救急医療の危機はどこから来たのか?

「未来の病院」の悪夢


フレデリック・ピエル(Frédéric Pierru)

社会学者、
フランス国立科学研究センター付属行政政治社会研究センター(CERAPS)研究者、
共著書にLa Casse du siècle. À propos des réformes de l’hôpital public,
Raisons d’agir, Paris, 2019がある。


訳:福井睦美


 救急医療の窮状を訴え3月から続いているストライキを受け、9月9日、フランス連帯・保健大臣は救済案を発表した。しかしそれは困窮する現場を抜本的に救うにはほど遠く、マクロン政権の空洞政治を象徴している。自他ともに世界最高水準を認めるフランス医療が直面する危機について考察する。[日本語版編集部]

(仏語版2019年10月号より)

photo credit: Renaud Torres  Guest chair

 2016年10月1日、快晴のシャモニー。例年のように、政治、行政、医療界の意思決定をつかさどるエリートたちが健康分析とマネジメントのコンベンション(CHAM)に集まっている。ニコラ・サルコジ元大統領の健康アドバイザーを務めたモンスーリ互助会病院の泌尿器科教授、ギ・ヴァランシアン氏を座長にしたこの"パーティー"では、医療システムの将来が話し合われる。医療分野のMedef(フランス企業運動[最高経営責任者の組合])がもしあるとすれば、これはさしづめその秋期集会のようなものだ。

 会議場の舞台装置は、ボクシングジムを連想させる。中央には強力なスポットに照らされたリングのような長方形の舞台があり、その周りには、観客用の座り心地の良い座席が並べられている。だが、似ているのはそこまでだ。例えば元国民教育大臣でトランスヒューマニズムの礼賛者となったリュック・フェリ氏が、作家のエリック・オルセナと交わすやり取りを聴けばわかる。まるで会食の席でやるような、高度に抽象的な哲学考察とハッピー・フュー[幸せな少数の人々]にしかわからないジョークを混ぜた話の中には、闘争はおろか、討論さえもない。実際、この小さな世界はほぼすべてにおいて合意しているのだ。まれに出される質問は、円卓会議の忠実な参加者氏によるもので(一般の人々の発言は許されていない)、たいがいが発言者に、政府がいまだ厚顔無恥にも抵抗している点について掘り下げたスピーチをするのを促すばかりだ。だいたいこの2016年の秋、重要なことはビュッフェテーブルの周りや近隣の高級レストランなど、他の場所で起こっていたのだ。会議に参加していた医療事業者たちは、そういうところで小さなグループになって、果てのない「医療システムの危機」を解決するための彼らの打開策を政策決定者に訴えていた。

 このブルジョワ御用達のスキーリゾートでは、「社会保障の赤字」は懸念課題ではない。いずれにしても、国にとって医療費の増加が問題になるのは、公的支出、つまり社会保険支出に関する場合だけだ。ここでは、医療は有望な市場であり、フランスの主要な切り札産業とさえ見られている。

 フランスの医療は世界有数の高水準で、国はそのランクを維持するだけでなく、国際市場シェアを獲得するためにも尽力しなければならない。テクノロジー至上主義は、もはや官民・左右どこに所属しているのかわからないエリートたちを結集する。彼らが唯一頼りにする解決策はずばり、イノベーションだ。

 シャンパン入りのプチフールを楽しむ合間に、人々はヨーロッパが人工知能の分野で中国と米国という2大強国に対して遅れを取っていることを気にかけている。幸いなことに、この大統領選前年には、なんでも期待できる。経済大臣を辞任した大統領候補、エマニュエル・マクロン氏が例年のようにイベントを締めくくりにやって来た(1)。「スタートアップ国家」を代表する彼のスピーチは、聴衆を十分満足させる。遠隔医療、ビッグデータ、人工知能、3P医療(予測、予防、個別化)のおかげで、フランスは医療経済分野の世界的リーダーになると同時に、国内の医療システムの慢性化した課題をすべて解決するだろう。マクロン氏の出身母体である財務監察総監のメンバーならこれを「二重配当」と呼ぶのだろう。

 だが、アルプス山頂での盲目的なテクノロジー信奉による楽観主義は、現場で働く人々のいる谷間まで簡単には届かない(もちろん彼らはCHAMに招待されていない)。現場では日々、一方に耐え難い予算制約、もう一方にケアの質と安全性確保の至上命令という、逆説的な命題に直面している。人員も資金も需要に追いつかない中で、施設によっては減少さえしている中で、常により良くより早く働かなくてはならないのだ。

 2000年代は、市中(病院外)医療が政府から驚くべき同情を得た一方、病院政策におけるネオリベラルな転機となった。緊縮が必要だとすればそれを請け負うのはフランスの「病院中心主義」だ、と行政当局は判断した。そこで病院には予算の鞭を振り、市中医療には経済的なインセンティブと自主的な再編成の呼びかけという飴を与えた。病院は「コアビジネス」――高度に専門的、技術的で高額な治療に加え、公共サービスの使命――に焦点を合わせ直し、「高収益な」残りの部分は、他の医療機関(そのほとんどが自由診療医師、民間経営のクリニックなど)に任せるよう命じられた。

 この大掛かりな作戦のコードネームは「外来へのシフト(virage ambulatoire)」。渋る病院勤務者にシフトを強いるため、二つの方策が使われた。一つは予算の減額、そしてもう一つは、T2Aという略語のほうが良く知られている診療報酬制による医療機関同士の競合化だった。理論的にはこれら2つの方策は両立しない (2)。というのも、T2A制の下では社会保険は組織への報酬をやめ、医療機関の治療実績に対して報酬を与える。1980年代終盤のサッチャー主義のスローガン「金は患者についていく」のように、病院は地域市場における(有名なパリ公立病院連合“AP-HP”の場合は国際市場においても)シェアの拡大を追求する企業になった。仕事をすればするほど収益が増大し、そうすれば人員が増やせて投資もできるのだ。

 だが、この競争はますます制約の強まる予算の枠組み内で繰り広げられるため、資金調達は非常に歪んだものになっていく。まず、各医療機関は不正をしてでも治療実績を最大化しようとする。1回の入院を複数回したことにしたり、民間のコード入力専門会社(医療守秘義務もない)を頼ってT2Aコードを「最適化」したりする。サンマロ病院センターの医療情報部長ジャン=ジャック・タンクレル氏は、自身が糾弾されるのを覚悟でこれを暴いた(3)。一言でいうと、T2A制のもとでは、公共サービスとしてではなく、ビジネスとして仕事をするのだ。

 しかし、全体の予算枠は守らねばならないので、治療実績が増えれば、行政当局は一方的に単価を下げる。こうしてT2A制は病院職員をハムスター化する。彼らは回し車の中でどんどんスピードを上げて走るのを余儀なくされる。もっともそれによって病院の経済状態が良くなるわけではない、むしろその逆なのに。

 実際、病院職員の生産性は大幅に向上した(治療実績は2010年まで毎年3%増加し、その後2015年からは2%増加している)。現場では、これは労働強化につながり、待ち時間の延長、再診患者数の増加、「自由診療」と呼ばれる第2区分やクリニックへの患者の流出など、医療の質の低下につながった。

 さらに、設備の陳腐化と建物の老朽化が進むのにも関わらず、病院は投資を中止したり、長期的資金繰りのためにひどい金策に手を出したりした。それは、有害なローン契約(「ストラクチャード」ローン、つまり契約時にはとても魅力的でその後に高騰するような変動金利制の金融商品)、官民パートナーシップ、画像診断装置(IRM、PETスキャン)など大型機器の高額な賃貸メンテナンス契約などのことだ。

聖域となった開業の自由

 状況を悪化させるもう一つの要因は、医療機関の環境が「外来へのシフト(virage ambulatoire)」が引き起こす仕事の変化に対し全く準備できていないことだ。問題の源流となっているのは古くからの自由開業制だ。その原則は1927年の初めての社会保険制度制定に際して定められたもので、制度疲労が進んだ状態にある。また、総合診療医の数は減少しているだけでなく、彼らの診察時間も減少の傾向にある。フランスは21世紀になって医療過疎状態に気づいたが、聖域となった自由開業制度のせいで医療密度にはいつも大きく地域格差が存在していた。1968年の5月革命後、この格差は大量の医師を養成することで覆い隠されてきたが、1990年代になると自由開業医の組合は再びこの「過剰供給状態」に不安感を抱き、人数制限制度(numerus clausus)の強化を要求した (4)。その世代の多くが引退し始めると、今度は彼ら自身が経済・財務省と手を取り合って生み出した医師不足問題を告発する。結果として、人口一人当たりの総合診療医の治療実績は2000年から2013年までに15%減少した (5)。この現象は、高齢化が進み、慢性化する病状もあるため全体の治療ニーズは増加傾向にあることからすると増々注目すべき点だ。これは、医療アクセスの地域格差が広がったことを物語っている。

 有利な立ち位置にいることから、主要な医師組合は1971年に社会保障局に対して行った唯一の譲歩を見直すべきではないかとさえ考えている。当時、患者層を広げようとしていた医師たちは、治療費の80%が社会保険から還付されるため支払い能力のある層を取り込もうと、独自に診療報酬を決める自由を放棄したのだ。その一角はすでに1979年の自由診療報酬に関する第2区分の新設によって崩されていた。彼らの今度の狙いは、協定診療報酬と呼ばれる第1区分を撤廃させることだ。第1区分では、医師は彼らの代表が社会保障局と合意した診療報酬を守らなければならない。実際には協定診療報酬の超過請求は日常化しており、患者にとって、経済的な壁に地理的な障壁が加わった。その結果、治療が必要になると「黄色いベスト」のフランス人は公立病院へ、特に救急病院へと向かうことになるのだ。暗澹たるこの状況には更に、公立病院の精神科が陥っている深刻な状況も加わってくる。最近いくつかの医療機関(アミアン、サン=テティエン=ドゥ=ルヴレなど)での決起集会が明るみに出したように、そこでは人員も資金も慢性的に不足している。この機能不全もまた、精神的疾患に苦しむ患者の一部を救急病院へと送り返すのを助長している。

 医療機関の下流を担う「医療社会セクター」は、その管轄が国と、増大する貧困や不安定化に対処する財源もない県議会とに分割されていた。このセクターはまた、医療と社会福祉のそれぞれの側がお互いに責任をなすりつけ合う問題、つまり要介護高齢人口の問題に直面している。要介護高齢者居住施設(Ehpad)を揺るがすここ数年の危機から、その施設の荒廃と虐待事案の増加が明るみに出た(6)。資金に乏しく、医療設備が足りないこれらの施設は健康状態が悪化した高齢者をすぐに救急病院に送る。在宅高齢者の場合、「介護者」と名を変えた家族が、経済的困難としばしば耐え難い精神的苦痛と共に、高齢の患者を受け入れることができない病院の影響をまともに被っている。

 上流には本来あるべき地域公共医療サービスを欠き、下流にあるべき社会医療制度は壊滅的状態だという、ここに「救急医療の危機」の本当の原因がある。

 そこにまた、病院内で救急医療が比較的格下とみなされているという事実が加わる。救急医療は医療的、精神的、社会的(ホームレス、高齢者、精神障害者など)問題の入り混じった「純粋でない」とみなされるケースを受け持つため、担当する総合診療医はしばしば専門医から見下されている。専門医らは救急病棟へ自分たちの探し物、言い換えれば完璧にマニュアル通りで長期入院をしないことがわかっている「旨いケース」を見つけにやってくる。

 状況はゆっくりだが変わりつつある。救急病棟は大学病院の医師に指揮してもらえるようになった。救急医療は2015年末に専門科の一つとして認定され、2017年にそれに対応する専門医資格が新設された。また、一部の病院勤務医グループは、少し遅きに失したものの、パリ・UPMC大学医学部長のブリュノ・リウー教授、アンドレ・グリマルディ糖尿病科教授やAP-HP医療委員会副委員長アンヌ・ジェルヴェ医師に続いてストライキ参加者への支持を表明した (7)

 一方で民間クリニックはT2Aの視点から最も収益率の高いニッチな、つまり前もって予定を組むことのできる、技術的で専門的な治療(腰の手術、白内障など)に専念している。こうして行政当局の作り出した医療市場は古典的なルールに服従することになる。つまり損失は社会が被り、利益は民間に吸い取られるのだ。

 したがって、救急医療の危機は体制の危機なのだ。それは陳腐化、急性疾患の治療よりも慢性疾患の治療の質が低いという事実、多くの歪みを生む病院の改革、市中医療セクターでの慢性的な改革の欠如(または政治評論家たちが言う「意思決定の欠如」) (8)など、病んだフランスの医療体制の症状であり、過去の過ちだ。

 この点について、マクロン政権は象徴的な転機を画している。というのも、自身が病院勤務医のアニエス・ビュザン連帯・保健大臣は、過去20年間にわたる行政当局の無能さを公に認めたのだ。彼女は「病院は企業体」とするイデオロギーと、時間がたつにつれ病院政策の万能ツールになってしまった「すべてをT2A制に組み込むこと」に終止符を打つべきだと宣言した (9)。共和国大統領も、2人のジャーナリストとのテレビインタビューで、病院危機の原因は病院外に求めるべきで、実際、この危機は「医療サービスの再編と(……)、誰もが救急病院へ行かなくてすむための、いわゆる市中医療と病院の間にあるべきものについての答え(10)を必要としている」と認めた。

「ホスピテル」の誕生

 これらの発言は、意思決定者や専門家に対する政治的批判に聞こえた。彼らは、同業者の仲間意識と「変化への抵抗」を脂身とすれば、それをそぎ落とすことで生産性がもっと向上しそうだと言い続け、リーン・マネージメント(無駄を排除し生産性を高める経営)や他のリエンジニアリング(企業の業務活動を根本から考え直し、根本的革新を行う経営方法)による解決策を売るコンサルタント事務所に病院の扉を大きく開かせていた。それはコンサルタント事務所には収益をもたらしたが、行政当局が生み出したどうしようもない状況の責任まで負わされていた病院側にとってはまったく有益ではなかった。2000年代以来歴代政府の選択(政権交代にも関わらず驚くほど連続性のある選択)を批判してきた人々は、連帯・保健大臣によって自分たちの意見が認められたことから、反対派が好んで付けてきた「左翼主義者」のレッテルをはがし始められるようになった。

 しかし、美辞麗句と行動の間には亀裂どころか大きな断絶さえある。ビュザン大臣が発表した改革には立派な意図と広告効果がとり混ぜられている。たくさんの目標はどれも、誰からの怒りも買わないように定義がはっきりせず、優先順位もつけられていない。実行方法は不明瞭で、すべての研究(と事実)が機能しないことを示している経済的インセンティブによって市中医療を再編することに執着している。まさにすばらしい空洞政治だ。

 例えば連帯・保健省は新たな地域別医療従事者共同体(CPTS)――地域ごとに専門家が全くの自由意思で集まった団体――が連携を改善するだろうと期待している。しかし、病院危機の深刻さを考えると、この病院上流での再編には、総合診療医と専門医、医師と医療従事者が競合状態に陥って動けなくなる大きなリスクがある。同様に、連帯・保健省は開業の自由の見直しや、特に大学病院センター(CHU)での入学定員増なしに、人数制限制度を廃止することで医療過疎の解消を実現しようとしている。現実には、各大学が受入れ可能な学生数に応じて定める形で非公式の人数制限制度が続くだろう。要するにこの改革は、これまでの改革同様、ごく内々に葬り去られる懸念が高い。

 マクロン流政治の医療政策の本当の中身を知るには、連帯・保健省ではなく、ベルシー要塞[フランス経済・財務省]の方を見なければならない。実際、社会保障局は予算局の監督下で、毎秋に議会の承認を受ける予算法案(PLFSS)を立案する義務も負っている。疾病保険支出の国家目標(Ondam)と呼ばれる年ごとの支出額を決めるのも、政治的判断が読み取れるのもその中でだ。テキストは無味乾燥なので、社会保障局の元局長でカユザック予算担当副大臣官房メンバーも務めた信頼の厚い高級官僚、現年金調整会議(COR)議長に登壇していただこう。「パブリックファイナンスの目標を達成するのにおそらくOndamの2.3%増額は必要だろう。しかし、公立病院とそのケアの質が損失を受けずにそれに耐えられる可能性は低い (11)

 過去の改革を支持していた官僚がこの予算制約を耐えられないと判断したことはすでに示唆的だ。それほどこの予算制約は政府のメッセージと矛盾している。しかしこれらの発言から、医療政策を練っているのはやはり経済・財務省だということがわかる。EUが擁護するオルド自由主義の優等生になりたいという大統領の思惑により、フィリップ首相政府は必然的に社会保障の二頭の「マンモス」、年金と医療を物欲し気に見ることになる。なぜなら政府の歳出は、もう骨が見えるほどやせ細っているのだ。年金「大改革」の細部はまだ公表されていないとしても、その目的はすでにわかっている。公的支出を減らすことだ。

 医療に関していえば、政治的作業分担は少し違う。ビュザン連帯・保健大臣には目くらましを投げさせておいて、経済・財務省はひそかに公共医療の範囲を縮小するのだ。その分民間事業者の利益が大きく膨らんでいく。

 ここで、あのアルプスのゲレンデで夢見られていた「未来の病院」は、スタートアップやその他の医療関連企業に市場を開放し、その素晴らしい滑降を終える。2つの例がある。ここ数年、病院の近隣に「ホスピテル」が開業し、外来手術を試す機会に恵まれた患者の宿泊施設として使われるようになっている。患者は病院に着くや否や手術を受け、またすぐに、自宅か「ホスピテル」に追い帰される。だが、ほとんどのケースで社会保険はその宿泊代を還付しない。これらは患者の補完的医療保険――それがどれほど不平等をもたらしているかは周知のとおりだ――あるいは、患者個人が支払うものだ。

 そして2つ目の例。メドトロニック社は即使用可能な状態の非常にハイテクな手術室を病院に提供している。しかし、病院側は対価としてこの民営企業に一定の手術回数を約束し、その「使用料」を支払わなければならない――スタートアップの最新技術の世界もそれほど慈善的ではない。これは、必要がなくとも手術しようという歪んだ誘惑を作り出す。メドトロニック社にとっては、医療界での「価値の創造」について語るべき時だ。この企業はしかも、「医療価値サークル(Cercle Valeur Santé)」というシンクタンクの設立に参加しており、この団体は設立後すぐに、価値をベースにした医療システムの宣言書の編集に取り組んだ。だがこの「価値」は、社会保険と民間企業の間で公正に分配されるとは思えない。というのも、ある技術あるいは薬品が大きな「価値」を作り出すや否や、それを販売する企業は社会保険に対しその実際の製造コストとは何の関係もない高い価格を請求するのだ。

 結局、「社会保障の赤字」を作り出したのは、まさにシャモニーで称賛されたイノベーションだった。一方で公的研究のための資金は絶え間なく下方修正されており、公共医療システムは医療資本主義への依存度を高めていく。もともと12週間の治療のための価格が4万1,000ユーロだった話題のC型肝炎薬ソホスブビルは、製造元のアメリカ企業とフランス連帯・保健省との合意にもかかわらず、今も2万8,700ユーロする。同程度の金額は効果の不確かな新しい抗がん剤にも見られる(12)。社会保険つまり国庫を破綻させかねない治療薬がたくさんあるのだ。

 人がおとなしく50歳で亡くなっていた時代から受け継いだ我々の医療システムが陳腐化しているという診断は、今や広く知られている。慢性病との闘いや増加する医療、社会、文化的問題の錯綜は、我々に基本的なことに立ち返るよう迫っている。それを解決するのにエリートたちはテクノロジーと民間への依存をさらに高めることを提案している。経済であれ医療であれどんな危機でも科学技術により解決できると彼らはいうが、それを疑って当然な理由がいくつもある。一方では、医療システムが民営化されればされるほど、費用は高騰する。アメリカの例はそれを明白に証明している。もう一方では、何十年にもわたる社会学と科学技術史の研究が、我々が技術万能主義という知的怠惰に屈してはいけないことを教えてくれている。実際には、さまざまな関与者を含めたシステム全体を見直さなければならないのだ。

 近視眼的な予算削減をすれば、システムの不可避な再建に必要なコストはなす術のない医療従事者とケアの質に転嫁されることになる。政府はこれから数カ月の間に、救急病院の医療従事者への税引き前100ユーロの重労働手当、何番目かの「対策室」の設置などといった、手持ちの小さなバケツでは消せないような火事が次々と発生するのを覚悟しなければなるまい……。もしかすると明日起こるかもしれない、「黄色いベスト」と白衣の合同闘争が。



  • (1) 筆者は2016年、シャモニーでの会議に参加した(民族学者として)。マクロン氏の発言はCHAMサイトで見ることができる。
  • (2) Lire Anne Gervais et André Grimaldi, « La casse de l’hôpital public », Le Monde diplomatique, novembre 2010.
  • (3) Cf. Jean-Jacques Tanquerel, Le Serment d’Hypocrite. Secret médical : le grand naufrage, Max Milo, Paris, 2014.
  • (4) 人数制限制は医学部の各部門(医学、薬学など)の学生数を制限する目的で1971年に導入された。
  • (5) Cf. Pierre-Louis Bras, « Les Français moins soignés par leurs généralistes : un virage ambulatoire incantatoire ? », Les Tribunes de la santé, n° 50, Saint-Cloud, 2016.
  • (6) Lire Philippe Baqué, « Vieillesse en détresse dans les Ehpad », Le Monde diplomatique, mars 2019.
  • (7) Un collectif de professionnels de santé, « Nous apportons notre soutien à la grève des urgentistes », Libération, Paris, 13 juin 2019.
  • (8) Cf. André Grimaldi (sous la dir. de), Les Maladies chroniques. Vers la troisième médecine, Odile Jacob, Paris, 2017.
  • (9) France Inter, 14 février 2018.
  • (10) Entretien avec Edwy Plenel et Jean-Jacques Bourdin, Mediapart - BFM TV, 15 avril 2018.
  • (11) Pierre-Louis Bras, « L’Ondam et la situation des hôpitaux depuis 2009 », Les Tribunes de la santé, n° 59, 2019.
  • (12) « Anticancéreux : prix extravagants », Prescrire, n° 342, Paris, avril 2012.

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2019年10月号より)