工業と自然の調和


ジャン・ギャドレ(Jean Gadrey)

リール大学経済学名誉教授
Adieu à la croissance. Bien vivre dans un monde solidaire
(Les petits matins - Alternatives économiques, Paris, 2010)の著者

訳:生野雄一


 私たちはこれまで長年にわたって、経済成長による生活水準の改善をめざして工業化を促進してきた。しかしここにきて、それがもたらす自然環境への過剰な負荷が無視し得なくなり、資源やエネルギーの節約が強く叫ばれている。工業化と自然の調和の糸口を探る。[日本語版編集部]

(仏語版2019年7月号より)

Marie-Françoise Serra. – « Chantier 4 », 2013
 www.mariefrancoiseserra.fr

 多くの経済学者、政界および労働組合の指導者にとってフランスの再工業化は喫緊の課題のようだ。1974年から2017年の間に、フランスの雇用人口全体──エネルギー産業と採掘産業を含み、建設業を除く──に占める工業部門の割合は24.4%から10.3%に減少した。民間および公的なサービス部門のシェアは2017年には81%に達した(1)。工業部門はもはや付加価値、言い換えれば1年間に産出される経済的な富の14%しか産んでいない。災いの予言者たちは一様にこう繰り返す。破局が近いかも知れないと。

 フランスは他の国々と違うのだろうか? とんでもない。国際労働機関(ILO)の産業・建設業全体に関する統計によれば、あの神聖不可侵の経済成長の劣等生などではない国々、なかでも、北欧諸国、米国、カナダ、英国よりもフランスの工業部門の雇用比率は高い。さらに、数少ない裕福な国々、特にドイツと日本では工業部門比率はさらに高いものの、雇用人口からみた脱工業化はフランスに劣らず際立っている。1991年から2018年の間に、ドイツでは全雇用人口に占める工業部門の割合は14ポイント下落しており、フランス(日本と同様、9ポイントの低下)より下落幅が大きい(2)

 工業主義者たちの議論はどうか? Redonnons la priorité à l’industrie[工業を再び優先しよう]と題して約30人の経済学者と政界および労働組合の指導者たちが署名したオピニオン記事の次のような抜粋がそれをよく物語っている。「工業は、あらゆる経済活動、調査研究、投資、そして最終的には雇用を牽引してきた」(ル・モンド 2017年1月18日)。しかし、裕福な国の雇用人口または付加価値の8~20%しか占めていない工業部門が、雇用を含むその他の全てを「牽引する」原動力になり得るのだろうか?

 こうした信念は、工業が富を産みサービスは工業が産んだ余剰を基に発展するという、19世紀に古典派経済学者やカール・マルクスが作り出した対立概念に遡る。つまり、工業の優位性はその生産力にあり、それに対してサービスは非生産的なのだと。

 次いでこの図式をその他の諸前提が補完する。たとえば、ほとんどのサービスよりも高い生産性を誇る工業は経済成長の全体を牽引するとみられて、経済学者バンジャマン・コリアに「金の卵を産む鶏」と名付けられた(3)。他の人びとは工業部門が国際競争力を決定付けると言うが、彼らはかつての真実が現在も常にあてはまるわけではないということが念頭にないのだ。たとえば、農業とサービス業は全てのいわゆる自由貿易協定の重要な要素ではないのだろうか? もう一つの時代遅れの議論は、工業の革新こそが重要なのだなどというものだ。

 工業部門の雇用人口が時を追って減少しているのを説明する場合、事業拠点のオフショアリングがしばしばやり玉にあがる。しかし実際にはオフショアリングは、フランスでの工業部門雇用人口減少の10%~15%にしか相当しない(4)。もちろん、オフショアリングに歯止めをかけさらには阻止することは重要だが、「問題」の85~90%は解決しないままだ。

より多く消費し……より多く汚染するための生産

 1980年から2017年の間にフランスで220万人の雇用が失われた原因のうち、最も決定的なものは、ある二重の歴史的傾向と関係がある。一つには、家計の需要が工業製品に対しては徐々に減退し、民間および公的サービスに対する需要がますます強くなったことだ。家計の実質消費に占める耐久消費財(自動車、家具、家庭電化製品など)と半耐久消費財(特に衣服)の割合は1960年頃の22%から2017年には12.4%に落ち込んだ(5)。もう一つは、工業部門はほとんどのサービス業よりも生産性向上を重視してきたし、今もし続けていることだ。これら二つの長期にわたる傾向が重なりあったことが、BRICグループ(6)(ブラジル、ロシア、インド、中国により2009年に発足)──2011年には南アフリカを組み込んでBRICSとなる──を含む世界中のほとんどの国々と同様に、フランスで雇用人口に占める工業部門の割合が衰退した主因である。

 工業部門の雇用人口低落のもう一つの説明として、ネオリベラルなグローバリゼーションの3つの特徴的な現象の結合がある。すなわち、一つは労働強化、二つ目は低賃金で社会・環境基準が低い国々との競争──これが消費(他国製品の購入)と同様に生産のオフショアリングを誘発する、そして、三つ目が企業の財政重視主義で、製品需要がなくなったからではなく、株主利益率が10~15%に満たないという理由で事業拠点を閉鎖あるいは投資を縮小する傾向だ。

 労働者運動に近しい経済学者や活動家の影響を受けた左派の工業主義者は、当然のことながら先述の3つの要因を企業または産業組織を破壊するものだと非難する。工業化は、まぎれもなく歴史上長年にわたり生活水準の改善に寄与してきた。しかし、生活水準向上に貢献したものは工業化だけではなかった。たとえば、20世紀には、教育、保健衛生、輸送あるいは社会活動といった公共サービスは工業化に劣らず重要な役割を果たした。

 さらに、そしてとりわけ、「栄光の30年」[1945年~1975年の高度経済成長期]の核心と褒めたたえられるあの極めて生産性の高い工業化は、1970年代以降に認識された社会的、保健衛生上の、そして環境に対する損害(あるいは「外部性」[ある経済活動の副次的効果が、市場で評価されることなく第三者に直接及ぶこと])をもたらした。人類のエコロジカルフットプリント[訳注1]は、当時、モノの生産に費消されるさまざまな再生可能資源を供給する自然の能力を超え始めており、大気中への炭素排出は地球温暖化を惹き起こす境界を超えた。その当時から、生産性向上(同等またはより少ない労働力で常により多くを生産すること)はしばしば損害をもたらし、そのうちのいくつかは今日人間の生存に不可欠な共有財産、たとえば、気候あるいは水、そして再生不可能資源(鉱物、化石燃料、砂さえも)──枯渇しつつあり、いくつかは崩壊しつつある──に対して脅威となっている。

 このように、工業主義者はこの人類、環境、保健衛生上の危機を指摘することを忘れている。たとえば、農業部門(7)では、1980年には188万人いた雇用人口が2017年には75万人しかおらず60%も減少しており、同時期の工業部門の雇用人口減(43%)を上回っている。その主因は、農業の工業化であり、生産性本位の農業政策によって諸外国と同様にフランスでも農民生活を破壊した自由貿易協定によるものだ。生産性本位で何でも商品化してしまう商業の工業化と、いくつかのサービスの工業化でも似たような現象が起きており、商業やサービスがハイテク工場となって機械化が進んでいる。今や、生産性向上をめざした工業化は、たいていの場合、生産活動を機械化し気候と環境を破壊することを意味する。ところがしかし、経済への負荷がより軽いことが理解されれば、これとは異なった工業化が考えられる。

 工業部門の将来を考えると(他の部門にも当てはまるが)、全体のビジョンは口に出すのは簡単だが、具体化するのは難しい。すなわち、これまでと違って「物質的にもエネルギー面でも適正に節約している」といえる社会的なニーズに応える財のみを生産することだ。それは同時に、人間が地球で持続的に暮すために超えてはならない限界と境界を踏まえていなければならない。もちろん、今から2050年までの「正味ゼロエミッション」(8)(あるいは「カーボンニュートラル」)を目標とする気候問題も関係するし、そのほかにも生物多様性(早急に減少傾向を反転させなければいけない)や、深刻化するいくつかの汚染(大気、化学物質、プラスチックなど)を減らすこと、そして最後に、残された再生不能資源(現在、化石燃料依存の工業資本主義が持続不可能な早さで費消している)の節約管理(9)も重要である。

 こうした一般原理を個別具体的に進めていくには、持続可能な資源利用の詳細に立ち入り、次いで、あらゆる形態のエネルギーを含む工業製品の主要カテゴリの生産に立ち入ることだ。それには高度の技術的・社会的・市民的な専門知識と長期間にわたりかつ大衆討議を経た集団活動が必要になる。フランスで唯一のケースとして、非営利法人のソラグロ(l’association Solagro)による農業シナリオAfterres2050[2050年に必要な食糧およびエネルギー需要をエコシステムや公衆衛生を踏まえながら充足する方法を模索するプロジェクト]と連携したネガワット(negaWatt)グループのシナリオ[フランスが2050年に再生エネルギー100%を達成する技術的可能性のシナリオ](10)がある。

 その活動の数十の要約(絶対要件ではないが、考える拠りどころになる)から一つの例を挙げると、人間の移動需要とそれを満たす工業製品がある。ここで述べられている調査では、2050年までに自動車への依存が大きく減少すると予想する。2019年時点では、フランスでの自動車による移動の4回に1回は3km未満の距離で、職場まで1km未満のところに暮らす人びとの過半が自動車で出勤し、公共交通機関は十分整備されておらずかつ値段が高いというのだ。したがって、自動車の利用を節減することは、環境面から極めて疑義のある電気自動車やハイブリッド車(産業界や政界ではこれが唯一の優先課題である)の普及よりも意味がある。工業技術の革新は止むことはないだろうが、馬力を競う代わりに、より省エネルギーのモデルを産むことになるだろう。

 具体的には、2050年までに人ひとりが自家用車で走行する距離は半減し、より汚染の少ない輸送機関が利用されるだろう。そして、自動車の耐用年数は延び、大半が再生可能なエネルギー源を使用するだろう。依然として石油燃料を使用する10%の自動車(2019年では総自動車台数の90%)の平均燃費は100km当たり3リットルとなろう。最高速度は低くなり、1台当たりの平均乗車人数は相乗りによって1.6人から2.4人に増えるだろう。自動車業界はますますリサイクル素材を使うようになり、中古車利用やレンタルに進出するだろう。(原子力に頼らず脱炭素化された)エネルギーの消費が半減し、鉄鋼消費が減ることに加えて、たいていの場合無用な電子機器の標準搭載をやめて、公共交通機関や自転車(電動を含む)、鉄道車両等の製造に専念するだろう。

 白昼夢だって? とんでもない。ここに述べたシナリオはエネルギーから建設業までのあらゆる分野と製品について評価と将来予想を数値で示している。暖房、家電製品、電子機器、食品を含め、エネルギーとモノの効率性の進化や、かつて「浪費追放」と呼ばれた節制に関連付けられて合理的な将来予想の評価が一つ一つ行われている。

 これまでと違う物を、違うやり方で簡素に生産するために、これらのシナリオによって、消費や工業生産を、長持ちがして、修理ができ、再利用できる製品に眼を向けさせ、場合によっては共同利用に向かわせる。それには、インセンティブ付けもいいが特に立法が必要だ。これに加えて、地球環境保護の諸要請と両立する未来を構想するもう一つの重要な思潮がある。それは、ローテク、つまり、より節約的で簡潔でありながら十分革新的な技術のことだ。

回収、修理、転売、共有という節約モデル

 現在広がりつつあるこの思潮の推進者であるフィリップ・ビウイックス氏は次のように書いている。「資源を最大限リサイクルし、私たちの持ち物を長持ちさせるには、それらを根本的に捉え直し、単純で、頑丈で(イヴァン・イリッチなら「コンヴィヴィアルな=自律共同的」というだろう)、修理でき、再利用でき、標準化されていて、モジュール化されていて、簡単な材料で出来ていて、解体しやすく、銅、ニッケル、錫、銀といった代替不能な希少資源はできるだけ使わず、電子製品は制限することだ」。そしてこう付け加える。「結局は、私たちの生産の仕方についてよく考え、消費地に近いところに戻ってきた作業場を大事にすることだ。多少生産性は低くても、仕事はしっかりやり、機械やロボットにできるだけ頼らず、資源やエネルギーを節約し、日用品の回収、修理、転売、共有のネットワークに有機的に繋がっていることだ」(11)

 これらのことは公害を引き起こし神話化した過去の工業に回帰するものでは全くない。 最悪の事態から私たちを守ってくれると思われるもう一つの工業は多くの技術革新を必要とするが、現代の超高度技術とは異なる。たとえ、現存する技術や今後改善される技術が、特にエネルギーとモノの利用効率の面で役に立つとしてもだ。

 2つの疑問が残る。こうして述べられた工業の経済における重要度はどうなのか? さらに、この新たなモノとエネルギーの節約および生産と雇用の転換に社会全体はどう反応するだろうか? 

 疑いもなく、雇用における工業部門のウエイトは、仮にいくつかの分野では明らかに増加しているにしても、全体としては減少している。しかし、この傾向は私たちが数十年来経験してきたものに比べるとさほど劇的ではない。一方では、これらの動きは、生産性本位主義の、諸外国と同様に雇用を損なうプロセスとは一線を画すだろう。他方で、世界的な自由貿易を必要に応じて見直して部分的にでも事業拠点を自国に取り戻すことは、雇用の喪失にブレーキをかけるかもしれない。

温室効果ガスの排出は超富裕国の特権 

 この転換局面において雇用をもたらす分野について考察するには、ネガワット2017のシナリオが参照に値する。2030年までに33万人以上の雇用増加をもたらすとみられる再生エネルギー部門が重要な例である。もう一つの情報源であるla plateforme emplois-climat[気候・雇用のプラットフォーム] (12)は、研究者が関係する約15の大手組織と労働組合による集団で、2017年1月にUn million d’emplois pour le climat[気候のために100万人の雇用を]と題する報告書を公表した。成長している分野のなかには、エコマテリアル、自然の力を利用しまたは排気ガスの少ない輸送手段、住宅や建築物の空調設備のリノベーションの事業などがある。

 工業全体の雇用が歴史上の頂点だった1974年から2016年までに46%減少したというのが事実としても、この傾向に耐えるどころか成長しているいくつかの分野がある(13)。水道水の生産と供給、下水事業、廃棄物処理と除染の分野では最も成長が著しい(人員は2倍以上に増加している)。今やこの分野は、この期間中に雇用が安定していた電気、ガス、暖房や動力用の蒸気、空調の生産・供給分野より明らかに多くの雇用を擁している。したがって、できれば利用者の近接地域で、リサイクルや汚染防止活動(これには原子炉の廃炉を含まなければならない)を活発化させて、再生エネルギーを飛躍的に増加させることを、こうした動きに反する多国籍企業に頼らずにできれば、これらの2つの工業分野は大きく成長できるはずだ。

 生活様式が大きく変わるかもしれない。だが、大量消費傾向に抗って簡素な生活を主張するだけでは不十分で、社会全体の利益のためにはどの社会階層に行動様式を最も改めるよう求めるのかをはっきりさせる必要がある。環境保護に関する努力は税金と同じだ。公正にもなれば不公正にもなり得る。超富裕国が最貧国の30倍から40倍の温室効果ガスを排出し、それでも超富裕国の所得に対する炭素税率は4倍も軽い(14)となると、誰の眼にも不公正は明白で、そもそもの仕組みに対して大方の拒否を招く。不平等を少なくすることは、エネルギーやモノの節制策受け容れ条件の一部である。

 雇用や仕事の転換を受け容れるかどうかは、実際に雇用が脅かされている労働者の新しいキャリアパスが職住近接地域かその近辺に確保されるかにかかっている。と同時に、次のこともまた重要だ。つまり、常軌を逸した生産性重視や技術重視と縁を切ることは最終的には多くの人びとが望む展望だ。そうすることで、彼らの労働条件は改善し、彼らの生産活動の意義が強化され、社会はその未来を取り戻すのだ。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2019年7月号より)