すべては虚構、でも売れ行きは堅調

世界的ベストセラー『サピエンス全史』を読み解く


エヴリン・ピエイエ(Evelyne Pieiller)

ジャーナリスト、本紙特派員


訳:樫山はるか


 逸話と博学な細部によって肉付けされたユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』は、私たちの種の歴史について一般向けに書かれた魅力的な本であり、同時にこの歴史の意味について熟考もしていると謳っている。しかし、この教育書は科学的論拠に基づく考察とみせて、支配的イデオロギーのよくある擁護を露呈しているという批判もある。[日本語版編集部]

(仏語版2019年1月号より)

Les Anonymes. — « Le grand K est mort », 2013

 10数万年にわたって、地球上に起こったこと起こりそうなことを分析しようと、歴史と科学を結び付けるとは野心的な試みだ。それを全3巻まで費やして行っている。ユヴァル・ノア・ハラリはエルサレムのヘブライ大学歴史学部教授で1976年生まれ、彼は大胆だったし成功もした。3部作の1作目『サピエンス全史』は世界中で800万部が売れた(1)。フランスでも発売開始の2015年9月2日からベストセラーリストに載り続けている。そして彼の次作である『ホモ・デウス』も400万部が売れており、まだ第一作には及ばないが、それに近づいている(2)。『サピエンス全史』はそうそうたる人々から賞賛された。ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ、バラク・オバマ、カルロス・ゴーンそれに美術家のダミアン・ハースト、『文明崩壊 - 滅亡と存続の命運を分けるもの 』 (Gallimard, 2006)の著者ジャレド・ダイアモンドもそうだ。驚くべきことである。ハラリは名だたる思想家としての称号を授けられたかのようだ。要するに、フナック(Fnac:フランスの書籍小売チェーン)がそのサイトで見事に総括したように、彼は今「世界でもっとも重要な思想家」(3)で、彼が書いた「大胆で挑発的な記念碑ともなるべき一冊」は「私たちが人類について知っていると思っていること全てを問い直している」。確かに、読まないで済ますのはもったいないようだ。

「生物ソフトウェア」

 『サピエンス全史』とそれに続く著書では、「私たちの歴史と心理を理解する鍵」を探している(4)。その鍵とは、サピエンスという種が持つ、存在しないものに名前をつけ、それを他者と共有する能力である。すなわち、人間のこの言語による「認知革命」が集団で共有する虚構を創ることを可能にした。それゆえ「多くの知らない人間同士が共通の幻想を信じてうまく協力することができる」。だからサピエンスたちは客観的現実と想像上の現実を2重に生きているのだが、最も強力なものとなるのは想像上の現実のほうだ。それは宗教、国家、Googleなどを思い浮かべればよいだろう。普遍的な主義・信条は、自由主義、社会主義? それらは幻想で、しかも急速に変化しうる。例えば「1789年、フランスの民衆はほぼ一夜にして信条を変えた」。特に理性や自由意志への信仰は、しばしば危険な幻想だ。「法律やさまざまな力、観念的な存在や位置といった、共通の想像の中にしか存在しないもの(5)」が、人間に「十字軍、社会主義革命や、人権運動」を組織させるのだ。

 それでもこの人類史についての本は、意地悪を言うわけではないが、巷で交わされる紋切り型の話と大差ないようだ。この本においては、全ての事は人がそのように信じているだけのことで、真理など存在しないし、ましてや普遍概念などない、というのだ。客観的事実は人が作った「物語」の中で溶けて無くなる。この著者が史的唯物論と、彼がその悲劇的誤りの象徴を好んで考える「共産主義思想」という強迫観念に多少取り憑かれているのだと思う。――彼によれば、それらの信奉者は、「共産主義の理想郷を信じるがゆえに核による大量殺戮を冒しかねなかった(6)」のだから。ほら、これこそ現代のイデオロギーに都合よくマッチする思想なのだ。著者から見れば、資本主義も人間を中心に据えた、宗教の一種であり「人間の暴力を減少させ、寛容と協力を増大させた」のだから。結構! 人権の基礎である平等の観念にしたところで、そんなものはいらない。どうして、ごく当たり前の常識によって、それが馬鹿げたことだと分らないのか? とハラリは問う。彼によれば、例えば、幸福になる素質は遺伝的なものであり、人間とは生まれつき不平等なのだ……。

 まだ理解できないことがある、これらの幻想がどのように具体化し、「客観的」現実になったのか。おそらく 私たちにはそれが分らないし、それ以上になぜ科学は幻想を作り上げている「物語」に属さないのか分らない。それはハラリが科学を信じているからだ。そもそも彼は『ホモ・デウス』の中で述べている「おそらく、いつの日か神経生物学の驚異的な進歩により、共産主義や十字軍について、生化学の端的な言葉で説明が可能になるだろう」。私たちの「生物ソフトウェア」が全てを決定するのだ。大して驚きはないが、彼が力説するには「我々のDNAは未だに我々がサバンナにいると思っている」――よき時代、そこでは私たちはまだ「生態系の連続殺傷魔」ではなかった――そしてさらに話を広げて「科学者たちはますます、人間の行動はホルモン、遺伝子やシナプスによって決定される、と主張するようになっている」と。言い換えれば、人がいくら(自分を)語ろうとも、それはとことんまで突き詰めれば、人間をそのように駆り立てるニューロン(神経細胞)のメカニズムと生まれつきによるものなのだ。

 とはいえ、何がそのメカニズムを発動し、そのシナプスを結合させているのか、そして結局のところ、何が人に言葉や考えを作らせているのか。正確には、遺伝子と環境により確立された「アルゴリズム」である。 熟考や気ままな考えについては? アルゴリズム。はっきりさせよう、私たちはプログラミングされているのだ。映画の『マトリックス』みたいだが、ここでは解放される望みはない。そのことを受け入れる一つの解決策がある。ヴィッパサナー瞑想――著者は3冊目の本の終わりのほうでだけ、自分はその実践者であることをからかうように打ち明けている(7)。その瞑想によって、ブッダがそう考えたように「人生には意味はなく、彼にそれを求める必要もないこと」が分るだけでなく、自我とは、他のすべての想像上の存在と同様虚構である、ということを受け入れられるようになるという。

 この調子で理解し難いのは、なぜハラリは「我々は、大量の失業者より、人の権威がアルゴリズムに乗っ取られることを心配するようになるだろう(8)」と考えるのか、また、なぜ彼は、デジタルの絶大な影響力のリスクを告発するのか、そのデジタルは、各自の欲望にもっとも近いアルゴリズムを編み出すために、「新IT技術」と「新バイオテクノロジー」の融合を可能にするというのだが――もし各自がそのアルゴリズムによる能力を持つとしたら。そうなれば、いずれ地球におけるサピエンスの君臨は終りとなるかもしれない。「もっとも今までのところ大して誇れるようなものを生み出さなかったが」、その時は……。

 ハラリは、リベラリズムの世界観に特有の月並みな概念を裏づけようと試み、またときには押し付けた。すなわち、全ては相対的なものだとか、究極の真実はないとか、あるのは元来の人間の本性だけだとか、理性はそれを突き動かす感情を覆い隠す役に立っており、その感情だけが真に決定的なものであるとか、等々。彼がダボスの経済フォーラムに招待されたのは分からないでもないが、人が彼の言うことを真に受けるとは、いささか理解し難い。



  • (1) Yuval Noah Harari, 1Sapiens. Une brève histoire de l’humanité, Albin Michel, Paris, 2015.
  • (2) Yuval Noah Harari, Homo deus. Une brève histoire du futur, Albin Michel, 2017.
  • (3) Thomas Mahler, «Yuval Noah Harari, le penseur le plus important du monde [https://www.lepoint.fr/societe/yuval-noah-harari-le-penseur-le-plus-important-du-monde-20-09-2018-2252835_23.php]», Le Point, Paris, 20 septembre 2018.
  • (4) Yuval Noah Harari, Sapiens, op. cit. Sauf mention contraire, les citations suivantes proviennent du même ouvrage.
  • (5) Yuval Noah Harari, Homo deus, op. cit.
  • (6) Ibid.
  • (7) Yuval Noah Harari, Vingt et une leçons pour le XXIe siècle, Albin Michel, 2018.
  • (8) Ibid.

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2019年1月号より)