マニラの策略


フランソワ=グザヴィエ・ボネ(François-Xavier Bonnet)

地理学者


訳:生野雄一





 2016年10月18~21日に中国を訪問したとき、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は彼の新しい外交政策についてこんな風に語った。「私は貴国の思想的方向性に同調し、ロシアも訪問してウラジミール・プーチン大統領とも話すつもりです。私は彼に、中国、フィリピン、ロシアの3カ国で世界の他の諸国と対峙すると伝えるつもりです。これが唯一可能な道筋です(1)

 この爆弾発言はこの地域の多くのアナリストたちを困惑させた。ドゥテルテ氏は、フィリピンの旧宗主国(1898-1946)で独立後も経済的・軍事的に特権的パートナーであり続ける米国との特別な関係を断ち切るつもりなのか? それとも、2013年にハーグの常設仲裁裁判所に申し立てて2016年7月にフィリピン政府の主張を認める裁定が下ったが、あの南シナ海の領有権問題によって悪化している中国との関係を修復しようとしているのか? 今回の中国訪問ではハーグでの勝利は話題にならなかった。

 この方針転換は、ドゥテルテ氏の麻薬撲滅戦争による何千人もの殺人や人権侵害に関する米国、EU及び国連の非難に対してヒステリックに反応したドゥテルテ氏の気質のせいだとされた。しかし、さらなる分析によると、同氏のこの態度にははるかに根の深いイデオロギーが隠されていることが分かる。ドゥテルテ氏は、外交官でナショナリストの大学人であるレナト・コンスタンティーノ (1919-1999) (2)の弟子を自認しているのだ。彼は植民地主義やフィリピンのグローバル化に批判的な人物でもある。

 1946年のフィリピン独立の直後、若き外交官コンスタンティーノは自主外交政策を唱えた。この政策は、米国と距離をとり、中国とソビエト連邦との関係を発展させることにあった。 彼は、共産主義者寄りとの批判を浴び1950年代に外務省の職責を離れざるをえなかった。彼は、数多くの著作の中で植民地主義を解体し、母国における米国植民地政策の歴史をナショナリストの視点で書きなおした。

 ドゥテルテ大統領はこのコンスタンティーノの考えを忠実に実行しようとしているのだろうか? もしそうであれば、彼は米国政府との外交関係を断ち切るのではなく、中国政府、そしておそらくはロシア政府とバランスのとれた関係を取り戻す方向に向かうべきだろう。こうした状況下で、米国との毎年の軍事訓練をやめるという脅しや、ミンダナオに駐留している250人の米兵を撤退させる──1991年以来[フィリピン国内には]既に米軍基地は存在しないのだが──という意向は、将来の交渉余地を大きくするために圧力をかける手段と解釈されるであろう。米軍がフィリピンの軍事基地を使用し、そこに新たな構築物を建設することすらできるという2014年の防衛協定(Enhanced Defense Cooperation Agreement, EDCA)を再検討しようとした後で、彼は防衛大臣のデルフィン・ロレンザーナ氏に、「我々は歴代政権が合意した過去の全ての協定を遵守する(3)」と告げた。

 ドゥテルテ氏の現実主義はいくつかの経済上の現実も踏まえている。2014年にフィリピンへの海外からの直接投資の60.4%を、2015年には40%を米国が占めていた。EUのシェアは2013年に7%、2015年には18%に推移している(4)。他方、フィリピンへの企業サービスの持ち込み(業務プロセスのアウトソーシング)は、例えばテレフォンコールセンターのように米国からの投資が圧倒的で、フィリピンの外貨収入の72%をもたらしている。また、この国は、発展途上国から米国向けの一定の生産品の関税障壁をなくす一般特恵関税制度(SPG)の5番目の享受国である。こうして、フィリピンは米国に2015年には14億ドルの産品を輸出している。結局、米国からの開発援助は2012年から2015年の間に40億ドルにのぼり、さらに、1億4000万ドルの軍事援助が加わる。

 だが、北東アジア諸国(日本、韓国、台湾及び中国)からの累計投資額が過半を占めている。人権問題に敏感ではないこれら近隣諸国の新たな優位は、中国政府との関係改善が加速するにつれますます強まっている。ドゥテルテ氏の中国公式訪問の収穫は、240億ドルの投資契約と90億ドルの借款の調印であった。中国政府は、リハビリセンターへの融資を通じて麻薬撲滅運動にも参画するとともに、インフラ、農業、工業──とりわけ大統領の地盤であるミンダナオ島への鉱業を含む──への投資を実行することになる。

 ドゥテルテ氏による現実的な外交政策のかじ取りは、フィリピン国内で頭角を現している野党勢力に対抗しうるであろうか? 一方、現実主義の大統領は彼のもう一人の師であるフィリピン共産党(PCP)創始者ホセ・マリア・シソン氏に批判されている。彼は米国との関係を断ち切り、1951年に締結された相互防衛条約を破棄するよう大統領に求めている。他方、上院議員アントニオ・トリリャネス4世氏に代表されるナショナリストたちは、ドゥテルテ氏がハーグ常設仲裁裁判所で明確な勝利を勝ち取ったにもかかわらず、南シナ海でフィリピンの立場を弱体化したと非難している(5)。彼らによれば、ドゥテルテ氏は数10億ドルの契約と引き換えに中国政府に譲歩しすぎた、つまり2016年に始まったばかりのフィリピンと米国による南沙(スプラトリー)諸島の共同海上巡視を中止することと、中国公式訪問中には常設仲裁裁判所の裁定に言及しないことを約束したというのである。こうした現実路線とナショナリズムと[麻薬撲滅戦争のような]極端な政策の離れ技の成果は早くも試されることになる。今年、フィリピンはアセアン諸国会議の議長国を務めることになるからだ。




(ル・モンド・ディプロマティーク2017年5月号)