アメリカ外交史におけるトランプ外交の位置

遠洋航海不能のトランプ外交


オリヴィエ・ザジェク(Olivier Zajec)

ジャン=ムーラン・リヨン第3大学 政治学助教授

訳:村上好古


 トランプ大統領は、外交において過去との訣別を謳う。実際、通商協定、気候問題、北朝鮮あるいはイランとの対決、イスラエルとの無条件の同調などの点で変化が見られた。しかし様々な顔を持つアメリカ外交の歴史の流れの中で、どの過去と訣別し、どの先例に倣おうとしているのか。それとも、単に漂流しているだけなのだろうか。[日本語版編集部]

(仏語版2018年1月号より)

photo credit: Beverly, Old Glory, Patriotic Rustic Peeling American Flag, The Stars & Stripes, Red, White, Blue, on Wood

 2017年11月6日付ニューヨーク・タイムズ紙の「黙示録の1周忌」と題する憤りに満ちたコラムで、論説委員ミッシェル・ゴールドバーグはトランプ政権の最初の1年を唖然としながら回顧している。「悪夢だ。想像もつかないことが起こるのが日常茶飯事となった(1)」と、彼女は慨嘆する。この億万長者には数々の苦言が繰り返し浴びせられているが、ボズニワッシュBosNyWash(Boston-New York-Washington)[典型的なエスタブリッシュメント]の専門的な意見や判断に見られるおぞまし気な様子からは、45代目の大統領の就任以来アメリカが体験している事態に喪失感を覚えているのはゴールドバーグだけでないように見受けられる。

 アメリカの現政権と既存エリート層との食違いは内政面で大きい。ここでは、あたかも毎度激しさを増す敵対的な非難を受けたかのように、ドナルド・トランプ氏の数々の発言と気まぐれとに触発され、今や終わりのない文化戦争とも言うべき乱闘状況の出現を招いている。保守主義者、ポピュリスト、進歩主義者が、嫌悪感むき出しに反則行為も遠慮しない。これが、アメリカの国際的なパートナー諸国の怯え切ったまなざしのみならず、競争相手国の目にもさらされている。果たしてこの大混乱は、全て新しい大統領のせいということになるのだろうか? “人を見る目は評判に左右される”と諺にもあるとおりそういう風に見えるかもしれないが、この場合、多分そうではないだろう。ものごとに黒白をはっきりつけて論じるアメリカのこうした議論の風潮は、実際のところトランプ氏が大統領になる以前からのものであり、議論が今のように極端化したことは彼のせいだというよりも、彼がこうした風潮が行き着く先の最も分りやすい例になっているというに過ぎない。

トランプ外交のヴィジョン

 トランプ主義のスタイルと言えば、ずる賢いと同時に、意志薄弱で、荒っぽく、頑固で、常識はずれで、そして自己陶酔的なことであるが、このスタイルによってもたらされる本当の意味の「過去との断絶」は、したがって内政面に探るべきではない。それは国際関係によりはっきりと影響する。これまでアメリカの外交は、その基本方針、意義、それに戦略上の方向性に関する大まかなコンセンサスによって画されてきた。かつてのカーター大統領の補佐官で、冷戦前後の「自由主義」世界の優位に関する図式の考案者の一人であるズビグネフ・ブレジンスキーは、このコンセンサスに関し、アメリカの役割を利害打算はあるが博愛的な君主になぞらえて定義し、こう説明した。「世界中どこででも存在感を発揮しているという比類ない事実をもとに、アメリカは他のあらゆる国に優る高い安全保障を享受する権利を有している」。ただし付け加えて言うには、「この企てがどの程度成功するかは、利益を共にする世界規模の共同体の構築がアメリカの基本戦略であると他の国が認めるかどうかにかかっている(2)

 しかしながらトランプ氏は──彼によれば世界は「混沌」であり、人間は「動物の中で最も悪辣なもの(3)」なのだが──去る2017年5月26日に他界したブレジンスキー氏のことを、どうも実は、往時の権威者で過大評価されていたと考えているらしい。「世界の新しい秩序」[訳注1]は、もはや「新世界[アメリカ]の秩序」ではないのかもしれない。アメリカの現大統領はそのことをあまり気に懸けていないようだ。彼にとっては、選挙区で約束したことのいくつかが果たされ、アメリカが軍事面で他国に格段に勝り、これから始めようとしている各国との二国間協定(“取引”)でうまくやって行けさえすれば足りるのかもしれない。このため彼は、アメリカの利益がアジア・太平洋やヨーロッパ、中近東での相互の安全保障関係に依拠しているとは考えない。彼はTPPを反古にし、北アメリカ自由貿易協定(NAFTA)を解体し、韓国との自由貿易協定に疑問を呈した。北大西洋条約機構(NATO)の有用性について本当にそうとは思えないが「自問」し、これに依存している大部分のヨーロッパ、まずとりわけドイツの「ただのり」を批判した(『盟邦との関係に苦悩するドイツ』、ピエール・ランベール、ル・モンド・ディプロマティーク日本語版2018年2月号参照)。

 ひっきりなしに国際関係の枠組みの見直しを続けるこの渦に翻弄され、第二次世界大戦後の列強の話合いから生まれた「大きな戦略」の支柱が、一見したところ揺らいでいるように思われる。アメリカ外交の専門家たちは、こうした混乱に手も足も出ないで傍観するばかりだ。国務省の重要ポストの3分の2は、大統領が「全く無用(4)」と言っているため、政府による任命が行われていない。こうした専門家蔑視に対し、彼らは、大統領は全くヴィジョンを持っていない、軸になる計画、戦略がないと、軽蔑しきった言葉を献じている。この点からすると、その人心を結集させる力についてトランプ氏は過小評価を受けていることになる。ただし、彼に反対する人たちを結集させるという意味においてだが。彼のことを悪く言う者は、驚いたことに、ブッシュ時代の新保守主義者の流れをくむ共和党議員の間からも、民主党内のリベラル派制度主義者からも出てきているのだ。「トランプ外交政策の本当の問題? それは、彼がおそらく何も政策を持っていないということだ」、こんな風にリベラル派のデイヴィッド・イグナティウス[コラムニスト]はワシントン・ポスト紙(5)で案じている。実際、これは重要な問題である。トランプ氏は、アメリカがある種の外交上のエゴイズムに回帰すること──それはアメリカの道徳的使命にそぐわないものなのだが──について深く考えたのか。それとも彼は本当に、磁石や羅針盤もなく、勘に頼って、航海しているのだろうか。

 いま耳にするアメリカ外交の解説者たちの最大の問題は、トランプ政権のせいで今や危ぶまれていると言うアメリカ外交の安定性を出発点に議論していることである。例えば世界銀行総裁、国務副長官、ゴールドマン・サックスの副会長を務めたロバート・B・ゼーリックは、「トランプ氏の外交政策は、民主党、共和党を問わず、ハリー・トルーマン(大統領在任1945年~1953年)以来の各大統領の外交政策と断絶している」と言う。これらいずれの大統領も、賢明に、国益と国際主義を常にコインの裏表のように考えてきたということらしいのだ(6)

 この見方には、正しい面と誤っている面がある。ここでは、理念(「ヴィジョン」)と実践(「個々の政策」)を区別しなければいけない。実践という外交方策の面では、二大政党制によって安定性が確保されるという定説は幻想に過ぎない。トランプ氏は(不器用かつぶっきらぼうながら)、アメリカ外交を長く画してきた「拡大主義」と「消極主義」の間の、繰り返し起こる戦術の振れの短期サイクルの一環を成している(7)。彼はそうした例の最初ではない。ドゥワイト・アイゼンハワーは、冷戦初期の積極主義に終止符を打った。ジョン・F・ケネディは、若干の無責任さを伴いながら1961年にこうした積極主義に再び乗り出して行った。1969年からはリチャード・ニクソンがためらいがちに消極主義をとったが、あちこちで整合性を欠いていた(彼は中国とは緊張緩和の足場を作り、一方中南米では反共キャンペーンを推進した)。ロナルド・レーガンは自ら認ずる拡大主義者であり、彼によればカーター政権の罪だという消極主義時代を酷評した。バラク・オバマ氏は、彼の「国内重視の国家建設」理念に則り、クリントン、ブッシュという二人の大統領時代の拡大主義的積極外交(外交政策に関しては両大統領の間に言われるほどの対立はない)と訣別した。トランプ氏はこうした政策の周期的変動の中にいるのだ。

ひとつのバイブル、複数の祈祷書

 こうした戦術上のその時々の政策の振れに対しては、「大きな戦略」という第二の解釈の切り口を加えなければならない。より厳密には「ヴィジョン」という切り口だ。これに関して言うと、アメリカが持っているバイブルはひとつだけでありながら、具体的な典礼を定めた聖務日課(祈祷書)はいく種類も使い分けられている。まず、トーマス・ジェファソン(大統領在任1801年~1809年)やのちのジミー・カーター(1977年~1981年)のような「模範主義者」の祈祷書。彼らは、「丘の上の都市」[Capitol Hill、ワシントンのこと]は世界の模範たるべしと望んだ。次いで、ウォーレン・ハーディング(1921年~1923年)あるいはジョン・クインシー・アダムズ(1825年~1829年)に倣った孤立主義者の祈祷書。彼らは「魔物を打ち倒しに外国に行く(8)」ことを拒絶した。ニクソンのような勢力均衡論者の祈祷書もある。帝国主義者の祈祷書では、セオドア・ルーズベルト(1901年~1909年)のものが好例である(9)。また、ウッドロー・ウィルソン(1913年~1921年)のように救世主的であるにせよオバマ氏のように実践的であるにせよ(10)、国際主義者の祈祷書もある。すぐ分るように、これらいくつもの見方の間の差異は、アメリカの対外ヴィジョンを国際関係についての理論がいくつかの単純化したグループに分りやすく分類しているのとそもそも同じ種類のものだ。

 最も高名な分類は、ウォルター・ラッセル・ミードのもので、アメリカの外交政策の傾向を4つの型に分け、それぞれを重要な政治家の思想と結び付けている。初代財務長官(1789年~1795年)アレクサンダー・ハミルトンのもの。これは、「現実主義」で商業的関心によって特徴づけられる(11)。次いで、民主主義的な理想と関係づけられるトーマス・ジェファソン大統領のもの、道徳主義の護持者であるウッドロー・ウィルソンのもの、そして国家主義者であり軍国主義者であるアンドリュー・ジャクソン(1829年~1837年)のもの、となっている(12)

 今日、トランプ氏のヴィジョンはジャクソンの分類に入れるのが通常であり、それが外交、内政の両面で彼の政策を理解するカギになっているようである。そもそも彼はホワイトハウスの住人となるや、執務室にすぐさまジャクソンの肖像を懸け、就任の宣誓をして2カ月もたたないうちに、ナッシュビルにある第7代大統領の歴史的な邸宅[訳注2]へ巡礼を行った。一部の人々は、ジャクソンを支持することは不適切だと不快を感じ、彼が奴隷の所有者であったとか、1831年に残虐な追放によって自らの土地を強制的に放棄させられ、何千人もの命を失うことになったチョクトウ族インディアン[チェロキー族とともに強制移住させられた]の悲劇「涙の道」(trail of tears)の責任を問われる者であったと言って非難した。内政ではポピュリスト、外交では国家主義者であるトランプ氏は、東海岸の腐敗したエリート政治と戦った民衆のヒーローの姿を、またアメリカを「偉大」にした担い手であり、その再現を彼自身が約束した中間層労働者のチャンピオンを、先任者ジャクソンの中に見出したいのだ。

 彼がジャクソンを支持していることは、トランプ主義の独自性を明かすのに十分だろうか。おそらくそうではない。というのは、ジャクソン主義は哲学的というより政治的なものであり、ヴィジョンよりも実践の領域に属するものだからだ。つまり、不愉快で品がない彼のスタイルの影に隠れてしまうだろうが、現大統領は、ジャクソン主義者であってもなくても実際には、アメリカの典型的ないつも通りの行動路線を引き続き尊重し続けるのだ。すなわち、友人ではなく「パートナー」しか持たず、彼らが少数株主であり国外で軍事的・政治的支援を行う組織の筆頭株主として、アメリカが投資利益をいつも気にかけるというものだ。

 国際関係において「トランプの過去との訣別」があるとすれば、政治の実践やスタイルの面(同盟国の選択、敵対国の指定、国際的な仲裁機構に影響力を行使すること)ではなく、ヴィジョンの面に関するものである。トランプ氏は、民主主義をもはや輸出しようとは考えていない。ワシントン・ポスト紙でアン・アップルバウム[コラムニスト]は、「神話時代に回帰しようとするトランプの不吉な約束(13)」、別の言葉で言えば、西欧自由主義秩序に対する異端としてその裏切りを告発した。この意見は、多くの解説者によって共有されている。ジョージ・W・ブッシュのスピーチライターであったデーヴィッド・フラムから、親米路線ヨーロッパの「存続に関わる脅威」をトランプ氏に感じるというヨーロッパ理事会議長のドナルド・トゥスクに至るまで、同様だ。新保守主義評論家のチャールズ・クラウトハマーは、各種の批判記事をとりまとめたうえで次のように論じた。「貿易の開放と相互防衛によって特徴づけられる自由世界、それはトルーマン大統領のヴィジョンであり、それ以来我々の大統領が皆、共有してきたものだった。ただし、今日までは(14)

 マー・ア・ラゴ[アメリカフロリダ州にある歴史建造物でトランプ大統領私有の別荘]の暴君は、アメリカの例外主義[アメリカは移民の国であるがゆえ、国民感情、歴史その他の面で特殊な地位にあるという建国時以来の伝統的な考え]とは対照をなしている。「普遍的な目的を追求する普遍的国家」という道徳的な構想は、建国の父の一人であるジェファソンの意見を援用して200年以上前に確立されたものであるが、彼は、ここに梗塞を引き起こす急性の血栓のようなものかもしれない。

 嘆かわしいことだ。このヴィジョンという面については、その特徴的な差異を明らかにしておくことがやはりまた必要である。今のホワイトハウスの住人はアメリカの理想を裏切っている。が、どの点で? 自由主義を守る介入主義者という点であれば、この理想は、アメリカの外交の一時期のモデルでしかなかった。この事実は歴史を振り返ることで垣間見えてくる。ジョージ・ワシントン大統領の時代からウィリアム・マッキンレー大統領まで、つまり1789年から1901年まで、確かにアメリカ外交の最初のコンセンサスがあった。もっともアップルバウムやクラウトハマーが書いているものとは大いに異なっていた。本質的に孤立主義であり、ワシントンの当時の外交政策は、北アメリカで優位に立ち、貿易で利益を上げ、束縛の多い同盟関係には踏み込まないようにすることにとどめられていた。アメリカが、その繁栄を権力に換え、世界規模で政治的な影響力を行使するのは、20世紀初頭に世界経済のトップに立ってからのことである。1898年のカリブ海での「素晴らしい小戦争」[後の国務長官ヘイの言葉と言われる]を契機に、スペインを踏み台にして華々しく始まったのだ。

 「第2のコンセンサス」の始まりは、まさしくこの強国の出現の時にさかのぼる。アメリカの道徳的な例外主義が内向的なものから外向的なものへと変化するこの新たな段階は、ふたつの方向性によって形作られた。そのひとつは、国家としてのものであり、もうひとつは道徳性に関するものである。

 前者はセオドア・ルーズベルト大統領によって、後者はウッドロー・ウィルソン大統領によって象徴され、一般的にこのふたつの象徴が対置される。内政において進歩主義者であったルーズベルトは外交に関しては断固とした介入主義者であった。この「戦争好き」の外交は、しばしば好戦論者、帝国主義者として姿を現した(15)。ウッドロー・ウィルソンは逆に外交の世界における理想主義者の典型とさえ言われる。1917年に対独参戦したが、正義の名においてであったし、アメリカの道徳的優越についての高邁な意識によるものであった。しかしながら、「戦士」としてのルーズベルトの現実政治を、「祭司」としてのウィルソンの理想主義と対置するのは適切でないかもしれない(16)

 多くの例の中でもこの証人となるのは、上院議員でルーズベルトの近しい助言者であったアルベルト・べヴァリッジで、1900年1月9日の上院での演説において、「アメリカの帝国主義を守るために」と題し、アメリカの使命について語っている。「神は我々に、混沌が支配する世界にひとつの秩序を形作るまとめ役としての役割を与え給うた。地上全体で反動勢力を打倒するために前進する気概を我々に吹き込まれた。我々が司らねばならぬ野蛮で老いぼれた民族の統治について、その実践者としての役割を我々に与え給うたのだ。かかる力なかりせば、世界はまたもや野蛮と闇の世界に落ち込んでゆくやもしれぬ」

 この演説は、現実政治という以上に普遍主義者の理想主義を思わせる。同様に、ただし方向は逆であるが、政治学者スタンレー・ホフマンはウィルソンの理想主義の両義性を巧みに指摘する。「ウィルソンは、同時にふたつの意味で典型的な人物だった。すなわち、政治家としてマキャベリストとは無縁であったが、まさにその道徳観に基づいた崇高な理想が悲劇に終わった一方で、自国の権益の擁護者という意味では、しばしば全くのマキャベリストとして振る舞った(17)

2番目のコンセンサスの一体性

 このことはいかにも、アメリカの新保守主義を評するのに「軍事力を持ったウィルソン主義」になぞらえることが適切でないことを示唆している。第一次世界大戦を終結させるための「14か条」の男[1918年1月、ウッドロー・ウィルソンはアメリカ連邦議会で14か条の平和原則を示し、第一次世界大戦の講和原則とした]は、自国の利益を何としても守るという点で全く譲ることはなかった。メキシコへの介入(1914年、1916年)、ドミニカ共和国への介入(1916~1924年)、そしてパナマへの介入(1918~1921年)と、ウィルソン主義は常に軍事力を伴った。この意味で、ルーズベルトとウィルソンの組み合わせは、アメリカ外交政策の二面性ではなく一体性を示すものだ。それぞれが代表する要素は互いに先後する(ルーズベルトにとっては国家意識が優先し、ウィルソンでは、道徳的な意識が優越した)が、互いに離反することはない。いかなる対立もこのふたつの面の間に入りこまないし、例外主義であると同時に介入主義、また多かれ少なかれ控えめではあるが帝国主義であるという点で、両者は根底で一致する。

 この一致は、アメリカのエリートの意識の内部に同化され、第2のコンセンサスの基盤を形成した。この理念は民主党員にも共和党員にも共有され、第1の「孤立主義のコンセンサス」(スティーヴン・クラズナー[スタンフォード大学教授])に少しずつ取って代わってきた。20世紀初頭から今日に至るまで、こうした全体ヴィジョンの根本的な単一性は、拡大主義と消極主義の間を行ったり来たりする様々な政権のその時々の方針転換があっても見直されることはなかった。このヴィジョンの一貫性は、アメリカ共和国の思想的かつ精神的な原型が1776年以来、ルーズベルト的な帝国主義、ウィルソン的な道徳主義、トルーマンの国家安全保障の現実主義、それにウイリアム・クリントン氏の人権外交の萌芽をいずれも含んでいるということに由来する。建国時のこの可塑性のおかげで、貿易の繁栄、道徳的使命、それに世界の強国ということを統合した第2のコンセンサスの部分適用もまた調和的に遂行されることになったのだ。もっともその背後では、アメリカの現実主義者や理想主義者がしばしば、理論面で知的な反対を大げさに演じたという場面も見られはした。

 トランプ氏はひょっとすると本当に過去との訣別を果たすことになるかもしれないが、そのことの重大さをはかり知るには、多分この第2のコンセンサスの一体性とトランプ現象を対照する必要がある。トランプ氏は世界の強国であることとともに貿易の繁栄にも執着するが、三連祭壇画[教会の一組の祭壇画で、3つのパネルに分けて描かれたもの]の第3画面、すなわち道徳的使命の場面の前で香を焚くのを拒否するのは、実は彼が初めてである。教義の中のこの点を放棄していることから、彼がそっくりそのまま両大戦間でみられた特異な孤立主義に回帰するということはない。もっとも彼のスローガンが「アメリカ第一」であるので、一見して彼をこの孤立主義に連ならせることができるかもしれない。しかし彼が連なるのは、より正しくはワシントンからマッキンリ―まで、1823年のモンロー主義の下で見られた世界と距離感を保つ外交である。それは、1890年から1920年にかけて第2のコンセンサスを構成したルーズベルト―ウィルソン時代の強国出現に先立つ外交政策だ。

 いくつかの点から、トランプ氏はこうした異端の開祖に当たることを自覚していると思われる。「今日この日から――大統領就任式の演説の序の部分で彼は書いている――この国の政治は、決してこれまでと同じものにはならないであろう」。建国をやり直すというこれらの言葉について、この人物お決まりの大見得(おおみえ)を切ったのだと言ってしまうのは軽率過ぎるかもしれない。トランプ氏の国家安全保障担当の顧問であるマクマスター中将が、ウォールストリート・ジャーナル紙にトランプ大統領の意図を伝えるテクスト解釈を寄稿して言うには、彼が仕える大統領は、「世界は“地球規模の共同体”といったものではなく、各国、非政府組織、経済主体が優位を求めて絡み合い、戦う競技場であるという透徹した目を持っている。我々はこの競技場に軍事、政治、経済、文化、道徳に関し並ぶ者のない力を動員している。国際関係のこうした当たり前の性格を否定するのではなく、我々は、それを受けて立つのだ(18)」と。

 このテクストは、アメリカの外交専門家の間に爆弾のような効果をもたらした。そこでは軍事力が第一に提起され、道徳の問題は最後になっていたのだ。このことは、ハーバート・R・マクマスターのような熱心なトゥキディデス愛好家が記述したという点ではさほど意外ではない(19)。確かに、『ペロポネソス戦争史』をトランプ氏が読んでいないということを嗅ぎ出しても大して意味はないだろう。しかし、海洋国家アテネが、年貢を払うのを逃れようとするメロス島の住人[訳注3]に厳しい教訓を与えた有名な対話の全容を、彼がまるで知っているかのように行動しているということに変わりはない。「我々としては、甘い言葉を使うつもりはない。我々の支配が正当だと主張するつもりもない(…)。不信を呼び覚ますことにしかならない長ったらしい議論はもうたくさんだ。我々は承知しているし、あなた方も我々と同様によくご存じだと思うが、正義というものが考慮に入れられるのは、双方で勢力が拮抗しているときだけのことだ。そうでないとき、強者はその力を行使するし、弱者はそれに従わねばならぬのだ(20)

 国防総省の2018年度予算は6,920億ドルだが、トランプ氏のもとで、オバマ氏の最後の年と比べて1,000億ドル増加した。はっきりさせておくと、当初のトランプ大統領の要求が民主党、共和党双方の議員によってこの際相当に増額されたのだ。この面では、ジャクソン主義(少なくともその軍国主義的側面)が、トランプ大統領個人や彼の親しい支持者たちだけにとどまらない支持を得たことになる。

「トランプの謎」

 他のアメリカの責任者たちも、現大統領の就任前からまたその後も、外交政策を救世主的な理念に帰すことを否定し、アメリカの利害に関わる力関係、重点的な投資、解除可能な協力関係という枠の中にとどめたいと表明していた。「アメリカ人の第一のビジネスは、ビジネスをすることだ」と1925年に第30代大統領カルヴァン・クーリッジが唱えたが、トランプ氏は外交実践の場において、ジャクソン主義と同様にこのスローガンを出発点にしている。この点からすると、「トランプの謎」に迫るために目を通さなければならないのは、外交政策に関する刊行物ではなく、おそらくフォーブス誌のような雑誌であろう。この雑誌は、アメリカ文化の一面を特徴づける成功、権力、そして金力への執着の神髄を体現するものであるが、2017年にトランプ氏に長いインタヴューを行った。その記事の取りあげ方は、陰に軽蔑を含んだものではないし、敵対的でも、賛美的なものでもない。ただ単に、金儲けの達人たちが仲間の一人の経歴[金儲けの世界から大統領にまでなったということ]をあっけにとられて眺めていることに関し、彼らが関心を寄せるそのテクニックについて取り上げているに過ぎない。彼が仲間から抜きん出ているのは、品のなさ、荒っぽさ、無教養という点でほんの少し目立ち、また、この意味で逆説的に、より正直ということだけなのだ。

 この野心に満ちた社会の一翼を担うフォーブス誌は、客観的で、道徳意識から自由な、そして珍しくニューヨーク・タイムズよりも一歩深みのある記事を提示している。「アメリカ政府の要職を受け継ぐことは、ゼネラル・エレクトリックやマイクロソフトの経営者を引き継ぐのと比べられる」と著者は淡々と語る。「一面では継続性を受け入れなければならない。つまり会社であろうと国であろうと、前任者の手がけたことを尊重しつつ、新たな優先課題や政策への方向転換に向けできるだけうまく運営してゆかねばならない。しかしながら、トランプ氏の取引重視の考えでは、ものごとをそんな風には捉えない(急進的な変革を何よりも求める彼の選挙区の多くの支持者と同様に)。もし前任者の政策を愚策の類だと判断すれば、彼はそれを尊重するいかなる理由も見出さないのだ。たとえ、アメリカの評判や、アメリカの政策には安定性があるという認識を損なうことになっても(21)

 型破りで分析の難しいこの大統領に対する評価は歴史を待つことになるが、トランプ氏が自分の国の外交を一連の「取引」に矮小化したということは、おそらく根本的な問題ではない。彼の前任者も皆、いま少し礼儀正しく洗練されたやり方ではあったが、同じように行動した。かと言って、現大統領が口ではあることを語り(対露関係の実利面からの見直し)、実際にはそれと違うことをする(米露間の緊張を長引かせること)など、あり得ない。まして、アメリカの国連大使ニッキー・ヘイリー氏が厚かましくも立論しているように(22)彼が予測不能であることを外交の目的そのものにしたなど、本当だとしたら論外だ。アンドリュー・ジャクソンに対する彼の好みは確かに特異であるが、すでに見たように、おそらく彼の行動の部分的な説明にしかならない。

 トランプ氏に関する本当の問題は、むしろ、彼の個人的な資質に関る本質的な限界にあるように見える。彼はおそらく自分の能力を過大評価している。彼の取引重視の考え方は、実際のところ、彼が締結、あるいは再協議する協定についてその内容を鋭く見極めることを可能にしているだろう。しかし、彼が誇りとする交渉における緻密さの欠如は、これらの協定についてもっと広い文脈を判断することを妨げるし、まさにそれゆえその協定の長期的な影響についても同様である。ここ数カ月単なる憶測に過ぎないと考えられていたかもしれないが、この半身麻痺の状況が、今や、ほとんど現実のものとなってきている。2017年12月6日に公表されたアメリカ大使館のエルサレムへの移転は、そうした不安を抱かせる例証になる。単なる誤りではなくとてつもなく大きな失敗であり、ワシントンをリクードLikoud[ネタ二ヤフ首相が率いるイスラエルの政党]と同列に置き、和平プロセスの公平な担い手としてのアメリカの正当性を失わせることになる。ここでは、交渉上の知見も、取引のうまさも見られなかった。トランプ氏は、何の取引もせず、すなわち何の代償を得ることもなく、お気に入り[イスラエルのこと]にすべてを渡してしまったのだ。

 もしこの種の誤りが続くようならば、トランプ氏が第1のコンセンサスへの回帰を意識的に考えてきたのかどうかという重要なことが、あまり意味のないことになってしまう。おそらく彼は新たなヴィジョンに動機づけられているが、それはそうとして、一方彼がそれを具体化する能力があるかどうかは別問題である。緊急を要するのはむしろ、このアメリカ大統領が、取り返しのつかない連鎖反応を国際関係に引き起こすことなく、公平な協定を引き出す本当の能力を有しているかどうかを知ることだ。シモーヌ・ヴェイユは『重力と恩寵』の中で、「均衡だけが、権力を破壊し、なきものにする」と指摘し、「社会秩序は権力の均衡でしかありえない」と結論付けた。国際関係とはそういうものなのだ。均衡が持つこうした調和的な論理を拒否することによって、第45代アメリカ大統領は、アメリカの理想主義──道徳的な例外主義の色を帯びつつこの国の外交をしばしば迷走させた──に対する裏切りもさることながら、より大きな裏切りを政治の現実に対して行っている。交渉の場において他国の関心を考慮に入れる能力がなければ、国家利益の保護などできないのが政治の現実なのだ。この素人っぽさのつけはもう現れている。


  • (1) Michelle Goldberg, « Anniversary of the Apocalypse », The New York Times, 6 novembre 2017.
  • (2) Zbigniew Brzeziński, Le Vrai Choix. L’Amérique et le reste du monde, Odile Jacob, Paris, 2004.
  • (3) Gail Sheehy, « The insurmountable trust deficit », Newsweek, New York, 6 octobre 2017.
  • (4) « Inside Trump’s head : An exclusive interview with the president, and the single theory that explains everything », Forbes, New York, 14 novembre 2017.
  • (5) David Ignatius, « The real problem with Trump’s foreign policy plans ? He may not have any », The Washington Post, 10 octobre 2017.
  • (6) Robert B. Zoellick, « The peril of Trump’s populist foreign policy », The Wall Street Journal, New York, 29 novembre 2017.
  • (7) Stephen Sestanovich, Maximalist : America in the World From Truman to Obama, Knopf, New York, 2014.
  • (8) 1821年7月4日、国務長官時の演説。
  • (9) Cf. Josef Joffe, « America self-contained ? », The American Interest, vol. IX, no 5, Washington, DC, mai-juin 2014.
  • (10) L’expression est de G. John Ikenberry.
  • (11) 続く3人と異なり、ハミルトンは、大統領職に就いていない。
  • (12) Walter Russell Mead, Sous le signe de la providence. Comment la diplomatie américaine a changé le monde, Odile Jacob,Paris, 2003.
  • (13) Anne Applebaum, « Trump’s dark promise to return to a mythical past », The Washington Post, 20 janvier 2017.
  • (14) Charles Krauthammer, « Trump’s foreign policy revolution », The Washington Post, 26 janvier 2017.
  • (15) Evan Thomas, The War Lovers. Roosevelt, Lodge, Hearst, and the Rush to Empire, 1898, Little, Brown and Company-Back Bay Books, Boston-Londres, 2011. Également : Howard K. Beale, Theodore Roosevelt and the Rise of America to World Power, The Johns Hopkins University Press, Baltimore, 1956.
  • (16) John Milton Cooper, Jr., The Warrior and the Priest, Woodrow Wilson and Theodore Roosevelt, Belknap Press of Harvard University Press, Cambridge-Londres, 1983.
  • (17) Stanley Hoffmann, Une morale pour les monstres froids. Pour une éthique des relations internationales, Seuil, Paris, 1982.
  • (18) Herbert R. McMaster et Gary D. Cohn, « America First doesn’t mean America alone America First doesn’t mean America alone », The Wall Street Journal, 30 mai 2017.
  • (19) Nathan Hodge et Julian E. Barnes, « The Cold War pits a U.S. general against his longtime russian nemesis », The Wall Street Journal, 16 juin 2017.
  • (20) Thucydide, Histoire de la guerre du Péloponnèse, livre V, 84-116.
  • (21) « Inside Trump’s Head », art. cit.
  • (22) Colum Lynch, « Nikki Haley and Trump’s doctrine of diplomatic chaos », Foreign Policy, Washington, DC, 28 juin 2017.

  • [訳注1] 「新しい世界秩序」New World Order は、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領によって提唱され、クリントン、オバマ大統領に継承されてきた国際関係に関する理念。各国を世界共同体の不可分の要素とみなし、各国の利害は全体目的に優先されるべきと考えるものと言われる。トランプ大統領は2017年9月の国連演説で、この考えを拒絶した。(Jim Gilmore, Republican, Washington Examiner, 21.sep.2017)
  • [訳注2] アンドリュー・ジャクソンが所有していたテネシー州ナッシュビルのプランテーション農場にある建物。アメリカの国定歴史建造物に指定されている。
  • [訳注3] メロス島(現ミロス島)住民がアテネの支配下に入ることを拒絶していたことを意味する。メロス島はスパルタ人の植民地であり、当時(B.C.416年)アテネに抗し中立を保っていた。この「メロス島対話」の後、メロス島は結局アテネに征服され、成年男子全員の処刑、女子供の奴隷化という過酷な処置を受けた。


(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2018年1月号より)