自由貿易で損失を被った人たちを救済できるだろうか 

NAFTA 2.0で労働者が得たもの


ロリ・M・ウォラック(Lori M Wallach)

Public Citizen’s Global Trade Watch代表

訳:大竹秀子


 ドナルド・トランプ大統領は、NAFTAに代わる新たな通商条約を公約に掲げた。1年にわたる再交渉の末、できあがったNAFTA 2.0は、NAFTAを根底から刷新するものではない。懸念材料もあれば、2~3の社会的前進も含まれている。だが、中間選挙後の米議会がこの通商条約にどう対処するかにかかわらず、その規定は旧来の国際通商秩序に対する最初の一撃となるだろう。[日本語版編集部]

(英語版2018年11月号より)

メキシコのマキラドーラ(写真:public domain)


 革新勢力は、ドナルド・トランプ政権下だということがアメリカの通商条約モデルの初の重要な改訂に影を落とさないよう望んでいるが、その願いがどんなに強かろうとも、2019年にNAFTA(北米自由貿易協定)をめぐる熾烈な闘いは避けられない。

 13カ月間の再交渉を経て9月30日に公表されたNAFTA修正草案には(1)、革新勢力が長らく運動してきた改革も、我々が長らく反対してきた悪影響を及ぼす条項も、未完に終わった重要な事柄も含まれている。NAFTAを刷新し、いまも継続されている害悪を止める闘いの次の局面は始まったばかりで、最終的な一括法案が2019年にアメリカ連邦議会に上程され論議の対象となるまでには、長い紆余曲折の道が前途に待ち受けている。

 革新勢力がこの論議にどのように関与するかは、政策上そして政治的な結果に重大な意義をもつ。

 1990年代初期にNAFTAが生み出した企業に操られたモデルを、ドナルド・トランプ、ジャスティン・トリュドー、メキシコのエンリケ・ペーニャの各政権が、一変させるような代替案を出すにいたらなかったことに驚きはない。だが、もし革新勢力が、この協定の新しい労働基準の迅速で確実な実施を確保すべく闘い、あわせてその他いくつかの重要な改善を達成するならば、最終的な一括法案は、北米大陸全土の人々に対してNAFTAが与え続けている深刻な被害のいくつかを止めるのに役立つ可能性がある(2)。これは大きな成果になるだろう。

 NAFTA再交渉の結果は、北米をはるかに超えて波及する。NAFTAは、通商交渉とは所詮、投資家たちが外交を通じて新たな権力や権利を確保し、特定の産業に独占的保護を与え、消費者や環境の保全の後退が「自由貿易合意」というブランドの名のもとに喧伝されるだけだ、というシニカルな考えを生む源泉となった。NAFTAをモデルにして、経済連携協定(Economic Partnership Agreement)や貿易投資連携協定(Trade and Investment Partnership Agreement)などの協定が世界各地で生まれたが、これらは通商に無関係なところで一連のネオリベラルな政策を課し、企業の権力を強化し民主的なガバナンスの原理と実践をむしばむこととなった。

 アメリカがまたしてもNAFTAスタイルの通商協定を成立させようとしているということではなく、すべての悪しき協定を生み出す元となった通商協定の改善をめぐって国民的な論議を行っていることは、全世界に信号を送り出している。これはまた通商政策をめぐるアメリカ政治の変容を反映することとなり、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は2015年当初に調印されたが、その後同年内にアメリカ連邦議会で過半数の賛成を得ることはできなかった。

 何十年にもわたる労働組合と進歩的な市民社会の運動は、1999年の世界貿易機構(WTO)に抗する「シアトルの闘い」を通して表明された最初のNAFTAとの闘いからTPPの消滅にまで及んだ。民主党であれ共和党であれ歴代の大統領は企業利益に立った数百に及ぶアメリカの公式通商顧問たちと仕組んでNAFTAスタイルの協定を作ったが、それに反対するアメリカの民衆と民主党の公正な通商を擁護する熱心な議員団が一丸となって運動を起こしてきたのである。

憤りを利用したトランプ

 トランプは大統領になるために、こうした通商条約が何十年にもわたってもたらした被害への人々の正当な憤りを利用した(サンダースが革新的な通商改革の主導的な旗手となり、TPPとNAFTAの撤回を公約したことで、この民衆の怒りは、民主党大統領予備選の重要なカギを握る州で、バーニー・サンダースがヒラリー・クリントンおよびクリントンの強力な集票組織に勝利するという番狂わせをも引き起こした)。

 だが1990年代以来、NAFTAに反対してきたトランプは、一貫してナショナリスト的な頑迷な見解の持ち主だ。アメリカはメキシコに利用されていると、トランプは主張し、まるでメキシコがアメリカの労働者に打撃を与えるためにNAFTAを創設したと言わんばかりだ。実際には、NAFTAを発案したのはロナルド・レーガンであり、その第1段階である米加自由貿易協定(USCFTA)は1988年に成立している。メキシコを加えたのは、ジョージ・H・W・ブッシュ(父)大統領で、NAFTAは1992年に調印された。NAFTAの議会通過を推進したのは、ビル・クリントン大統領だ。メキシコの労働者とアメリカの労働者との闘いというトランプの排外主義的な考えとは裏腹に、NAFTAは「メイド・イン・アメリカ」を打ち出す交渉であり、その構想はアメリカとメキシコ双方の労働者の利益に反するものだった。

 自分はまったく新しいタイプの合意を編み出したというトランプの言い分は、当然のことながら、歴代の米大統領が自らの最新版通商協定の売り込みに使って来たのと同種の偽のセールストークにすぎない。トランプの米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)は焼き直し版であり、NAFTA 2.0には前提とする基本的な枠組みがあるという現実を変えるものではない。アメリカ、メキシコ、カナダを含むWTO加盟163カ国は、NAFTAの有無にかかわらず、すでにこの枠組みにのっとって通商を行っているのだ。

 しかしNAFTA 2.0は、いくつかの重要な点でアメリカのこれまでの自由貿易協定とは異なる。おそらくこのことは、アメリカの労働組合(3)やパブリック・シチズン(4)、そしてローザ・デラウロ下院議員(民主党、コネティカット州選出)(5)やシェロッド・ブラウン上院議員(民主党、オハイオ州選出)(6)などの議会の通商問題の革新的指導者たちのように、過去の貿易協定への反対を主導して来た人々がこの新しい文面に対して示した反応に何より如実に表れている。

 まずはじめに、NAFTAの常軌を逸した条項だった投資家対国家の紛争解決手続き(ISDS)が著しく限定された(7)。NAFTA 2.0では、アメリカとカナダの間でのISDSが撤廃された。これにより、ISDSによる今後の重大な被害の数々が回避される。環境問題に関してNAFTAのISDSで発生した支払いは(8)、1件をのぞいてすべてアメリカの企業がカナダの政策を攻撃して勝ち得たものだった。アメリカとカナダ間のISDSの終焉は、NAFTA下におけるアメリカのISDSの債務の92%ばかりではなく、ISDSが存続していたなら抱えるかもしれない金銭的リスクの大半も合わせてそっくり除去することになるだろう。

新たなアプローチ

 メキシコに関しては、ISDSに代わって、新たなアプローチがとられる。ほとんどすべての金銭的負担に関連する投資家の5つの権利——「待遇最低基準」とそれに関連する「公正かつ衡平な待遇」基準、「間接収用」、「履行要求」、および「移転」——は、削除されている。投資許可前の「投資の権利」も同様だ。ISDSがあるため投資家は投資先の国内での裁判を回避できるが、新しいプロセスは投資家に、政府機関との紛争を国内の法廷で解決するよう試みることを義務づけており、最高裁が裁決を下すか、解決が見いだせないまま2年半がたってはじめて、国内での救済措置がつきたとみなされる。投資家が補償を求めることができるのはこの要件を満たした後であり、その場合でも補償されるのは、「投資財産の国有化が実施されている、あるいは、正式な権原の移転または明白な差押えにより直接的に収用された」という申し立て、あるいは確立された投資に対して政府が「差別的」な行為に出た場合に限られる。ISDSとは異なり、申し立てを審査する人物が同時に、政府を提訴する企業を代表することはできない。投資家が得られるのは、証明可能な損失への補償のみで、「本質的に投機的な」損害は認められなくなり、投資家からの将来予測される利益の逸失への要求に対する巨額な賠償は終止符を打たれた。

 こうした変更が実施されるようになるのは、NAFTA 2.0が施行されてから3年後だ。このように時間がかかることにはじれったいものがあるが、だからと言ってビジネス・ラウンドテーブル(the Business Roundtable)や、アメリカ・エンタープライズ・インスティテュート(the American Enterprise Institute)およびウォールストリート・ジャーナル紙編集委員会による、ISDSを骨抜きにしたとする非難やUSMCAはNAFTA以下だとする批判がやむことはなかった。

 またこの修正は、許し難い抜け穴をつぶすこともできなかった。メキシコ前政権が退陣時に行った石油・ガス部門の一部民有化の過程で、アメリカ企業9社が13の契約を手にしたが、彼らの契約を理由なくキャンセルしようとすると、保護の対象になってしまう。これらの企業は、いままでのところメキシコに対してISDSを行使していないが、他国に対して行使した会社は数社ある。そして、この例外がどんなにわずかなものであろうと、企業が、まして石油企業ならなおさら、ISDSの広範な権利へのアクセスを保持することは、よくない。

 とはいうものの、これらを考慮にいれたとしても、NAFTA 2.0におけるISDSへの一撃は、政府に対する投資家のパワーを著しく削減する。そしてISDSを骨抜きにしているのが企業よりの現政権であるため、将来の大統領がこれを後戻りさせるのは困難になる。さらに、この動きは、ISDS体制からの回避を目指す世界各地の諸国にも、道筋を示すことになるだろう。

自分で生産するものを買うことができない苦境

 とはいうものの、[現在の]NAFTA 2.0の文面に欠落している、強力で即時確実に適用すべき労働および環境に関する基準が最終案に含まれなければ、アメリカ企業は雇用の海外移転を継続し、メキシコの労働者に貧困レベルの労賃を支払い、有毒物を投棄し、製品をセール用として売るべくアメリカに持ち帰り続け、メキシコ人労働者には、自分たちが生産するものを買うこともできないほどわずかな労賃しか支払わないことになるだろう。この根元的な欠如が是正されない限り、[今後とも]NAFTA 2.0は広範な反対に直面することになるだろう。

 アメリカの労働組合が準備した労働諮問委員会(LAC)の報告書(9)は、新しい労働基準には、「ささやかだが意味のある改善はみられる」としている。この改善の中には、ストライキ権、ならびに労働組合員および移民労働者に対する暴力に関する新条項が含まれている。しかし、この新文案は、[より明快な]ILO(国際労働機関)条約の労働基準とは異なり、[1998年の]「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に依拠することで、過去のNAFTA協定の基本的な欠陥をとどめている。

 労働に関する章の新文面で目を引くのは、メキシコに特有であった、賃金抑制のための「保護契約」を根絶するための明白で具体的な規制が入ったことである。保護契約には、賃金上昇に大きな違いをもたらす可能性があった。現在、メキシコ人労働者たちが、多国籍企業が開設した数百万ドル規模の工場に働きに行くと、自分たちが承認したわけでないのに、自分が選挙したのでもない労働組合がすでに署名した契約書が交わされてしまっている。この契約書で、労働者は低賃金のまましばられ、ストライキをすると「契約」違反だとして解雇される。これは、最近、サン・ルイス・ポトシのグッドイヤー社の工場で起きたことだ。この会社では、労働者の時給は1ドル58セントだが、カンサス州のグッドイヤー社の工場では、まったく同じタイヤを生産する労働に時給25ドルが支払われている。NAFTA 2.0になって、メキシコは労働者に組合の契約に関する無記名投票を保証するよう義務づけており、既存のすべての保護契約は、4年以内に取り換えられることが要件とされている。

 だがNAFTA 2.0の文面には、規則の改正により北米の労働者たちの生活が改善されることを保証するのに必要な監査条項や強制条項は含まれていない。

 2007年以降のアメリカの他の通商協定と同様に、[NAFTA 2.0には]労働と環境に関する基準が、中核をなす文面に含まれていて、他の条項と同じ拘束力をもつ(NAFTAでは、拘束力のない労働と環境に関する付帯決議でしかなかった)。だが、民主・共和両政権とも、労働あるいは環境に関する違反がどんなにひどいものであろうと、既に備わっている執行メカニズムの適用をしぶってきた。

 信じられないかもしれないが、アメリカの労働組合と共に、この拘束力に関するギャップへの対処に取り組んでいるのは、アメリカ合衆国通商代表のロバート・ライトハイザーだ。ライトハイザーは保守派だが、アメリカの主要な労働組合ならびに連邦議会の民主党議員と長年にわたる関係を築いてきており、ISDSやNAFTAを批判し、ISDSと労働基準に関する自らのアプローチに対する政権の他の高官たちからの反対を屈服させた。

 メキシコの労働改善に向けて拘束力と執行という点で著しい改善が必要なのは確かだが、それだけで十分とは言えない。

 政権による容赦ない攻撃を前に、環境団体は、オバマ政権がTPPで拒否したことを要求しても無益だと予測し、関与しようとしなかった。NAFTA 2.0の文面には、TPP同様、「気候変動」の言及すらないが、これは気候危機の時代に、まぎれもない欠落だ。またTPPと同様、環境に関する7つの主要な多国間協定の目標を達成するために国内法を立法、保持、施行ないし執行する義務を国に課していない。連邦議会の民主党議員たちは、ジョージ・W・ブッシュ大統領が結んだ最後の4つの通商協定でこれを義務づけた。だが、NAFTA 2.0に含まれているのは、TPPと同じく、絶滅のおそれのある野生動植物に関する条約だけだ。NAFTA 2.0に追加された保護条項には、有意味な義務はほとんど課されていない。

 環境団体の主要な優先事項のいくつかは達成された。この中には、ISDS以外では、たとえ天然資源産出国が天然資源を保護する新政策を執行したとしても、その輸出継続を産出国に義務づけてきたNAFTAの条項が削除されたことがある。この「相応共有」規則は、通商が開始された場合、前年の輸出水準に基づいて、石油、天然ガス、木材、そして湖水までも商品化された資源とみなし、輸出を義務づけていた。

プラス面とマイナス面

 NAFTA 2.0はまた、[米加墨]3カ国からのトラックは、環境と安全性への懸念にかかわらず北米のすべての道路へのアクセスを与えられなければならないとするNAFTAの要件にも終止符を打つ。調査結果でアメリカの諸基準への広範な違反が発見されたことで、アメリカがメキシコを登録籍とするトラックのアクセスを制限したとき、メキシコはNAFTA裁判で制裁として、アメリカの輸出品に24億ドルの関税を課す権限を認めさせた。NAFTA 2.0は、アメリカにアクセス制限を取り戻し、厳しい基準を課す自由裁量を回復させることになる。

 しかし、NAFTA 2.0にはNAFTAよりはなはだしく改悪された面もある。新たに生み出される独占的権利がそのひとつで、これは薬品企業が、ジェネリック医薬品との競合を回避し薬品の価格を高価に維持するのに役立つ。生物学的医薬品に、さまざまな独占保護よりも長い、10年間の市場独占権を与えるよう加盟国に義務づける要件も、このひとつだ。

 こうした条項は、アメリカを最先端のガン治療やその他の生物学的製剤を法外に高止まりにする悪しきシステムに閉じ込め、欠陥をもったこの体制をメキシコとカナダに輸出することになるだろう。現在、施行されているアメリカの12年間の独占保護期間を短縮することは、アメリカの医療制度を誰にでも利用可能なものにする闘いの中で、最優先事項だ。そして現在は、カナダでは生物学的製剤に8年間の追加独占権が認められているが、メキシコにはそのような追加が一切ない。この条項が削除されなければ、北米全土の人々は、命を救う医薬へのアクサスを絶たれることになりかねない。

 にもかかわらず、企業へのこうした贈り物がいろいろあるとはいえ、NAFTA 2.0の文面には革新派の要求に関して前進した領域もいくつか見られる。そのひとつは、はじめて賃金水準を市場アクセスへの条件にしていることだ。車がNAFTAの恩恵を受ける資格を得るためには、完成車の45%[訳注1]が、時給16ドル以上の労働者によって生産されなければならない。この「労働価値コンテンツ(LVC)」要件は、重要な先例となる。だが、それによって労賃があがるのか、あがるとしたらどのくらいなのか、あるいは生産地の移転はどうなるかは、北米自動車生産のサプライチェーンがこうした要件にいかに応えるかを明らかにするデータが公表されていないため、不明のままだ。

 労賃基準は原産地規則(ROO)改正の一環であり、製品が関税免除で入手できるという特恵を得られるための基準が設定されている。現在の基準は、主に、中国およびその他の非北米において生産された製品の純費用比率だけだ。労働組合が長らく要求してきたことだが、NAFTA 2.0では、自動車の原産地規則が引き上げられ、完成車の純費用の75%(NAFTAでは62.5%に設定)が北米で生産されていることが要件とされている(TPPでは45%にすぎなかった)。NAFTA 2.0は車に限らず原産地規則を強化しており、労働諮問委員会は、北米での生産と雇用の拡大がみこまれると結論づけている。厳しい原産地規則は、また、労働および環境条件の執行にとっても不可欠だ。こうした基準を満たさない投入財の価値を利用することが限定されるからだ。

 NAFTA 2.0にはまた、通貨価値操作に関する条項が初めて含まれている。これは、通商の優位性を得るために通貨価値がファンダメンタルズから乖離していることが懸案となる諸国と将来協定を結ぶ際に検討すべき重要な先例となる。だが、NAFTA 2.0の条項には、不正行為を停止する、あるいは罰する手段がない。唯一、加盟国に拘束力をもって課される義務は、通貨管理の実務に関する情報を提供することだけだ。

 NAFTA 2.0のその他の多くの条項は、NAFTAそのままで、現在、WTOで実践されている悪しき規則を踏襲するか、一歩、後退している。この中には、革新勢力がNAFTAとWTOにおいて消費者保護をないがしろにするものとして長らく批判してきた、通商以外の政策に関する一連の制約が含まれている。例えば砂糖を含有する飲料と脂肪過多のスナック食品に関する消費者への警告の義務づけを諸国に禁止することを狙った「非ジャンクフード・ラベル」のもくろみは、[消費者による]頑強な抵抗で、阻止されたものの、NAFTA 2.0の食品基準は、アグリビジネス業界の後ろ向きの要求を反映している。この分野の基準には、こうした利権がアメリカの法律と行政実務に無理矢理押し込んだ条項が含まれ、それを全世界に拡大しようとしている。そこでは、消費者保護よりも貿易促進が優先され、消費者の健康と安全が、むしばまれてしまっている。

 新しい「デジタル貿易」規則は、いろいろな問題を抱えているが、中でもデータを国内に保存するよう国が義務づけることが禁止されており、これにより国民のプライバシー、個人データと安全を保護しようとする政府の努力が損なわれかねない。新しい規則は、カナダに現行の著作権を20年間、延長するよう求めている。別の章では、アメリカがWTOで合意した金融規制に対する極端な制限が踏襲されている。

 この協定案には改正と改悪、現在進行形とが混在しているが、NAFTA 2.0の最終案およびそれを施行する立法は、現在進行形でNAFTAが引き起こしている重大な損害を止められるかどうか、それは2019年にようやく明らかになるだろう。特に、2018年11月の中間選挙で民主党が予想通りに下院を制することになれば、ますます、そう言える。民主党が、包括提案最終案を支援する条件としていくつかの変更を要求することができるようになるからだ。

 とはいえ、たとえNAFTA 2.0がそのテストに合格したとしても、人と地球を最優先する真に進歩的な通商モデルを創る闘いは、続くだろう。革新勢力が、ISDSが骨抜きにされたこと、労働基準の改正、その他、獲得されたものを認め、喜ぶべき理由がそこにはある。獲得したものを新しい地平にし、望むべくは新大統領の下で2021年にさらに前進していくべきなのだ。

 だが、ほぼ間違いなくその前にNAFTA 2.0に関する票決がなされるだろう。NAFTAの再交渉がトランプ政権下で行われているという理由で、そこで生まれた何もかもに反射的に反対するのは、過ちだ。最終的な包括案が人々の暮らしをよくすることができ、その成果が見られる可能性が残っているときに、再交渉成功の可能性をとん挫させるとしたら、あまりにも節操を欠いている。

 毎週のように、NAFTAは企業が生産をメキシコにアウトソーシングし、アメリカの労働者が得る時給よりも低い日当を支払い、労働条件が整ったいい仕事がスエットショップの仕事に変わってしまう手助けしている。メキシコの労働者たちが製造業で得ている時給は1ドル50セントだが、これはNAFTA以前よりも低く、これでは暮らしがなりたたない。100万近いアメリカの雇用がNAFTAにより消失したと認定されており、カレッジの学位をもたない労働力の3分の2くらいにあたる労働者の労賃を容赦なく押し下げる圧力になっている。そして、NAFTAの下で有効なISDS条項による新たな攻撃は、企業がこれまですでに納税者から4億ドルをつかみとった後でも、途絶えることなく行われている。

 反射的な反対は、また、トランプの孤立主義的なパリ気候変動条約やその他の通商以外の協定からの離脱とTPPやNAFTAへの反対とを混同させようとするネオリベの現状維持支持者によるシニカルな試みを増強させかねない。ネオリベラリズムと通商の現状維持とを、トランプのナショナリズムに対する唯一の代替物だとするこの思考の枠組みは、NAFTAとそれが生み出したモデルが今日、これまでのどの時点よりも脆弱になっているときに、革新勢力が何十年もかけて積み上げてきた努力を無にする危険を伴う。

 革新勢力が災いを転じて福をなす柔術の心得で、トランプ政権が生み出しかねない破滅的状況から生産的な成果を生み出すことができるかどうかは、まだ不明だ。だが、革新勢力にとって明らかなのは、NAFTAの荒廃を生み出すネオリベラリズムと憎悪しか作りださないトランプのナショナリズムの双方との闘いが、いまほど重大だったときはかつてなかったということだ。




(ル・モンド・ディプロマティーク 英語版2018年11月号より)