ノートルダム大聖堂の近代化計画

商業主義に取り込まれる文化遺産


フィリップ・パトー・セレリエ(Philippe Pataud Célérier)

ジャーナリスト


訳:生野雄一


 パリの数多くの歴史的建造物は老朽化対策などの保存措置を迫られているが、国からの財政上の支援は十分ではない。建造物やその周辺地区にモダンな改装を施して訪問客を誘致し収益力を高めようとする動きがあるが、それによって失うものはないのか。筆者はノートルダム大聖堂の修復プロジェクトを例にとって問いかける。[日本語版編集部]

(仏語版2020年5月号より)

Notre Dame 344 by kahunapulej


 2019年4月15日、すさまじく燃え盛る炎につつまれて尖塔が落ちていく。ノートルダム大聖堂を救おうと、フランスの大富豪たちがすぐに立ちあがる。ベルナール・アルノー氏と彼のLVMHグループ、フランソワ・ピノー氏と彼のケリング・グループ[ファッション業界のコングロマリット]、ブイグ兄弟とその一族の持株会社、トタル、ロレアル等々による寄付の申し出が殺到する。ある者は1億ユーロ、ある者は2億ユーロ。1年後には、申し出のあった10億ユーロのうち、5分の1が拠出された。残りは追々届くはずだ。建築後9世紀を経てフランスの象徴の1つとなったこの文化的建造物のために、前代未聞の支援が寄せられる。しかし、すでに2017年に、パリ大司教が警告を発していた。「ノートルダム大聖堂の状態は、今や、その構造体がやがて役割を果たせなくなるところまできており、壁面の彫刻が決定的に失われるばかりか、この建物の安定性そのものが脅かされている(1)」と。尖塔、内陣、後陣等々、工事の必要なところが次々に出て来ていた。だから、向こう20年間に1億ユーロ、そして、ウジェーヌ・ヴィオレ・ル・デュクが設計した今にも崩れそうな尖塔に足場を組んで緊急に補強するために200万ユーロが必要だった。この金額は、ノートルダムの所有者である国がこの大聖堂に充てた1年分の予算に相当した。

 ときあたかも2017年5月には、国とパリ文化遺産未来財団の間で、パリの歴史ある教会とその芸術作品を保存する基本的な合意が締結されていた(それは、年間400万ユーロを上限として、集まった寄付と同額を国が拠出するというものだった)。しかし、寄付の賛同者が足りず、大司教はノートルダム大聖堂の人気が高い米国で資金集めをする決心をした。パリ・ノートルダムの友(Friends of Notre-Dame de Paris)財団が2017年にこの活動を開始した。2年後の2019年4月16日に、エマニュエル・マクロン大統領は国内での募金開始を宣言した。そして翌日には、元フランス統合参謀総長ジャン=ルイ・ジョルジュラン氏を「ノートルダム大聖堂修復の手続きと工事進捗の監視」を担う大統領および政府の特別代表に任命した。

 当時、この任命は人々を驚かせた。大聖堂の保守、修理、修復工事(全国87の大聖堂は国が所有している)の費用の責任を負う文化省ではなくて退役将軍を任命する理由は何か? 2020年1月22日の上院文化委員会での同将軍の答弁によれば、大統領が「このミッションに、カトリック信者で国家の上級任務を経験した者で、権威ある人物を望んだ」からだという……。工事は5年で終えなければならない。2019年4月24日、政府はノートルダム大聖堂の修復と保存に関する法案を大急ぎで国民議会に提出した。それは、「同大聖堂の修復工事(……)の実現を容易ならしめるための法律の領域に属するあらゆる措置を、行政命令によって、(......)行うこと」を可能にするもので、その目的達成のためには、「都市計画、環境保護、建設工事および文化遺産の保存に関する規定の解釈変更や適用除外」もやむを得ないというものだ。

 このやり方は尋常ではない。国は、こうした法規定の最高の守護者ではないのか? 当然ながら上院は、「ノートルダムの工事実施を容易にするために普通法の規定の適用除外を設けるといった考え方は全く理解できない」と判断して、この法案を修正した。「(5年で修復するとマクロン氏は約束したが)まだ、被害状況の分析もできていないのに、そのような期間を設定する」のはなぜか、そして、「この工事に責任を持つべき文化省の権限」を損ないかねないリスクを冒して、公施設法人を創設して修復工事をやらせようとするのはなぜか、と上院はいぶかる(2)

 これらの疑問の答えとなる何がしかの情報を得るには、パリ・ノートルダムの保存と修復に関する2019年7月29日の法律の施行令(2019年11月28日付)を待たねばならなかった。その第2条には、この公施設法人に「パリ市と締結した協定の枠組みに沿って、同大聖堂の早急な周辺整備、なかでも、聖堂前の広場、南側の遊歩道、そしてヨハネ23世広場(パリ市が所有)の整備を委託することができる」とある。

 ノートルダム大聖堂の周辺整備という話は、2015年12月にフランソワ・オランド・共和国大統領が、フランソワ・ミッテラン大統領の時代に国立図書館を構想した建築家のドミニク・ペロー氏とフランス文化財センター理事長のフィリップ・ベラヴァル氏に委託したプロジェクトをすぐさま思い出させる。この両人は、25年先のシテ島の将来に熱心だった。22ヘクタールの同島について、ペロー氏は「このプロジェクト案(……)にはシテ島に約10万平方メートルの空間を創出する可能性が示されている。つまり、景観をあまり変えることなしに10億ユーロ超の新たな不動産価値が生まれるということだ」と強調していた。そのプロジェクトとは、年間1300~1400万人の訪問者が集まってくるノートルダムの周辺を中心としたものだ。ノートルダムは、集客力のある観光名所でありヨーロッパで訪問者が最も多い建造物だが、彼らによれば、ほとんど開発されておらず、わずか400メートルしか離れていないサント・シャペルには年間50万人の観光客しか訪れないのは残念だという。とりわけ彼らが気を揉んでいるのは、大聖堂を訪れ、入口の前で何時間も列に並んでいる人たちが毎日3~4万人もいるのに、この人たちについて何の注意も払われていないことだ。ちょっと整備をすれば、この人たちは、列に並ぶ代わりに悪天候を逃れて快適に散歩ができて、化粧室、商店、アーケード街、カフェ等々、我々の文化的好奇心を支える便利な施設をすぐ近くで利用できる。ペロー氏たちによれば、長さ135メートル、幅100メートルの大聖堂前の広場(その地下には昔の遺跡がある)を開放して、巨大なガラスの天井で覆えばいいのだという。それは紛れもなく、ペロー氏が建設したいと望んでいる次のような施設と呼応している。「ノートルダム大聖堂の周りでは、船着場と浮動式プラットフォームからプール、カフェ、レストラン、コンサートホールにアクセスでき、シテ島の上流と下流を繋ぐ歩行者専用の緑溢れる遊歩道があり、2つの新しい歩道橋がセーヌ川を跨ぎ、あちこちにガラスの屋根やパサージュや地下の歩廊や地階にはアトリウムがあり(3)……」

 いかにも作家フィリップ・ミュレー好みの「祭り好きの人(Homo festivus)」にふさわしく、文化遺産をこのように開発し利用するには、もっぱら資金が不足していて、また、この高度に保護された地区でおよそこうした工事を行うための文化遺産法典、都市計画法典、環境法典が求める許認可が得られなかった。ノートルダムは、1862年以来フランス文化遺産の歴史的建造物に指定されており、さらに、1991年からはユネスコの世界遺産にも登録されている。それにより、「セーヌ川の、シュリー橋からイエナ橋の間の歴史的地区に位置する橋、桟橋、セーヌ河岸、そしてシテ島とサン・ルイ島」が保護されている。この2つは乗り越えられないも同然の制約だとペロー氏は指摘していた。しかし、今や、いくつかの出来事の巡り合わせのおかげで、このプロジェクトが可能になってきたのだ。

 まず、2017年9月に、パリは2024年の夏季オリンピック開催都市に選ばれた。これによって、1500~2000万人の観光客と2万人の報道関係者が訪れるだろうとパリ市はみており、ノートルダムの修復を急ぐ理由がここにある。次に、財政支援がさらに絞り込まれるなかで、多くの歴史的建造物が他の目的に転用され、またはされようとしている(たとえば、パレ・ド・ジュスティス[主要司法機関がありパリ司法宮とも呼ばれる]や「オルフェーブル河岸36番地」[パリ警視庁所在地])。シテ島は不動産賃貸料のポテンシャルが特に魅力的だからだ。パリ公立病院連合(APHP)が所有するオテルデュー病院は、施設刷新のための改修の有望事例であるが、2010年以来、この建物の解体に反対する人たちが主張してきたように、この文化遺産の転用を確実にするために「計画的陳腐化」[ここでは、同病院の機能の一部を段階的によそに移転する計画を指す]を行うこととされた(4)。この建物の5万5000平方メートルのうちおよそ2万平方メートルが、1億4400万ユーロでノバクシアグループに、建設用地として期間80年で貸し出された。ノートルダム大聖堂前の広場にほど近いこのスペースでは最早医療サービスは提供されず、このプロジェクト面積の3分の1がレストランや商店等に使われることになろう。

 そしてついに、こうした一連の出来事のクライマックスを迎える。それはノートルダムの火災だ。これによって、この大聖堂の修復に関する政令の第2条のおかげでペロー氏の都市改造プロジェクトが再び軌道に乗り始める。この条項は、ノートルダム大聖堂の修復に携わる公施設法人に「同聖堂の早急な周辺整備を委託することができる」……ことを明確に定めている。そのうえ、寄付金が集まっているのでこの整備を阻むものは何もない。この後、2024年のパリ・オリンピックに向けたセーヌ=サン=ドニ県の都市計画責任者に任命され、同時にあの伝説的なルーブル郵便局をパリの高級ホテルにする計画を手掛けていたペロー氏は、彼のプロジェクトを再び持ち出すことができた。彼によれば、このプロジェクトは「この文化遺産にふさわしい環境(5)」を考え直す途を拓くものだという。

 この文化遺産ノートルダムにとって、こうした見直しが行われること自体はいいことかもしれない。3億3800万ユーロの年間予算で、国はそれを行うことができるのだろうか? また、その気はあるのだろうか? あるいは、修復よりも、改築(たいていの場合、金儲けのために転用を目論んでいるものだが)をしたいと思ってはいないだろうか? 一握りの国際的な建築家による同じようなフォルムとデザインが、世界中の大都市の市街を画一化している。文化遺産をモダンにする、別の表現で言えば画一化することは、世界中から大勢の観光客を誘致するためであり、経済的なメリットがそれを正当化している。

 そこを訪れる人たちは皆同じような行動をする羽目に陥る。改築されて「賑々しいファサード保存建築」[もとの建物のファサードの一部だけを保存し建物は新築する手法]になり果てた観光名所で、列に並び、鑑賞して、多くの人とすれ違い、消費をする。歴史的建造物は、その周辺地区と同じように意味を失って、単なる文化的な観光スポットになり下がり、場合によっては、社会住宅、保育園、芸術家のアトリエなどを設けるちょっとした“social washing”でうわべを取り繕われて、どちらかといえば高級品消費の手助けをする手先となる。これらはどれも、あてにならない国に代わって個人投資家を誘致して収益を約束するものであり、歴史的建造物(旧海軍省、ルーブル郵便局、オテルデュー病院など)の保存よりは金儲けが目的だ。歴史的建造物の再利用は目新しいことではないが、今や標準となっているその方向性は、どの名所からも固有の記憶を消し去り、そうすることで我々の歴史を消し去ろうとしている。

 とはいえ、歴史的建造物を現用のまま生かす方策もある。「観光客に1泊50サンチーム、あるいは1ユーロの宿泊税の課税を行い、加えて、すでにスポーツで行われているように、フランセーズ・デ・ジュー社[フランスの宝くじ販売企業]の売上高の1.8%を徴求すれば、文化遺産に充てる予算を最低2倍にすることが出来よう」とTribune de l’art誌のディディエ・リクネール編集長は主張する(6)。外観だけ見栄えのいい歴史的建造物が、我々の内実が空疎であることをかえって浮き彫りにしないように祈るばかりだ。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年5月号より)