クリエイティブ・クラスのための街づくり

シアトル流の「思いやり」


ブノワ・ブレヴィル(Benoît Bréville)

ジャーナリスト、ル・モンド・ディプロマティーク副編集長


訳:清田智代


 パリからロンドン、シドニーからモントリオールといった世界中の大都市は、今やダイナミックで革新的、知的でクリエイティブ、そして持続可能な街であろうとしている。都市の発展に人的資本の活用が求められる現代において、これらの都市は優秀な人材を惹きつけようと躍起になっている。しかし彼らを優遇した都市計画は不動産価格にも影響を及ぼし、庶民階層を脅かしている。[日本語版編集部]




 「この街で憎しみは生まれない」「君がどこからやってきたかなんて関係ない。君が我々の仲間になってくれてうれしい」「人種、出自、性的指向、宗教の区別なく、皆さんを歓迎します」——シアトル市内の住宅や店舗には、このような文言を謳ったプラカードやポスターが多く飾られている。これらは庭に立てられていたり窓ガラスに貼られており、ときにはアラビア語やスペイン語、韓国語で書かれている。

 2017年6月——レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア(LGBTQ)によるプライド・パレードが開催される時期だ——この月は[LGBTQを象徴する]レインボーフラッグも非常に人気があった。シアトル市内のいたるところで散見されたその旗は、靴ブランドのドクター・マーチンの店舗のショーウィンドーも飾った。そしてこのブランドもまた[レインボーフラッグと同じ]6色で配色されたスペシャルコレクションが他の商品よりもやや高価な価格で売り出され[プライド・パレードを盛り上げ]た。また、スターバックスコーヒーの本社や、1962年の万国博覧会の記念物で、空飛ぶ円盤が突き刺さった針の形をしたスペースニードルと呼ばれるタワーの頂上でも堂々と翻っていた。さらにその旗は、シアトル市役所の前でも星条旗のすぐ下で風にたなびいていた。

 太平洋岸に位置するシアトルでは、2016年11月の米国大統領選で有権者の87%がヒラリー・クリントン氏に投票し、また、ドナルド・トランプ大統領の移民政策に対する法的手段による抗議活動が最初に行われた。この街では、「開放性・寛容性・多様性」が市の象徴として掲げられている。

 この「開放性・寛容性・多様性」はモラルの要求であるとともに市のセールスポイント、経済成長のための手段、比較優位でもある。「出自や経験の異なる人々がシアトルのような都市で出会うとき、彼らのアイデアが生まれ、融合し、豊かになる。シアトルはあらゆる領域における個々人のるつぼであり、これは市の活力に極めて重要です」。市の経済開発部門を統率するブライアン・スラット氏はこう分析する。

 「競争力を持ちたいなら、優秀な人材を惹きつける必要があります。そのためには、我々は開かれた都市でなければなりません」と市の整備部門の責任者サミュエル・アセファ氏は言い添える。「かつて人々は仕事があるところへ向かいました。自動車メーカーのフォード社がデトロイトに工場を建設したことで、人々はそこに住み着き、30年、40年もしくは50年間、同じ場所で働きました。今、若い管理職はまず、自分が住みたいと思う街を選択します。そして彼らは、創造的で、寛大で、自然が身近にあり、アウトドアやナイトライフのある環境を好みます」。アディスアベバ[エチオピアの首都]出身、マサチューセッツ工科大学(MIT)で都市計画を学んだ彼ははっきりと述べる。スラット氏とアセファ氏ともに同じ一人の経済学者を引き合いに出し、自分たちの論拠の裏付けとした。その経済学者とは、リチャード・フロリダ氏のことである。

不況から脱出するための「即効薬」

 トロント大学に籍を置くこの教授は世間ではほとんど知られておらず、また同輩から少なからず批判を浴びているが、15年来、地方の政策決定者に対して多大な影響力を有している。彼の理論は極めて単純である――工業や生産業、採掘業といった「古い経済」は消えていき、「クリエイティブな経済」がとって代わるというものだ。この理論は2002年から何度も繰り返されており、彼の著書『クリエイティブ資本論――新たな経済階級の台頭(The Rise of the Creative Class)』[邦訳は2008年にダイヤモンド社から刊行](1)はベストセラーとなった。都市が目指すべきは、高速道路や会議施設の建設、税制上の優遇措置や補助金の交付によって企業を誘致することではもはやなく、「優秀な人材」を惹きつけることである。優秀な人材とは、アーティストやエンジニア、ジャーナリスト、建築家、行政機関のリーダー、金融専門家、法学者、研究者を指し、イノベーションを起こしたり、新たなアイデアを考案したり、あるいはより大まかに言えば、富を生み出すために知的資産を活用する人々のことを指す。要するにスラット氏やアセファ氏のように名高い大学を卒業し、意思決定を行う職務に就くことでたっぷりと報酬を得ている(それぞれ年間13万2000ドル・16万7000ドル(2))人々のことだ。

 平気でざっくりした計算をするリチャード・フロリダ氏によると、こうした「クリエイティブ・クラス」はアメリカの労働人口の30%、購買力にいたっては70%を占めているようだ。この「エリート中のエリート」を惹きつけるために、この経済学者は「すぐに使える」解決方法を提案している。それは彼らのイメージに合わせて都市をつくることだ。この「エリート中のエリート」はしばしば高給取りの若者たちだが、この層はもはや昔の「ホワイトカラー」のように郊外に住むことを良しとせず、ヨーロッパのように自転車で通勤でき、朝の3時にも営業しているレストランがあり、フェアトレード商品を消費することができる「ダイナミックな中心街」を好むようだ。彼らは「さまざまなバックグラウンドの人々」と生活することと同様に「街の活気、個人経営カフェ、美術、音楽、アウトドア」を特に好む。窮地を切り抜けようとする都市は、彼らの要望に従って自転車専用レーンやコンサート会場、美術館を作り、差別と戦い、高水準の大学に対して財政援助などにより街の印象を変えていく必要があるのだという。

 リチャード・フロリダ氏は「経済成長の3つのT」という表現で自身の理論をまとめた。3つのTとは寛容性(Tolérance)、才能(Talent)、技術(Technologie)を指す。そして(同性愛カップルや外国人、ヴィジブル・マイノリティー[訳注1]の比率や、登録済みの特許やスタートアップ企業の数、大卒等資格保有者の割合といった)雑多なデータを取り混ぜて、(「ゲイ指数」「ボヘミアン指数」「才能指数」といった)さまざまな指数と[クリエイティヴィティ・インデックスと名付けられた]都市のランキングリストを作成した。各都市が自身の進捗状況を把握できるよう、彼はこのリストを定期的に更新し、また、新たな市場確保に向けて調査の対象をヨーロッパとカナダの都市へ広げた。

 この方法は「クリエイティブ・クラス」にいる人々の関心を直ちに集め、国家の諸問題に対する解決策として紹介されたことで彼らは喜んだ。メディアや官公庁の政策決定者、企業のトップはリチャード・フロリダ氏を誉めそやし、彼は世界中で開かれる講演会に招待された。彼の著書が2年に一度のペースで出版されるたびに鳴りやまぬ称賛とさらなる招待を受け、その結果、彼の理論は国境を越えた都市間競争における「ベストプラクティス[最良の方法]」としての地位を得た。シドニーからパリへ、またモントリオールからベルリンへ、世界中の主要都市は今やダイナミックで革新的、知的でクリエイティブ、持続可能な、そして常にネットワークに繋がったスマートな街であろうとしている。

 アメリカの多くの都市は脱工業化への解決手段を見出すべく、リチャード・フロリダ氏や彼のコンサルタント会社であるクリエイティブ・クラス・グループが提供するサービスに救いを求めた。また、既にクリエイティブな道を歩み始めている自治体は、自分たちの選択が励まされたように感じ、知的労働者を惹きつけるための努力をさらに強化した。後者はシアトルのケースであるが、フロリダ教授は2003年にシアトル市長の招へいを受けて講演を行っている。

 エメラルド・シティ[シアトルの愛称]とその周辺地域は、長い間シアトル近郊の豊かな森林の開発や北米で最大規模の港における造船業や港湾活動といった「古い経済」を頼りにしていた。とりわけ航空産業においては地域の花形企業であるボーイング社の存在もあり、第二次世界大戦後に好景気がもたらされた。当時の企業は多様性に関心を示さなかったものの、彼らが与えた十分な賃金のおかげで、黒人の中流階層が強化された。1970年にはシアトルがあるキング郡に住むアフリカ系アメリカ人の49%の家庭が住宅を所有していた。この割合は全ての人種・民族を含めたアメリカ国内の平均(42%)よりも高かった。今日その割合は28%に過ぎない(3)。「これは新しい技術の流行が原因です」とシアトル移住協会(Seattle Displacement Coalition)のジョン・フォックス氏は述べる。この協会は30年以上にわたってシアトルのジェントリフィケーションに歯止めをかけようとしている。「1970年代の不況でボーイング社は数千人の労働者、機械工、エンジニアを解雇しました。シアトルの人口は減り始め、不動産市場は崩壊しました。土地はもはや高価ではなくなったので、市の中心部の再開発を狙った民間資本が流入しました。1980年代の初頭からオフィスビルがいたるところに乱立し、若いプロフェッショナルや子供がいないカップルが街に流れ込んできました」。この話に続くのが「優秀な人材」事情だ。

 1986年、ビル・ゲイツ氏がマイクロソフト社の本部をシアトル北東のレドモンドに移転した。6つの建物に分かれた「キャンパス」で働く従業員は当時800人程度しかいなかったが、現在は4万4000人に上る。1987年、ハワード・シュルツ氏がスターバックス・コーポレーションを設立し、後にシアトル系コーヒーチェーンとして全世界を席巻することになる。そしてジェフ・ベゾス氏が1994年にアマゾン社を創設した。ごくありふれたオンライン書店は瞬く間に電子商取引界の巨人となった。リチャード・フロリダ氏の著書が出版された2000年代初頭、シアトルはフロリダ氏の提唱する(他の全指数を統合した)「クリエイティヴィティ・インデックス」において5位を占めた。シアトルはモダンで画期的な主要都市の見本のような存在となった。シアトル市観光局は「エメラルド・シティ」という伝統的な市の愛称を、ネットワーク産業を示す音と文字を掛け合わせて“See@L”(4)に置き換えようと試みたほどである。これほどまでの大胆さに魅了されたフロリダ教授は、この主要都市シアトルを彼の持論を展開するために常に引用した。シアトルもまた、フロリダ教授の理論を市の施策の正当性を弁護するときの拠りどころとするのだった。

ヒップスターの天国はどこに?

 15年前からアメリカの都市は優秀な人材の獲得競争を展開しており、シアトルは「3つのT」を満たすためならどんなことでも実践し、他の都市にとって手ごわい競争相手として幅をきかせてきた。市の都市計画事業では、大事なビジネスマンたちのために、古くからある工場を派手なオフィスへ転用することが許可された。また、市は彼らのために自転車専用レーンを設置し、有機栽培を実践する共同菜園作りを促進する。市はさらに「スタートアップ・シアトル・プログラム」や毎年市庁舎で開催される「スタートアップ・ウィークエンド」によって「スタートアップ[起業家]精神」を奨励する。また、「人種的・社会的正義のためのイニシアティヴ」によって「制度に潜む差別問題」に立ち向かう。この戦いには企業も参画している。スターバックス社はシアトル・シアター・グループ[シアトルの非営利芸術活動団体。市内3か所に映画館を経営する]とのパートナーシップの一環で、「若いアーティストが輝くための舞台を与えている」。アマゾン社は職場内の多様性を促すための様々な企画——「LGBTQコミュニティー」のための“ Glamazon”、女性のための“Woman@Amazon”、黒人のための“Black Employee Network”、障害者のための“Amazon People With Disabilities”等、さらには“Amazon Warriors”のように退役軍人のためのプログラムさえも設けている。

 これらのプログラムの成功は約束されていた。シアトルは2012年のクリエイティヴィティ・インデックスでテキサス州オースチンから4位を奪った。同年、旅行雑誌Travel+Leisureではポートランドやサンフランシスコといった西海岸の近隣都市をしのぎ、「ヒップスターにとって最良の街」という念願のタイトルを獲得した。この栄誉はその4年後にも、マーケティング調査に携わるインフォグループ社によって更新された。この会社が提供する「ヒップスター指数」は、タトゥースタジオやサイクリングショップ、個人経営カフェ、地ビール醸造場、古着屋、レコードショップの数を集計したものである(5)。シアトルのタウン誌に言わせれば、シアトルは今や「イノベーションを起こすため、自分らしくいるため、そして多くの人にとって、価値を共有できる人と暮らすためにやってくる場所」だ(6)

 世界中の高学歴者を惹きつけて、シアトルの人口はめざましいほど増加しているが、この数年で勢いはさらに加速した。2015年7月から1年で2万1000人が転入し、市の人口は70万人に達した。かつての「ジェットシティ」には、年々より多くの高学歴層、富裕層、白人、男性がやってくる。彼らは[シアトルに本社を置く]アマゾン社やマイクロソフト社、スターバックス社、グーグル社やフェイスブック社のエンジニアリング・センター、あるいはまた市内に数多く存在するスタートアップ企業に勤務するエンジニア、IT関連技術者、アルゴリズムやマーケティングの専門家、広告業者だ。最新の人口調査によると、シアトルの25歳から44歳までの男女の割合は、女性100人に対して男性は118人である。セントラル・ディストリクトなどいくつかの地区では、1970年に73%だった黒人の割合が20%以下に減少した(7)

 シアトルはいつも、シリコンバレーのモデルと対比されながら位置付けられてきた。シリコンバレーにあるIT関連の大企業は、いくつかの例外を除き、郊外に立地し、レストランや美容室、スポーツジム、診療所が備わった複合施設の中に入っているが、ここシアトルの企業の大半は、かつて労働者の居住地区や工業地区であった市の中心部にオフィスを構える。「我々はシアトルの中心部に投資することを意識して選択しました。郊外にオフィスを開いたほうがもっと安く済んでいたでしょうが(……)我々の従業員は街の中心にいることを好みます。従業員の15%は職場と同じ街区に居住し、20%は徒歩で通勤しています」。アマゾン社のホームページにはこのように「フロリダ語調」で掲載されている。この企業は自身の「都会的なキャンパス」に大きな誇りを持っており、実際、週に2回開催される無料見学に参加するには3か月前に予約を申し込まなければならないほどだ。

 現在、このオンラインショッピングの巨大企業は「エメラルド・シティ」内に33棟のビルを所有している。その他にも建設中の施設がいくつかあるが、特筆すべきは150メートル級の高層ビル4棟と、エコロジーかつ革新的で、従業員の幸福感を満たす未来のオフィスとアマゾン社が紹介している3つの巨大なガラス張りの球体だ。多くの車が周囲を行き来する、緑が詰まった宝石箱のようなこの「バイオドーム」には、300種類の草花や樹木、植物の壁、池、空中回廊が収容される予定だ。従業員たちは鳥の巣のように高所に設置された会議室に向かうとき、その回廊を通ることになるだろう。

 シアトルにあるアマゾン本社には現在4万人が勤務している。この企業は採用活動をとても頻繁に行っているため、新たに社員を募集する求人ポスターを路上のあちこちに貼っている。アマゾン社はサウス・レイク・ユニオン地区で建物のネットワークをクモの巣のように張り巡らせたが、これはマイクロソフト社の共同設立者であるポール・アレン氏がトップを務める不動産開発業者、Vulcan Real Estate社の協力のもとに行われた。アマゾン社長のベゾス氏はこの会社から2012年に11棟の建物を10億ドル以上の価格で購入した。サウス・レイク・ユニオン地区はかつて倉庫や工場、自動車の販売店からなる迷宮の様相を呈していたが、今や低木は綺麗さっぱりと刈り込まれ、新しく清潔な歩道が並ぶ屋外のショッピングモールのようだ。夜間と勤務時間帯こそ人気のない路上には、昼休みともなればアマゾン社の青いバッジをつけた人たちで溢れかえる。多様な出自で、晴れた日にはTシャツにバミューダパンツ姿で現れる若者たちは、エキゾチックで、グルテン・フリーのオーガニック料理を求めて移動販売車やレストランへ急ぎ足で向かっていく。

犬専用スパと有機鶏の飼育

 かつて工場労働者が住んでいた近隣地区では、クレーンやトラクターショベルが動き回る。不動産開発業者は[都市部にとり残された]最後の庶民向けの住居を次から次へと取り壊し、都会的で洗練された顧客をターゲットにした複合型マンションを建設している。つい最近建設されたもののうち、あるマンションは屋上の家庭菜園やペットを入浴させるための共用スペース、シェフに腕前を披露してもらうための料理デモンストレーション向けのキッチンを備えている。別のマンションでは有機鶏を飼育する協同組合やハンモック付きのサンルーム、ポーカールームが提供されている。また他のマンションでは犬猫専用スパやビール醸造設備、未来の職人のための創作アトリエを自由に使用できる。こうした豪奢なマンションにおいては価格もまた「クリエイティブ」であり、最も狭いワンルームタイプでも家賃が月1,500ドルに設定されている。

 市がゾーニング[土地を住宅地域や商業地域などに分類し、建設できる建物の種類や高さを制限すること]に関する規則を改正し、一戸建て住宅専用地域に高層ビルの建設を許可したことにより、これまでは市の中心地区に限られていた不動産投機はそれ以外の地域にも広がるようになった。「私たちはこれを『バラード化』と呼んでいます」とこの現象の名付け親でバラード地区の住民、リンダ・メルヴィン氏は笑って話す。「不動産開発業者は2、3戸の家を買収し、そこに15ないし20世帯が入居するビルを建設し、高額な家賃を設定して賃貸に出します。これによって緑地が消滅し、駐車スペースが不足して交通渋滞が発生し、不動産市場が高騰するのです」。魅力に欠け、幾何学的で、いかにも「レゴのブロック」を彷彿とさせる新築のビルを指差しながら、彼女はそのように述べた。私たちは正方形の小窓が一列に並び、実に刑務所に似た建物の前を通り過ぎた。「不動産開発業者らはこれを『マイクロ・アパート』と呼び、学生や単身者をビシネスの対象としています」。約10平方メートルの面積には寝室と台所、シャワー室がすべて含まれ、家賃は月800から900ドルとなる。これがこの街に住むのに最も経済的な方法だ。さもなければ公園内に張ったテントの中や橋の下、高速道路のランプウェイの横で眠ることになる。現在このような生活を余儀なくされているホームレスがキング郡には1万730人いるが、その数字は2016年に比べて8%上昇しており、かつてこれほどの数に達したことは一度もない(8)

 アマゾン・ブームの到来以降、シアトルの不動産価格は年に10%上昇している。「不動産所有者が望めば家賃は上がり(9)、シアトルは庶民階級にとってますます住めない街になっています」とフォックス氏は認める。「しかし、レストランには給仕係が、商店にはレジ係が必要です……。彼らはシアトルに住むことができないため、ケント、レントン、タックウィラ、オリリアのように、郊外でも徐々にシアトルから離れた地域に暮らすようになっています」。事実、我々が出会った未熟練労働者の中で(多くは少数派に属する女性だが)、シアトルに住んでいるという人はほとんどいなかった。スーパーマーケット従業員、ウーバー社の運転手、個人宅の家政婦、銀行の警備員、ファストフード店の販売員、美術館の窓口係など、彼らは皆通勤に何十キロもの距離を移動しなければならないようだった。2021年を目途に最低賃金を時給15ドルに引き上げる決議が2014年にシアトル市議会で採択されたものの、これだけでは不動産価格の高騰を埋め合わせることができない。「経済が必要とする労働者に住宅を供給するには、市場の力では無理があります。これは『資本主義の矛盾』の典型例です」とクシャマ・サワント氏はマルクス主義的な言葉を使ってこのように述べる。サワント氏は2013年に7人の民主党員とともに当選したシアトル市議会議員であり、1877年以来初めて市庁舎入りした「社会主義者」である。2016年の民主党予備選挙でバーニー・サンダース氏を支持したこの経済学博士は、家賃に関して厳しい規制を導入するよう訴えている。

 リチャード・フロリダ氏のクリエイティブな都市[シアトル]もまた、内包する「矛盾」の中でもがいている。表面上は進歩主義的にみえる倫理や衛生、環境面の懸案事項から発案されるいくつかの政策は、実際のところは庶民階級に不利益を被らせている。若く優秀な人材を惹きつけるために用いられる魔法の言葉は、民族的・性的多様性に配慮はするものの、間接的に社会の多様性の後退となって現れる。紙袋への課税やワシントン湖を跨ぐ橋の一つに導入される通行料は、貧困者には特に重荷である。自転車専用レーンや「緑の」ビルの出現は、しばしば家賃の上昇を予兆する。しかし何よりおかしな事例は、おそらく肥満対策に関することであろう。(バークレイやシカゴ、フィラデルフィアのような)他の「知的な」都市の例にならい、シアトルは2017年6月、糖分を含んだ炭酸入りソフトドリンクへの課税制度を導入した。2リットルのペットボトル1本につき約1ドルを課すこの税金は、庶民階級が多く消費する炭酸飲料に特に狙いをつけたものだが、クリエイティブ・クラスが好むカフェラテやフラペチーノ[スターバックス社が提供するコーヒー飲料]といった乳飲料は、同じくらい高カロリーであるにもかかわらず、市議会が定めた課税の対象から免除された。

 「いたるところで人々は有頂天になっています ——『おお、シアトルよ、進歩主義の輝くともしびよ』と……。しかし、我々が住むシアトルは非常に不平等な街です! 我々は、庶民階級に住む場所を提供できていないのです。不動産開発業者は市役所に自由に出入りしています。そして、ワシントン州には所得税がないので、我々の財政制度はアメリカ国内で最も逆進性が強いのです。様々な税金に充てられる富裕層の収入の割合は、貧困者のそれより低いのです」とトビー・セイラー氏は嘆く。引退した弁護士で、やはり「バラード化」の道を辿っているフリーモント地区の住民であるセイラー氏は、民主党の左派で活動している。彼がとりわけ悔やんでいるのは、近隣都市の大半が実施しているように、不動産開発業者にインパクトフィー[開発によって必要となるインフラ整備費用の増加分を開発者が負担すること]をシアトルが課さないことだ。多くの庶民グループは彼の要求を支持する。「不動産開発業者はただただ建設してばかりではいけません。彼らは自分たちのプロジェクトに対する結果の代償を支払う必要があります。学校や交通機関、道路や下水道管理、火災防止策にかかる費用も賄うことがその例です」とシアトル・フェア・グロウス協会(Seattle Fair Growth association)[不動産開発に反対するシアトル市の市民団体]のメンバーで、不動産開発業者が最近投資したウォーリングフォード地区に住むスザンナ・リン氏は説明する。

新たな都市計画は不動産開発業者を大いに喜ばせる

 市議会議員たちは[不動産開発業者の]Vulcan Real Estate社やR.C.Hedreen社、City Investors社——選挙活動に多額の資金援助を提供している(10)——のロビイストの不満を買うよりも、「大妥協[訳注2]」と名付けられたHousing Affordability and Livability Agenda (HALA)[手ごろな価格で住みやすいハウジングの促進を図る市営事業]をあてにする。この「大妥協」において、市は都市計画の変更を承認し、一戸建て住宅区域に大きなビルを密集させて建設することも許可し、不動産開発業者の要望を満たした。そのかわりとして不動産開発業者は事業のうち(地区に応じて)2ないし9%の住宅を安価な価格で提供するか、市に対し税金を支払うことを約束した。「これによって今後10年で5万戸の住居の建設が可能となるでしょう。供給の増加は価格の上昇を抑えるでしょう」とシアトルのビジネス街を見下ろすオフィスでスラット氏は断言する。これはリン氏の意見とは相容れないものだ——「我々は依然経済成長を目指す競争の渦中にいます。『大妥協』は住宅問題を解決することなく不動産開発業者の懐を潤すでしょう。また、これは何の協議を経ることもなく市の上層部から我々に押し付けられた決定です」。この事業の立案を担当する委員会の構成メンバー28人のうち、18人が不動産開発業者の利益を代弁していたが、地区の様々な団体の利益を代弁していたのは1人しかいなかった……。

 同じワシントン州でも、シアトルより東部に位置するグラント郡やアダムズ郡で[シアトルで見かける]レインボーフラッグを見かけることはめったにない、それどころか存在すらしない。これはヨガ教室やレコードショップについても同様だ。国内を横切るトラックしか走らないような農村地帯や工業地帯といったところでは、有権者たちは大統領選挙でドナルド・トランプ氏に投票した——ワシントン州で最も貧しい25郡のうち、24郡が彼を選んだのだ。多様性を奨励するがクリエイティブ・クラスをひいきし、学歴社会へ転換するために工業を放棄し、「緑」の発展を称賛しながらも地元経済は森林や大地からの搾取に依存しているシアトル流の進歩主義は突飛なものだ。



  • (1) Richard Florida, The Rise of the Creative Class : And How It’s Transforming Work, Leisure, Community and Everyday Life, リチャード・フロリダ『クリエイティブ資本論――新たな経済階級の台頭』Basic Books, New York, 2012 (1re éd. : 2002).
  • (2) 1ドル0.85ユーロ(2017年11月現在)
  • (3) Gene Balk,« The rise and dramatic fall of King County’s black homeowners », The Seattle Times, 2017年6月12日
  • (4) Serin D. Houston, « Ethnography of the city : Creativity, sustainability, and social justice in Seattle, Washington », Geography - Dissertations, Paper 69, université de Syracuse, 2011.
  • (5) Katrina Brown Hunt,« America’s best cities for hipsters 2012 », Travel+Leisure, New York, novembre 2013 ;« Study : Seattle tops Portland as most “hipster” city in US », Infogroup.com, 2016年7月27日
  • (6) Rachel Hart, « Sanctuary pages », Seattle Magazine, 2017年4月
  • (7) Gene Balk,« Historically black Central District could be less than 10 % black in a decade », Seattle Times, 2015年5月26日
  • (8) Vernal Coleman,« Homeless in state increased last year », Seattle Times, 2017年6月7日
  • (9) Ils doivent simplement prévenir plus de soixante jours à l’avance si l’augmentation est supérieure à 10 %.
  • (10) Casey Jaywork,« How Amazon and Vulcan bought their way into city hall this year », Seattle Weekly, 2016年3月8日参照

  • 訳注1]容姿から判断可能な少数民族を指す。リチャード・フロリダ氏が在籍するトロント大学が所在するカナダの雇用均等法では、「先住民族を除く、非白人系人種または肌の色が白くない人々」と定義されている。
  • 訳注2]アメリカ政治においてしばしば表現される用語であり、対立する利害を調整するために生み出された策に対して用いられる。1787年建国当初の連邦議会議員選挙で、上院議員の選出方法について意見が2分して激しく議論されたが、下院の定員を人口比例とするのに対し、上院の定員は各州2名とすることで決着した。このときの2者間の妥協が「大妥協」と呼ばれるようになったことに由来する。

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年11月号より)