農家を脅かす多国籍企業

アフリカにおける遺伝子組み換え作物を巡る闘い


レミ・カレイヨル(Rémi Carayol)

ジャーナリスト


訳:村松恭平


  多国籍企業による種子支配が進む一方、そうした流れに抗う運動もまた世界各地で生じている。欧州では遺伝子組み換え作物(GMO)に反対するいくつもの団体が「エコサイド」、すなわち生態系破壊を根拠としてモンサントを「告発」した。彼らはこの「民衆法廷」を2017年4月にハーグで開き、この米国の巨大種子企業に「有罪判決」を下した。そして、GMOを巡る賛成派・反対派の闘いはアフリカでも今繰り広げられている。[日本語版編集部]


©︎Billie Zangewa. – « The Dreamer » (La Rêveuse), 2016

 ブルキナファソの[南西部]ボボ=ディウラッソの周辺で綿花を生産するポール・バドゥン氏にとって、それは思いがけないよい知らせだった。ほんの1年前、「あの忌まわしいBt綿」を栽培する必要はもうないだろう、と一人の友人が彼に言ったのだ。その友人は数年前から、ブルキナファソの繊維会社SofitexからBt綿の生産を強いられていた。“Bt”とは数種類の虫に耐性を持つ細菌、バチルス・チューリンゲンシスのことである。コンコレカン村の山手にあるベンチに窮屈に腰掛けているバドゥン氏と彼の友人たちは、遺伝子が組み換えられた綿花に対する怒りを言葉では十分に言い表せない。彼らは非常に高価なその綿花のせいで借金せざるをえなかったし、Sofitexが確約していた生産性も結局実現されなかった。さらに、Bt綿を収穫していた女性たちは病気にかかり、その葉を食べていた家畜は死んでしまった。主に綿花と家畜を頼りにして存続しているこの村は、窮地に追いやられていた。今では遺伝子が組み換えられた綿花はブルキナファソの綿畑からなくなり —— 少なくとも今のところは ——「コンコレカン村ではすべてが順調に回復しています」とバドゥン氏は喜んでいる。「綿花は以前より重くなり、家畜も健康に育っています。遺伝子組み換え作物はもう望んでいません。もうこりごりです!」

 モンサントのBt綿を採用してから7年が経ち、ブルキナファソの綿産業を支配する3つの会社(Sofitex、Socoma、Faso Coton)は2016年半ば、質が悪く、生産性も期待外れだったこの製品の使用を取り止めることを決めた。Bt綿は国内生産量の70%を占めていたが、こうしてその後はまったく生産されなくなった。Socomaの社長アリ・コンパオレ氏は「私たちは何一つ後悔していません。2016年から2017年にかけてのシーズンは[遺伝子組み換えでない]100%従来型の綿花を生産しましたが、とても良い収穫結果となりました」と喜ぶ。種子の半数がモンサントとブルキナファソ環境農業研究所(Inera)の実験所からまだ与えられていた昨年の収穫量は581,000トンだった。それに対し、今年は683,000トンに増加した(+17.56%)。1ヘクタール当たり885キログラムだった平均生産量も922キログラムに増えた(+4%)。綿産業に従事する人々をまとめる組織、ブルキナファソ・コットン職業協会(AICB)は「繊維の質は非常に改善し、長くなりました」と説明を付け加える(1)

 綿花はブルキナファソの国内総生産(GDP)の4%以上を生み出し、この国の5人に1人の住民がそれで生計を立てている。長い間、西アフリカのこの小さな内陸国の第一位の輸出品だった綿花は、2000年代初めにその座を金に譲ったものの、35万人の生産者と約25万の農場 —— その大部分が小規模で家族経営である —— がこの産業には存在する。環境省が2011年に出した報告書では、「綿花は貧困と闘うための手段、そして、農村地帯に住む人々の生活条件を改善するための手段であることが明らかになった」と記されていた(2)。したがって、遺伝子組み換え版の綿花がもし悪い結果をもたらせば、最も重要な産業部門を壊滅させる恐れがあった(3)

 官公庁の発表によれば、ブルキナファソの試みは全世界に模範として示すべき成功だった。特に優れた生産性を生み出し、農民は健康になり、生産量も上昇したという......。Bt綿の初収穫からほんの1年後の2010年、モンサントから定期的に出資を受けていた数名の研究者が発表した調査報告には、「ブルキナファソの試みは、バイオテクノロジーを活用した製品の導入に必要なプロセスと手続きに関する完璧な例を提供している(4)」と記載されていた。だが、警戒すべき兆候はすでにその年に現れていた。「ブルキナファソの研究者たちは、最初の実験からすでに問題があることに気付いていました」とこの産業の重要な関係者が明らかにしている。彼は守秘義務によって発言を制約されているため、名前を明かさないことを求めた。「しかし、モンサントの社員は心配する必要はないと私たちに言い、種子は改善すると断言していました......。2010年に様々な困難に直面していた綿花業界は、“この問題を解決するのに3年だけ待ちましょう”とモンサントに言いました。しかし、何も変わりませんでした。私たちは騙されたのです」

 Bt綿の繊維は品質が下がり、期待はずれの結果ばかりだった。遺伝子組み換えが導入される前には長繊維綿はブルキナファソの生産量の93%を占め、一方、短繊維綿は0.44%だった。その比率は2015年に逆転し、長繊維綿21%、短繊維綿56%となった(5)。結果、かつて評判が高かったブルキナファソの綿花は、その名声も価値も低下した。

 それ以後、この問題について噂されるようになり、より多くの人々が失敗の原因について知るようになった。モンサントとIneraが遺伝子操作をずさんに行っていたのだ。「通常、戻し交配(親の性質に近い遺伝結果を獲得する目的で、ある雑種をその両親のどちらかとかけ合わせる行為)は6、7回繰り返さなければなりませんが、彼らはそれを2回しか行っていませんでした」と遺伝学者のジャン=ディディエ・ゾンゴ氏が説明する。彼はブルキナファソでGMOと闘う重要人物の一人だ。Ineraの研究所でもそのことをもう隠してはいない。「事態は切迫していました。この業界は多額の損失を被っていたため、人々はすぐに答えを欲しがっていました」と実験室助手がその理由を述べる。

 その背景には、1990年代の初めに害虫が綿畑を侵食し、生産が落ち込んだという事情があった。農民たちは借金を負うようになり、別の作物の栽培に切り替えようとした。「綿産業は危機に見舞われました。何をするべきか、私たちには分かりませんでした」とブルキナファソ綿花生産者全国連盟を設立したフランソワ・トラオレ氏が思い返す。モンサントが「奇跡の解決法」、すなわち「遺伝子組み換え技術」を携えてやって来たのはその時だった。「私たちには失うものは何もありませんでした。そして、急ぐ必要がありました」とAICB会長のジョージ・ヤメオゴ氏が振り返る。

 この米国の巨大企業は2016年9月、ボボ=ディウラッソの事務所を開設した2009年の時のように、こっそりとそれを閉鎖した。彼らはこのサヘル地域[サハラ砂漠南縁部に沿って東西に広がる地域]の小国をアフリカ大陸に乗り込む「トロイの木馬」としていただけに、この失敗はなおさら辛いものだった。2011年、モンサントとIneraは研究報告の中で「もしこれが成功すれば、アフリカで別の遺伝子組み換え作物もまた導入し、発展させる道を開くだろう。遺伝子組み換え作物の栽培が可能だということをブルキナファソは他の国々に示すだろう(6)」と書き記していた。だが、ブルキナファソが被ったこの災難がこの地域に生じていた熱意をいくらか冷ましたとしても、GMOをアフリカ全体に広げようとする推進者たちの野心を葬り去ることはなかった。むしろ、まったくその逆であった......。

 1997年からすでにGMOを導入していた南アフリカは、長い間、それを受け入れていたアフリカで唯一の国だった。今日ではこの国のトウモロコシの80%、大豆の85%、綿花のほぼ100%の遺伝子が組み換えられている。他の国々が遺伝子組み換えを試みたのは、2000年代末になってからのことだ。エジプトは2008年にBtトウモロコシの生産に乗り出すと発表した。同年、数年に及んだテストの後、ブルキナファソがBt綿の栽培を開始すると発表した。2012年には今度はスーダンが「メイド・イン・チャイナ」のBt綿を導入する決断をした。これら3カ国による実験の結果は芳しいものではなかった。2017年においては、国内で情報を得るのが非常に困難なスーダンだけが、その実験を継続している。

 それでもやはり、「遺伝子組み換え作物への抵抗は弱まりつつあります」と国際アグリバイオ事業団(Isaaa)が喜ぶ。アフリカ大陸で遺伝子組み換え作物を促進するために創設されたこの民間組織は「それらを受け入れようとする新しい波が生じつつある(7)」と考えている。GMOの生産と商品化を規制するものと考えられている「バイオセキュリティ」法がいくつもの国で可決されたものの、そうした国々の多くはすでに彼らの国の土壌においてテストを許可している。まずは人目につかない場所で、その後には広々とした畑でテストが行われている。たとえば、ブルキナファソのトウモロコシと黒目豆 —— 綿花で失敗したにもかかわらず ——、エジプトの小麦、カメルーンの綿花、ガーナ(綿花・米・黒目豆)、ケニア(トウモロコシ・綿花・マニオク・サツマイモ・モロコシ)、マラウイ(綿花・黒目豆)、モザンビーク(小麦)、ナイジェリア(マニオク・黒目豆・モロコシ・米・トウモロコシ)、ウガンダ(トウモロコシ・バナナ・マニオク・米・サツマイモ)、さらにはタンザニア(小麦)がそうしたケースとして挙げられる。

 GMO促進の動きのなか、英語圏の2つの国が特に突出している。まずは東アフリカの経済の原動力となっているケニアで、IsaaaのようにGMOを促進する多くの組織の本部が迎え入れられている。2015年1月、モンサントがそれまではヨハネスブルクに置いていたアフリカ本部を移した先は[ケニアの首都]ナイロビだった。この国の政府はBt綿とBtトウモロコシの生産をまもなく許可する見通しだ。

 アフリカ大陸で南アフリカに次ぐ経済大国であるナイジェリアも同様に、GMO促進者たちのお気に入りの国だ。この国は最も巨大な市場になる可能性を秘めている。2050年には約4億人が住む、世界で3番目に人口が多い国になるかもしれない。ブルキナファソの試みを例として挙げつつ行われた論争 —— それが失敗したことはまだ秘密になっていた —— 後の2015年、下院が最初の実験を許可した。2016年の秋にはナイジェリア科学協会(NAS)が遺伝子の組み換えられた食料について、それらを消費しても危険はないと宣言した。

 しかし、これら二つの国においても「生物の私有化」は全国民の合意を得ているとはまったく言えない。2016年3月、ナイジェリアの約100の組織 —— その中には農家たちの組合、学生運動、その他さまざまな団体があった —— がモンサントの計画に抗議しようと行政当局に手紙を書いた。民主主義と発展のための機関(CDD)の代表であり、この運動の主要人物でもあるジブリン・イブラヒム氏は、この米国の種子企業の戦略は「すべての農民を隷従させる」ことを狙いとし、ナイジェリアをアフリカにおける新たな拠点にしたと非難する(8)

 同じ頃、西アフリカでは約300の団体によってキャラバン隊が作られた。彼らは2016年にブルキナファソからマリを通り、セネガルまで移動した。「私たちの目的は、主な関係者、すなわち農民や行政当局に、GMOが農村経済と生物多様性にもたらす危険性について関心を持ってもらうことです」とウスマン・ティヤンドレベオゴ氏が説明する。ブルキナファソの農民闘争を率いる彼は、2016年10月に諸団体が団結してハーグで企画された「モンサント国際裁判」の審問に参加した。この「民衆法廷」は2017年4月18日、この米国の種子企業に対して法的拘束力のない「有罪判決」を下すに至った。

 アフリカの至るところで闘いが準備されている。カメルーンでは2012年に、Sodecoton(ブルキナファソのSofitexような大手繊維企業)がBt綿を生産する方針を発表してすぐ、「遺伝子組み換え作物は危険だ」という名前の一つの団体が形成された。その推進者の一人であるベルナール・ニョンガ氏は、Sodecotonの計画を取り巻く「秘密」と「透明性の欠如」を非難している。「私たちはプロセスを見張りたいのです」と彼は説明する。「私たちは遺伝子組み換え作物に対して断固反対しているわけではありません。カメルーンの市民が事実を十分に知った上で決定ができるよう、あらゆる情報を公開してほしいと要求しているだけです。ですが、私たちは何の情報も得られていません。何も伝えられていないのです。そして畑では、Sodecotonが農民たちに幻想をちらつかせています。[遺伝子組み換え作物の導入によって]高い生産性が実現され、薬剤散布の回数がより少なくなる、と......」

 GMOに反対する人々は、恐るべき強大な敵に立ち向かわねばならない。1990年代末からアフリカが持つ可能性を見て取ったモンサント以外にも、ドイツ企業バイエル(モンサントを買収することが見込まれている)、米国企業デュポン・パイオニア、さらにはスイス企業シンジェンタ(中国企業ケムチャイナ[中国化工集団公司]によって買収された)がこの大陸に目をつけた。Isaaaの表現によれば、アフリカ大陸は制覇すべき「最後のフロンティア」だという。地球上で、耕作できるがまだ手付かずの土地の60%がそこにはあり、GMOに充てられている畑の面積は[アフリカ全体のたった]3%だ(Isaaaによれば、その面積は米国が7,000万ヘクタールであるのに対し、アフリカは260万ヘクタール)。

 モンサントはナイロビの本社に加え、マラウィ、ナイジェリア、南アフリカ、タンザニア、そしてザンビアにも事務所を開設した。この種子企業のエリア・マネージャーを務めるギャネンドラ・シュクラ氏は、GMOがすでに綿花市場を制覇しているインドで生まれた。彼がナイロビにやってきた2015年1月、この大陸に「多くの可能性」があることを発見し、喜んだ。「今日、アフリカの人口は11億人ですが、2100年には40億人まで増加するでしょう」と彼は詳しく述べる。「ですので、とにかく食料を生産しなければなりません」。サハラ以南の土地の95%がまだ商業的農業のための農地になっていないことを指摘する彼は、彼自身の目的が、自分の国で行われているように「小規模農家と一緒に」働くことであると言葉を付け足した(9)

 アフリカ大陸への進出はより最近のことであるが、その展開が同じぐらい際立っていたバイエルにも同様の野心がある。このドイツの会社はすでにケニアと南アフリカに事務所を構えていた。バイエルは今では西アフリカとアフリカ中部を手中に収め、その地域の新たな支部としてバイエル・ウエスト&セントラル・アフリカ(BWCA)を創設した。その本部はコートジボワールに置かれ、ガーナ、ナイジェリア、カメルーン、マリにも事務所が開設された。

 いくつかの種子企業はその征服の初期において、市民の抵抗に屈することがほとんどない、この大陸の「強権」体制に話を持ちかけた。すなわち、エジプトのホスニ・ムバラク氏、スーダンのオマール・アル=バシール氏、ウガンダのヨウェリ・ムセベニ氏、さらにはブルキナファソのブレーズ・コンパオレ氏らだ(コンパオレ政権は2014年10月に倒された)。それら企業は南アフリカの不安定な政情をも利用する術を知っていた。アパルトヘイトの支配からようやく脱していた頃、この国は遺伝子組み換え技術の誘惑に負けた。GMOテクノロジーを駆使する巨大企業は、ピラミッド型の産業構造も利用した。その内部では農民には発言権がなく、与えられる種子や様々な原料を使うだけである。たとえば、ブルキナファソでは時折、綿花栽培農家が綿紡績会社に完全に隷属する農奴になぞらえられている。

 種子産業界は綿花栽培農家のためらいを取り除くために、見たところ反論できないような二つの目的を掲げている —— 人口の急増を背景とした飢餓との闘いと、アフリカ大陸で厄災となった殺虫剤の削減だ。だが、「アフリカの遺伝形質を守るための同盟」(Copagen)の事務局長ジャン=ポール・シケリ氏は「GMOは世界における食料不安と闘うために開発されたのではありません。それらはむしろ、農業関連の巨大バイオテクノロジー企業の金儲けのためなのです」と指摘する。事実、アフリカで栽培されるGMOの大半(特に綿花と大豆)は人々の食料にはなっていない。化学薬品に取って代わるものとしては、トーゴで行われたいくつかの試験が証明するように、遺伝子組み換え製品に訴える以外にも、別の解決策があると農業開発研究国際協力センター(CIRAD)は指摘している。

 人々の心を掴み、信頼を得るために、種子企業はバイオテクノロジーの大義に共鳴する協会・財団・NGOから成る集団を生み出した。それらの名前としては、アフリカン・ハーべスト、アフリカのための新経済パートナーシップ(Nepad)(10)が立ち上げた機関であるアフリカン・バイオセーフティ・ネットワーク・オブ・エクスパティーズ(ABNE)、アフリカビオ、アフリカ農業技術基金(AATF)、そしてIsaaaが挙げられる。Isaaaはとりわけ農民と政策決定者たちの視察旅行を企画し、彼らを説得するためにアフリカ大陸や、さらには大陸を越えた場所にも赴く。「彼らの影響力はとても大きく、企業の影響力をはるかに越えています。なぜなら、彼らは営利をまったく目的としていない組織だと自分たちのことを紹介しているからです」とアンフォージェーエム(Inf’OGM)のサイトを運営するクリストフ・ノワゼット氏が指摘する。モンサントを初めとする種子企業から出資を受けているこうした組織は、巨大財団(ビル&メリンダ・ゲイツ財団やロックフェラー財団)の支援や、米国国際開発庁(Usaid)を介して米国外交団からの支援もまた受けている。

 AATFは種子企業による大規模攻勢の前哨にいる。ケニアに拠点を置くAATFは、GMOの発展に不可欠なバイオセキュリティ法を採択してもらうためにアフリカの各国当局に働きかけている。彼らは多彩なプログラム —— それらは「Bt黒目豆」や「アフリカ向け水有効利用トウモロコシ」(Wema)のように、人道的なものとして紹介されている —— と大企業の間のつながりも作っている。

 「Bt黒目豆」プログラムでは、畑に大きな被害をもたらす害虫に対抗できる遺伝子組み換えの黒目豆の種子がテストされ、まもなくブルキナファソ、ガーナ、ナイジェリアの3カ国で商品化されようとしている。たんぱく質の重要な摂取源であるこのインゲン豆[の一種]は、とりわけそれが不足する期間(季節の終わり)に西アフリカの消費者から重宝されている。一方でWemaプログラムはケニア、タンザニア、南アフリカ、モザンビーク、ウガンダで展開されているが、通常の種子選抜法や遺伝子マーキング、あるいは遺伝子導入といった手段を使い、日照りに強いトウモロコシの新品種を作るというものだ。夢のような計画とみなされるWemaは、1990年代に盛大に開始され結局は大失敗に終わった「金の米」プロジェクトにしばしばなぞらえられている(11)。しかし、もしこのプロジェクトが成功すれば「誰もが説得されるかもしれない」とノワゼット氏は懸念している。

 飢餓や貧困との闘いを目的に掲げているこれらのプログラムは、多数の「人道主義的」イニシアティブの中に紛れ込んでいる。さらに、連帯精神の高まりがほとんど見られない中、このGMO技術はAATFとこの実験の参加国に対してモンサントから無料提供された。「私たちは権利使用料を要求することなく、ツールや遺伝子を彼らに提供しています。テストを実施しているのはIneraのような国の研究機関なのです」とドゥライ・トラオレ氏は去年説明していた。彼は当時、モンサントの西アフリカ地域の代表を務めていた。だがノワゼット氏によれば、「それはもっぱら彼らの意見に従う専門家を育てるのに利用されています。企業がその専門家たちを育成した後には、彼らはバイオセキュリティを専門とする国家機関に配属されるでしょうから」。モンサントの西アフリカ地域の元幹部も匿名を条件に語り、それにうなずく ——「これらの製品は企業にとってまったく利益になりません。モンサントほどの規模の企業にとっては黒目豆は取るに足らないものです。ですが、政策決定者 —— 彼らはこの種の地元作物に関心を抱き易く、それゆえGMOを導入する法律の採択を促し易い —— が[企業に対して]持っているイメージを高めることができます。また、様々な研究者とのつながりを作ることもできるでしょう」

 カナダ人の研究者、マシュー・シュヌールとクリストファー・ゴアが行った研究は、ウガンダにおいていかに(国や農民からの)要求に先んじて(種子企業やGMOに賛同する組織からの)提案がなされたかを明らかにしている。「科学と研究に投資を行うことは、懐疑的な政府を説得させるための重要な鍵とみなされている」とこの二人の研究者は述べている(12)。種子産業界は、アフリカ市場を獲得するためには、研究資金を集めることがなかなかできない科学者たちこそが狙い目だとすぐに理解したのだ。5年前からSodecotonが遺伝子組み換えの綿花をテストしているカメルーンでは、「その研究すべてに資金を出しているのはバイエル」とこの綿紡績会社の内部の情報筋が明らかにしている。

 数々の警告が発せられているにもかかわらず、一部の国々はBt綿に移行しようとしている。たとえばブルキナファソの隣国、コートジボワールの議会は、2016年7月に満場一致でバイオセキュリティ法を採択した。「私たちの関心は、綿花生産における苦労が軽減されることです」とコートジボワール綿花生産者連盟会長シルエ・カスム氏が説明する。「薬剤散布の回数が6、7回ではなく2回に減れば、状況はまったく変わるでしょう」

 [Bt綿で大失敗した]ブルキナファソですら、GMOの栽培をやめていない。「遺伝子を組み換えた綿に関するモンサントとの連携協力は確かに解消しましたが、バイオテクノロジーに再び頼るという希望を捨てたわけではありません」とSofitexの社長、ウィルフリード・ヤメオゴ氏が予告する。かくしてこの産業の関係者たちはバイエルとの協議を開始した。その間、2015年にモンサントから2億2,000万CFAフラン(34万ユーロ)を受け取ったIneraは、綿花だけでなくトウモロコシと黒目豆のテストを継続している。ブルキナファソの「バイオテクノロジーに関する西アフリカコミュニケーターネットワーク」(Recoab)会長であるシル・パイム・ウエドラオゴ氏も同様にひるんではいない。彼は隔週、アフリカではまだ数少ない科学雑誌Infos Sciences Culture —— 彼はその発行人で、2015年に発刊された —— の中で、あるシンプルな哲学を打ち出している。「立ち向かうべき相手はGMOではなく、その技術のコントロールを失うことです」。2017年8月6日に発行された号のルポルタージュの中で、彼は農村地帯での調査を「律義な農民たち」のポートレートによって締め括った。「彼らの大半は自分たちの健康を保ちながらも生産を最適化し、より多くの利益を実現するために、高い品質のBt綿を近い将来復活させることを望んでいる」

 GMOに賛同するロビー団体にとってブルキナファソの失敗は、モンサントが慌てて行動したことによる予期せぬ事故でしかなかったようだ。だが、この国の西側の3つの地域で、生産者203名に対して行ったCopagenの研究は、その被害の大きさを明らかにしている —— Bt種子を使用したことによって農家の生産コストは7%上昇したが、生産性まで約7%下がっていたのだ(13)。モンサントによる多くの約束の中では、殺虫処理の回数が少なくなるという約束しか守られていないとCopagenは断言する。この同盟はそれに加えて「欠陥のあるトレーサビリティ[生産履歴管理システム]」も告発している。10人のうち約4人の生産者が種子購入の際、あるいは収穫が終わった時に、Bt綿と通常の綿を混ぜていると話していたのだ。もっと信じられないことに、Bt綿導入から8年が経っても「生産者の大半は遺伝子組み換えが何なのか分かっておらず、Bt綿を単に品種改良された種子の一種とみなしている」とこの研究は指摘している。

 事実、農民たちが最もリスクに晒されているのだが、彼らはアフリカ大陸においてこの論争の蚊帳の外に置かれている。教育を受けていない彼らは自分たちの考えを主張するのに必要な手段を持っていない。市民も同じだ。このように、シュヌールとゴアはGMO採用の第一段階における諸決定が内輪で、すなわち、人目を避けて、民間・公共の出資者と規制当局、科学者の間で行われていると指摘する。

 シケリ氏は、本当の危険性はそこにあると考える。GMOは農家たちを犠牲にしながら、アフリカの農業を変えてしまうおそれがあるのだ。「アフリカでは農家は一般的に小さな区画を耕作します。複数の作物を同時に栽培し、農業と牧畜を組み合わせるので、環境・生物多様性・土地にとって非常に有益なのです。GMOの栽培はすべての点でそれとは反対の道を辿っています。なぜなら、GMOは割り当てられた巨大な土地での単一栽培を拡大させるからです」。シケリ氏によれば、この現象によって「土地を持たない農民」が生み出されるか、彼らが単なる農業労働者になるおそれがあるという。さらに、それは2006年1月のある日、Sofitexのある幹部が綿花栽培農家たちに親切めかして告げたことだ ——「有能な人は、数千ヘクタールの広さの畑に来て土地を耕すことになるでしょう。あなた方は農業労働者になるのです」。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年9月号より)