“ジュジュ”の犠牲となったナイジェリア人少女たち


マティルド・ハレル(Mathilde Harel)

歴史学教授資格取得者、パリ=サクレー高等師範学校


訳:川端聡子


 ナイジェリア人の売春組織が、中国や東欧の組織を超える規模でフランスに広がっている。ヨーロッパ中に見られる若いナイジェリア人女性は、よりよい生活をちらつかせる年上の知人女性の誘いに乗ってやって来る。フランスに到着した娘たちは渡航前に行われる儀式で与えられた小さな「オブジェ」の魔力に怯え、隷属的な状況に耐えるしかない。ル・モンド・ディプロマティーク友の会主催「学生コンクール2018」優勝記事。[日本語版編集部]

(仏語版2018年11月号より)


 フランスでは大勢のナイジェリア人女性が売春に従事しており、その数はこの30年間増え続けてきた。エド州、特にベニン・シティとその周辺の村出身の若い女性が多く、なかには未成年もいる。彼女たちはヨーロッパからの誘惑に身を委ねる。たいていの場合、彼女たちに学校教育や実入りのいい仕事、結婚話までちらつかせるのは、同じナイジェリア人女性で約束の地たるヨーロッパに住み着いた「叔母」や「家族の友人」だ。地元では遠回しに「スポンサー」と呼ばれるが、実は女衒(ぜげん)となった元売春婦で、年下の者をヨーロッパで搾取しているのだと後でわかる。

 2000年代初めには、すでに4万人超のナイジェリア人女性がヨーロッパにやって来たと考えられていたが、国際移住機関(IOM)によれば、その数は以後ますます増えている。いまやイタリアでは売春婦の8割がナイジェリア出身で、フランスではナイジェリアの売春組織が中国や東欧からの組織網を凌ぐ規模となっている。

 ナイジェリアから来た若い女性の大多数は非常に不安定な家庭環境に生まれ育ち、家族の生活を背負っていたり、コミュニティからつまはじきにされたシングル・マザーだったりする。他の者は外国でのよりよい未来を夢見ているだけだが、ナイジェリアで移住政策がほぼ皆無であるため叶わぬ希望だ。売春婦とコンタクトを取りながら活動している団体「女性たちのバスの友」(Les Amis du Bus des femmes)で「人身売買[撲滅]」プロジェクトを率いているヴァネッサ・シモーニ氏は、売春の「スポンサー」たちが「現地で、移住についてある種の独占権をもっている」とみる。「そのために実際、移住を熱望する女性たち、ましてや売春するためヨーロッパに発つ女性たちは言いなりにならざるを得ない状況下にあります(1)

 船路や陸路でヨーロッパへ向かう道中で、若い女性たちはしばしば売春を強要され、7万ユーロになることもある借金を返済するまでヨーロッパで働かざるをえなくなる。通常、旅費は数千ユーロしかかかっていない。なのに、実際には彼女たちは平均5万ユーロの大部分を借金で自己調達させられる。これに加え、フランスに到着すると、自分自身と渡航の世話人の衣食住費用や、妊娠してしまった場合の中絶の手続きに関する費用など、その他諸々の高い追加料金を支払わされる。やり手婆たちは、細心の注意をはらってよくある作り話(売春のあらゆる痕跡はもちろん消されている)をでっちあげ、彼女たちが身分証を入手するのを手伝うこともある。その代わり、ここでもまた数百ユーロを支払わされるのだ。

 こうした搾取を支えているのは、驚くべき巧妙な手順だ。立会人の面前で行われる儀式は、「始まり」「媒介」「保証」から成り立っている。すべてはヨーロッパへ出発する前日の、娘とその家族、近親者、そしてフランスに到着した娘の面倒をみる「ママ」(あるいは「マダム」と呼ばれる)と土着信仰の代表者が集まって行われる儀式から始まる。土着信仰の代表者は、多くの場合、アイエララ崇拝と結びついた呪術医か、お社の主祭だ。アイエララは神格化された伝説の祖先で、その慣習的権威は儀式の流れに強い影響を与えている。というのも、フランス国立科学研究センター(CNRS)研究員のベネディクト・ラヴォー=レジェンドルも指摘するように、「アイエララのお社で行われる儀式は、ベニン・シティ社会で実質的な正当性をもち、裁判権や法制度に比肩する重要な意味をもっている」からだ(2)

 儀式では、細かく体系化された儀礼作法にのっとって“ジュジュ”が出来上がる。それは、毛髪、体毛、爪の欠片、そして当人から採取した月経の血液もときに材料となる小さなオブジェだ。昔は「生命保険」やお守りとして使われたが、今日では「ママ」への誓いの象徴であり、「ママ」を彼女の「娘」に結びつける契約が確かに存在する証しである。

 その後、「娘」は衣服を脱がされ洗い清められ、白い布にくるまれる。そしてナイジェリアの伝統医療として一般的な身体瘢痕(はんこん)が行われることもある。この瘢痕は、彼女の体内に、ヨーロッパへの長旅を共にする霊魂が入りこんだことを意味し、必要とあらばその霊魂が彼女を義務へと立ち帰らせる。最後に、「働くこと、部外者にこの取り決めについて話さないこと、服従すること、金銭を支払うこと」といった誓約を朗唱することでこれに同意して、契約は成立する。この契約を破れば、たんなる報復以上のものが返ってくる。“ジュジュ”が、娘や近親者に精神錯乱や不幸や病気や不妊、そして死を招くことで、損害を被った「ママ」の正しさを示すのだ。

 この儀式が合意に基づくものなのか、強制的なものなのか、その境界線は曖昧だ。かつて長旅に出る者がそうしたように進んで“ジュジュ”の儀式に従う娘もいれば、拒否する娘もいるし、現実に呪いが降りかかるとはそれほど信じていないが借金を返済する者もいる。“ジュジュ”を信じようが信じまいが、誓いを遂行させる力がこの儀式にはある。その力の元となっているのは、「年長者を敬うこと」「約束を守ること」さらには「生贄を捧げる文化」が幅を利かせる、多くのナイジェリア人が身につけている規範全体のなかにみられる強い影響力だ。というのも、ナイジェリアでは、見習いがタダ働きに応じるだけでなく、気前よく仕事を紹介してくれる相手に報いることもまた、どの職業でも珍しくないからだ。売春組織は、こうして深く根付いた慣行をさらに強めている。

 より一般的にいえば、契約化とヴードゥー教の霊性信仰が混ざったこの儀式において見えてくるのは、まさに個人と集団の関係そのものだ。イネス・ド・ラ・トーレは、西アフリカのヴードゥー教を分析した著作で次のように解説している。「集団は個人を支配し義務を押しつけますが、その代わりに個人を守り、ほぼすべての責任を取り除いてくれます。集団の一員であることは、人間に身体の保護と精神的安定をもたらすのです(3)」。もちろん、ヨーロッパで暮らし始めてすぐに売春を強要され自分たちを取り巻く現実に引き戻された若い女性たちの精神状態は、とても不安定だ。

 確かに現場では、経済的従属、パスポートの押収、暴力の行使、あるいはいつまでも続く「ママ」との不平等な関係、といったことが搾取の過程でやりたい放題に行われている。それでもなお、多くの若い女性にとって、あの儀式を思い出させる“ジュジュ”は地中海を共に渡り、新たな生活に重くのしかかっている。

 娘たちの誰もがヨーロッパで自分を待ち受ける運命を知っている。だが、「売春」という言葉自体がいまもタブーとされる文化の中で育った彼女たちが搾取の現実について知ったときには、もう手遅れなことが多い。仮宿舎、堪え難いほど早い仕事のペース、計画的なピンはね、「ママ」の取巻き男性による絶え間ない監視。何もかもが、彼女たちのほぼすべての時間を売春稼業に充てさせ、「スポンサー」にかかる経費をできる限り最少額にするためだ。「保護」と「強制」という飴と鞭を巧みに使うことで、従属的な関係が「ママ」との間で結ばれる。この主従関係によって、彼女たちは経済的にも社会的にも隷属状態に留め置かれる。“ジュジュ”の儀式は、スピリチュアルな面においてこうした依存を神聖化し、正当化する。

 誓いを破れば報復されるかもしれないという不安を非理性的あるいは無分別な恐怖だと単純化してしまうことはできない。むしろ、悪辣な仕事環境から生じる強い鬱(うつ)としばしば結びつき、心身の苦しみが増すにつれてさらに高まっていく。こうして娘たちは病気や体の痛み、不眠症、激しい不安感を、“ジュジュ”の呪いの兆候の現れだと考えるようになる。こうした考えが、後になって彼女たちの不安を正当化し掻き立てる。

 売春婦の支援団体は、同団体の支援を受けているときですらこの信仰が娘に影響を与え続け、いくつかのケースにおいては、呪いと裏切りの懲罰から逃れることを願い、組織に自ら戻ることもあるという事実を確認した。彼女たちの多くは、自分を被害者とは思っておらず、背信者で、誓いを守らなかった罪人だと思っている。それゆえ重要なのは、自ら売春業と手を切るように導くことだ。もっとも、契約の存在をなかったことにはできない。「支払いをやめるよう助言することはできません」と、人身売買の被害者を受け入れ保護する団体 ALC(Accompagnement, lieux d’accueil, carrefour éducatif et social)で文化仲介者をするナイジェリア人のパトリシア・クアク氏は言う。「家族に対する脅し、火事や殺人があるという事実を私は充分よく知っています。(......)大学で学び、“ジュジュ”のせいで売春に追い込まれたある若い女性のことを思います。私は彼女に、10日ごとに千ユーロの支払いを毎月200ユーロにしてもらうよう再交渉することを提案しています。彼女はある会社を運営するという契約でフランスに来ていました。彼女が支配から逃れるのを手伝うため、あなたは騙されたので、儀式は無効だと説明しました。多くの場合これでうまく行きます(4)」。したがって、こうした儀式を解体し、すなわちその強制力を取り除くためには、儀式がまとっていた神聖性を失わせることである。そして最終的には、儀式を世俗の事柄に戻すことである。

 この問題が、3年前からようやく法廷で裁かれ始めた。ナイジェリアの売春斡旋組織が関係するいくつかの事件が、トゥールーズで、ボルドーで、そしてモンペリエでも裁判に持ち込まれた。人身売買(人身取引)の犯罪が次第によく取り上げられるようになり、「ママ」と「娘」の関係が、儀式によるものであろうとなかろうと、常に商売と人間の搾取に基づいた支配関係であることが指摘されている。人身取引とは「搾取の目的で、暴力その他の形態の強制力による脅迫若しくはその行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用若しくはぜい弱な立場に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸送し、引渡し、蔵匿し、又は収受することをいう。搾取には、少なくとも、他の者を売春させて搾取することその他の形態の性的搾取、強制的な労働若しくは役務の提供、奴隷化若しくはこれに類する行為、隷属又は臓器の摘出を含める」(5)。特に人身取引に対する最初の全国的な行動計画(2014-2016)のおかげで、いまや行政機関はナイジェリア売春組織の処罰に意欲をみせている。

 2018年5月、パリで「オーセンティック・シスターズ」と呼ばれる裁判が開かれた。これまでにない規模のナイジェリア人売春組織が解体されてすぐ行われたこの裁判で、女性11人を含む15人が悪質な売春斡旋と人身売買の罪で有罪となった。彼女たちには2~11年の懲役刑および重い罰金刑が下された。このような事件がメディアで取りあげられるようになったことで、フランスとナイジェリアではこうした状況について理解がより深まるだろう。いまナイジェリアでは、将来犠牲になるかもしれない女性たちに、“ジュジュ”の背後に隠された真実について注意喚起するための初めてのキャンペーンが行われている。




(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2018年11月号より)