サンフランシスコのタリバンたち


セルジュ・アリミ(Serge Halimi)

ル・モンド・ディプロマティーク統括編集長

(仏語版8月号論説)

訳:土田 修


ヴィクトール・アルノトフの『ライフ・オブ・ワシントン』の中でもっとも論争の的となった壁画

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  米国の人種差別に対する「抵抗運動」にとって、ニューディール政策[1930年代、米国ルーズベルト大統領が世界恐慌を克服する目的で実施した一連の経済政策]の資金援助で共産主義者の芸術家が作った壁画を破壊する必要があるのだろうか?(1) ヴィクトール・アルノトフの13枚のシリーズ壁画『ライフ・オブ・ワシントン』(Life of Washington)は、長らくカリフォルニアの人種差別に対する「レジスタンス(抵抗運動)」たちの非難を浴びてきたが、この壁画は反人種差別的な作品であるし、1936年の制作当時は極めて革新的な内容であったことを考えると、この問いは馬鹿げたことに思える。合計で150平方メートルにも及ぶこの作品は、ジョージ・ワシントンらアメリカ合衆国憲法の「建国の父」たちが発した独立宣言の偽善性を厳しく批判するものだ。

 にもかかわらず、サンフランシスコの教育委員会はさる6月25日、1936年の創立以来、ジョージ・ワシントン高校の壁を飾ってきたアルノトフの13枚の壁画を消してしまうことを全会一致で決めた。アルノトフは、この学校の名前が示している合衆国初代大統領への敬意を表すかわりに、“無礼にも”ワシントンを奴隷の所有者、そして先住民のアメリカ・インディアンを根絶やしにする最初の戦争の扇動者として描いた。だが、ソビエト連邦で生涯を閉じたこのコミュニストの壁画家によって構想されたアメリカの建国物語の真実を暴露する作品を、人種差別的で怒りに満ちたツイートによって破壊するよう要求したのはドナルド・トランプ氏ではなかった。トランプ氏の最も戦闘的な敵対者たちが、トランプ氏に代わって異端審問官を演じた。

 サンフランシスコ教育委員会の決定を公表したのは、「熟慮と行動のグループ」の13人のメンバーだ。このグループは、アルノトフの壁画が「奴隷制、ジェノサイド、植民地化、マニフェスト・デスティニー(明白なる使命。プロテスタントの入植がアメリカ大陸を〝文明化する〟聖なる使命であるとする思想[米国の西部開拓を正当化する標語]、白人の優越、先住民の抑圧等を賛美している」とぬけぬけと言い立てることで、この作品の行く末を封じてしまった。

 こうした解釈は容認すべきではない。というのもアルノトフが着想を得た現実主義と社会主義の思想的継承は、実際のところ、善良を装う意味不明な表現に一歩も屈してはいないからだ。だから彼はたとえ皆を不安にさせるものであっても、多くの人に受け入れられるのとは違ったモチーフで描かなければならなかったのだ。『ライフ・オブ・ワシントン』は、入植者に殺されたアメリカ・インディアンの死体を描いており、「熟慮と行動のグループ」には「高校生や地域社会の人々の心を傷つける」ようにみえるという。だが、それは奴隷制や虐殺の歴史を記憶すべきか忘れるべきかの選択ともいえる。というのも、国の歴史を思い起こさせる芸術作品が「地域社会の人々」に動揺を与えることもあるからだ。現実の出来事か芸術作品かは別として、誰もが日常的に残虐なシーンを目にする数限りない機会にさらされているといえる。ピカソの『ゲルニカ』、フランシスコ・デ・ゴヤの『マドリード、1808年5月3日(Tres de mayo)』は同様に、暴力的であったり、人々の心を傷つけたりしないのだろうか?

 目下のところ、このサンフランシスコの論争は、特に米国左翼の少数派によって言挙げされ、[少数民族の]アイデンティティに関わる問題として激論が交わされている。とはいえ、こうした”美徳を前面に押し出した前衛芸術グループ”は最もゆがんだ強迫観念を世の中に広げてしまっているのだから、[こうした事態は米国以外でも起こりうるので]各々が用心した方が良いだろう。



  • (1) Lire Evelyne Pieiller, « Quand le New Deal salariait les artistes », dans « Artistes, domestiqués ou révoltés ? »,Manière de voir, n° 148, août-septembre 2016.

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2019年8月号より)