事実上の核保有国

前提条件なしの北朝鮮政府との交渉


マルティーヌ・ビュラール(Marine Bulard)

ジャーナリスト、本紙特派員


訳:河原永実


 かつてドナルド・トランプ米大統領は国際連合の演壇で、北朝鮮から攻撃を受けた場合には「この国を完全に破壊する」と宣言していた。フランスやロシアの指導者たちは核計画の中止を交渉の前提条件とする北朝鮮との対話を訴えたが、そうしたアプローチは失敗に終わった。昨今では米朝首脳会談の開催や習近平中国国家主席の訪朝が実現する見通しとなり、北朝鮮は核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射の中止を表明した。本記事は昨年9月に執筆されたものだが、事態が目まぐるしく変化する中でもビュラール氏が提示する議論と歴史的観点は忘れてはならないだろう。[日本語版編集部]

(仏語版2017年10月号より)


 核の悪魔がその姿を現した。この悪魔はもとの場所に戻ることができるだろうか。これが北朝鮮でうごめいているのは、今日に始まったことではない。北朝鮮による初めてのミサイル発射実験は1993年に遡る。しかし2016年以降、金正恩(キム・ジョンウン)氏はその頻度を急激に増やし、他国に圧力をかけ始めた。20カ月の間に、中距離弾道ミサイルあるいは大陸間弾道ミサイルの発射回数は計10回に及んだ。さらにこれとは別に核実験を3回行ったと北朝鮮政府は主張している。

 この暴走と同時に豪華な軍事パレードも実施され、ミサイルや戦車(2017年4月15日の放送)、アメリカ合衆国に対する好戦的な虚勢と脅しで満たされた映像も次々と放送された。金正恩氏は、太平洋の真ん中にあり、まさしく「アメリカ空母」であるグアムのように、「この国のすべての都市を焼き尽くす」と脅迫した。9月14日に発射されたミサイルは海中に沈む前に3,700km飛行し、この事実は北朝鮮の首都から3,400km離れた場所にあるグアムが、もはやその手の届く領域であることを示した。現時点では、アジアのストレンジラブ博士[映画『博士の異常な愛情(1964)』に登場する、ナチスドイツの核兵器開発に取り組む博士。核兵器に強い関心をもち、興奮気味になると暴走が止められない人物]は、ミサイルをこの方角に向けて発射しないよう気を付けている。しかし日本人だけが、ミサイルが彼らの領空を通過することを知らせるけたたましいサイレンの音を聞くこととなった。日本はミサイルの弾道がわずかでも狂ってしまえば被害を被るのだ。

 ドナルド・トランプ米国大統領のセンセーショナルな発言と一連のツイートは、金正恩氏の挑発に対するものだ。トランプ氏は北朝鮮政府に対し、「世界が見たこともないような炎と怒りに見舞われるだろう」と脅し(8月8日)、非常に弱腰であるとみた中国政府に対しては、「北朝鮮と取引をする国は今後アメリカとは取引できない」という理由から中国との通商関係を断ち切る、と脅した(9月3日)。また韓国政府に対しては、新たに選出された文在寅(ムン・ジェイン)大統領の「宥和戦略」は「何の成果ももたらさない」と述べた(9月3日)。

 現米国大統領が、「状況が揃えば金正恩に会う準備はできている(1)」と断言していた時代はもはや終わった。彼は9月19日の国連総会では、平和を訴えるのではなく、アメリカ領土もしくはその同盟国が攻撃を受けた場合、「北朝鮮を完全に破壊する」と脅して、火に油を注いだ。またその後、追加制裁を加えるとも発表した。ペンタゴン[アメリカ国防総省]と専門家たちは、「全ての選択肢が不適当である(2)」と認識しながらも、全面戦争または局地戦争、予防戦争あるいは自衛戦争のシナリオ、さらには北朝鮮指導者の暗殺のシナリオさえ研究する段階にまできている。

 フランスにも、(研究室の裏に隠れている)好戦的な者たちが存在する。戦略研究財団のアジア担当責任者であるヴァレリー・ニケは、自身の論説の中で「北朝鮮に対しては、軍事的選択が一番リスクが小さい」と断言している(3)。北朝鮮との国境から60㎞以内に位置するソウルの2,500万人に及ぶ住人にとっては迷惑な話であろう。とても事なかれ主義者とは言えないステファン・バノン米国元首席戦略官でさえ、「軍事的解決はありえない(4)」と推測している。しかしニケにとってはそんなことは問題ではない。まるで参謀総長のように、このフランス人中国研究者はこの地域の再編を夢想している。すなわち、非核化され、打ち倒された北朝鮮、地域的野心が弱まった中国、損害を受けたものの、彼らの「最も厳しい報復の要求」が聞き入れられたことに満足した韓国、そして平和の天使としての役割が強化されたアメリカ、といった具合にだ。おそらくイラク戦争の時のように。

 韓国では、とりわけ頑なな保守派を除き、大多数の国民が、軍事行動を選択したときの帰結をあまりにもよく認識している。文在寅韓国大統領は、2017年5月10日に大統領に就任して以来、軍拡競争を引き起こすことにしかならないとして自ら凍結していた弾道弾迎撃ミサイル・システム「サード(Thaad)」の配備を確かに承諾はした。しかし一方で、韓国政府に「相談することなしに」何事も決断しないよう、米国大統領に強く求めた(そのくらいのことは当たり前だが)。韓国統一省の報道官によると、文在寅大統領はユニセフや国連世界食糧計画(WFP)(5)などの国際機関を通じて、北朝鮮に800万ドル相当の人道支援物資を送るつもりだという。文在寅大統領は、自ら「2つの道」と名付けた方策、すなわち、圧力と対話の双方を利用すると語っているが、アメリカの方針に迎合すれば、彼への信用は完全に損なわれることになる。

度重なる機会の喪失

 「文在寅大統領は運転席に座ったが、乗る車を間違えている」とソウルの東国大学北韓学研究所のパク・スンソング教授は、彼独特の説明の仕方で語る。「彼がすべてか無かの政策から抜け出すには、圧力をかけるべき相手はワシントンだろう」。というのは、金正恩氏が無条件で屈服する可能性はゼロだからだ。両国の間の根本的な問題を理解することなしには、その緊張関係を平和的に解決することはできまい。

 逆説的に見えるかもしれないが、北朝鮮政府は韓国ではなくアメリカを恐れている。なぜなら北朝鮮の指導者たちは、アメリカは自分たちの国を侵略し、彼らが公然と「ならずもの国家」と呼んでいる自分たちの国家体制を終わらせることができる、と考えているからである。核兵器は、そんな彼らの目にはただ一つの残された生命線、つまり、世界の軍事大国に対峙するための弱者の頼みの綱なのだ。この強力な兵器がなかったために、イラクは、そもそも国連の承認すら得ていなかったアメリカに破壊されたのだと、北朝鮮の指導者たちは耳を傾ける人には誰であろうと説明する。アメリカが、まさに核保有国になろうとしていたイランに対して武力行使ではなく交渉を余儀なくされたのも、同じ論法の帰結である。リビアは「友好国」の仲間に入れてもらう約束と引き換えに、2003年にその核計画を放棄した。「リビアがその後どうなったか、そしてこの約束がどういう意味を持つものか、私たちはよく知っている。私たちが払ったすべての犠牲は、リビアと同じ結末を迎えるためではない」と、ある北朝鮮人が匿名希望で断言した。彼らにとって、リビア政府と同じ道を歩むのはもっての外なのである。

 実際のところ、北朝鮮の核化問題は金正恩氏より前の代からすでに始まっていた。アメリカの歴史家ブルース・カミングス(6)が指摘するように、「1958年、朝鮮半島に初めて核兵器を持ち込んだのが他でもないアメリカであったことは忘れられがちである」。つまり、それは南北朝鮮間の過酷な戦争から5年後、そして長崎と広島への原子爆弾投下後15年足らずのことであった。核化の動きはこの時始まった。密かに、かつソ連の支援を受け、1985年に核不拡散条約(NPT)に署名しながらも、北朝鮮は必要な技術を持つに至った。そして金体制に最も近い同盟国であったソ連の崩壊を受け、北朝鮮は核技術をものにしなければならないという確信を得た。北朝鮮の現指導者の祖父である金日成(キム・イルソン)は当時のジョージ・H・ブッシュ米国大統領に、朝鮮戦争(1950-1953)を終結させた休戦協定を正式な平和条約に置き換えることを目的とする会談を提案した。しかし彼は手荒くあしらわれ、北朝鮮は1993年に初めてミサイルを発射した(7)

 ウィリアム・クリントン大統領[当時]は、はじめ北朝鮮政府に対して敵対心を持っていたが、結局は1994年に基本協定を締結した。これは少なからぬ収穫をもたらすものであり、当時立ち入り禁止とされていた寧辺(ニョンビョン)核施設の停止、施設の監視、北朝鮮が必要とする電力を供給する2つの軽水炉発電所の建設を引き受けるための、韓国と北朝鮮、アメリカ、日本、そして欧州連合(EU)から構成されるコンソーシアム(共同体)の設立、食糧と燃料の支援、関係正常化のための交渉の継続などを内容としていた。しかし、これらは交渉の域を越えることはなかった。1997年4月、北朝鮮政府はアジア開発銀行に経済成長支援融資を申請したが、米国政府と日本政府はこれを拒否した。ルモンド紙記者フィリップ・ポンス氏は、「北朝鮮は世界に窓を開きかけたとたんに、国際社会から制裁を受け孤立した」と記している(8)。「軽水炉発電所の建設は、この計画が実現することはないだろう。2001年に政権を握ったジョージ・W・ブッシュ(息子)が一連の情報操作(あとで虚偽とわかる情報の漏洩、テロリストに資金支援を行っているという全くの作り話による非難)(9)の後、すべての道を閉ざしてしまったのだ」

 ソ連の支援を失い、多数の人命を奪う飢餓に苦しんでいる現体制が諸々の制裁によって崩壊するのではないかと米国の保守派は思い込んでいたが、計算違いであった。ますます激化するナショナリズムに酔った北朝鮮国民は、核保有国の表舞台に華々しく復帰することを喧伝する指導者の下に、団結を強めた。北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)による査察を完全に拒否し、2003年にNPTから脱退した。その3年後、初の地下核実験を行い、核爆弾開発に向けた決定的な一歩を踏み出した。それは中国政府が初めて本気で積極的に取り組み、推進してきた「六者会合」(韓国、北朝鮮、アメリカ、日本、ロシア、中国)の第1ラウンドの失敗を意味した。中国当局は六者会合の第2ラウンドを開始し、2007年2月、石油の供給と制裁の(一部)解除と引き換えに寧辺核施設の停止とIAEA検査官の復帰にこぎつけた。しかしまたもや、ブッシュ政権はその頑なな態度をあからさまにすることになった。すなわち、北朝鮮を正常国とみなすこと、また禁輸を緩和することを拒否したのだ。これに対し北朝鮮は、再び核の指揮棒を振りかざし、2009年5月、2度目の地下核実験へと進んで行った。そして、新しい緊張の時代が始まり、他の協定と同様に脆弱な2012年の協定(ミサイル発射の凍結と引き換えの物資援助)に結びついていくことになった。その後のことは、知ってのとおりである。北朝鮮の指導者たちは、段階を経るごとに賭け金を釣り上げてきたのだ。

 1993年以降、国連安全保障理事会では12の決議が採択された。意外にも中国政府は1993年(その年は棄権)を除き、そのすべてに賛成票を投じた。しかし、だからといって中国が本気で制裁を課したということにはならない。その証拠に、中国と北朝鮮間の貿易取引は2010年の34億6000万ドルから2013年には65億3000万ドルへと増加した。もっとも2016年には60億5000万ドルと、ほんのわずかながら減少している。2月中旬以降、中国政府は北朝鮮からの石炭の購入を中止し、続いて繊維製品や魚介類の購入を取りやめたが、トランプ氏が要求し続けていた石油の全面禁輸は拒否した。

 朝鮮戦争中、少なくとも死者100万人というとてつもない代償を払って隣国の存続を守った中国と北朝鮮政府間の奇妙な関係、それは、偽りのない協調精神とともに、相互の反目をかろうじて表面化せずに済んだことによって成り立っていた。北朝鮮政府はその独立を一歩も譲らぬために、時に旧ソ連を利用し、時に中国を利用した。そして今日、金正恩氏は自分だけを頼りにしている。2011年に彼が、2013年に中国で習近平氏が、それぞれ権力の座について以来、両首脳は一度も面会していない。これは、これまでの両国の歴史の中で初めてのことである。それどころか金正恩氏は、中国に好意を寄せていると疑われた周囲の者をすべて排除した。その中には、2013年に劇的に逮捕、処刑された、体制の中で重要な地位を占めていた彼の叔父の張成沢(チャン・ソンテク)も含まれていた。中国政府による圧力の手段が一部の人たちが考えるほど実のあるものではないと言ってもよい。中国にとって昨日まで公にはタブーであったこの厄介な隣国との関係の実態は、今や白日のもとにさらけ出された。中国共産党中央党校のチャン・リャンギ教授は、「中国が行っている制裁は強さと一貫性に欠けている。今のところこれらの制裁は効果を発揮していないし、弱すぎる(10)」と率直に語る。このレベルの知識人としては、稀な批判である。他の知識人たちは、北京人民大学のシ・インホン教授に倣い、「米国の圧力の下、ほとんど政治的解決の余地がなくなるほど多くの譲歩を重ねてきた」と考えている。北京で言われているところでは、軍部は北朝鮮政府を見捨てることを非常に憂慮しており、結果として北朝鮮と中国の間の自然国境であるヤールー川沿いに米国軍が駐留することになると見ているようである。

 習近平氏は、2017年10月18日に開幕される第19回中国共産党全国代表大会を前にして、細心の注意を払いながら立ち回っている。非常に政府寄りであるグローバルタイムズ紙は、「朝鮮半島の非核化についてアメリカと中国の意見が一致するにしても、その目標に向けての筋道は双方で異なる。すなわち、米国政府はさらなる経済制裁を続けることでこの危機を解決できるとする一方、中国政府は対話交渉以外に解決方法はないと考えている(11)」と何度も強調する。さらに「中止に対する中止」、つまり、米韓共同軍事演習の凍結を交換条件として、核および大陸間弾道ミサイル開発を凍結するという中国側の考えを論じている。だがこの提案は水泡に帰したと言ってもよいであろう。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が語るように、北朝鮮は、核開発計画を捨てるくらいなら、「草を食べて生きる方を選ぶだろう」。中国に比べれば北朝鮮との関係は浅いが、隣国ロシアもまた、朝鮮半島の核化に懸念を抱く一方で、北朝鮮の「首を絞めて」内部崩壊(12)に追いやるようなことにも反対する姿勢を見せている。ロシアは、北朝鮮の指導者たちとの直接対話を提唱している。フランスのエマニュエル・マクロン大統領(13)も同じ立場に立つ。しかし、ヨーロッパで唯一(エストニアとともに)、北朝鮮を国家として承認していないフランスは、解決に向けてほとんど重みのある立場にはない。この袋小路からどうやって抜け出すのか?

地域レベルでの平和

 後悔する、しないはさておき、北朝鮮は排他的な核保有国の仲間入りをした。このことはパキスタンやインドの場合も同様であった。インドは核拡散防止条約(NPT)の加盟国ではなかったが、アメリカと他の核保有国から核保有国として認められ、制裁を解除された。しかしその隣国パキスタンは同じ待遇を受けられなかった。こうしたご都合主義は、彼らが本気で軍縮を主張していると納得するにはほとんど役立たない。そもそも自国が受け容れないことを他国に押し付ける特別の地位をこの5カ国だけに与えるシステムは、まさにNPTの弱点となっている。去る7月7日に国連で採択された核兵器禁止条約の重要性はまさにそこにあり、全ての国が、一定の管理のもとで核兵器の解体を行うことを狙いとしている。

 今のところ北朝鮮は核抑止力を保持している。このため、その核の解体を交渉の前提条件とするよりも、次のような点を見通した戦略的な対話に取り組む方が適切ではないかと思われる。すなわち、もはや北朝鮮を「のけ者」にするのではなく、その体制を認めること、確固たる平和条約の締結、不可侵の確約、そして相互の武装解除、という点である。北朝鮮の攻撃力がアジアの秩序を揺るがしているという目の前の事実に目をつぶることは、何の解決にもならない。日本は、今のところアメリカの傘の下にあるが、独自に核爆弾を持つことになるかも知れない。韓国もまったく同様である。したがって、この地域の連鎖的な核拡散を防ぐためには、思考と行動の転換が求められる。

 実際、ソウル中央大学のイ・ヘジョン政治・国際関係学部教授は次のように語っている。「北朝鮮だけの問題に囚われていては、解決策は見つけられない。これは日本による占領、朝鮮半島〔の内戦〕、それにアメリカ軍の駐留にさらされてきた地域の平和の問題である」。また、朝鮮半島は冷戦体制の枠組みにもはめ込まれていた。地域におけるアメリカの存在の重さとその役割をはっきりさせつつ、「北朝鮮、韓国、日本、そして中国が政治的均衡を保った共存」の道を見つけなければならない。これはミサイル攻撃では解決されない。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年10月号より)