援されたムスリム同胞団率いるポストアサドの新しいシリア国家において、首脳部になっていたかもしれない顔ぶれの中核を形成している。他方、シリア難民の最貧困層は2つの区域で生活している。一つは北にあり、昔から労働者が多く暮らす地域だが、比較的平和に地元の人たちとの共生が保たれている。もう一つは南にあり、トルコ人住民との関係はよりギスギスしている。

 行政上、トルコ在住のシリア人は3つのカテゴリーに分類される。階級ピラミッドの頂点にいるのは、トルコ国籍を取得した10万人のシリア人だ。2020年1月の公式発表によれば、特権を有する層の中で次点に来るのが11万8000人近くいる滞在許可証を所持するシリア人で、この身分証は銀行口座の開設、労働許可証の取得、会社の設立に有利な魔法のカードである。「この2つのカテゴリーに属する人々は経済資本、社会関係資本、文化資本といった重要なリソースを持っています。彼らはしばしば大卒以上で、トルコ国内に不動産を所有している人も多くいます」とイスタンブールにあるガラタサライ大学の研究員で、このテーマに関する研究書の著者であるディデム・ダニス氏は説明する(3)

 最後3つ目のカテゴリーは最も人数が多く、およそ350万人にのぼるシリア難民が該当する。彼らは不安定で制限の多い身分である「一時的保護」に置かれている。というのも、1951年のジュネーヴ条約で定義された難民の地位とは、東側諸国が敵であった冷戦時代の旧い産物であり、トルコでは西側諸国出身の亡命者にしか適用されていないからだ。2014年、シリアから大勢の人々が押し寄せていたときに国会で可決された「一時的保護」の身分は、シリア人に滞在の権利を与え、医療の無償提供を始めたとしたいくつかの社会権へのアクセスとルフールマンに対する保護[訳注1]を認めている。しかし、彼らは銀行口座を開設できないし運転免許証も取得できないので、労働市場へのアクセスはいっそう難しい。そのうえ「一時的保護」の身分は、結局のところ、最初に到着した都市での登録と無許可での域外移動の禁止が前提となっている。

 トルコがEUとの駆け引きに利用してきた(4)シリア難民は現在、しきりに論争を招くトルコの内政問題になっている。2019年9月、トルコの内相は国内で生まれたシリア人の子は45万人にのぼると推定した。合計で68万のシリア人の子どもが公立学校に通っている。「彼らがトルコ人の同級生から仲間外れにされたり、シリア人の児童がトルコ国歌の斉唱を拒否したりといったことがありました」と、イスタンブール近郊の貧困地域で働く教員は語る。トルコ国民の不満は、全体の雇用のうちインフォーマルセクター[訳注2]が3分の1以上を占めるこの国の経済の特殊性にも関係している。このことは労働許可証を持たないシリア難民にとってもっけの幸いであり、彼らはトルコ人に比べ長時間労働と低賃金でもより従順に働いてくれる人材が欲しいトルコの実業家や経営者にヤミで雇ってもらえることがある。こうして「仕事泥棒」というシリア人のイメージがじわじわと定着していったのだ。「政府が難民のために多額の費用を支出したと発表すると、みんな自分たちだっておカネに困っているのにと思わずにいられません。それに金額が大きいので、社会の中で緊張が高まっています」と、民間調査会社コンダ(Konda)の社長べキル・アギルディール氏は指摘する。

反難民感情の高まりに、COVID-19の大流行

 複数の専門家の見方では、エルドアン大統領はこうした難民排斥の動きを想定していなかった。他方で、2011年にシリア内戦が始まるやいなや、アサド政権軍の爆撃から逃れた難民たちを保護するため、シリア北部に空軍の飛行を禁じる安全地帯を設けようと“国際社会”に訴えてもいた。このような計画を実現させるため、トルコ政府は再三要求したが、軍事介入を行なったロシアを含む他の大国からの賛同を得ることはできなかった。安全地帯の設置計画は、シリアとトルコ間の国境の南方にクルド人自治区の出現を阻止する目的もあった。

 2018年、反難民感情の高まりを感じ取っていたエルドアン大統領は、選挙期間中であった当時、「大統領選及び議会選挙後の目標は、シリアの領土に平和をもたらし、我々が招いた人たちが帰国できるよう尽力することだ」と宣言した。しかし2019年7月、難民受け入れ政策も原因の一つとなって、政権与党の公正発展党(AKP)がイスタンブールとアンカラを含む複数の自治体で地方選に敗北した後、事態は変わった。以来、シリア難民はより頻繁に監視の対象となり、最初に登録した都市に送り返されるようになった。中には、本国への送還を推奨、さらには強制される場合も出ている。2020年1月の内務省の統計によれば、34万7523人のシリア人が本国に送還されたそうだ。しかしこうした厳しい対応にもかかわらず、外国人嫌いの感情はエスカレートしていく一方である。

 2020年2月27日、トルコ軍の指揮下に置かれたシリア国内のイドリブ地域で、33人のトルコ兵がシリアとロシアによる空爆で死亡した。報復としてトルコでは、国民の怒りの矛先がシリア人の営む商店に向かった。「トルコ兵がシリアのために戦って命を落としているというのに、難民のシリア人が水タバコを吸っているのを見て、みんな呆れている。奴らはピクニックをしたりトルコ人女性をしつこく口説いたり、テロリストから自分たちの国を守ることだってできるはずなのにそうしない姿を目の当たりにして、みんな呆れ返っているんだ」と、極右政党の民族主義者行動党(MHP)の元議員シナン・オガン氏は捲(まく)し立てる。数日後、西洋と対峙した際にイスラム教徒を庇護し、国民の愛国心を高めることに余念のないエルドアン大統領は、最後の切り札の一つを使うと決めた。すなわち、難民の受け入れと、ウラジーミル・プーチン大統領が拒否したシリアに広大な安全地帯を設置することへの支援を得ようと期待して、EUと北大西洋条約機構(NATO)に脅しとも言える圧力をかけることにしたのだ(5)。そのため、不法滞在者と強制送還が決まっている者(そのうち約20%がシリア人)合わせて数百人をギリシャとの国境に移送するよう命じた。

 1カ月後の3月27日、エルドアン大統領はこの命令を撤回せざるをえなかった。ヨーロッパ行きが決まっていた者たちを運んだバスが、今度は彼らを迎えに戻り、[国境付近に設営された]彼らのテントは燃やされた。その2週間前、トルコで初めてのCOVID-19感染者が確認され、爆発的な流行に火がつき、難民問題によってますます窮地に立たされていた大統領発案のこの作戦は根底から潰えた。アナリストのスアット・キネギオグリュから見れば、トルコ政府は矛盾に満ちた戦略の痛手を負っている。つまり、数十万人のシリア人を受け入れ、社会統合するという政策を実施する一方、高まる反難民感情にいっそう迎合するような発言をしているが、この大いなる矛盾は社会における緊張関係をさらに深刻化させるだけであろう。

 こうした状況下で、シリア難民はCOVID-19の流行に対処しなければならない。彼らは医療を無償で受ける権利を有するが、世界の医療団(MDM、国際協力NGO)はそのうち都市部に暮らす4分の1近くと農村地帯に居住する半数以上が病院、あるいは最近シリア人の多い地域に新設された基本的な医療を行う診療所にもアクセスできないでいると指摘した(6)。そこに行くまでの交通費に加えて、言語の壁が立ちはだかる。さらに「一時的保護」の身分さえ持たない20万人ほどの不法滞在者にとっては、シリアに強制送還されるのではないかという恐怖があり、また仕事を求め最初に登録した都市を離れて別の場所へ移った人たちにとっては、結局最初の都市に送り返されるのではないかという不安がある。

 医療を無償で受けられる権利もまた、医療従事者の金銭事情にぶつかってしまう。MDMのトルコ代表、ハガン・ビルギン氏はこう説明する。「トルコ人医師はシリア人患者の診察に難色を示します。それは人種差別が原因ではなく、言語の壁や、戦時中に耐えてきたことに関係する、時として複雑な病気のせいで、彼らの診察には非常に時間がかかるからなのです。ところでトルコの病院では、医師が自身の基本給与(およそ1000ユーロ)を倍にするにはできるだけ診察件数を増やすしかありません。要するに、彼らのボーナスは治療実績に応じて計算されるのです」。また、薬剤師もしばしばトルコ国民を優先する。「なぜならシリア人に処方した薬の代金が入金されるまで、6カ月から9カ月も待たなければいけないからです」とビルギン氏は続ける。トルコ進歩労働組合連合(DISK)によれば、シリア難民の半数は貧困ライン以下の生活を送っている。狭い場所にすし詰め状態で暮らし、複数の疾患を同時に抱えている割合も高く、5人に1人は飲料水へのアクセスも断たれている。シリア難民は、COVID-19の流行が深刻化した場合、ことのほか危険と隣り合わせの人たちなのだ。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年5月号より)