台湾社会を二分する改革

同性婚がアジアに上陸する


エヴァ・アン(Eva Aing)

パリ政治学院(Sciences Po)・復旦大学(上海)
« Europe and Asia in Global Affairs »コースの修士生

アリス・エレ(Alice Hérait)

国立東洋言語文化研究所(Inalco)国際関係学修士号取得者、
ジャーナリズム学の学生


訳:村松恭平


 2017年5月、現行の婚姻法が違憲だと判断されたことで、台湾では同性婚が2019年までに合法化される見込みとなった。アジアでは初めてのことだ。だが、このテーマに関しては人々の意見が分かれ、社会を大きく分断している。台湾には孝心、家族の安定といった儒教の文化的伝統が今なお根強く残っており、リベラルな価値観や人権を重視する人々との間で対立が深まっている。[日本語版編集部]

(仏語版2017年11月号より)

photo credit: oscar 期望最後的勝利

 2017年5月24日16時、台北。最高法院[最高裁判所]から2キロメートルも離れていない場所で、評決の瞬間が巨大な画面上にライブで映し出されていた。突然、熱狂した支持者の群衆の頭上でレインボーフラッグが振り回された。涙を流す者もいる。中華民国(台湾)の最高司法機関が、婚姻法を違憲だと宣言したのだ。その婚姻法は結婚を男女のカップルだけに制限し、市民を平等に扱ってはいなかった。時を同じくして、最高裁の建物の前では反対者たちが抗議を行っていた ——「法律を審理するのをやめて、国民に決めさせろ!」

 司法院大法官会議(憲法法廷)は、[同性婚に関連する]法律を2年以内に議会が制定する必要があるとし、制定されない場合、同性愛者間の結婚は自動的に戸籍簿に登録されることになると表明した。そうして近い将来、同性カップルの結婚が合法になると認めた。2016年からこの国を率いている蔡英文氏は(1)、“今こそ団結すべき時だ”と考えている。大法官会議によるこの発表の直後、蔡氏は「この判決は勝利や敗北の問題ではありません。あなた方がどんな立場であろうと関係ありません。私たち皆が互いを兄弟姉妹とみなさなければならない時なのです」と自身のFacebookページ上で発言した。

 この裁判の発端は2015年に出された2枚の要望書に遡る —— 1枚は[婚姻法の]解釈を求めた台北市役所からの要望書で、3組の同性愛者同士の婚姻登録をこの市役所が拒否し、告訴されたことと関係していた。もう1枚の要望書は、台湾におけるレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー(LGBT)闘争の先駆者の一人、祁家威(チー・ジアウェイ)からのものだった。当時57歳だった彼は、同性パートナーとの結婚登録を戸籍事務所から拒否された後、裁判所に提訴した。同性愛者であることを公の場で発表したことでかつて投獄されたこの人権活動家にとって、今回の勝利はとても重要なものだった。というのも、台湾は昨今、自国を進歩主義的であるとみなしているが、アジアにおけるLGBT促進への積極的な取り組みという観点では、必ずしも模範国とは思われていなかったからだ。同性愛者であることを公に示しながら生きることは、30年前の台湾では考えられなかった。

 祁氏が逮捕された1986年、台湾には戒厳令が敷かれていた。それでも、「党外」(文字通り「党の外にいる人々」)が主導する反対運動は拡大していた。彼らは、民主主義や表現の自由、台湾の歴史的ルーツの承認を求めて闘っていた。中国本土の奪還を夢みていた独裁政党、中国国民党(KMT)とは逆に、党外は民主進歩党(PDP)を生み出し、中華人民共和国のアイデンティティとは異なるアイデンティティを作り上げようとしていた(2)。この反対運動は当時の政権から圧力を受けていたものの、「党外」からの立候補者 —— 中でも「生粋の(3)」台湾人と呼ばれた人々 —— を選挙で勝たせたり、検閲から逃れることを可能にした。そうして台湾が民主化するにつれ、ますます多くの著作が、不道徳だとみなされていた同性愛関係の側面を問い直そうとした。1983年にはすでに、作家の白先勇によって1970年代のゲイの若者の軌跡を描いた有名な小説『孽子(げっし)』(4)が発表されていた。しかし、法律には同性愛に対する罰ははっきりと規定されていなかったものの、多くの人々が「風俗紊乱(びんらん)」を理由に逮捕されていた。フランス現代中国研究センター(CEFC)の支局長を務めるステファンヌ・コルキュフ氏はこのように詳しく語る。「2003年に初めてのゲイ・プライドが台北で開催された時にはまだ、ゲイ向けのサウナに警察の立ち入りがあったのです」

 同性愛の問題に関して達成されたこうした進歩は、1987年7月15日の戒厳令の解除と1996年の普通選挙による総統選挙の間に生じた長い民主化プロセスと密接に結び付いている。「同志」芸術(5)が盛り上がりを見せ、普及し、ゲイとレズビアンの受容に貢献した。1990年という年は初のレズビアン雑誌『女朋友』の発刊 —— 1999年まで発行されていた —— によって特徴付けられる。この時代以後、マイノリティの人々はかつてないほど人目につくようになった。当時の雰囲気は、差別と闘い、タブーを排除する好機と捉えられたのだ。

 2010年、台湾ではいくつもの大都市が台北に続いてプライドパレードを企画した。同性婚をめぐる最初の論争は、代議士の尤美女(ユー・メイニュ)が法案を提出した2012年に持ち上がった。「私たちはこの法案の提出が、議会と社会の中で議論を始めるきっかけになることを期待していました」とこの人権派の元弁護士は思い返す。第一読会を経たこの法案は激しい反対に遭い、その後、断念された。民主進歩党の勝利によって、同性婚の展望は2016年に再び開かれた。蔡英文氏は選挙キャンペーンを開始した時から同性婚支持の立場をはっきりと表明していた。同年10月から「みんなのための結婚」[同性婚]をめぐる議論が議会で再開された。

 台北、台中、高雄の賑やかな地区を散歩していると、「“みんなのための結婚”の小さな蜜蜂」のメンバーと頻繁にすれ違うようになった。自発的に活動するこの若者たちは、人々の関心を呼び起こそうと街中を歩き回っている。「エイズウイルス(HIV)の検診日」やメンタルヘルスケアなど、様々なイベントを企画する「台湾同志ホットライン協会」や「LGBT人権宣言のためのロビー連合」、あるいは「シビル・パートナーシップの権利促進のための台湾連合」(6)訳注1]の活動のおかげで、若い同性愛者たちは自らの性的指向をカミングアウトできるようになった。同様に、これらの協会や連合は[LGBTに関する]知識を世に広め、社会の風習を変えようと努めている。表面的には、こうしたすべての点から見て、台湾社会は以前よりも多様な家族モデルを受け入れようとしているようだ。

 しかしながら、同性婚に反対する人々の側もエネルギーで溢れている。彼らの一部は「家族の保護のための台湾宗教団体連合」[訳注2]の旗印の下で、この法律の拡大を食い止めようとデモを定期的に開催している。フランスの伝統的なカトリック界が推進する「全ての人のための抗議運動(Manif pour tous)」ほど大きな反対勢力ではないものの、この連合もその大部分がキリスト教徒たちによって支えられているようだ。キリスト教のコミュニティは台湾人口のたった5%に過ぎないが、「彼らが持つ財力と、米国のいくつかのロビー団体から受けている支援によって、とても活発な行動を展開している」と、CEFCで若者と台湾の政治運動を研究しているタンギ・ルプザンは主張する。この連合は多くの仏教徒や道教信者も惹き付けている。彼らは同性愛を異常なものとはみなしていないが、台湾の伝統的価値を守ろうとしている。中国道教協会会長のチャン・チャオハン氏は、「同性愛者は昔から存在していましたが、命の再生産と家族の安定には男女間の結婚が必要であると認めざるを得ません。そして、これら2つの現実については客観的で全体的な視野を持たなければなりません」と考えている(7)。[同性婚に関する]こうした批判は、宗教団体が政府に対して抱くフラストレーションや不信の高まりと解釈することもできる。実際、最近の環境保護策によって、大昔から存在してきたいくつかの宗教行為 —— 特に、物を燃やすような宗教行為 —— が著しく制限され、さらには禁止された。

 宗教色を帯びたこうした闘争の裏側では、戒厳令下で成長し、家族については儒教の伝統的価値を大切にしている古い世代と、“ポスト戒厳令”の環境で育ち、人権を価値の中心に置いている若い世代の間で断裂が生まれている。こうした若者は以前とは異なる政治的枠組みの中で教育を受け、社会に順応した。彼らはまた様々な権利要求 —— とりわけ原住民からの要求 —— の高まりを目の当たりにし、多様性を認めている。たとえば、2004年から行われているセクシュアリティの理解を目的とする教育プログラムに見られるように、LGBTに関する主義主張もこうした流れに沿って展開している。「これらすべてのおかげで、社会の中の同性愛の存在に対する差別がなくなっています」とタンギ・ルプザンは詳しく話す。

 一方では同性婚、他方では孝心と家系の維持。多くの人々にとって、それらを両立させることは難しい。ステファンヌ・コルキュフ氏は、「[この両立を]最も阻むのは“親とは何か”という問題です」と指摘する。したがって、生殖補助医療(PMA)や代理母出産(GPA)といったテーマが、フランスのように賛成派よりも反対派において多く取り上げられるとしても驚くことはないだろう。「これらのテーマを同時に議論することは非常に難しい」と代議士の尤美女氏は考える。彼女は同性愛カップルが養子を迎える権利については擁護するものの、民法改正案の中ではPMAにもGPAにも触れてはいない。

 尤氏は、この闘いはまだ終結には程遠いと考える ——「差別との闘いや男女同権についての教育の促進など、多くの仕事がまだ残っています」。社会活動家のイリスは、2つの陣営の見方は相容れないものだと思っている。彼女の考えによれば、教育にこそ力を入れなければならない ——「次の世代に伝えなければならないのは、性的指向は決して一つではないということです。どんな性的指向を持とうが人の自由で、社会はそれを受け入れる“べき”でしょう」

 大法官会議の判決直後、台湾海峡の反対側では、中国政府系メディアは特段の意見も批判も発することなく[その判決に]動じない態度を貫き通してきた。「中国政府にとって、この出来事はかなり強力なカウンター・プロパガンダとなっています。彼らが自分の領土の一部とみなす島と比較され、後退した国だと思われたくないのでしょう」とステファンヌ・コルキュフは主張する。「この観点からすれば、アジアで次に同性婚を認める国が中国となることも有り得なくはありません。全国人民代表大会では、このテーマについてすでに議論が行われています」

 それでも尤氏は、「同性婚の合法化によって、台湾は自国をアジアで最もリベラルな国だと主張できるようになるでしょう」と語る。同性婚に賛成し、匿名でインタビューに応じた2人の活動家ウェイシュアンとムーシーもこの考えを共有する。同性婚が合法化されれば、進歩主義的な台湾のイメージが強化されると彼らは考える。

 実際のところ、人権尊重に関して模範を示すことで「国際コミュニティ」の好感を得ることは、台湾の政治リーダーたちにとって外交戦略の一部をなしている。この戦略によって、台湾は少なくともイデオロギーの面において、どうにかこうにか中国政府に対抗することができるのだ。

  • *本稿は、ル・モンド・ディプロマティーク友の会(Les Amis du Monde diplomatique)が主催する学生向けコンクール(2017年度)で最優秀賞に選ばれた記事


  • (1) Lire Tanguy Lepesant, « Taïwan en quête de souveraineté économique », Le Monde diplomatique, mai 2016.
  • (2) Cf. Jens Damm « Same sex desire and society in Taiwan, 1970-1987 », The China Quarterly, vol. 181, Cambridge University Press, mars 2005.
  • (3) 「生粋の」(「本省人」benshengren)という表現は、家族が1945年よりも前に台湾に移住した台湾人のことを指す。1945年以後に家族が台湾にたどり着いた台湾人については「本土の」(「外省人」waishengren)と呼ばれる。
  • (4) Bai Xianyong, Garçons de cristal, éditions Philippe Picquier, Paris, 2003.
  • (5) 性的マイノリティの人々を指す「同志」(文字通り「同じ道を歩む」)は、台湾と香港で1980年代に普及した言葉。Cf. « Cinéma et littérature tongzhi à Taïwan », Aurore formosane, no 9, printemps 2017.
  • (6) それぞれの英語での正式名称は、Taiwan Tongzhi Hotline Association、Lobby Alliance for LGBT Human Rights Declaration、Taiwan Alliance to Promote Civil Partnership Rights.
  • (7) « Doit-on continuer de soutenir le changement politique et social de Taïwan si les conciles religieux s’opposent au mariage pour tous ? » (en mandarin), The Initium, mai 2017.

  • 訳注1]シビル・パートナーシップ(あるいはシビル・ユニオン)は法律上の婚姻ではないが、一定の関係にある異性あるいは同性同士で、一定の手続きの上、法律婚と同様あるいは類似する法的権利を認められているカップルのこと。(コトバンク)
  • 訳注2]英語の正式名称は、the Alliance of Taiwan Religious Groups for the Protection of the Family.

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年11月号より)