インドの使用人たちの反乱


ジュリアン・ブリゴ(Julien Brygo)

ジャーナリスト

訳:村松恭平


 インドでは大富豪だけでなく中流層も拡大しており、それと同時に使用人に対する需要が増加している。州や都市間の経済格差は縮まらず、職を求めて貧しい田舎から多くの女性たちが都市へと移住している。厳しい労働環境の中でも、暴動は滅多に起こらない。だが、2017年7月、大事件が勃発した。何百人もの使用人たちが集結し、勇気を持って雇い主たちに立ち向かったのだ……。[日本語版編集部]

(仏語版2017年11月号より)

©Julien Brygo / Hire & Fire (domestiques en Inde)

 4週間以上が経った。公園では子猿、リス、そして鳥たちが飛び回り、楽しそうに遊んでいる。夕暮れの中、ゾラ・ビビ(1)が事件の展開を思い起こす。主人の家に到着した彼女は平手打ちを受け、逃げようとしたが、携帯電話を取り上げられた。そして、集合住宅から出られないまま一晩を過ごした。夜が明けると、棒や石を手にし、報復のスローガンを掲げた彼女の仲間たちがやって来た。

 2017年7月12日のことだった。ニューデリー郊外のノイダにある、21棟の高層マンションが一箇所に集まるマハグン・モデアン。そこで働く500人の家事労働者の一人、29歳のゾラ・ビビが、彼女の主人であるハーシュ・セティ夫人宅に入ろうとしていた。「私は毎朝5時半に起床し、雇い主の朝食を準備するために7時前には彼らの家に到着します。私たち使用人は主人のために家事を行い、多くの時間を節約するのに貢献しています。私には8人の雇い主がいて、なんとか[合計で]1万7,000ルピー[220ユーロ]の給料を受け取っていました。これを12年前から続けています。私の長男と夫、そして私自身、石工としてマハグン・モデアンや他のマンションの建設に関わりました。ある朝、居住者たちが入居する際に私はなんとか鉄柵をかいくぐり、雇ってもらえるよう願い出て、使用人となりました」

 7月13日以降、警察の捜索対象となったゾラ・ビビと彼女の夫アブドゥルは、ノイダから離れた場所にあるアパートの中に隠れていた。そこはガレル・カムガル・ユニオン(GKU)—— 正式には未登録の組合だが、7,000人のメンバーがいるとされる —— によって秘密にされていた。12日の夜から13日にかけては、アブドゥルの依頼に応じた警察がセティ夫人宅に赴いていた。ゾラ・ビビが見つからなかったため、彼は夜明けに彼の仲間や隣人にそのことを伝えた。それが、インドの恵まれた階層を唖然とさせた未曾有の規模の蜂起を引き起こした。オレンジ色のクルタを身につけ、両手を重ね、——「私がヒンズー教徒だと信じ込ませて不用なトラブルを避けるために」—— 髪の分け目にオレンジのパウダーもつけていたゾラ・ビビは、西ベンガル州から大都市に移り住んだ数万人の移住者の一人だ。その大半がイスラム教徒である。

 ノイダにはコンクリート製の超高層マンション群が、輝かしい未来を約束しているかのようにそびえ立っている。エアコン、ブロードバンドインターネット、オリンピックサイズのプール[50mプール]がその敷地には備わっており、プライベート警備員や多くの使用人が働いている。巨大なマッシュルーム栽培ハウスの如く、「中流層」—— ニューデリーの人口過剰と超高額な不動産価格から逃れてきたインディペンデントワークの労働者、会社の幹部、名士、医者、弁護士といった多彩な人々から成る集合体 —— の圧倒的人気を誇るこれらの高級住宅団地は、インドの「グローバル階級」の夢を具現化している。巨大な郊外にあるこうした分譲式マンションには超富裕層は住んでいない —— 米国の雑誌フォーブスによると、インドには101人の億万長者が存在し、2016年において[その数は]米国、中国、ドイツに次いで世界第4位だった —— が、西洋風の生活スタイルに魅了された、経済的にゆとりのある人々の人気を博している。高級マンション「ロマーノ」は「ノイダに住み、ローマの空気を感じてください」と高らかに宣伝している。「ジャイピーグリーンズ」の敷地内に置かれた看板広告には、「別の場所に、別の世界」といった短い文句が書かれている。この高層マンションが見下ろす先には、波形にうねった板でできたスラム街に使用人たちが群れになって暮らしている。

©Julien Brygo

 7月13日。マハグン・モデアンの高層マンション(「マンハッタン」、「ヴェネツィア」、「エテルニア」……)とスタッコで仕上げられた楽園を思わせる外観、テニスコート、木陰の庭、ミニゴルフコース。その朝はいつもと同じ朝になるはずだった。「マダム」たちは子供たちを学校に連れて行き、ヨガのクラスに行く準備をする。その間、彼女たちの夫は首都にある会社へ向かうため、スマートフォンを使って[スマホ配車サービス]OlaやUberの運転手を手配する。どの「マダム」たちも、家の床の雑巾掛けやブラシ掛けを使用人たちに任せる。それがいつもの朝だった。だが、今回は違った。数百人の家事労働者たちが、彼らと同じ不幸に苛まれていたスラム街の仲間や隣人たち —— 建設作業員、リクショー[輪タク]の運転手、野菜売り —— とともに現れ、この高級集合住宅のドアをいくつも破壊していったのだ。それは、危険な状態にいるとみられたゾラ・ビビを連れ戻すためだった。そして蜂起の間、[普段は見えない]彼らの存在を示すためだった。

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 ゾラ・ビビは、彼女の主人との激しい口論の正確な経緯については言葉を濁した。雇い主[セティ夫人]、マハグン・モデアンの居住者、その管理人から、ちょうど同じ日に3件の告訴がなされた。告訴の理由は「殺人未遂」、「私有財産の損害」、そして「暴動」だった。一方、蜂起が起こった日から10日後、彼女の夫も「監禁」を理由にセティ夫人を訴えたが、その訴えは棄却された。今のところ、この事件は司法の手に委ねられている。一言でも余計なことを口にすれば、それがゾラ・ビビにとって不利に働くこともあり得る。「私が言えることは、支払いが遅れていた約7,000ルピー[90ユーロ]の給料を受け取りに行った日、セティ夫人が私に平手打ちし、押し倒し、“ごみ箱に捨ててやる”と私を脅してきた、ということです。私は、洗濯の仕事をした時間分の支払いを彼女にお願いしに行ったのです。それは私の仕事にはもともと含まれていませんでした。彼女は私を怒鳴りつけ、17,000ルピーを返せ、と要求しました。ですが私はそもそも何も盗んでいません。彼女は私の顔を何度も殴った後、警備員に知らせようとしました。ですから、私は雇い主全員を失うかもしれなかったのです。一晩中、私はマハグン・モデアンの中にいました。夜が明けると、警備員が私を探しにやって来て、外に追い出しました」。インドの上流階級の人々は、これほど大規模な彼らの「お手伝い」 による蜂起に直面したことは一度もなかった。住人の一人、サンディヤ・グプタ夫人がニューヨークタイムズ紙のジャーナリストにこう告白した。「彼女たちは喉にささった骨のようなものだわ。飲み込めないし、吐き出すこともできない(2)

 この蜂起から一カ月後、マハグン・モデアンのフロントデスクがその扉を私たちのために開いた。明るい部屋には数十もの壮大なプロジェクト(「マハグン・マエストロ」、「マハグン・マノール」、「マハグン・マンション」……)の構想図が飾られていた。広報責任者のマニシュ・マンデイ氏が私たちに彼らの商品を自慢げに宣伝してきた。「このショッピングセンターには64もの店舗が入るでしょう。小学校やテニスコート、プール、バスケットコート、フィットネスといったレジャー施設まで何でもあります。2,600人の住民が、25ヘクタールという広さのこの場所に暮らすのです。寝室・キッチン・リビングルームが備わっているスタンダード・クラシックから、137平米の高級ルームまであります」。狭い通路を通って一つの建物から別の建物へと急いで移動し、早朝から夜まで大変な仕事を次から次へとこなし、休憩場所も持たない使用人たちについて言及すると、マンデイ氏は顔をしかめた。彼は「使用人たちのための休憩室はない」と確かに認めたものの、それはこの集合住宅の評判を損なう理由にはならない、と付け加えた。「我々について否定的なことは何も書かないでください。先月のあの事件についても話さないでください。すべて元通りになったのです。我々の約120人の警備員が、事態を完璧に収拾しました」

 あの衝突の翌日、地元の当局は数十軒の“掘っ建て小屋”を破壊した。マハグン・モデアンの正面玄関の前にあったこれらの露店では、蜂起の集団に加わったと疑われたベンガル人たちが果物や野菜を売っていた。出店許可を得るのに1万ルピー(130ユーロ)、そして毎月700ルピー(9ユーロ)の出店料を地元の有力者に支払わなければならないスラム街では、58人の男が逮捕され、暴行を加えられた。一方、彼らの粗末な住居も警察によって荒らされた(3)

©Julien Brygo

 集団的な連帯精神の高揚の後には、ブラックリストに載ってしまう・投獄されてしまう・生計の手段が奪われてしまう、といった恐怖が生じた。ゾラ・ビビの隣人、アミナ・ビビはこう回想する ——「あの朝、私たちは仲間を取り戻すために集まりました。彼女に何が起こったのかは知りませんでしたが、警備員たちが彼女を追い出したとき、非常に衰弱していたことを確認できました。彼女は一晩中あの高級マンション内に監禁され、殴られていたのです」。アミナ・ビビの夫は、13人の暴徒の一人だ。彼らはノイダから車で1時間以上もかかるダスナの刑務所から8月末の時点ではまだ釈放されていなかった。彼らの裁判は今年[2017年]中に開かれるだろう。しかし、彼らの近親者たちは今、彼らの独房生活が長く続くのではないかと心配している。

©Julien Brygo

 「使用人」に関する条約を2011年に初めて採択した国際労働機関(ILO)によると、世界における使用人の数は、1995年から2011年にかけて60%増加したという(4)。インドでは、グローバル市場で最も評価の高いフィリピンの家事労働者を輸入する必要はない(5)。24時間いつでも仕事を依頼できる女中というモデル —— フランスを含むヨーロッパの国々でも、20世紀半ばまではそのモデルが存在した —— に従って特別に育成された彼女たちの賃金は、非常に高いという。インドの大都市の豪華なマンションでパートタイムで働いている何百万人の家事従事者は、最も辺鄙な地方の出身だ(ビハール州、ジャールカンド州、ウッタル・プラデーシュ州、アッサム州、西ベンガル州)。都市への移住の背景には、農村地域の貧しさのほか、中央アジアと同様、高くつく結婚 —— 持参金を準備するのに加え、結婚式のすべての費用を女性側の家族が賄わなければならない —— のための資金を稼ぐといった事情もある(6)

 マハグン・モデアンの21棟ある高層マンションのうちの1棟の4階で、シャラッドが確かな手つきでパン生地の薄い一切れをフライパンの上に落とした。パチパチと生地が音を立て、焼き色がつき、食欲をそそる綺麗な気泡ができる。あとはしぼむのを待って、チャパティのカゴの中に入れる。シャラッドは自分の仕事に集中しながら、疑い深い眼差しでこちらをちらっと見た。「彼からはあなたに話し掛けないよ」と彼の主人のサヴィータが言った(7)。「クーチ・ビハールとマールダ[ゾラ・ビビの出身地]出身の使用人はここで働く権利はもうないのよ」。この集合住宅の管理人はあの使用人との衝突の後、この場所から永久追放されることになった140名のリストをすぐに作成した。「大半の暴徒は、監視カメラの映像とメディアの記事に基づいて特定されたのよ」と彼女は話す。「シャラッドは特例を認められたの。彼を雇い続けるために私たちが推薦状を書いたからよ。彼に話し掛けないほうがいいわ」

 大学教授のサヴィータも、ニューデリーで英文学を教えている彼女のパートナーのアンシュマンも、マルクス主義者を自称している。このカップルにとって今回の事件は、[家事労働者に対する]搾取の広がりが発覚したことよりも、イスラム教徒であるゾラ・ビビや、彼女と同じ使用人に対する誹謗中傷が多くのメディアやチャットルーム、ソーシャル・ネットワーク上で行われたことが問題だった。「彼女たちはバングラデシュ人ではなくインド人なのよ。選挙人カードも働く権利も持っているわ。不法入国者でもないし、ジハードを行うためにやって来たわけでもない!」。おびただしい数の人種差別発言を目にし、彼らは嫌悪感を抱いた。インドでは、宗教は特にデリケートな問題なのだ。

 彼らはフリードリヒ・エンゲルス、ピエール・ブルデュー、フランソワ・ミッテランに言及した後、私たちをアロック・クマール氏との食事に誘ってくれた。彼はGKUの組合活動家で、彼らの事務所に私たちを招いてくれた。シャラッドの姿は消えていた。アンシュマンは「使用人たちは必要とされているからそこにいるんだ。エアコンのようにね」と言い、「彼らがいない生活なんて想像しにくいよ。食器が洗浄されていなかったり、床が綺麗に洗われていないなんて考えられないね」と続けた。

©Julien Brygo

 7月13日の衝突がこれほど大きな反響を呼んだのは、インドでも世界の他の国でも、使用人による集団的暴動が滅多に起こらないということだけが理由なのではない。それは、インドの裕福な階層が、彼らと使用人との関係性を無視できなくなったからでもある。その関係性は、家族の一員になる使用人のモデルから、一日に数時間しか働かない労働者のモデルへと徐々に変化している。雇い主は、自分の家に使用人をずっと置いておきたいとは考えなくなった。彼女たちに疲れる仕事を任せ、時間を節約したいだけだ。アンシュマンはこう分析する。「インドの大都市には、田舎から来て仕事を求めている使用人が有り余るほどいます。今日の市場では、労働者たちはすぐに別の労働者へと交替させられます。ですので、もはや愛着などありません。昔は24時間ずっとメイドが傍にいて、私たちは彼女たちとともに成長し、暮らしていました。パートタイム労働者の「雇用と解雇」(hire and fire)を繰り返すのが現代です。彼女たちを見つけたければ、バルコニーから呼び掛けるだけで十分です。それが中流層の日常生活、すなわち、私たちが育ってきた封建的文化の一部となっています」

 こうした呼び掛けは使用人を募るための手段の一つだが、最も利用される方法はワッツアップ(WhatsApp)だ。このアプリケーションによって、スマートフォンを介して住民2,600人が密接に繋がる「イントラネット」が作られた。良い使用人と悪い使用人の名前、そして彼らに関する情報がチャットルームで交換されている。

 サヴィータとアンシュマンは月に約20万ルピー(2,600ユーロで、賃金の中央値の約20倍)を稼いでいるという。朝・夜の2回、一日につき2〜3時間の仕事(埃掃除、食器洗い、床掃除)をする清掃担当の使用人には[月]3,500ルピー(45ユーロ)を支払っている。毎晩食事を作り、それを台所に置いて雇い主の家を出る料理担当のほうは4,000ルピー(52ユーロ)を受け取る。「私たちは使用人のおかげで時間を節約でき、自分の仕事や家庭生活に集中できているよ。だけど、彼らは自分でバス代を支払うことすらできないんだ。彼らの給料はそれほど安いのさ!」。給料を上げるかどうかはこの二人次第ではないだろうか? だが、この使用人に対するひどい薄給は西ベンガル州の平均賃金よりも「すでに」5倍高い、というのがサヴィータとアンシュマンの常套句だ。こうした口実によって、雇い主たちは気前よく給与を上げようとはしないのだ。

 家事労働から事務職、ITサービス業務あるいはその他多くの分野の仕事でも、インド人労働者たちは雇い主と直接交渉を行う習慣がある。13億人が住むこの国では、労働市場の約80%がインフォーマルだ。家事労働の委託が社会のエンジンの潤滑油となっている。使用人たちはその多くがカーストの底辺層出身であり、いかなる法律[による保護]も特別な権利も享受していない。インド統計局(NSSO)の調査によると、彼らの数は450万人に達し、そのうちの300万人は女性である。組合や人権団体側は、2,000万人いるとしている。インドは世界で最も巨大な家事労働者の「貯蔵庫」だと言えよう。

 女性・子供[開発]省が実施した2014年の調査によると、3,511人の家事使用人が身体的暴力行為を受けたとして彼らの雇い主を訴えた。その影には裁判所に提訴する勇気がない女性が数万から数十万人も存在している(8)。最も酷い暴力事件だけが、重い沈黙を破ることができる。2017年3月10日、ノイダと同じような衛星都市のグルガオン[インド北西部]で、ランジタ・ブラマという17歳の女性が、彼女の雇い主、ソナル・メタ夫人(バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチのインド支部の副社長の妻)によって高層タワーマンション「カールトン・エステート」の12階のバルコニーから突き落とされたという。医学鑑定によって彼女の顔に多くの傷が確認されたにもかかわらず、地元警察の刑事は自殺の可能性を優先した(9)。自殺教唆(インド刑法第306条)[の有無を確認する]訴訟の日程はまだ何も決まっていない。「こうした集合住宅では、あのような行為は頻繁に行われているよ。被害者はいつも田舎からの移住者で、警察や雇い主から執拗に嫌がらせを受けているんだ」とアンシュマンは漏らした。彼にとっては「7月13日の暴動はイデオロギーとはまったく関係ない」。「一部の主人たちの意地悪さに対する反発だったんだ。ただそれだけさ」

 組合活動家のクマール氏はこの意見に賛同していない。「彼女たちは料理人とだけでなく、進歩主義的な考えを持つ一部の主人たちとも結束し、賃金のアップ、そして特に不当な仕打ちと日常的な暴力をやめさせるために行動を組織して闘ったんだ。その意味で、彼女たちの蜂起はまったくもってイデオロギー的な闘いだった。社会的な権利の獲得はいつもこうして、明確なスローガンはなくても、“命を守る”というスローガンをもって始まるんだ。今回生じたのは使用人たちの団結と、彼女たちの権利のための闘いだった。それは法律上の権利ではなかった。なぜなら、彼女たちにはそんなものなかったからね。そうではなく、人としての権利、労働者としての権利のためだったんだ。我々組合は彼女たちの運動を組織するため、それを他の闘いと結びつけるため、そして特にゾラ・ビビや彼女の夫、投獄された13人の男性の妻たちといった人々を守るために、あの対決後に駆けつけたんだ」

©Julien Brygo

 会議用の部屋の中で、使用人の雇用主からなる代表団が私たちの質問に答えてくれた。電話会社の幹部、アヌープ・メロトラ氏が代表団としての見解を明かす。「あれは陰謀で、階級闘争なんかではありません。あの攻撃は特定の人間によって計画されたのです。ある朝に300人から400人もの人々をどうしたら集められますか? あの事件の裏側には中心人物がいます。一部の人間があの使用人たちを集結させ、熱狂させたのです。あの群衆は議論をしたかったわけでも、真実を知りたかったわけでもありません。彼らはあの家族を殺したかったのです。ついにそこまでに至ってしまったのです」。ノイダではこの10年、ある暴力事件がもっぱら噂の種になっていた。それは、イタリアの自動車部品会社MNC Graziano Trasmissioniのインド子会社社長、ラリット・キショール・シャダリが殺された事件だ。2008年に、解雇されると知って暴動を起こした200人の労働者たちによって、ハンマーで撲殺されたのだ。

 デリーにある病院の幹部、ジャグジート・シン氏もその意見に賛同する。「もし使用人が雇用主に対して憎しみを抱いているのが判っていたら、自宅に上げて、朝食を作らせ、掃除させ、夜にもう一度掃除に来させることなど許可できませんよ。もし私がどこかで仕事をするとしたら、自分の雇い主を憎むことなどできません。雇い主を憎むのなら仕事を辞めたほうがいい。あの小さな出来事は、誰かが計画して大事件へと変貌したのです」

 雇用主たちは非常に多くの支持を得たが、中でも警察を味方につけた。警察は住民や中央政府当局も招き、“信頼構築”のための催しを数回企画した。 7月16日、ナレンドラ・モディ政権の文化大臣、マヘシュ・シャルマ氏 —— 反ムスリム・反スカート[訳注1]・反西洋(10)的な発言を度々する —— がやって来て、暴徒は社会から追放されるだろうと主張した。「セティ一家が潔白であることは間違いありません。人々は彼らを傷つけ殺す目的で集まったのです。私としては、今後数年間、彼らが保釈されないよう留意します。セティ一家のために私たちは闘います(11)

 それ以降、マハグン・モデアンの住民の間では、いくつかの新たな手法が登場している。「食器洗い機を共同購入したり、専門会社に依頼するなどして、私たちのところに来てくれる人たちと一緒に働きます。ですが、彼らと関係を築くことはないでしょう。私たちは彼らの名前を知ることも、お茶を出すこともないでしょう……。米国の事情と同じように」とシン氏が残念そうに語った。下請けシステムへの移行は、ゾラ・ビビの雇用主のセティ夫人もすでにそうすると決めている。彼女は私たちのインタビューに応じてくれた。

 打ち砕かれたガラス窓、ひっくり返された台所の家具、数十人の使用人によって占拠されたテラス……。商船の船長と結婚しているこの学校教師は、そうした光景が頭から離れない。あの日、彼女は自分が死ぬ姿を想像した。「私は学校で、正しい価値やモラル、内面の喜びについて生徒たちに教えています。私はとてもポジティブな人間ですが、あの事件によって、私は人間に対して非常にネガティブな見方をするようになりました」。あの暴動以降、セティ夫人は直接交渉で使用人を雇わなくなった。彼女は「アメリカ風の」清掃会社、JustCleanに頼っている。使用人は「愛の言葉を理解しません。彼女たちには悪意があります。私たちも一生懸命働いています。私たちを殺す権利など、誰も彼女たちに与えていません」とセティ夫人は言う。「彼ら[デモ参加者たち]は石や大きな鉄の棒を持っていました。私たちは間一髪のところで浴室の中に逃げ込み、45分間そこに閉じこもりました。彼らは私を殺すか、暴行しようとしていました。犯罪を企てる人々を止めることは誰にもできません。フランスやバルセロナで起こったテロと同じで、なす術はありません。ここには警備員はいますが、もし400人の人間がドアを押し破ろうとすれば、どうしようもありません」

 マハグン・モデアンの衝突では、暴徒がバングラデシュ人だとばかり想定されたり、その本性はジハディストだと疑われたりしたが(私たちが会った雇用主たちによってこうした誹謗中傷は一蹴された)、そのこととは別に、この事件の反響はインド国内の多くの団地に広がった。去る7月22日、チェンナイ(旧マドラス)では、50人ほどの使用人たちがゾラ・ビビに連帯を示すデモを組織した。ジャーナリストのアーカシュ・ジョシ氏はこう語る。「7月30日には、グルガオンにある上流階層向け分譲マンションの居住者たちが、賃上げを要求する使用人たちによって[朝に]起こされました。彼らの一人は、“私たちは皆、自分の家に閉じこもった。ノイダの事件が起こった今、気をつけたほうがいい”と言っていました(12)」。ノイダにある別の集合住宅では、管理人たちが10項目の忠告を居住者たちに送った。その中には以下のようなものがあった ——「あなたの使用人の犯罪記録を入手するのを忘れないように」、「住居の共有スペースに監視カメラを設置し、あなたの留守中に使用人のあらゆる行動を記録しましょう」。インドの富裕層はインフォーマルな労働が広がる社会の周りに形成されたが、こうした社会は、塀、プライベート警備員、24時間作動する監視装置が完璧に揃った場所にしか成り立ち得ないのではなかろうか?


(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年11月号より)