自殺問題改善のためのリゴロジーの実践

笑いのセラピーが労働者を救う?


ジュリアン・ブリゴ(Julien Brygo)

ジャーナリスト、オリヴィエ・シランとの著書にBoulots de merde ! Du cireur au trader,
enquête sur l’utilité et la nuisance sociales des métiers
(La Découverte, Paris, 2016)がある。


訳:三竿 梓


 トゥールーズ大学病院グループやフランス国鉄は、労働環境悪化による労働者の自殺問題に直面している。経営陣は、リゴロジーという“笑い”のセラピーによって、労働者の幸福度を高め、問題を解決しようとしているが、事態は改善していないようだ。効率化を優先した経営によって苦しむ労働者を救うために、本当にすべきことは何か。[日本語版編集部]

(仏語版2019年7月号より)


photo credit: TEDx RapidCity Laughter Yoga


 「ヘトヘトに疲れていませんか? 仕事のせいで憂鬱になってはいないでしょうか? 自殺を考えていませんか? 解決するには――わ・ら・っ・て・み・て!」。トゥールーズ大学病院グループ(CHU)の人事部(DRH)が職員に発したメッセージは要するにこういうことなのだ。この解決策はちょうどいいタイミングで提示された。なぜなら事態が深刻化する恐れがあったからだ。

 かつてのフランステレコムや昨今のフランス国鉄(SNCF)のように、トゥールーズCHUは、職員の自殺の増加に直面している。コンサルタント事務所による2016年の報告書は、「同じ年に、数週間以内に4人の職員が自殺した(うち一人はCHUの建物内で自殺)原因は、労働環境によるものである」と明らかにしている。翌年には、あるメディアが暴露した2万6000通の内部文書のうちの一通(1)に、婦人科の看護師が日常をこう書き綴ったものがあった--「患者の生命は危険な状態に置かれ、痛みはきちんと処置されず、その姿はひどい有様(数分間、嘔吐物で汚れたままにされた)で、(⋯⋯)精神のケアもままならない(癌の告知は遅く、治療方法を話し合う時間もない)。(⋯⋯)看護チームは、身体的にも(13時半から23時までの間に5分の休憩さえない)、精神的にも(仕事の出来が悪いと感じたり、患者の命を危険に晒していると感じる)疲れ切っている」

 それ以来、事態はほとんど改善していない。2019年2月には、ある患者が集中治療室で心臓発作で亡くなったが、その夜当直だった看護師は朝10時からの勤務で15人以上の患者を看ていた。彼に応急処置をする時間はなかった(2)。2019年5月初旬には、消化器系の集中治療室において同じようなことが起きた。再編成中のこの部門では、ITシステムの問題で患者が一人亡くなったのだ。

 2015年以降、労働組合は経営陣に対し、ストライキの告知を60回ほど行った。ストライキは少なくとも14回は実施され(2019年だけですでに5回実施されている)、さらにはデモが約20回、大規模アクションが12回、介護スタッフの動作を真似たパロディー風の映像はインターネットで600万回再生されている。「小児病院では、2019年の第一四半期の病気欠勤日数が2018年の同時期と比べて20%も多いのです」と、公立病院で20年、うち17年はトゥールーズ小児病院で勤務実績があるサンドラ・C氏が私たちに説明した。「経営陣は私たちを数字のように扱っていると感じてきました。彼らの唯一の目的はコストカットと人員削減です。私たちはCHU全体で少なくとも600人の追加人員を必要としているのです。それも早急に」

 人を雇うだって? そんなことは不可能だ! ずいぶん前にリーン・マネジメントへの転換を行なった経営陣は、こう反論した。「無駄のないスリムな生産」を行うリーン生産方式の生産性極大化の理論は、第二次世界大戦後にトヨタ自動車グループの日本人技師によって作られ、後にマサチューセッツ工科大学(MIT)の“ネオリベラル試験管”の中で丹念に練り上げられた。その目的は? たとえチームを限界まで追い込んででも、人を減らし、より多く生産することである。

 労働環境はひどく、収益性確保の圧力によって従業員の待遇改善は許されず、従業員は仕事に耐えるよりも自殺を選んでいる。こうした状況に経営陣は対応しなければならなかった。そこで彼らの主導により行われたのは、“リゴロジー[笑いのセラピー]”の実践だった。リゴロジーとは、身体、精神、感情の間にハーモニーを生み出す総合的なアプローチのことをいう。その概要は、トゥールーズCHUの中央小児病院が発表した「職場における社会心理学的リスクの予防と労働環境改善のためのアクションプラン2018」で読むことができる。

 笑いのヨガ、マインドフルネス瞑想、さまざまなリラックス方法と呼吸方法、遊びの精神集中効果学⋯⋯リゴロジーは「ポジティブな感情と生きる歓び」を育むことを目的としている。笑いのインターナショナルスクール(「幸福、生きる喜び、創造性」)のホームページを見ると、ピースサインをしたご満悦な様子の従業員グループの写真が目に飛び込んでくる。この写真は彼らの幸せそうな様子を伝えているが、それは全員が1400ユーロを支払って、笑いのヨガや「感情解放」のテクニック、ポジティブな心理学について7日間の講義を受け、「リゴロジー」の免状を取得したからだ。この市場のリーダーである“笑いのスクール”から認定されたリゴロジーの指導者は、一日で1000~3000ユーロの報酬を得るようだ。また、CAC40の企業が惚れ込む“チーフ・ハピネス・オフィサー”という幸福に関するサービスの責任者になることもある(3)

 仕事上の苦しみは商品化され、公共部門の職場は自己啓発の新たな実践の場と化している。一つには、度重なる自殺(2019年には28人が自殺)に直面した警察官たちの例がある。これに対し国家警察のトップが5月末に出した通達は、バーベキューや野外でのスポーツ、家族でのピクニックのような「共生と共有の時間」を持つよう、各職場の幹部に促すものだった(4)。もう一つ、2019年当初から週に一人は従業員が自殺しているフランス国鉄の例がある。再建真っ只中のこの会社のリール支社が、Great Place to Work(「素晴らしい職場」)というコンサルタント会社に助けを求めたところ⋯⋯問題を抱えた部門にキャンディーを配ったり、スイーツパーティーを開催したり、メイクルームを設置することを勧められた(5)

 「まず初めに、私は冗談を言うための教育を受けました」と、笑いのインターナショナルスクールの校長であり、フランスにリゴロジーの概念を導入したコリーヌ・コセロン氏は話し始めた。「笑いのヨガをする際にギャグを言う、というようなものです。このやり方はあるインド人医師によって編み出されましたが、この医師は陽気な患者は陰気な患者に比べて快復が早いことに気づきました。笑いは、痛みを和らげる作用のある幸福感を与えるホルモンを放出させるのです」と、元精神分析学者でもあるコセロン氏は説明した。彼女は、(天然モルヒネのように働く自然鎮痛剤)エンドルフィンや(幸福感をもたらす微粒子)セロトニン、(意欲に関係する微粒子)ドーパミン、(愛情に関するホルモン)オキシトシンに言及した。「これは無料の強力な注射です。多くの大企業(SNCF、トタル、スエズ、ロイヤルカナン、ダノンなど)が取り入れ始めていますよ。笑うことは、ストレスの影響によるダメージを一つずつ回復させます。従業員の健康状態が回復するだけでなく(自殺防止やライバル企業への転職防止になる)、企業が生産性を高めることにも繋がります。つまり、これはウィンウィンなのです」

 改革に前向きであるトゥールーズCHUでは、2017年からすでにターミナルケア部門において「感情の解放」と「重荷からの解放」という職員のケアが行われている。「職場における社会心理学的リスクの予防と労働環境改善のためのアクションプラン2018-2019」において、今や経営陣はこの提案を小児病院のような緊迫した状況にある他の部門にも広げている。先の3月、この小児病院では病床数の削減計画と介護スタッフの仕事量を増やす計画に反対するストライキが2回も起こった。

 精神科の救急部門に勤める31歳の看護師、フローレン・ファーブル氏はこの「重荷からの解放」のケアを受けることになった。彼の初めの反応は、長い大きな笑いだった。この笑いは恐らくβ-エンドルフィンを大量に生み出し、彼にすっかり落ち着いた声で「ばかばかしくてあり得ないね」と言わせしめた。2019年春、2カ月間に及ぶストライキの末に、看護師のポストを二つ追加することに成功した職員グループの一員だったファーブル氏はこう感じている。「CHUの幹部や地方保健局の幹部たちが示す社会的軽蔑の度合いは甚だしい。看護師不足が深刻化していることが問題になった途端、話し合いは打ち切られる。彼らは病院の職員の健康などまるで気にしていないんだ」。私たちがコンタクトをとったCHUの幹部は、職員の増員を要求するこの声に対して回答を拒否し、この要求を「CGT(労働総同盟)の理論だ」と言った。広報部長は「私たちはリゴロジーの提案書に完全に責任を負っています」とはっきりと言い、電話をガチャンと切った。もはや笑うことなどできない。

 「だいたい、あなたはリゴロジーをやってみたことがおありになりますか?」と社会心理学的リスク予防を担当している薬剤師のマギー・メッテ氏はイライラして言った。「一回試してみてはいかがでしょうか? リゴロジーの“素晴らしさ”がわかりますよ」。徹底したジャーナリズム精神を持つ私たちは、この提案を受け入れた。「それでは、両手を前に出して、“シャー”と言いながら息を吐き出しましょう! 一緒にやりますよ? はいどうぞ! そうしたら、両手を腰にあてて“シュー”と言って! では最後に、両腕を空に向かって上げて、息を吐き出しながら大きく“シー”と言いましょう」。私たちは、ジャーナリズムの大義を全うするために素直に実行した。「最終的におかしいのは、シャシュシーと言うことですね⋯⋯まるで、“サルシフィー(salsifis)[フランス語で西洋ゴボウを意味する]”と言うみたいでしょう(彼女はどっと笑った)。私はあなたにこのバカバカしさを知って欲しかったのです。記事を書く前に知っておいたほうがいいですね」



  • (1) Pablo Tupin et Hakim Mokadem, « CHU Leaks : ces documents confidentiels qui accablent l’hôpital toulousain », Mediacités Toulouse, 2 avril 2018.
  • (2) Éric Dourel, « Une mort suspecte aux urgences du CHU de Toulouse », Mediacités Toulouse, 9 avril 2019.
  • (3) Lire Julien Brygo et Olivier Cyran, « Direction des ressources heureuses », Le Monde diplomatique, octobre 2016.
  • (4) Angélique Négroni, « Une note pour renforcer la “convivialité” chez les policiers », Le Figaro, Paris, 30 mai 2019.
  • (5) Erwan Manac’h, « Distribution de bonbons, ateliers maquillage… Les étranges remèdes de la SNCF à la détresse de ses agents », Politis, 4 juin 2019.

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2019年7月号より)