フランスが育んできた社会意識への挑戦 

年金改革の本質 


マルティーヌ・ビュラール(Martine Bulard)

ジャーナリスト 

訳:村上好古


 マクロン大統領は選挙公約とした大規模な年金改革に取り組み、政府は多数存在する年金制度を2020年夏までに一本化するとの基本方針を2019年9月に打ち出した。その内容に組合勢力が反発し12月以降大規模なゼネストに発展している。12月中旬には改革案の詳細も発表されたが、結局この改革の本質は、個人主義を重視し、共同体としての集団の権利を破壊しようとすることにあるのではないだろうか。[日本語版編集部]

(仏語版2020年1月号より)

photo credit: Jeanne Menjoulet

 マーストリヒト条約で決められた財政赤字の上限3%という数字が金科玉条のように思われていた。そこに、年金は国内総生産(GDP)の14%、という呪文のような数字が現れた。社会経済の進歩に関する議論の拠り所として30年間使われて来た3%という数字の方は、エマニュエル・マクロン氏自身がこれに疑問を投げかけた。一閃(いっせん)して鮮やかに、「過去のものだ」とエコノミスト誌に明言したのだ(2019年11月7日号)。一方もうひとつの14%の方は、共和国の大統領もその政府も、また彼らのスポークスマンも、年金改革のため大慌てでこの数字を振りかざし、賦課方式による年金の総額は現在の水準、したがってこの運命の14%を越えてはならないのだ、と我々に確言している。15%や16%ではなく、なぜ14%なのか。誰にも分らない。

 エドゥアール・フィリップ首相とジャン=ポール・ドルヴォワ年金高等弁務官(2019年12月に辞任)によれば、近隣諸国はもっと低い水準であるだけに、これが越えてはならない「レッドライン」だという。たとえばドイツでは、GDPの10.1%でしかない。ただ、年金生活者のうち貧困ライン以下で暮らす者の割合が、フランスでは7.3%であるのに対し、ドイツでおよそ5人に1人(18.7%)であることを、「専門家」はうかつにも明示し忘れている。

 この基準には議論の余地がある。何しろ年金受給者の数は、今後250万人増えて2035年までには1,860万人を超そうとしている。そしてこのことは当然ながら、こうした人々に振り向けられる国民的な富の割合を増大させることになるだろう。しかし、年金総額削減のために講ずることができるふたつの方策があるのだ。支給開始年齢を遅らせることと、各人がその給与に応じて受け取る金額の割合(所得代替率)を減らすこと、である。年金方針評議会(COR)はこれをそのまま次のように公表している。「年金受給者全体の平均的な年金は、現役時代の平均収入に対し減少する方向にある。(……)その割合は、2018年が51.4%であったのに対し、2025年にはおよそ49.8%になると予想される。そしてやがてその低下がより顕著になり、47.1%から48%の間になる可能性がある(1)」。およそ30年前から年金受給者の権利に対する切り込みが始まったのだが、この数字はそれ以前、平均して70%を越えていた。

 すなわち早くも1991年には、「社会保護関連経費の削減」を要請するOECDの度重なる勧告(2)を受けて、「第二の左翼」の重要人物ミシェル・ロカールが年金白書で改革の道筋を示し、 1993年にはエドゥアール・バラデュール氏が首相となってその後を継いだのだった。その後はとどまることのない後退が続いた。支給開始年齢の引上げ(60歳から62歳へ)、満額年金を受けるのに要する保険料納付済期間の延長(161期<1期は3カ月>から、2035年には172期へ)、民間部門で行われる年金計算を現役時代の最も高い給与10年平均ではなく25年平均を基準にして行うこと、補足年金[訳注1]の水準を決める点数評価の段階的引上げペースを鈍化させること、「特別制度」としてよく知られている鉄道員およびパリ交通公団(RATP)職員の権利を順次見直すこと、などだ。

 マクロン-フィリップ改革は同じ路線を踏襲する8度目のものであるが、小出しの改革に終止符を打つという点で画期的な一歩を踏み出すことが企図されている。実際のところ、これら様々な厳しい攻撃を受けながらもフランスの年金制度は、受給権者に対し最も有利なもののひとつに数えられ、市場の不確実性にさらされないだけに資金的にも最も安全なものになっている。社会運動、とりわけいくつもある特別制度の恩恵を受けている者が主導する運動のお陰で、全体への不利益拡大が抑えられてきた。このため逆に当局は、これら特別制度が給与所得者の3%をやっと超える程度にしか関係しないにもかかわらず、この制度を目の敵にしている。制度を単一化した点数制システム[訳注2]ができれば、こうした騒々しい反対を止めることができるかもしれない。年金額(また場合によってはその減額幅)は単純な計算でほぼ自動的に算出される。就業期間全体での獲得点数に、年金生活入りするときの点数ごとの評価をかけ合わせればよい。この制度の管理者(議会に対して責任を負う労使代表)は点数に付される価値を引き上げる(給与が同じなら、獲得される点数は少なくなる)ことも、獲得された点数ごとの支給額を引き下げる(点数が同じなら、年金生活入りするときに受け取る額は少なくなる)こともできる。こうした計算は個人ごとの勘定を設けて行われる。各人は年金額が少なくても年金生活入りするか、もっと働くか、金銭的な投資として「制度外の積立年金」を払い込むか、決めることができる。各人の財政事情が許すかどうかにはよるが……。こうして、この分野ではフランスが後塵を拝している(投資額はイギリスの半分にとどまる)年金ファンド[訳注3]に展望を開くことになるかもしれない。そして各人は自分自身の決定に責任を持つようになるだろう。あるスウェーデン人の専門家は、2001年に自国の年金制度が点数制に変わった時、「リスクはすべて被保険者によって負担されます。そう、それがこの制度の狙いなのです(3)」と語っていた。

 年金支給開始の「上の区切り」となる基準年齢をフィリップ首相が公表する必要はもはやない[訳注4]。この年齢は巧みな表現で「均衡年齢(âge d’équilibre)」と名付けられ、[各年順次引き上げられたあと最終的に2027年時点で]64歳と設定された。給与生活者は、これより1年早く年金生活に入ると受給額が5%減り、62歳でということであれば10%減る。つまり、平均的な年金が1,472ユーロであるので、生涯にわたって月々150ユーロ近い減少になる。64歳という年齢はマクロン氏が批判していた(2019年4月25日の記者会見[訳注5])ものであり、彼はこの日大変誠実だった。新しい点数制の下では、この減少幅が変数のひとつを操作することで自動的に計算される。これがフランス民主労働総同盟(CFDT)事務局長のローラン・ベルジェ氏の怒り(非常に抑制されたものではあったが)を誘った点であり、彼は、この「均衡年齢」を撤回するとともに「新たな管理主体を設置し、短・中・長期いずれをとっても均衡がとれるよう責任を持たせる」ことを提案している(4)。年金はこうして、ただし少しずつ目立たないように、削減されるのかもしれない。

 こうした提案を前にすると、首相はなぜ頑なに新たな基準年齢の維持に固執するのか、という疑問がわく。ひょっとすると右派を固めるといった政治的な意図や、ベルジェ氏より欧州委員会の圧力の方が強いということがあるのかもしれない。後者は毎年フランスの国家財政を審査しているが、現状に全く満足していない。「公的および民間部門の様々な年金制度を一本化することで、2022年には公的支出を50億ユーロ以上節減できるだろう(5)」と、断固たる対策を要求しているのだ。

 これが実はこの改革の財政的な目標なのだ。この計画を受け入れさせるため、当局は現行制度の不公平さ、とくに非正規雇用者に対し不公平になっていることを強調している。しかしなぜ、勤続年数に基づいた現行制度だとこの短期間労働に配慮することがむつかしいのか、理解に苦しむ。現状、年金期間の算定対象となる1期(3カ月)を満たすには150時間の労働が必要であるが、より低い基準とするよう要求できるだろうし、短期雇用契約自体を問題化することもできる。おまけに新しい制度では年金受給額を計算するとき、もはや民間の場合だと最良給与25年の平均だとか、公務員の場合は退職時給与(ボーナスを除く)の75%だとかいった計算方法ではなく、全勤続期間に基づいて計算することになるので、職歴の中で所得の山谷の差が大きい者や、就職当初の段階の給与水準が低い者は確実に不利になる。たとえば、フィリップ氏が想定する加算ポイント(制度導入後生まれた子供1人につき5%)を加えても、社会保護研究所(IPS)の試算によれば、すべてあるいはほとんどすべての女性は、不利になるという(6)。逆に、年金の最低保証額を[引き上げて]当初1,000ユーロ、次いで[制度開始3年後には]最低賃金(SMIC)の85%とすることは、この最低保証制度がなんと2003年にさかのぼるものでありながらいまだ適用されたことがないというものであるだけに、評価できる。いずれにしろ、この保証制度は全期間を通じて漏れなく保険料を払った者だけに関するものとされ、しかも年金受給権を得るためにどれほどの点数が必要なのかは分かっていない。そうでない者はもっと働くか、少ない年金で満足するしかないことになる。

 この計画の本質的な哲学は、「集団の権利を打ち崩し、個人主義を重視する」ことにある。この結果教員は全くもって不利を被ることになるのだが、その様はほとんど茶番と言ってよい。たとえば、幼児学級・小学校の教師は組合によれば月に300~600ユーロ年金が削減される。財務大臣は2021年以降その補てんとして4~5億ユーロを支払う──これは教員一人当たり月32~35ユーロに相当する──と約束したが、フィリップ氏はこれと同時に、今後10年間で「報酬、キャリアパス、労働関係組織の見直し」を行う一大計画を公表した。バカロレアの改革とその多様化に伴い、一定の施設や学習計画に配置された固定的な教員チームは不要になる。一部の教員は、どこにも所属せずあちこちで授業を行うサービス業従事者になる。政府が、「定期的に所属を変えることを受諾した」教員にだけボーナスの支給を想定していること(7)は驚くに値しない。国内一律ではない卒業資格を与えることで生徒の進路を個別化するのであるから、教師についても同様とするのは理の当然ということだ。

 さらに広く、「フランスモデル」のまさにいくつもの根幹が、その欠陥に目が向けられ、揺り動かされている。たとえば健康面では、何度も繰り返し保険給付を受けることが禁止されたため、一部の人には、眼鏡の購入や歯医者に行くことが手の届かない一種の贅沢になった。政府は、社会保険でこれらを補償することが可能となるよう、その保険料を義務的に少しばかり増加させることもできたが、ミュチュエル(mutuelle、共済保険または任意保険)への加入を求める方を選んだ。そこでは各人の財政状況に応じてその保険範囲が異なり、金持ちであればそれだけ手厚い保護を受けることになる。

 社会法の分野でも同様の転換が図られている。労働法典の改革についてはCFDTがこれを考案したわけではないにしても容認し、労働者団体に認められる保護が後退し、個別の労働契約に委ねられる部分が増えた。そこでは、労働者保護により役立つ労働協約がある場合でも、企業との簡単な合意によって内容が変えられる。このことは結局、解雇や労働条件等に係る雇用者の義務を軽減することになる。失業に対する補償でも同様のことが行われているが、内容は一層厳しい。国は失業者の権利を削ることで10億ないし13億ユーロの経費節減を図ろうとし、求職者にはどんな仕事でも受け入れるよう強いる方針だ。すでに2018年の第3四半期末時点で、「実際に補償を受けている」求職者は、職安の登録者660万人のうち42%しかおらず(8)、ベルジェ氏でさえ、「虐殺だ!」と語った。この改革は11月1日に施行されたが、貧困者を増やすことになるだろう(同時に、経営者の保険料負担が減ることから、企業には収益をもたらすだろう)。

 集団意識を破壊し連帯を分断するために、当局者は力ずくである基本的な原理を押し付けようとしている。「公的なものは最小に、民間には魔法の力がある」という原理だ。「英米モデル」は全く素晴らしいものなのか。それなら人々にその利点を納得させることが必要だろう。そう簡単には実現できまい。


  • (1) « Perspective des retraites en France à l’horizon 2030 », rapport du Conseil d’orientation des retraites, Paris, 21 novembre 2019.

  • (2) « Études économiques de l’OCDE : France », OCDE, Paris, 1991.

  • (3) Michel Husson, « La réforme des retraites au prisme du modèle suédois », Alternatives économiques, Paris, 6 septembre 2019.に引用されたもの。

  • (4) David Revault d’Allonnes, « Laurent Berger ne veut pas de blocage dans les transports pour Noël », Le Journal du dimanche, Paris, 14 décembre 2019.

  • (5) « Recommandations du Conseil de l’Union européenne » (PDF), Bruxelles, 23 mai 2018.

  • (6) « Contribution de l’IPS à la deuxième phase de concertation », Institut de la protection sociale (IPS), Paris, 26 novembre 2019.

  • (7) Marie-Christine Corbier, « Primes des enseignants : ce que pourrait faire le gouvernement », Les Échos, Paris, 11 décembre 2019.

  • (8) Anne Eydoux, « Réforme de l’assurance chômage : l’insécurisation des demandeurs d’emploi », Les Économistes atterrés, 26 juillet 2019.


  • [訳注1] フランスの年金制度は大きく被用者制度と、非被用者制度に分れ、前者はさらに、商工業の民間被用者が加入する一般制度と、公務員、国鉄職員等の公共・準公共部門の被用者がそれぞれの職種等に応じて加入する各種の特別制度とに分かれている。これらには、それぞれ基礎年金部分(1階部分)と、職業環境等によってこれを補足する(多くは点数評価がある)補足年金部分(2階部分)があり、いずれも強制加入・賦課方式となっている。これら各種の制度を合わせるとフランスには現在42の年金制度があり、これを一律のポイント制を導入することによって一本化しようとするのが、今回改革の眼目になっている。なお、このほかに任意加入・積立方式(3階部分)の付加制度がある。

  • [訳注2] 年金支給の開始時期、支給額等の基準を、大まかに、拠出期間(四半期数)と、制度ごとに所定の方法で定められた一定期間の給与額に基づいて算出する現行方式から、拠出額に応じて付与され、共通の価値を持つ一律のポイント制に変更し、「同額の拠出金に対しては同じ年金給付」を受けることを基本とする体系、への移行を目指すものとされる。

  • [訳注3]本紙1月号Black Rock, la finance au chevet des retraité français 参照。

  • [訳注4]今回改革では、年金の支給開始年齢(定年)を公式には62歳としつつ、年金を満額受け取ることのできる計算上の支給開始基準年齢(「均衡年齢」)を新たに設け、この均衡年齢と実際の退職年齢の前後により年金額が減加算されることとしている。したがって実際上、この年齢が支給開始年齢の「上の区切り」になると目されている。また、この均衡年齢を2027年にかけて64歳まで各年順次引き上げることが改革案中で示された。

  • [訳注5]本紙1月号Lucidité 欄記事。


(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年1月号より)