北シリアのクルド人自治区をめぐるシリア、ロシア、トルコの駆け引き

行き詰まるロジャヴァの今


ミレイユ・クール(Mireille Court)

フリージャーナリスト、Coordination nationale de solidarité avec le Kurdistan (CNSK) メンバー

クリス・デン・オンド(Chris Den Hond)

フリージャーナリスト、ウェブジャーナル Orient XXI (https://orientxxi.info) 編集委員


訳:菅野美奈子


 主にトルコ、シリア、イラク、イランにまたがる一帯に暮らすクルド人は、自分たちの国家を持たない最大の民族と言われる。2013年、クルディスタン地域の西にあたる北シリアのクルド人は、事実上の自治権を獲得し、民主連邦“ロジャヴァ”を樹立した。2019年10月、同地域からの米軍撤退が発表されるや、虎視眈眈と領土拡大の機会を伺っていたトルコのエルドアン大統領は、すぐさま越境攻撃を仕掛けた。ロジャヴァの運命は今や、シリアのアサド政権、その後ろ盾であるロシア、そしてクルド人勢力を「テロリスト」と牽制するトルコの駆け引きに委ねられている。[日本語版編集部]

(仏語版2020年2月号より)

分割された土地

©ル・モンド・ディプロマティーク日本語版

  2019年10月9日以来、トルコ軍はシリア北東部に駐留し、タル・アブヤドからラース・アル・アイン(クルド語:セレカニ)までの東西に150キロメートル、南北に30キロメートルの地帯を支配下に置いている(1)[地図参照]。2018年1月にアフリンとその近郊を包囲した後すでにより西方の地帯に駐留していた同軍は、2013年から一般に“ロジャヴァ”(Rojava、クルド語で「西」の意)、あるいは“北シリア民主連邦”と呼ばれるクルド人自治区の東西に連なる領土の真ん中に割って入ったのだ。こうやってトルコ政府は、クルド民主統一党(PYD)がロジャヴァに居住するアラブ人とキリスト教徒(同地区の人口を構成する他の2つの主要なグループ)とともに実現させた政治・軍事面での同盟関係を直接的に脅かしている。シリア民主軍(SDF)という名をもち、政治面ではシリア民主評議会(SDC)を組織しているこの同盟関係は、2012年の撤退後この地域全体の統治奪回を諦めていないバッシャール・アル・アサド大統領率いるシリア軍のことも考慮しなければならない。

 誕生から7年が経って、PYDが望んだ多元的で民主的な政治構想はどうなっているのだろうか(2)? 私たちの取材の旅はシリア東部、トルコとイラクの国境からそう遠くないダイリク[アラビア語:アル・マリキヤ]のノウルーズ難民キャンプから始まった。レイラ・Mさんは2018年から6回を数える避難の体験を語ってくれた。「私と家族はもともとアフリンに住んでいました。トルコ軍が到着したとき、東へ、そしてアレッポへと逃げ、そこからコバニに辿り着きました。その後、息子がラース・アル・アインで職を見つけました。でもトルコの攻撃を受けたので、みんな裸足でタル・タミールに逃げなければいけませんでした。そして今、このキャンプにいます」。タル・アブヤドで小さな農場を営むデルヴィッシュ・Fさんも、昨年秋の避難体験について話してくれた。「僕たちは幸せに暮らしていました。政治だって、とてもうまくいっていた。そこに、トルコの大統領は空爆したのです。クルド人はみんな町を離れました」

 昨年10月22日ソチにて、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、シリア北東部におけるトルコ軍駐留を承認し、同軍占領地帯からPYDの軍事部門であるクルド人民防衛隊(YPG)を退去させる、10項目からなる合意に署名した。以来トルコ政府は、クルド系住民を追い出しそこにシリア国内の他の地域での戦闘から逃れたのちトルコに避難していた200万人のスンニ派アラブ人を移住させることで、民族浄化作戦を実行していると非難されている。ロジャヴァの“外務大臣”アブデルカリム・オマル氏はこう主張する。「エルドアンはトルコ軍が支配する地域の民族構成を変えたいのだ。2018年のトルコによる侵攻以前、アフリンの人口の85%はクルド人だった。現在はたったの20%まで減ってしまった」

 このように激変する情勢の中、ロジャヴァの政治構想は潰えてしまうのか? 何も定かではない。トルコ軍と親トルコ派のシリア人武装グループ、現地では「セット」(トルコ語で「ギャングスター」の意)と呼ばれる彼らが自らの領土を拡げようとすると、激しい抵抗に遭ってきた。

 私たちはカミシリを発ってコバニに向かった。コバニは、2015年1月にクルド人部隊によって「イスラム国」(IS)が最初の大規模な敗北を喫した舞台であった。ロジャヴァの治安部隊が管理する大きな検問所で、私たちの車は別のルートに行くよう指示された。東部から西部へと続くM4高速道路の利用はあまりに危険なのだ。親トルコ派の武装グループが400メートルしか離れていない場所にいて、侵入を繰り返している。さらにトルコ軍のドローンがそこかしこに飛び回っている。2019年10月12日、大きな影響力をもつカリスマ的なクルド人政治家ヘブリン・カラフ氏がトルコの支援する過激派グループの民兵によって惨殺されたのは、アイン・イッサに近いM4高速道路上のティルワジという地点だった(3)

 トルコによる侵攻を招くことになる10月6日の米軍撤退の発表を受けて、SDFはシリア政府軍に救援を要請せざるをえなかった。ソチ合意の後すぐ、シリア軍はトルコ軍占領地帯を除きコバニからカミシリまで展開し、10キロメートルごとに小さな兵営が設けられた。複数の取材相手によれば、その目的は第一に防衛。シリア軍はトルコ軍による新たな領土拡大を阻止しなければならないのだ。

 「これは政治的意図による形だけの駐留に過ぎない」と、SDFの総司令官マズロウム・コバニ・アブディ氏は確言する。トルコ政府が懸賞金を賭けて命を狙っているこの軍高官は、SDFの支配区域に他のシリア軍はいないと補足した。取材の道中、実際私たちは道路の警備を行なっているのがいつもアラブ人とクルド人によるSDFの自警団アサイシュ(Asayish)であることを確認した。ロジャヴァとシリア政府の関係の展望について、アブディ氏に尋ねた。まず政治的な合意が必要だと返答した彼はこう続けた。「我々の望みは、政治上の自治権がシリア国憲法に明記されることと、SDFがシリア全土の防衛の一翼を担うことだ。これが譲歩できない要求なのだ。このような合意があれば、シリア北部の防衛はSDFが責任を持つことになるだろう」

 シリア政府はこのような変化を受け入れることができるのだろうか? 数十年にわたって維持してきた中央集権制とアラブ人単一民族を標榜する国家体制に終止符を打つかもしれない変化を。今のところ、アサド政権はそのような素振りを全く見せていない。私たちはクルド人部隊で活躍する歴戦の兵士ポラト・ジャン氏にも取材した。SDFの司令官であると同時に作家としての顔をもつ彼は、長い間ISの手中にあったデリゾール地域の解放作戦における責任者であった。「ロジャヴァが2010年以前の状況に戻ることはないだろう。我々はクルド人が自分たちの諸権利を失うことをそのままにしておかないし、アラブ人やキリスト教徒と築いた関係を壊すつもりもない」と警告を発する。そして自治区そのものの名称や国境警備の方法など、その他のことなら交渉の余地があるとはっきり付け加えた。

 タル・アブヤドからラース・アル・アインまでの地帯を手放したことは、クルド人にとって痛恨事であり、激しい怒りを生んだ。特に防空対策の欠如が彼らの恨みを募らせる。「ロシア人はトルコ軍の飛行機が我々の市民や子ども、防衛部隊を爆撃するのを許した。彼らは約束を守らなかったのだ。アメリカだって同じだったが」とアブディ氏は言い放つ。 ジャン氏はさらに辛辣な口調でこう語る。「トルコはヨーロッパ製の武器でクルド人を殺している。ドローンはイタリア製、レオパルト戦車はドイツ製だ。飛行禁止空域が設けられて我々の部隊への空爆がなくなったなら、SDFは1週間でロジャヴァからトルコ兵を駆逐するだろう」

 コバニまでの移動はラッカを経由し、でこぼこ道を進んで、6時間の遠回りをせざるをえない。石油を積んだタンクローリーのピストン輸送のせいで、ほとんど息ができないほど空気が汚染されている。シリア北東部で採掘される原油は安価だが質が悪く、ロジャヴァの住民に必要な分が賄われるほか、一部は仲介者を通してシリア政府にも売られている。石油による収入とイラクとの国境で輸出入品にかける関税によって、自治政府はなんとか公共サービスの提供とインフラ工事の支払いを行なっている。しかし、石油の採掘は停滞に転じている。「シリア北東部では、たった25%の油井しか稼働していない。それ以外の油井は戦争やシリア産石油の輸出禁止のせいで停止している」と、ロジャヴァのエネルギー委員会のメンバーである技術者ジャッド・ルステン氏は打ち明ける。

 2014年から2017年までの短い期間、ISの“首都”であったラッカは、現在SDFの支配下に置かれている。凄惨な戦いの舞台であったこの町は今もなお瓦礫に覆い尽くされたままだが、復興が始まっている。中心地には「アイ・ラブ・ラッカ」と書かれた巨大な横断幕がここにやってくる人々を歓迎している。この場所で、ISは人々に恐怖を植えつけるため、処刑して切り落とした首を槍に突き刺し並べていた。アラブ人が多数を占めるこの地域では今もなおISの支持層が厚く、スリーパーセル[一般市民を装い潜伏している戦闘員]が繰り返し自爆テロを実行している。それでもラッカは比較的静穏を保っている。エルドアン大統領はシリア北部に侵攻すると同時に、アラブ人がクルド人に対して蜂起するだろうと踏んでいたが、そうはならなかった。

 トルコの作戦について触れると、ジャン氏は薄笑いを浮かべながら、次のように答えた。「デリゾールのアラブ人部族は我々にこう言ったんだ。「ここにアサド政権を持ち込むな! 君たちクルド人のことは気に食わないが、結局は同じスンニ派だから君たちと協力する」と。アサド政権は過去に、クルド人はシオニスト、無神論者、資本主義者だと言って、我々に敵対するようアラブ人を洗脳していた。でも、人口のほぼ100%がアラブ人のこの地域で、SDFに反対する蜂起はこれまで起きていない」

 先のトルコによる侵攻によって、PYD主導の体制に反対していた複数のクルド系組織が歩み寄り始めた。長年SDCに反対してきたナリ・ マッティニ氏が、現在これに参加している。またクルド国民評議会(KNC)ーーイラクで活動しトルコ政府と良好な関係にあるクルディスタン民主党(KDP)の主導で、同地におけるPYDの影響力を弱めるために設立された組織ーーのメンバーであるムフスィン・ターヒル氏は、今や民族浄化の恐れゆえにクルド民族の統一を優先すべきと認めている。けれども、PYDはロジャヴァにおいて他のクルド系武装勢力の存在を容認しないので、統一はPYDとKDPの関係がどう発展するかによるだろう。

 ラッカからコバニへ向かう途上にある町、アイン・イッサでは、ロシア軍の警備隊がものすごい勢いで基地から飛び出してくる。ここではロシアがアメリカに取って代わったのだ。ずっと東のハサカ近郊でも、私たちはすでにロシア軍の警備隊とすれ違っていたが、そこは[トルコ軍占領地域との]前線であるタル・タミールからそう遠くなかった。ましてや東の油田地帯の近くでは、アメリカ軍の警備隊と遭遇したこともあった。この混迷した状況をきちんと理解するのは難しいのだ。

 ロシアはアメリカよりも信頼できるのか? アブディ氏は今のところ、「ロシア当局は我々クルド人とアサド政権との間に解決策を見出そうと頑張っている」と語る一方、他の幹部らと同じように、ロジャヴァの領土がアサド政権を利する方向でロシアとトルコの取引材料になっている事実を突きつける。「ロシアはまず、ホムス、グータ[ダマスカス郊外]、イドリブの一地域をアサド政権に渡すのと引き換えに、アフリンをトルコに“与えた”。次に、イドリブの他の地域と引き換えに、ラース・アル・アインとタル・アブヤドをトルコに“譲った”」とアブディ氏はまとめる。こうした秘密裏の交渉で、結局のところクルド人が多大な不利を被るかもしれないのだ。

 コバニでは凍てつくような寒さと雨が私たちを迎えた。この町とその周辺では、再び侵攻されるのではないかという不安が消えないせいで、生活と復興の見通しが立たないでいる。2014年、敵はイスラム国であった。今度の脅威はトルコ軍と彼らに協力する武装グループ(その一部は旧IS兵を仲間に加えた集団)なのだ。戦争が差し迫っていることを確信している住民たちは攻撃を凌(しの)ぐため、がむしゃらに防空壕を掘っている。2015年1月の勝利から5年が経ち、コバニの運命が再びロジャヴァの未来を決めるのだろうか?



  • (1) Akram Belkaïd, « Ankara et Moscou, jeu de dupes en Syrie », Le Monde diplomatique, novembre 2019 を参照。
  • (2) « Une utopie au cœur du chaos syrien » et « Le Rojava entre compromis et utopie », Le Monde diplomatique, respectivement septembre 2017 et décembre 2018 を参照。
  • (3) Fatma Ben Hamad, « Enquête : des images établissent les exactions d’une milice proturque en Syrie », Les Observateurs, 21 octobre 2019.

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年2月号より)