生態系保護か、それとも経済成長か

チリのサーモン養殖の行く末


セドリック・グーヴェルヌール(Cédric Gouverneur)

ジャーナリスト


訳:村松恭平


 世界で消費される魚の半分は今や養殖魚だ。ノルウェーとチリはサーモン養殖で成功し、多くの収入を得ている。サーモンは現在チリ第2位の輸出品となっているが、漁業資源の枯渇への対策としてこの国が導入した大規模養殖は、環境面と健康面に大きな脅威をもたらしている。[日本語版編集部]

(仏語版2018年9月号より)

©Cécile Marin,
ル・モンド・ディプロマティーク日本語版


 2018年1月29日、社会党のミシェル・バチェレ氏は、チリの大統領職を離れる直前にカウェスカー(Kawésqar)国立公園を創設するとプンタ・アレナスで発表した。その総面積は280万ヘクタールとこの国最大で、パタゴニア南西部の島々や半島に広がる。しかし、保護されるのは水面から出ている陸地だけで、その近海および脆弱な生態系は保護の対象とはならないとされた。このおかしな決まりの説明はこうだ —— “サーモン養殖の拡大を阻害したくない”⋯⋯。

 かつては年末の祝祭のための豪華な料理に使われていたサーモンは、日常一般の消費財となった。1,360億ユーロと推算される海産物と淡水産物の世界貿易において、サケ・マスは金額で第1位、トン数においてはマグロ類に続いて第2位の魚種となっている。養殖アトランティックサーモンの世界生産量は1993年にはたった30万トンだったが、2016年には225万トンに増加した(1)。このアトランティックサーモン(Salmo salar)という魚種は、2017年には銅に続くチリ第2位の輸出品(輸出額34億ユーロ)だった(2)。1980年代、軍部独裁政権はチリとサーモン養殖の先駆国ノルウェーの気候的・地理的類似性に着眼してサーモン養殖を導入し、成功した。南太平洋のフィヨルドには円筒形の生け簀が増加し、今日、チリは世界で消費されるサーモンの23.6%を養殖している(インフォグラフィクス参照)。製品の3分の2は主にアメリカ、日本、ブラジルに輸出されている。水産庁(Sernapesca)が行なった2018年1月の調査によれば、設置許可が与えられた養殖場は、ロス・ラゴス州(第10州)に539カ所、アイセン州(第11州)に635カ所、マガジャネス州(第12州)に126カ所あった。

 この新たな国立公園の影響を最も被るのは、20世紀の半ばに定住するまでパタゴニア地方を小舟であちこち移動していた土着の漁民を祖先に持つカウェスカー族の人々だ。(1993年以降)国に認められている12のコミュニティが事前に当局から相談を受けたが、そのうち4つのコミュニティは提案された「様々な用途に使われる沿岸海域」という規定に満足できず、この公園の創設に賛同しなかった。異議を唱えるカウェスカー族コミュニティのスポークスマンであるレティシア・カロ氏は、「海は我々の宇宙発生論の不可欠な要素になっています」と私たちに説明した。「海岸地域に気を配るのは我々の務めです。この公園は“カウェスカー”という名を不当に奪い、海をサーモン業者の手に委ねています」。彼女の父で、漁船員である70歳代のレイナルド・カロ氏は、漁獲量が減っていることを実感している。「かつては1時間半で獲っていた量の魚を獲るのに、今では丸一日もかかってしまう」。彼は、それは養殖のせいだと言う。「養殖用の網があるところでは海が死んでいるんだ。海底には廃棄物が溜まっている。かつては清らかだったこの世界の果てで! 最悪なのは、養殖場から逃げた魚を獲ってそれを売った場合、罰金を支払うということだ。そうした養殖魚は企業の所有物のままなんだ」。この7月末には、抗生物質がたっぷり与えられた69万匹のサーモンが養殖場から逃げ出した。

 サンティアゴで私たちが訪問したいくつかのNGOも、こうした現状を認めた。海域保護団体オセアナ・チリの副代表を務めるリースベト・ファン・デル・メール氏は、「経済成長が養殖の唯一の動機となっており、生態系がどこまで耐えられるかといった問いはまったく提示されません」と言う。グリーンピース・チリのコーディネーターのエステファニア・ゴンザレス氏は次のように指摘する。「マガジャネス州[チリ南部]にはクジラ目やペンギンたちが生息しています。フィヨルドでは水が完全に再生するのに30年かかると私たちは計算しました。これほど脆弱な生態系に、汚染を広める産業をなぜ導入するのでしょうか?」

 [養殖業の拡大に]反対するカウェスカー族の人々は、2018年4月に初勝利を手にした。2008年に可決され、先住民に海岸地域の権利を認めた「ラフケンシュ(Lafkenche)法」と呼ばれる法律を盾に、彼らは“公園の海”という特別指定を勝ち取ったのだ。それは事業家たちにとっては大きな損害だった。様々な役所がこの指定について裁定を下さないうちは —— このプロセスは数年かかるだろう——、第12州[マガジャネス州]における養殖許可申請の80%は凍結されたままとなる。

 プンタ・アレナスから車で3時間のところにあるプエルト・ナタレスの事務所で、オスカー・ガライ氏が私たちを迎えてくれた。サルモネス・マガジャネス社の責任者である彼は、第12州の養殖業者をまとめるサルモニクルトーレス・マガジャネスの副会長でもある。「私は盲目ではありません。養殖は環境に影響を与えます」と彼は認めたが、その後、このように問題を捉え直した。「人間活動すべて、飛行機に乗ることさえも環境に影響を及ぼします。問題は、実際の影響がどんなもので、それをどう減らすかです」。漁師たちが実感している漁獲量の急激な減少については?——「それは世界中どこでも起きていることです。サーモンの養殖場が一つも存在しない場所でもです。逆に、養殖のおかげで海洋の魚を採り尽くす集約的漁業を回避することができています」。国立公園の近海が保護対象とならず、カウェスカー族がラフケンシュ法に訴えたことについては?——「カウェスカー族のほんの一部しか、沿岸の海を要求していません。他の人々はこの公園についてまったく問題にしていないのです。先住民には確かに権利があります。しかし、ラフケンシュ法は曖昧過ぎるものです。土着の先祖たちがそこに住んでいたという理由で、誰でもそこの海の独占的利用を要求できるのです。ピニェラ大統領がこの法律を改正してくれることを私は期待しています」。保守派の億万長者であるセバスティアン・ピニェラ氏は、2010年から2014年まで最初の大統領任期を務めた後、今年になって大統領に再選された。2017年9月7日、プエルト・モントで彼は「経済活動を阻害することなく、古くから残されてきた景観の保護を保証するために、この法律を改正する」と約束した。

 獣医であり、NGO「セントロ・エコセアノス」の代表でもあるフアン・カルロス・カルデナス氏は、「チリでは、養殖業は国家によってほとんど管理されない生産モデルとみなされています。企業の自主規制を当てにしているのです」と簡潔にまとめる。10の養殖許可申請のうち1つしか環境影響調査の対象となっていない。他の9つの申請ではなんと、養殖業者自身によって実施された調査を当局が発表しているだけなのだ!「国の上層部は実業家たちと手を組んでいます」とカルデナス氏は言う。彼は、2017年8月から2018年3月まで経済大臣だったホルヘ・ロドリゲス・グロッシ氏が、2012年から2015年まではこの国最大のサーモン養殖企業の一つであるオーストラリス・シーフーズの社長だったことを指摘する。サーモン生産のほぼすべてを統括する組織サーモン・ チリで2014年から2017年まで社長を務めたフェリペ・サンドヴァル・プレヒト氏は、漁業担当の閣外相補佐官だった。政界と養殖業界のこうした近さはチリに固有のものではない。ノルウェーでも、この業界の巨大企業マリン・ハーベストの副社長であるマリット・ソルベルグは、保守派のエルナ・ソルベルグ首相の姉に他ならない。この問題は、養殖業が度々見舞われる健康危機や環境危機から教訓を引き出していないとして政府を批判する人々が声を上げる理由となっている。

 2007年にはすでに伝染性サケ貧血(ISA)がチリの沿岸海域全体に猛威を振るい、生産量がほぼ半分にまで激減した。養殖場が集中し、規準が不十分だったせいでこのウイルスは急速に広まった。その後、2016年初頭にはシャットネラ類の有害藻が増殖し、チロエ島周辺の生け簀にいたサーモンを汚染した。各養殖業者は為す術がなくなり、援助を求めた。「魚の死体の量が輸送能力を上回っている」とサンドヴァル・プレヒト氏は2016年3月3日に書いていた(3)。水産庁は環境影響調査を少しも行うことなく、その翌日に「不可抗力のため、特別措置の適用」を許可した。3月11日から25日の間に、海軍が9,000トンの腐敗したサーモンをこの島の沖合に廃棄した。その際、2度目の有害藻の増殖が突然生じた。それはアレキサンドリウム・カテネラ類のもので、かつてない規模の赤潮を発生させてあらゆる魚介類を殲滅させた。どの海産物も消費に適さなくなった。この危機は実業家とチロエ島の漁師の間の対立をかき立てたが、その対立は2013年2月に作られた、漁業の80%を掌握する3社の巨大企業に集まる7つの家系を優遇する法律によって、すでに激化していた。

 「政府は損害賠償として、漁師一人当たり10万ペソ(134ユーロ)を提示しただけでした。だから私たちはバリケードを作ったのです」とマルセラ・ラモス氏は語る。60歳代のこの教師は、チロエ島の環境保護運動の中心人物の一人となった。「私たちは18日間道路を封鎖し、フェリーの使用を妨げました。サーモン産業に責任を認め、損害に対して賠償してほしかったのです」。5月2日から19日まで、チロエ島は世界から切り離された。チロエ自治独立運動のメンバーで、左派政党「拡大前線」(Frente Amplio)のコーディネーターであるアドリアナ・アンプエロ氏は、「チリが海軍を祝う5月21日より前にこの問題を収拾したいと政府は考えていました」と説明する。「彼らは賠償金を支払わなければなりませんでしたが、こうした問題を繰り返さないためには何もしませんでした」

 チロエ島のデモ参加者は、腐った魚の海洋投棄によって赤潮は生じたのだと確信している。他方、養殖を支持する人々は、あらゆる因果関係を否定するために過去のエピソードを参照している。1945年に発刊されたLe Golfe des peines[原題の意味は「苦しみの入り江」]では、チロエ島の作家フランシスコ・コロアンがすでにこの現象に言及していた。ガライ氏のほうは、16世紀にマガジャネス海峡にあった植民地全体が壊滅したことについて指摘する。「プエルト・デル・アンブレのこの悲劇は、すでに赤潮が原因だったようです。サーモン養殖は当時存在していたでしょうか?」。[チリ中部]ヴァルパライソで、水産庁の養殖部門の次長アリシア・ガジャルド氏がさらに付け加える。「環境裁判所は、養殖と赤潮の間のつながりを証明するものは何もないと判断しました(4)。気候温暖化がその原因だとみなすべきでしょう」

 「気候変動はこの赤潮とはまったく関係がありません」とタルシシオ・アンテザナ博士は反論する。彼は引退した海洋生物学者で、かつてはカリフォルニア州のサンディエゴ海洋学研究所で教鞭を執り、今はチロエ島で暮らしている。「アンモニアがこの種の現象を促進したのです。そして、有機物の腐敗、すなわちサーモンの死体がアンモニアを発生させたのです。水産庁は環境省の管轄です。この省が優先するのは環境か、それとも経済成長か、どちらなんでしょうね?」

 5,000人から6,000人がサーモン産業に直接関連した仕事をしており、その倍の数の人々が間接的な形で同産業に従事している。当局は雇用の重要性を常に持ち出す。しかし、ノルウェー企業マリン・ファームズのチロエ工場で働き、チロエ島サーモン労働者連盟の会長を務めるグスタヴォ・コルテス氏は、それらは不安定で低賃金の仕事だと主張する。「1日に10時間働き、月収は40万ペソ(535ユーロ)です。多くの人たちがなんとか生活していくために時間外労働をしています。2007年の伝染性サケ貧血ウイルスのように赤潮が大きな危機を引き起こし、それによって80%から90%の従業員が失業に陥りました。国から補償金を得るためには立ち上がって行動する必要がありました。チリはとてもネオリベラルな国です。最悪なのは、こうした危機にもかかわらず、実業家たちはたっぷりと利益を得ていたということです!」と、この組合活動家は強く非難する。サーモンの相場は2016年3月には1キログラム当たり5.90ドルから、4月には7.33ドル、9月には9ドルに上昇した(5)。ガライ氏はこう述べる。「これは供給と需要の法則です。供給が減り、需要は変わっていません。ですので、価格が上昇しています」

 魚病を抑えるため、チリの実業家たちは抗生物質を大量に使用している —— その使用量はノルウェーの同業者よりも500〜700倍多い。「チリが輸入している抗生物質の80%は、養殖のためのものです」とファン・デル・メール氏は詳しく述べる。世界保健機関(WHO)が指摘する[抗生物質が効かない]耐性菌の出現リスクに直面し、水産庁は今や抗生物質の使用量を減らすよう要求している。

 チリ政府はサーモン養殖が限界に達していることをしぶしぶ認めた。「第10州と第11州では、新たな養殖の許可は得られないでしょう」とガジャルド氏は言う。「環境条件と生産の持続的発展のことを考えながら、私たちは養殖場の移転を進めています」。今では、実業家たちは第12州[マガジャネス州]に目をつけている。「この州の海岸の長さは、第10州と第11州の海岸の合計距離よりも長いのです」とガライ氏は説明する。

 2011年の学生蜂起の元リーダーであり、「拡大前線」所属の下院議員カブリエル・ボリック氏は、2017年5月に新たな養殖許可を一時停止するための法案を議会に提出した。「生態系がどこまで耐えられるかを科学的調査が明らかにするまで」だと彼は説明する。そして、こう付け加えた ——「しかし、私の法案は違憲だとして跳ね除けられました。彼らは経済への介入を望まないのです!」。この若く手強いライバルについて話題にした時、ガライ氏はため息をついた。「ボリック議員の問題は、彼は資本主義が好きではないということです⋯⋯」  


(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2018年9月号より)