飛躍する経済発展の陰で高まる抑圧 

モロッコの不透明な行く末 



ピエール・プショ(Pierre Puchot)

ジャーナリスト


訳:清田智代


 モロッコでは国王が主導となって経済成長に寄与し、富裕層や外国から高い評価を受ける一方で、社会構造に起因する貧困格差は解消されないどころかますます深刻化している。虫けらのような扱いを受ける国民の不満は募るばかりである。[日本語版編集部]

(仏語版2020年4月号より)


photo credit: Tanger von Stadtstrand(タンジェの浜辺) by Robert Brands


 モロッコはどこへ向かうのだろうか? この答えを誰も知らない。国王モハメッド6世さえもだ。彼は開発モデルの限界を正式に認めた。このモデルは1999年に父で前国王ハッサン2世の体制からの移行を確信させていたものだ(1)。「明瞭に、そして公平に語るのであれば、これまでの確かな実績を手放しで喜ぶわけにはいきません。というのは、残念ながらこれまでの進歩や成果は、いまだに社会のあらゆる層まで波及していないからです」。2019年7月の即位記念日の前日に、国王はまたもこう繰り返した(2)

 この開発モデルは全権力を掌握する君主制によるモデルであり、タンジェ=カサブランカ高速鉄道(LGV)、タンジェMED港の経済・工業区域、カサブランカのモハメッド6世劇場、そして新しい高速道路といった壮大なプロジェクトを実現させるべく、公的機関を通じて超自由主義経済[訳注1]を奨励する。こうした大規模なプロジェクトは確かに海外資本を惹きつけた。そして国王は、このようなプロジェクトのおかげでフランスを含む国内外のメディアで国王としてのイメージに傷を付けることなく、在位20年を無事に迎えることができた。フランスもしくはモロッコの富裕層からは、この国はいつでも大変優秀に見えるらしい。たとえば自動車や航空産業での主要な生産者となることで、石油の生産がなくともアフリカ経済のサミットなどの場では関係者と親しい関係を築いており[訳注2]、また苦労せずに世界的なバリューチェーンの仲間入りするのだ(3)

 しかしモロッコでは、これらの幻想は蒸発して消えていく。マスツーリズム(新型コロナウイルス感染症の蔓延で確実に相当の悪影響を受けることになるだろう)と集約農業により、まるで汲み上げられては消えていく地下水のように。宮殿で行われた国王のスピーチを受け、権威ある組織はトリクルダウン理論に代わって富の不十分な分配を批判するようになった。会計検査院とアルマグリブ銀行(モロッコ中央銀行)、経済社会環境評議会(CESE)[モロッコの政府諮問機関]の3組織全てが最新の報告でこの国の構造的な問題に警告を発した。

 見かけ上は全て順調だ。2020年の国内総生産の年間成長率は3.5%の見込みで(4)、消費者物価指数は+0.6%に抑え込まれており、2019年の失業率は9.2%である(2018年は9.8%)(5)。サアドエッディン・エル・オトマニ首相は10月末にドイツ、スイス、世界銀行といった海外の代表が集まった公の場で「53」の数字が飾られた立派なケーキを前にして満面の笑みを浮かべた。モロッコは2020年、世界銀行が毎年行う「ビジネス環境の容易さを示す指数」である事業環境ランキング(Doing Business)で53位を獲得した。この王国は7位も順位を上げたのだ(6)

 しかしながら、運よく分け前にあずかることができるのは少数の人々に限られる。モハメッド6世下のモロッコは、重要な指標を見ればたちまち様相を変える。たとえば社会の状態を明らかにするあらゆる要素を集めた国連開発計画(UNDP)の人間開発指数(HDI)は偽らない。2019年(7)、モロッコは121位で「中程度人間開発国」のカテゴリーに分類された。これはいずれも「高程度人間開発国」に分類されたアルジェリア(82位)とチュニジア(91位)にほど遠く、このことで国の幹部は苛立っている。彼らはモロッコ王国の功績をほめちぎり、両国(アルジェリアとチュニジア)とも国内で対立が続いている状況をあげつらっている。

 この121位という数字は非常に露骨な現実を物語っている。「市民の10%は深刻な貧困状態に置かれています」と国土開発の専門家で公正発展党(PJD、イスラム系政党)の現政権と協働しているタイブ・エス氏は説明する。「つまりこのような人たちは何も持っていないのです。収入さえありません。これは大変危険です!」。この極度の貧困層の他に、中級階級もまた、この国で「ショーケース」と呼ばれるものと現実の間にある、底が見えないほど深い隔たりに苦しんでいる。

教育で遅れをとるモロッコ 

 このショーケースは、モロッコの北部を移動すると明らかに見えてくる。カサ・ヴォワイヤジュール駅[カサブランカの主要駅]はラバトやタンジェの駅と同じくらい光り輝いている。しかし、座席の4分の3が埋まっているLGVに乗ってカサブランカから海沿いに時速314kmで数分も経てば、窓越しから将来の開発用に踏み固められた土の地面が一面に広がり、鉄板やコンクリートブロックあるいはコンクリートの家が点在していることに気付く。当局は、カサブランカ近郊の貧困地域シディ・ムーメンのような象徴的なスラム街を一掃したのだ。シディ・ムーメンは2003年に起きた同時爆弾テロ事件の犯人らが住んでいたところだ。住民は段階的に別の場所、つまり最も高くて6階建ての、同じような形をした何十もの建物が林立するマンモス団地の中に住居を与えられた。インフラも交通手段もないこの集合住宅地区は性急に開発されたもので、1950年代から60年代にフランスがとった選択を想起させる。これによってフランスの郊外は未だに取り残されたままである。そこでは貧困は解消されていない。それは街の中心や外国人訪問客から遠いところに追いやられているだけなのだ。

 海岸沿いに続くタンジェの遊歩道は1年前に完成したが、古びたビストロを立ち退かせ、アルコール中毒でたむろする人たちや様々な薬物を扱う密売人は追い払われた。夜になるとメディナ[旧市街]を囲んだ城壁がライトアップされて、そこからはジブラルタル湾の素晴らしい眺望を楽しめる。しかし住民の懸念は別のところにある。「モロッコはお粗末なのです。何もできやしない。どこに行っても骨の折れることばかりです。役所でちょっとした証明書を受け取ることすら大変です。我々はまるで虫けらのように扱われるのです」と市立中学校教師のサミラ・T氏(30)はため息をつく。彼女の個人的な体験は、UNDPの順位付けで評価対象となるある分野におけるこの国の遅れを物語っている。それは、教育だ。

 「私は4年間、フニデクで教鞭を取りましたが、それは厳しい環境でした。この町は非常に保守的で、多くの人々がイスラム国(IS)に参加するために離れていきました。そのため、タンジェへの異動が決まったときは、日常が良くなっていくだろうと思ったものです。しかしそんなことはなく、むしろその反対でした。それは地獄の本当の始まりだったのです」。この女性はその後うつの状態が18カ月続き、抗不安薬の処方を受けてやっと回復したばかりだ。「しかしその地区は、とりわけ貧しいというわけではありません。生徒のほぼ全員がタブレットを持っています。しかし教育指導の環境は耐え難いものです」と彼女は説明する。その時、なんと49人もの生徒がいるクラスでフランス語の授業をしようとしていた! 彼女の給与は月額で520ユーロだ。「私はへんぴで何もないような村で育ちました。ですが少なくとも、公立の学校で勉強すればそのような状況から脱出できる可能性がありました。しかし現在、公立学校のレベルは非常に下がっています」

 裕福な家庭の子どもたちは私立学校へ進むが、レベルは公立学校と同じ位ばらつきがある。この危機的状況についてはモロッコ国内外の多くの報告書で強調されている。「セーブルの教育に関する国際誌(La Revue internationale d’éducation de Sèvres)[フランスの教育研究国際センターが出版している教育分野の専門誌]」に掲載された研究論文は、「モロッコの教育制度が向上して使命を果たせるようになるための抜本的な改革が極めて重要(8)」と評価した。2017年12月にオスマニ氏が首相に指名されたとき、彼はある強硬手段に言及した。高等教育無償制度の廃止である。これはCESEが認めていない選択だ。「人々にはまず納税で、そして私立学校へ追いやることで2度も支払いをさせています」とCESE議長のアフメッド・レダ・シャミ氏は述べた。彼はマイクロソフトの元幹部で2007年から2012年にかけて産業大臣を務めていた人物だ。しかし首相はこの手段を擁護し、自身の業績を主張する。「私たちは1クラスあたりの生徒の数をかなり減らしました。今はせいぜい40人程度です。49人というのは例外です。もっと社会全体について言えば、貧困は2004年から半分に減らしました。我が国は進歩しています!」と彼は断言する。T氏はこの国を離れたいと願ってやまない。今後2年以内にカナダに住んでいることを望んでいる。そこなら「尊厳を取り戻す」ことができるだろうから。

 教育に続く2つ目の基準もまたHDIの順位付けで考慮されるもの、つまり保健衛生だ。「モロッコでは単純なことです。創らなければならないのは、保健制度にほかなりません」とオスマン・ブマリフ氏は嘆く。38歳のこの総合診療医は「2月20日から」と呼ばれる運動の活動家たちと同世代だ。この運動は2011年にチュニジアやエジプトで起きた民主化運動の流れで現れた。彼は「民主的なアンファス(Anfass、アラビア語で「息吹」)」という社会・経済について定期的に評価する協会の会長だ。「問題は構造的なものです。患者に聴診を行い、症状によって指導するかかりつけ医が存在しないのです。モロッコでは、患者は6カ月前に予約ができていればクリニック、近くにあれば大学病院(CHU)、もしくは無料診療所へ行くといった具合です。これは完全なカオスです、人々はしばしば医師の処方なく薬剤を使用せざるを得ません」。彼は(ペルシャ)湾岸諸国の協力で建築された新しくて立派な施設をどう思っているのだろうか。「設備が十分に整ったショーケースのような病院が少しだけ建てられています。しかし、誰もそこで診療を受けるだけの経済的な余裕がありません! また、モロッコにおける医療人材の不足は深刻です。というのは、多くの医者はドイツへ移住します。今やドイツではモロッコの医師免許が有効ですから」

 外面だけは立派なマクロ経済のデータや目を奪うようなインフラと、国の基本サービスの深刻な不足の間にあるこのような隔たりをどう説明できようか? 「政治体制と経済上の課題を関連づけなければなりません」とラバトの農業学校を退職したばかりの経済学者ナジブ・アケスビ氏は説明する。「農村の道路や村と村を結ぶ道路があちこちに不足している一方で、政府が高速道路の建設計画を優先すると決めるとしたら、その選択に持続性があるとは言えないでしょう。たとえばフェズとウジュダ間の高速道路は有料ですが、交通容量の10%しか利用されていません。投資選択は住民のニーズとは関係なく行われているのです」

 したがって、資源の不足が経済的なアンバランスの第一の理由というわけではないのだ。「投資比率は32%と悪くはないのですが、成長も雇用も十分に創出できていません」とこの経済学者は話を続ける。「なぜなら、10年前であれば1%ポイントの成長は3万5千人の雇用につながりましたが、今は1万人も達しません。大工事でも短期間労働の雇用しかありません。ちなみに、投資の70%は公的資金によるものです。これが“モロッコの開発モデル”の第一の失敗です」

 50年間、政府の戦略的選択のひとつが市場経済と民間セクターをもっぱら当てにすることだった。民間セクターは国からたっぷりと補助金を受けているが、こうすることでやがて自立し主たる投資家になると国は考えてきたのだ。この賭けは明らかに失敗だ。民間セクターは投資余力が小さいだけではなく、労働人口の10%しか雇用していないのだ。つまりモロッコの総人口が3660万人いる中で、労働人口1200万人中120万人だ。特筆すべきことをもうひとつあげよう。それは「幽霊労働者」の数だ。1200万人の労働人口のうち200万人がこれに相当するといわれているが、このような人々には報酬が支払われていない。特に家族経営で雇われている農業従事者や職人仕事をしている若者たちが該当する。

 「モロッコは想定していた成長率6~7%を達成できませんでした」とシャミ氏は説明する。「これからはより多くの人々に利益が回るような、より持続的な成長でなければなりません。私たちはハードウェア(インフラ)ばかり重視してソフトウェア(ここでは付加価値を指す)には十分に投資できていません」。このメタファーは見た目こそ魅力的だが、南部ではサービス産業がほとんどないのだから、この論法はすぐに限界を露呈する。すでにカサブランカとタンジェ間にLGVが走っているのだから、LGVの本数を増やすべく借金をするよりも、モロッコ有数の海水浴場でありモロッコ南部への重要な中継点のアガディール行きの鉄道を敷設したほうがよかったのではないか?

物議を醸すLGVの路線 

 この問題は自身もモロッコ南西部のスース出身の首相を悩ませる。「私が政府の首長職に就任したときにはすでに判断が下されていました」と彼は説明する。「ですからこれは私の判断ではありません。私は言いました。『LGVは維持しつつアガディールに鉄道を敷こう』と」。国民の多くは彼の意見に反対だった。アケスビ氏にしてみれば「LGVはこの国にとって災難でしかない」のだ。この経済学者によると、当初LGVが収益を上げるには、チケットの値段を80ユーロから120ユーロ台にするべきだった。しかし、モロッコの中流階級にはあまりにも高価だったため、政府は故意に価格を下げ、カサブランカとタンジェ間の片道価格を25ユーロより安くした。「モロッコ国営鉄道(ONCF)がその差額を負担するため、赤字が深刻化し、結局納税者がそれを負担しなければならなくなるのです。チケットを買うときには支払わないで済む分を、税金で払うことになるのです」とアケスビ氏は説明する。

 観光地の殿堂となったマラケシュを象徴するジャマ・エル・フナ広場(9)では、巨大な広告が「実現の20年」や「経済発展」といった言葉を掲げて王を祝福している。しかしマラケシュから300kmも離れていないアガディール(人口40万人)のでこぼこの道路をみれば、この「開発」の恩恵は全ての人に行きわたっていないことが分かる。バスターミナルの壁には水気がにじみ出て黄ばんでおり、マラケシュの駅の素晴らしさに比べると、現政権の経済選択を疑う。町の中心は色あせた建物が並んでおり、廃墟と化している。かつて国の栄光の証としてこの町には3つ以上の宮殿があるが、国の北部と外国を優先する国王が訪れることはめったにない(10)

金利でまわり、あらゆる独占がはびこる経済 

 権力による公平性を欠いた選択の犠牲となったアガディールは、今や国の開発計画の恩恵を受けられず、開発の遅れに不利益を被っている。「それにしても、昔のアガディールはマラケシュとそれほど大きな差はありませんでした。今のマラケシュはもはや別世界です」。広告代理店の経営者でファストフードチェーンのマクドナルドを顧客に抱える37歳の男性は、2012年から2019年の間の売上高が10万ユーロから4万ユーロまで落ちるという体験をした。「アガディールの広告マーケットのシェア率は今や4%という状況の中で、どうやって企業を誘致しようというのですか。これに対してマラケシュは12%も占めているというのに」。元教員のモハメッド・ジョエール氏はアガディールとシディ・イフニーで活動しているが、南部の自動車道を1時間半かけて移動している。「ある日、私は “ブレッド”と呼ばれる北アフリカの内陸部でサソリに刺されました」。彼は自分の携帯電話で撮影した黒い節足動物の写真を見せながら語った。「そこには大学病院がなく医者に診てもらえる見込みもなさそうだったので、無料診断所に行ったのです。しかしそこで私にできることは何もないと言われました! その後24時間、不安を抱えながら横になって過ごし、調子が良くなるのを待ちました」と説明した。彼はアカル(ベルベル語で「土地」)というモロッコ南部のベルベル族コミュニティーの認知のために戦う組織のメンバーである。

 モハメッド6世はそれでも11月のはじめにマラケシュとアガディール間に鉄道を敷設することについての「真剣な検討」をするよう呼びかけた(11)。しかしモロッコが抱える困難は、単に国王による好ましからぬ選択だけが原因ではない。これらはまた構造的なものであり、フランス植民地の時代[1912年―1956年]にすでに存在していて、君主制が保持してきた既得権とあらゆる分野での独占の下に成り立つ経済に固有なものである。「これは市場経済に賭けたことへの失敗が持つ別の一面です」とアケスビ氏はコメントする。「既得権、つまり労働することなく付加価値もない収入は、経済活動を腐敗させます。乗客輸送を例にあげてみましょう。この分野で起業してみたいですか? それはできないでしょう。そのためには許可、つまり政治的な承認を受ける必要があります。当局が承認するとしたら、それはあなたのプロジェクトに実現性があるからではなく、あなたが当局からひいきを受けている場合に限ります。自然の資源もまた既得権の対象となりがちです。産業界では、40%の企業が寡占セクターか2社が独占するセクターに属すると明言しています」。ボトルウォーター、森林、砂採取場、鉱石、さらに銀行、ガソリン等が当てはまります。今やどんなセクターも許可の掟から逃れることはできません」

 国王は非常に収益性の高い銀行部門をはじめとした多くの活動に関わっており、また経済に影響力を保ちながら面目を保つことに余念がないが(12)、国王は今「新しい開発モデル」というアイデアを推進している。この計画は何よりもまず「哲学的」でありたいと首相は説明する。と言うと? モハメッド6世は2019年の12月、翌年6月までに答申を出すべく委員会のメンバー35人を指名したが、その使命の輪郭はまだはっきりしていない。ここでの検討内容は法律案になるのだろうか。首相は「もちろん」と言って巧みに回避する。どのセクターに投資するためだろうか? 完全に謎に包まれたままだ。シャミ氏は「公共サービスに」と望んでいるが。

 とはいえ、それには財政的な裏付けが必要だ。安全保障に充てられる予算枠は依然として大きく、その額は770億ディルハム(73億2000ユーロ)だ。これは2020年の財政法[財政上の優遇措置や投資優遇措置を定めたもので毎年改正される]で最も割合の高い項目よりかろうじて若干少ない程度である。その項目とはつまり965億ディルハム(91億7000ユーロ)に達した債務費だ(13)! その上、2019年5月に行われた税制に関する会議でまとめられたところによれば、モロッコは「不公平で非効率な」税制で身動きが取れないままでいる。現在にいたるまで、この王国はいつもこの分野の改革の実行を拒んできた。

毒のあるムードと「ヒラク」に対する抑圧 

 「政治体制の改革を伴わない新たな開発について話すのは時間の無駄です」とブーマリフ氏は評価する。「議会君主制という新しい社会契約を目指して歩まなければなりません。ガバナンスの問題は、モロッコ市民の問題です」。この議論について、王室は沈黙を守っている。政治・経済・社会という三重の袋小路に直面し、むしろアルジェリア風の解決方法に傾倒しているようだ。つまり選出と抑圧を混ぜ合わせることだ。ジャーナリストのハジャール・ライソーニの件は海外で大きく話題になった。この女性ジャーナリストは「違法中絶」と「婚外性的関係」で逮捕され1年の禁固刑が下されたが、後に王の恩赦で釈放された。この件はモロッコ王室の毒のあるムードを明るみに出した。王室はまず、リフで行われていたヒラク(「民主運動」)の活動家に圧をかけた(14)。2017年に抗議運動が始まってから、何百人ものストライキ参加者が有罪となり、中には20年の禁固刑が下された者もいた。2019年末時点では55人が依然拘束されている。2月のはじめに彼らのうちの複数名が拘留環境に抗議すべくハンストに踏みきった。

 「それはどうしてかって? 拘留されたのは、彼らが水や電気、公共サービスを求めたからだけなんです。暴力行為なんてしていないのに!」とヒラクの拘留人の家族をサポートするコーディネーターのアミナ・カリド氏がため息をついて言う。「ハッサン2世の時代を思い出します。抑圧はまたもモロッコの国家戦略となりました」と彼女は悔しがる。彼女は人民勢力社会主義同盟(USFP)の運動家の娘だ。国民の中で増大している苛立ちの表われとして、2月23日には何千もの人々がカサブランカの街を行進して購買力の低下と汚職の蔓延、そして人権の蹂躙を非難した。「モロッコ人は衝撃のあまり、もはや何も信じていません。私たちはもはや希望すらありません。私たちは待っています。おそらく、レバノンのヒラクの例は私たちにインスピレーションを与えてくれることでしょう」とカリド氏は肩を落とす。

 モロッコは、隣国チュニジアのジン・アル=アビディーン・ベン・アリ体制が夫人の家族であるトラベルシ家の支配下に置かれていた最後の数年間を想起せざるを得ない雰囲気の中を模索している。ひとつの時代の終わりが近づいているのだろうか? 国王の行動もまた疑問を抱かせる。彼は2019年9月の父の重要な友人だったジャック・シラクの葬式にも姿を見せず、また10月にソチで開催されたロシア・アフリカサミットにも現れず首相を代わりに派遣した。2000人もの人員を抱えている王室で、国王は何を考えているのだろうか。2019年7月の即位記念日前日に語ったような、いまだに国民に広く政治の恩恵が行き渡っていないとする、そのアナウンスメント効果を別にすれば。彼の沈黙は、来る大転換の兆しなのだろうか?「あの王が国民を結束させているなんて言う人々は皆、現システムの中で失い得る何かをまだ持っている人たちです」と、将来がますます不鮮明なモロッコを注意深く観察しているジャーナリストのオマー・ラディは断言する。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年4月号より)