奇跡? それとも蜃気楼? 

ポルトガルの奇跡的経済復興の舞台裏


ミカエル・コレイア(Mickaël Correia)

ジャーナリスト

訳:福井睦美


 2015年に誕生したポルトガルの左派連立政権は、緊縮を迫る欧州委員会に屈せず、独自の穏健路線で経済を復興させた。この奇跡的な成功には各方面から称賛が集中している。しかし、その舞台裏では公共投資や社会政策を極端に切り詰めた結果、多くのひずみが生まれていた。その実情から、今、ポルトガルが抱える難題を検証する。[日本語版編集部]

(仏語版2019年9月号より)

Fábio Cunha. — « Democracia », bâche imprimée, São João da Talha, Portugal, 2016

 「我々は要求する、すべての人に住宅を!」。住宅省の灰色にくすんだ建物の前で50人ほどの人々が繰り返し唱える。この日、2019年6月4日の朝、“ストップ・ジェスページョス”(「強制退去反対」)の活動家たちは強制退去の危機にあるリスボン在住の数家族とともに怒りを露わにしている。

 その数日前、リスボンの中心地区に住むマリア・ナザレ・ジョルジュさん(83)は10人の警官によって住んでいた住宅から退去させられた。「彼女はこのアパートに40年間住んでいたんです。賃貸契約は彼女のおばさんの名義でした。そのおばさんが少し前に亡くなったんです」と “ストップ・ジェスページョス” のサンドラ・Pさんが話す。「アパートの賃料は月額200ユーロでした。この都心部では不動産価格が高騰しているので、家主はそれに乗じて彼女を追い出したんです」。グループの活動家たちは「住宅の危機だ」とか「不動産投機反対」と書かれたプラカードを掲げて1時間近くデモ活動を行う。その後、やっと数人の代表が建物に入るのを許される。官房長は「マリア・ナザレ・ジョルジュさんは最終的な解決策が見つかるまでの間、仮住宅に住んでもらいます」と短く言い放つ。「強制退去をさせられてから、ジョルジュさんは落ち込んで、途方に暮れてしまいました。彼女は街で一番観光客の多いカステロ地区の高台に一人で住んでいるんです。公共交通機関は、バカンス客たちが大挙して押し寄せるあの有名な28番トラムしかないんです……」。サンドラ・Pさんが説明する。

 2012年、ペドロ・パッソス・コエーリョの率いる中道右派政権(2011-2015)は賃貸に関する法律を家主に有利に変更し、契約満期時に家賃を値上げすることと、物件をリノベーションする場合に借主を退去させることが容易になった。2008年以来の債務危機により経済が停滞していたポルトガルは2011年、国際通貨基金、欧州中央銀行、欧州委員会からなる「トロイカ」のコントロール下に置かれることになった。 トロイカは同国に780億ユーロの金融支援を供与する条件として、不動産市場の自由化と観光資源開発を課した。リスボンはそれ以来、不動産市場を活性化するために「税制面の魅力」を高めることに取り組んだ。2012年に考案された「ゴールデンビザ」は50万ユーロ以上の不動産を購入するEU域外の外国人に発給される5年有効の滞在許可証で、これにより、不動産セクターには6年間で40億ユーロの資本注入が達成された。そしてさらに、ポルトガルに転居して住宅を購入するEU諸国の退職者に優遇税制を保証する非居住者ステータス(RNH)も追加された。

 「エアビーアンドビータイプの賃貸を規定する2014年の別の法律により、ポルトガル人に300ユーロで借すはずの不動産を観光客に貸すことで、家主は月に3,000ユーロ稼げるようになりました」と付け加えるのは、居住権に関する40あまりの団体が参加するプログラム “モラー・エン・リスボア”(「リスボンに住む」)のメンバーで地理学者のルイス・メンデス氏。「リスボン市中心部のいくつかの地区では、半数以上の住宅がエアビーアンドビーを介して賃貸されています。この賃貸住宅市場の自由化で、一日に1~3家族が強制退去の憂き目に遭っています。今や中流階級でも住居を見つけにくくなっているんです!」。10年間で観光客用賃貸物件が3000%増加したリスボンは、2018年末、バルセロナやパリを抜いてヨーロッパで住民一人当たりのエアビーアンドビー物件数が最も多い都市になった。それなのに、「左派政権は4年間に、住宅の金融資産化を優遇するこうした一連のネオリベラルな政策に対し、ほとんど何もしませんでした」とメンデス氏はきっぱり言う。

国外へ移住した富裕層のための免税制度

 2015年11月、「トロイカ」から課せられた緊縮財政政策を緩和する意向を掲げた社会党のアントニオ・コスタ首相政権が誕生した。国会で左翼ブロックと統一民主同盟[2党合意によるポルトガル共産党(PCP)と緑の党]――この左派陣営3党の結束はジェリンゴンサ(寄せ集めのがらくた)とあだ名されている――の後押しを受け、政府は、財政の建て直しに取り組みつつ、購買力を再活性化させる政策を実施した。こうして年金の最低額が引き上げられ、2014年まで月額(税引前)485ユーロ(一年間では14カ月分)で凍結されていた最低賃金が2019年に600ユーロに上昇し、さらに最低社会保障が拡大した(1)

 これらの政策は成功した。 2017年6月、ポルトガルは2009年以来続いていた過剰財政赤字是正手続きから脱け出した。失業率は12%(2015年末)から6.3%(2019年)に減少し、政府は、2015年にまだ国内総生産(GDP)比4.4%だった財政赤字について、2019年は0%近くになると見込んでいる。これは1974年に民主主義が復活して以来初めてのことだ。経済成長は2017年に17年来の記録的な「ピーク」の2.8%に達した。

 ニューヨーク・タイムズからル・モンド、フィガロ・エコノミーからファイナンシャル・タイムズに至るまで、マスコミは「ポルトガル経済の奇跡」に敬意を表する。欧州の左派はといえば、EUの緊縮教義に敢えて背を向けることのできたコスタ首相の率いたこの比類ない結束を称賛する。そういうわけで2017年のフランス大統領選挙運動中には、社会党のブノワ・アモン候補がコスタ首相に会いにリスボンに行っている。一方ジャン=リュック・メランション(服従しないフランス)は、自身の選挙プログラムを宣伝するために「ポルトガルのモデル」を参考にしている。

 最近の欧州議会選挙では、この成功のおかげで、棄権が多かったにもかかわらずより良い結果が得られた。 社会党のドゥアルテ・コルデイロ副大臣は自党の得票に満足している。共和国議会の中央部にあるエレガントな執務室の肘掛け椅子に座った彼は強調する。「10月の国会議員選挙まであと数ヶ月のこの時期に、我々は33.4%の得票率で選挙に勝ちました。これからは欧州議会に8人ではなく9人の社会党議員を送り込むのです。これは社会党(PS)と、政府を支持する他の政党の現在の論理を大衆が広く支持している表れです」

 だがポルトガル社会党は、前政府のネオリベラルな政策、家主が住民ではなく観光客に賃貸するよう奨励する政策、あるいは中国やロシアの投資家を惹きつけるための免税政策を、それほど苦痛なく受け入れているようだ。「ゴールデンビザとRNHステータスは、政府が政策を見直さなかった二つテーマです」とコルデイロ次官は認める。「 でもそれらについて検討するつもりはあるんですよ。多分将来の議会でね」

 本当だろうか? 2019年1月、コスタ首相は、不動産投資信託(優遇税制により不動産投資を金融投資に変換するモデル)にヒントを得た不動産への投資スキームを立ち上げた。さらに7月からは、RNHステータスと同じ論理で、緊縮財政期に国を離れていて近い将来に帰国するすべてのポルトガル人に対し、所得税を5年の間50%減免するとした。実際、2010年から2015年の最も厳しい緊縮政策実施時期に、ポルトガル全人口の5%にあたる50万人が国外へ移住した。この政策の目的は、大学を卒業して間もない最も裕福な人々がポルトガルに戻って投資するのを税制面で奨励することだ。金融危機後の数年間に国外移住するすべがなかった人々はこの恩恵を受けることができない。

 “ストップ・ジェスページョス”のデモ活動に続き、“モラー・エン・リスボア” はリスボン市当局によるエアビーアンドビーの規制を主題にした討論会を開催する。アルファマ地区から下ったところにあるファド博物館にほど近い、小さくて居心地の良いホールで、熱い議論が日暮れまで続く。町内会のルルジェス・ピニェイロ氏は「アルファマはテーマパークになりつつあります。自治体の都市計画事業はどれも、リスボン人ではなく観光客に向けられたものです。私たちが受け継いできた遺産を破壊する建築的蛮行です!」と激怒する。

 社会党系のリスボン市当局は最近、そこから幾つか小路を行った先にある16世紀建造のサンタヘレナ宮殿を、市の主要な不動産開発業者の一つ、ストーン・キャピタルに売却した。この民間グループを率いるフランス人兄弟、アルチュールとジョフロワ・モレノ氏は、それを高級マンションに改造した。「アルファマの丘の反対側では、グラーサ地区の空気を浄化してくれる緑地とみなされていた古い木立のある中庭がストーン・キャピタルに払い下げられました」と建築家で市の野党評議員(PCP)のアナ・ハラは指摘する。「そこに公開協議や環境調査なしでゲーテッドコミュニティーを建設するつもりなんです」

投資家たちの活動舞台、リスボン

 社会党のフェルナンド・メディーナ市長が再選された2017年の地方選挙以降、主要な都市計画は市議会の審査を受けていない。都市計画担当の副市長が直接承認しているのだ。今年8月まで12年間に渡ってこの職にあったマヌエル・サルガードを「リスボン市を金融投資の沃地にすることを唯一の目的とした、ネオリベラル都市開発戦略の首謀者」だった、とハラ評議員は批判する。

 「5年前にはまだ、市内の建物の3棟に1棟は廃屋か、劣化していたか空き家かで、社会的または経済的に何の役割も果たしていませんでした」とメンデス氏は我々に言う。市の再開発という収益性の高い市場が民間部門に委ねられた後、サルガード氏の指揮下でいくつもの大規模な都市計画が行われた。市の北部に建設中の高級タワーマンション、トーレ・ポルトガリアには、リスボン市民の怒りが集中している。テージョ川の反対側、労働者階級の住む郊外地区では、リスボン・サウス・ベイ計画が発表されている。1998年の万国博覧会以来最大の都市再開発事業とされるこの計画では、コンベンションセンター、マリーナ、高級ホテルが建設される予定だ。事業主らはこの計画が「観光と投資先としてのリスボンの地位を強化するだろう」と推算している(プーブリコ紙、2019年5月14日付)。欧米諸国の政治経済エリートの秘密グループ、ビルダーバーグ・クラブが2019年春の年次会合にメディーナ市長を招待したほど、このポルトガルの首都は今、国際投資家の大いなる活動の舞台になっているのだ。

 ポルトガル人から住宅の権利と「都市への権利」[20世紀のマルクス主義哲学者アンリ・ルフェーブルが提唱した概念]を奪ってでも、公共財産から降ってくる富を掴み取ろうとするこれらの政策には、コスタ政権の大幅な公共投資不足を一時的にしのごうとする意図がある。というのも、社会党政権誕生以来、財布の紐は1974年以降で最もきつく締められているのだ。2018年、ポルトガルの公共投資額は、ユーロ圏において最低ですらあった(2)

 この政治的選択の理由はなんだろう? 社会党政府が固執しているのは、欧州連合基本条約などによって課せられた予算規律を遵守することだ。そのため経済復興は、ポルトガル人の生活条件を改善することよりも、GDPの120%とされている赤字と債務を埋めることを優先した。左翼ブロックのリーダー、ホセ・グスマン欧州議会議員は「社会党員の大多数は、銀行セクターやEUの各機関との平和的関係を維持し、EUの優等生と目されたいと望んでいます」と述べる。「最終目標は、EUが定めたGDPの60%という上限内に収まるように債務を返済することです。しかし、今のペースで債務を削減し続けるというのは非現実的な話ですし、そうなると、20年にわたって公共投資ができなくなるでしょう……」。コルデイロ副大臣は、「我々と他の左派パートナーの間に残る主な意見の相違は、債務削減ペースに関する点です。彼らは我々の予算目標に同意していません。その点はしっかり認識しています」と認めている。

 この緊縮政策を推し進めるのは、ハーバード大卒の自由主義経済学者でユーログループ(3)の現議長、マリオ・センテーノ財務大臣だ。公共部門に投資する代わりに大臣は最近、投機事業のせいで金融危機の時期に倒産した民間銀行ノヴォ・バンコ(4)を公金19億ユーロを投じて救済した。急進左派と共産党はこの決定に憤慨し、大臣は国に必要な投資をするよりも民間銀行を「建て直す」ことを好んでいる、と非難した。

 大学は破産寸前で、医療システムには設備と人材が不足している。鉄道インフラの管理局は線路全体の60%が「悪い」または「良いとは言えない」状態にあるとしている。公営住宅に関して言えば、住宅全体のわずか2%しかない。「住宅に関する基本法がちょうど国会で承認されたところですが、それがどういう結末になるか、だいたいわかっています」と、居住権のための団体 “アビータ” のリタ・シルヴァさんはため息をつく。「いくつか前向きな政策はありましたが、公的資金を住宅に投資する政治的意志は全くありません。それに、すでにアントニオ・コスタ首相はこの法律が不動産市場の自由化を妨げることになってはいけない、と断言しています」

 この予算規律と社会政策の間の緊張は、最近の教員ストライキという症状に現れた。経済好転の恩恵を受けようと、教員たちは緊縮財政により9年間凍結されたままだった年金の調整を要求した。しかし今年5月3日に首相は、国会がこの歳出を承認することは、「公的収支のバランス」を崩し、国の「国際的な信頼性」を損なう「予算爆弾」であると形容した。政府はこれが承認されれば辞任すると脅しをかけ、結局教師たちが勝ち取れたのは、要求のうち部分的な2年9カ月分の再計算でしかなかった。

 コインブラ大学の経済学者で「危機と解決策の観測所」(Observatório sobre Crises e Alternativas)[訳注1]のコーディネーターであるホセ・レイス氏の分析によると、「ポルトガルはEUの要望を満足させたいという願望に束縛されたまま」だ。「EU予算の枠組みを守りながら低所得層の生活を改善するという困難な取り組みが行われましたが、一般的な給与水準はまだ金融危機前のレベルには戻っていません。それはなぜか? なぜなら成長はとりわけ不安定で低賃金の労働に依存しているからです」

空前の非正規労働者数

 失業者数の劇的な減少は、低賃金と非熟練労働者の雇用への依存度が増しているという事実を隠している。この問題についての研究によると、今日の新規雇用の半数は、有期労働契約のものらしい。「トロイカ」の介入以降、非正規労働者は空前の数になった。2011年よりも7万3,000人増加している。2018年は、残業労働の半分が支払われなかった。その最前線にいる若者は、10年前に比べて10%増の65%が有期労働契約で雇用されている。「労働法に関して、我々の国はほとんど進歩していないか、後退さえしています」とグスマン議員は説明する。「政府は、右派と経営者側の支援を得て、以前は観光セクターに限定されていた超短期の有期労働契約の拡大を許可しました。つまり、ジェリンゴンサが給与を引き上げることによって再活性化できた労働者の購買力は、雇用の非正規化によって引き下げられてしまったのです」

 工業港はポルトガル経済にとって重要な鍵だ。2009年から2018年の間に、GDPに占める輸出の割合は27%から43%へと顕著な成長を遂げている。だが、ポルトガルの輸出港の競争力もまた、不安定な労働力の搾取と労働者の賃金カットに依存している。港湾と物流事業の労働者組合(Sindicato dos Estivadores e da ActividadeLogística、略称SEAL)のアントニオ・マリアノ執行委員長は「2013年初頭、政権は労働条件の弱体化を目的とした港湾事業の自由化に関する法律を可決しました」と話す。「これにより、下請け業への依存度が大幅に高まりました」

 2018年8月、SEALはリスボンから約50㎞のセトゥーバル港の労働者に連帯するストライキを実行した。セトゥーバル港では港湾労働者と物流業労働者の90%が日雇い契約で雇用されていた。「これらの非正規労働者には、有給休暇も病気や労災時に社会保障を受ける権利もありません。16時間続けて働くために、一日のうちで2回契約と解雇を繰り返されることだってあり得るのです」とマリアノ執行委員長は説明する。セトゥーバル港は、フォルクスワーゲングループの工場アウトユロッパ(年間10万台以上の自動車を生産)と、ポルトガル資本で世界の製紙業界大手、ザ・ナビゲーター・カンパニーの戦略的輸出港だ。

 SEAL代表は続ける。「極端な雇用の非正規化に反対する我々の連帯行動に対し、コスタ政権は、それは民間セクター内の問題だとして責任を否定しました。ストライキにより港湾活動が麻痺していた11月22日、政府はアウトユロッパの車を貨物船に積み込むためにピケットラインを切断しようと警官隊を派遣しました……」。社会党のアナ・ポーラ・ヴィトリーノ海事大臣は、港湾労働者の労働条件よりも、輸出を待って積み上げられたフォルクスワーゲンの車のことを心配していた。

 2018年末、SEALの闘争のおかげでセトゥーバルの労働者は労働協約合意に漕ぎ着けた。「それでも、海事省や労働法を扱う国会委員会が色々な試みをしたものの、2013年の港湾労働に関する法律は引き続き有効です。 現在、国のすべての港で働く労働者のうち25〜50%が賃金を低く抑えられた日雇い就労者です」とマリアノ執行委員長は続ける。「でもこの非正規雇用の波を被っているのは港湾労働者だけではありません。政府は労働者の交渉力をつぶすことにより、生産性を高めようとしているのです」

 リスボンの北方200㎞、ポルトガルの中心部にある小さな村、ペドロガン・グランデは日差しに押しつぶされていた。そこにたどり着くには、荒涼とした広大な土地を縫うように走る道を使わなければならない。2017年6月、恐ろしい火災により3万haの森林が灰と化し、66人が命を落とした。亡くなった人の多くは、当局が閉鎖し遅れた幹線道路を使って火災から逃れようとしていた。この国家的悲劇は国民に大きな衝撃を与えた。ポルトガル史上最も多くの死者を出したこの森林火災について、多くの人が人材と物資の不足を強調した。ほとんどがボランティアの消防士たちは訓練が不十分で、官民パートナーシップの成果であるレスキュー間のコミュニケーションシステム(Siresp)は10年ほど前から欠陥があると批判されている。

 コスタ政権は激しい非難の的になった。社会党の政府は緊縮財政と公共投資抑制政策の結果、森林警備隊の解体、航空消防隊の民営化、森林政策予算のカットを行っていた。2006年から2016年の間に、森林警備隊の人員はほぼ3分の1が削減されており、それは国土の32%が森林に覆われ、年平均10万haの森林が火災で破壊されている国にとって狂気の政策だった。

 ユーカリの集中栽培も批判された。このオーストラリア原産の木は、土壌と周辺地域の生物多様性の両方に悪影響を与えることで知られ、非常に燃えやすいことがわかっている。しかしここ20年来、小規模の森林所有者は大量のユーカリを植樹してきた。手入れがいらず成長が早いこの木は、原料としてザ・ナビゲーター・カンパニーなどの製紙産業に売却される。「ユーカリは現在、ポルトガルの森林の4分の1を占めています。これは国土に最も多く生育する種です」と自然保護連盟(LPN)は示す。「ポルトガルはユーカリ密度が世界最高です。国が我々の『緑の原油』と呼んだことのあるこの木は、経済の原動力と見なされています」

 ザ・ナビゲーター・カンパニーはポルトガルの総輸出量の3%を占める、国内第3位の輸出企業だ。「ジョゼ・マヌエル・バローゾ政権は2002~2004年、国の経済発展を促進するためにこの企業と交渉しました」。2017年6月の森林火災で5歳の息子を失い、ペドロガン・グランデ火災の被害者団体を代表するナージャ・ピアッツァさんは説明する(5)。「それ以来、地元当局は無条件で零細地主にユーカリの植樹許可を出しました。森林政策は短期的な利益に基づいているため、最も貧しい農村部では急速にこの木が増殖しています」。そのうえ環境保護団体らが悔しがっているのは、パッソス・コエーリョ政権が2ha以下の土地区画(森林面積の80%以上)でのユーカリの栽培を自由化したことだ。これにより、生態学者の表現によると、ポルトガルは「ユーカリプチュガル」[Eucalyptugal、Eucalyptus(ユーカリ)とPortugal(ポルトガル)を合わせた造語]に変貌する。

 「ペドロガン・グランデは国内で最も貧しい自治体の1つです。 2,500人の住民の3分の1が65歳以上で、年金は月に300ユーロ以下です」と社会党のヴァルデマ―ル・アルヴェス市長が証言する(6)。「自分の持っている小さな土地にユーカリを植えることは、生き延びるために無視できない額の収入を確保することなのです」。さらに、この村では過去50年間で人口が半減している。「若者はみな仕事を探しにリスボンに出ていきます」と市長は残念がる。「彼らの離村は、野原や森林を手入れせず放置することににつながり、それが山火事の延焼に拍車をかけます」。ピアッツァさんは「私たちは愛する人だけでなく、すべての希望も失いました。 私たちはみな、見捨てられたと感じています」と漏らす。

「現状を変える野心はない」

 この自治体を取り巻く一帯は、見渡す限り灰色がかった丘の連なりと化してしまった。その地面からは、まるでびっくり箱から飛び出すように背の高いユーカリの芽が突き出している。「山火事によってユーカリの繁殖と、その浸食力の強さが助長されるからです……」と自然保護連盟は説明する。2017年6月の悲劇の後、森林火災のリスクの高まりもあり、政府は森林警備隊員数を増やし、航空消防隊を強化し、700万ユーロでSirespシステムを民間から買い戻した。しかし、首相は、2019年初めに立ち上げられた森林火災対策の統括と計画のための国家機関、農村火災対策の総合管理局[Agência para a Gestão Integrada de Fogos Rurais、略称AGIF]の局長にザ・ナビゲーター・カンパニーの元役員ティアゴ・マルティンス・デ・オリヴェイラ氏を任命した。今年施行された森林管理に関する新しい地域プログラムでは、国土の95%の植林または再植林事業でユーカリを優先している。「新しいプログラムには、現在の状況を変えようという野心は全くありません。現状維持の原則に基づいて機能しています」と自然保護同盟はまとめる。

 昨年以来、ポルトガルの経済ブームには鈍化の兆候がある。7年連続成長の後、2018年の観光客数の増加は大幅に減速した(2017年の増加率9.1%が、2018年は3.8%に減少)。6月、ポルトガル中央銀行は、不動産投機ブームが「突然の停止」に直面する可能性を警告した。 また、2017年に2.8%だった経済成長率は、2018年(2.1%)に崩れ始め、2019年には1.7%と予測されている。

 社会政策と緊縮予算を組み合わせようとするあまり、コスタ政権はミラクル[奇跡]よりもミラージュ[蜃気楼]を追い求めてしまったのではないだろうか? 「ジェリンゴンサは政治的な実験室でした。左派にとって、今までになかった経験だったのです」と経済学者のレイスは結論づける。「しかし、10月の議会選挙を目前に、一つの疑問が生じています。この実験は継続していけるでしょうか?」


  • (1) Lire Marie-Line Darcy et Gwenaëlle Lenoir, «Au Portugal, la gauche essaye», Le Monde diplomatique, octobre 2017.

  • (2) GDPのわずか1.97%だった。 Cf. Veille économique et financière du Portugal, n° 30, 3 mai 2019, direction générale du Trésor, Paris. 

  • (3) ユーロ圏財務相月例会議

  • (4) ポルトガル第3の銀行ノヴォ・バンコはバンコ・エスピリト・サント[BES]の救済措置により新設された。2014年、ポルトガル政府はすでにBESに44億ユーロの財源を注入していた。

  • (5) ピアッツァさんは2018年、民主社会中道・人民党(CDS-PP、保守系右派)の選挙プログラム立案担当グループに加わった。

  • (6) アルヴェス市長は現在、2017年6月の森林火災での「過失致死」と、住宅再建基金横領の疑いで裁判所に召喚されている。


  • [訳注1] Observatory on Crises and Alternatives
    コインブラ大学経済学部の社会学センターと国際労働機関(ILO)が2012年4に合同で発足したポルトガルの政治、経済、社会、国際関係危機の監視と分析を目的とした機関。


(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2019年9月号より)