自由貿易か環境か


セルジュ・アリミ(Serge Halimi)

ル・モンド・ディプロマティーク統括編集長

(仏語版7月号論説)

訳:土田 修



 欧州議会選挙で10パーセントの議席を獲得した欧州緑の党は、彼らの運動の政治的立ち位置をめぐる古めかしい議論を再燃させた。この党は、これまで関係を結んできた同盟者の多くが示唆するように左派なのか? それとも環境派のかつてのリーダーたち(ダニエル・コーン=ベンディット、パスカル・カンファン、パスカル・デュラン)や、右派と緑の党が加わったドイツの連立政権がエマニュエル・マクロン氏と手を組んだことから明らかなようにネオリベラル派なのか?

 一目瞭然のことだが、ネオリベラリズムと環境保護は危険をはらんだカップルのようだ。2003年にネオリベラリズムの重要な理論家であるミルトン・フリードマンでさえ言っている。「環境は甚だしく過大評価された問題だ。(……)われわれは息をした時から環境を汚染し始めている。大気中のCO2排出を一切排除するのにすべての工場の操業をストップする必要はない。それならただちに首をつった方がましだ(1)」。そしてその10年前に、ノーベル経済賞のもう一人の受賞者で、当時まだ「懲罰的環境保護主義」と名付けられていなかったあの動きを痛烈に批判したゲーリー・ベッカーは、「労働法と環境保護は大部分の先進国において行き過ぎている」と書いている。彼はこうも期待している。「自由貿易は発展途上国への輸出において各国に自由競争を強いることでこうした行き過ぎを抑制する効果がある」(2)

 その結果、地球の未来に対する不安が、長らくあしきものとされてきた「保護主義」をよみがえらせたというのが大方の理解だ。フランスでは欧州議会選挙のキャンペーンの議論の中で社会党と欧州緑の党の候補者リストのいずれのトップもなんと「欧州連合の国境に対する保護主義(3)」を要求した。これはマリーヌ・ル・ペンの発言とほとんど変わらない。自由貿易がEU創設の歴史的原則であると同時に最強国ドイツの経済的原動力であるだけに、こうした方向転換がどういう帰結をもたらし得るのか、考えさせられる。

 今や、地産地消、廃棄物の現場再処理を誰もが称賛するが、それは「価値連鎖」を連ねる生産・取引の様態と両立しないことをどの国も知っている(4)。その生産・取引の様態とは、商品として商店の棚に並ぶ前にいくつもの部品が「3度も4度も太平洋を横断する」コンテナ船のピストン輸送によって行き来する方式だ。

 環境破壊的な自由貿易を拒否するチャンスが、実際にこれから数週間のうちにありそうだ。欧州議会議員たちはブラジル、アルゼンチンなど南米4カ国とのEU-Mercosur、そしてカナダとのCETA、次にはチュニジアとのAlecaといった自由貿易協定を締結することになる(むしろ却下されることを望むのだが)。その時、「緑の波」が実際に旧大陸(ヨーロッパ)に打ち寄せているのかどうかが明らかになるであろう。


  • (1) Entretien avec Henri Lepage, Politique internationale, no 100, Paris, été 2003. 

  • (2) Gary Becker, « Nafta : The pollution issue is just a smokescreen », Business Week, 9 août 1993. Cité dans Le Grand Bond en arrière, Agone, Marseille, 2012. 

  • (3) France 2, 22 mai 2019. 

  • (4) Ben Casselman, « Manufacturers adapt to trade war, but the cost could be steep », The New York Times, 31 mai 2019.


(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2019年7月号より)