繰り返される戦略投票の罠


セルジュ・アリミ(Serge Halimi)


訳:村松恭平


 4月23日に行われる仏大統領選挙の第一回投票では、意見が様々に異なる11名の立候補者たちが対決する。その政治的多元性は、いくつもの訴訟事件や、メディアが紙面や時間をひたすら割いた支持率調査によって、いくらか失われてしまった。しかし、フランスあるいは欧州連合(EU)の諸制度が根本的に反民主主義的であるという認識は人々の思考に刻み込まれた。だが、新たに生まれたこうした認識が選挙の場に移されると、「戦略投票」の罠によって脇に逸らされる恐れがある。極右を阻止するための投票を行うことによって、グローバリゼーションの崇拝者が選ばれることになるだろう。[フランス語版編集部]



 私たちは新たな政治の時代に突入した。「……は今回が初めてのことだ」といった言葉で終わる多くの文句が、かつては考えられなかった事態の実現を告げるような時代だ。2017年春の仏大統領選で国民戦線(FN)が決選投票に進むことについて、もはや誰も疑問視していない。これは初めてのことだ。彼らの勝利はまだ実現しそうにはないが、仮定はなされている。大統領任期5年間の実績に関して、誰も良い評価をしていないのも今回が初めてだ。しかし、間もなく任期を終える[オランド]大統領のもとでかつて働いていた二人の元大臣、ブノワ・アモン氏(社会党)とエマニュエル・マクロン氏(前進!)が今回の選挙には出馬している。さらに、第五共和制が始まって以来、ずっと途切れずにフランスを統治してきた社会党と右派[国民運動連合(UMP)、共和党(Les Républicains)など]の候補者が第一回投票で同時に敗退する可能性があるのも今回が初めてだ。

 同様に、今回の選挙キャンペーンはニュース専門放送局やいくつもの訴訟事件の雑音に乱され、一つの本質的な問題に一日以上注意が向けられない。そのような選挙キャンペーンを先例の中に探し求めたとしても無駄だ。そして、[共和国大統領という]最高官職への志願者[フランソワ・フィヨン氏]が公金横領によって訴追されるという例も、私たちはいまだかつて見たことがない。フランスは破産状態にあると彼は10年前から主張してきたのだが。

 現大統領自身が再選を諦めたことにより、こうした異常事態の発端が見えなくなってしまう恐れがある。フランソワ・オランド氏は5年の任期が間もなく終わる今、フランス第五共和政で最も不人気な国家元首と評価されるに至った。そして再選を諦めたのは、彼の前任者だったニコラ・サルコジ氏の[再選が有権者によって]拒絶されたすぐ後のことだった。ところが、社会主義の政党に所属するこの大統領は、「まあまあ絶対的な権力を手にした5年間を過ごしました(1)」とみずから認めている。2012年6月、社会党は党の歴史上はじめて共和国大統領職、内閣、国民議会、上院、22のフランス本土の地域圏のうち21、96県のうち56、10万人以上が住む39の都市のうち27を事実上支配した。

 こうしてオランド氏は自由裁量権を単独で行使するようになった。非常事態を宣言し、いくつもの外国の紛争にフランスを巻き込み、テロの容疑者をドローンを使って殺すことを許可したのも彼である。オランド氏はまた、与党[社会党]が責任を負うことを拒んだ労働法改正を彼らに強制し(憲法第49条3の行使)、労働法典を修正した。その際、社会党もオランド氏自身も国民からの信任を得てはいなかった。フランスの地域圏を再編したことも忘れてはならない。その境界は、エリゼ宮の執務室でこの国家元首によって引き直されたのだ。

 まさにこうした事態が、フランス第五共和政の諸制度における深刻な問題を提起している。アモン氏とジャン=リュック・メランション氏(「不服従のフランス」)はそうした制度を問題視し始めたが、フランソワ・フィヨン氏(共和党)とマクロン氏はそれらに不満を抱いてはいない。マリーヌ・ルペン氏も同じだ。他のどの西洋国家の民主主義においても、これほどの権力が一人の手に集中したことはない。オランド氏ほど「温厚でない」国家元首がいつかこの巨大な権力を手にするという現実的な危険性以上に、フランスの民主主義、共和制についての仰々しい宣言がある一つの事実に突き当たっている。それはオランド大統領の在任期間に明らかになった。選挙キャンペーンで示した公約を権力の単独行使によって踏みにじることができるような、際限のない自由が強化されるという事実だ。主権を持つ国民からの委任は、選挙キャンペーンによってその根拠が与えられるのだが。

 オランド氏はフランスの製鉄業を守ると約束していたが、フロランジュ[フランス北東部]にある工場の閉鎖を認めた。[公約では]欧州安定・成長協定について再交渉することになっていたが、大統領に就任した初日にそれを断念した。2013年の末までに「失業率を減少に転じさせる」と約束していたオランド氏だったが、その後3年間、失業率は上がり続けた。しかし、人々の心に「裏切られた」という感情がすぐに刻み込まれた理由は、2012年の彼の選挙キャンペーンを特徴づけ、それ以降誰もが何度も耳にした一つのフレーズにあるだろう。彼はこう言ったのだ。「私の唯一の敵は、金融界です」。ところが、オランド氏は大統領に選出されるとロスチャイルド銀行の元銀行員をエリゼ宮の顧問にすぐに抜擢し、その後、経済大臣のポストを彼に与えた。

 堂々とした態度のマクロン氏は[オランド政権の]「反逆者」である。しかし、その不人気ぶりにおいて並ぶ者がいないオランド氏の後継者でもある。世論がそんな彼を最高権力者に就かせる恐れがあるだけに、今の人気の高さには面食らわされる。ある日、オランド氏は「エマニュエル・マクロン、彼は私だ」との言葉を発した。「彼が私に何を負っているか、それを彼は分かっている」。間違いなくマクロン氏は社会主義者ではないが、オランド氏もそうだ。一人はそのことを堂々と主張し、もう一人は言い逃れしようとする。マクロン氏の発言は「カネ」や「金融」を強く非難してきた左派の伝統に背いている。だがそれは、1985年からオランド氏が『立ち上がる左派』(La gauche bouge、未邦訳)(2)。という著作の中ですでに表明していた信条に一致している。現防衛大臣[ジャン=イヴ・ドリアン氏]や大統領府秘書室長[ジャン=ピエール・ジュイエ氏]もまた著者として名を連ねている。

 マクロン氏が重視するアイデアはすでにこの本に書かれているが、彼のだらだらとした中身のない言葉の山の中に隠れてしまっている。それは、教養のある中産階級の人々と自由主義的な経営者の間で新たな社会的同盟を結ぶというものだ。グローバル市場において発揮される両者の意思によって、それは固く結合するのだという。[社会的困窮者に対する]「援助」よりも「企業家精神」、金利収入よりも利潤追求、過激主義者や過去に執着する人間に対抗する改革者、モダニズム支持者、「ラクダ引きや水の配達人」へのノスタルジーの拒否 —— マクロン氏のこうした言葉を聞くと、1990年以降のウィリアム・クリントン氏、その数年後のアントニー・ブレア氏とゲアハルト・シュレーダー氏の主張をあらためて聞いているようだ(3)。そして、マクロン氏に従うことは、オランド氏の場合よりもさらに大胆に、新自由主義的な進歩主義を目指す「第三の道」に突き進むことになるだろう。この「第三の道」は米国の民主党や欧州の社会民主主義[勢力]をその口車に乗せたものの、彼らを袋小路に陥れた。彼らは今、身動きができずにいる。

 「グローバリスト」・「ブリュッセル[EU支持]党」vs「愛国者」 —— 今回の政治的対立がこうした論法に収斂されていることにルペン氏は喜んでいるだろう。社会党所属の国民議会議員でマクロン氏の選挙キャンペーンを支援したリシャール・フェラン氏は、ルペン氏のこうした望みを先回りして叶えたようだ。「一方には反動的でアイデンティティの問題を重視するネオ・ナショナリストたちがいて、他方にはEUが必要だと考える進歩主義者たちがいる(4)」と彼は評価する。思想に関わるこのような議論の構造に瑕疵がないわけではない。一方の陣営では「アイデンティティー」に関わる恐怖心がかき立てられ、他方の陣営では「反動的な」衝動が激しく罵られ、階級間の利益格差の問題がどちらの側でも見えなくなってしまっている。

 しかし、市場を重視する進歩主義者にとっては気の毒なことだが、「EUが必要だと考える」人々は社会的に連帯する立場にある。1996年に欧州委員会の指令によって生み出された[域内の他の加盟国に配置転換される]「海外派遣労働者」の数はこの10年間で著しく増加したが、実際にそうなったのは外科医や古美術商よりも、建築関係の労働者や農業に携わる賃金労働者たちが多い。だが、この措置の犠牲者たちがまずはじめに考えるのは彼らが懸念していること、すなわち、彼らの暮らしを脅かす「賃金のダンピング」[不当なほど賃金が安くなること]も生じるのではないかということだ。彼らにとって、EUはエラスムス計画[EU諸国の間での地域を越えた人材の養成や交流]や『歓喜の歌』には集約されないのだ。

 ドナルド・トランプ氏の政策戦略家であるスティーヴ・バノン氏は、「グローバル村」への称賛とほとんど常に表裏一体となっている社会的地位の低下から愛国主義的右派が引き出すことのできる利益について理解していた。彼はこう説明する。「私たちが最も大事だと考えていることは、私たちは一つの経済を伴った一つの国家であるということだ。国境が開かれた、よく分からないグローバル市場の中の経済なんかではない。世界中の労働者たちは「ダボス会議派」の言いなりになることにうんざりしている。今やニューヨークの人々は、カンザス州やコロラド州の人々よりもロンドンやベルリンの住民たちに親近感を覚えている。そして、世界を統治する方法を皆に押し付けようとするエリートのメンタリティーを共有しているのだ(5)」。EUの国旗が所々に掲げられた集会において、マクロン氏が人々の集結に歓喜し、「企業収益の拡大によって[フランス経済を]再興する」と呼びかけ、「しかるべき求人」(6)を二度断った後には失業手当を支払わないと約束している今、そうした彼の提案をカネと知識を支配する少数グループ —— 彼らこそが「ダボス会議派」を構成する —— の利益とどのように区別することができようか? 実現されうるマクロン氏とルペン氏の対決から結果として引き起こされる民主主義の破壊が想像されよう。そして、メディアはその対決の準備に没頭している。

 20年以上前より、主要な二つの政党が「戦略投票」という手段への訴えによって極右を阻止する「防壁」とみなされている。しかし、彼らが同じように行なってきた一連の選択が、極右勢力をさらに強くすることになった。「今日、エマニュエル・マクロンが提示する計画はFNの[野心達成のための]踏み台となっている(7)」とアモン氏は考えている。ところがその逆に、FNの強さは(社会主義者を含む)彼らの対抗勢力による権力独占もまた強固にした(8)。1981年からフランソワ・ミッテランは「極右の力が強まれば、右派は選挙で選ばれなくなる危険を冒してでも彼らと連携せざるを得ない」と予測していた(9)。この駆け引きはジャン=マリー・ルペン氏が大統領選の決戦投票でジャック・シラク氏と対決した2002年4月に反転した。それ以降は全国あるいは地方で実施されるどの選挙でも、右派は社会党(PS)を打ち負かすだけで、ほとんどすべての左派勢力から民主主義・文化・共和国の「大天使」のように直ちに見られるようになった。

 あらゆる策略と裏切りを可能にする君主制の如き制度と、最悪の事態への恐怖によって鎖錠された政界。メディアはこうした制度に甘んじながら、今の政界に大いに夢中になっている。それから……EUという問題も存在する。フランスの大半の経済・金融政策はEUから厳しい制約を受けている。それにもかかわらず、今回繰り広げられた選挙キャンペーンでは、あたかも次期大統領が今後[EUの制約を受けず]自由自在に行動できるかのように見えた。

 ルペン氏の勝利は、EUの終わりを印すだろう ——「私はメルケル氏の副大統領にはなりません」と彼女は予告した。今回の選挙の有力候補であり、アンゲラ・メルケル氏のお気に入りでもあるフィヨン氏またはマクロン氏が大統領になると仮定した場合、彼らそれぞれが仕えた大統領[前者にとってはニコラ・サルコジ氏、後者にとってはフランソワ・オランド氏]の方針が継承され、欧州委員会が定める方向性との一貫性が保持され、ドイツのヘゲモニーとオルドリベラリズム[訳註1]はより強固なものとなる —— そのヘゲモニーがオルドリベラリズムを厳しく監視する。EUの問題は、アモン氏あるいはメランション氏にとっては別の形で提起されうる。前者が連邦主義に魅了され、EUレベルでの防衛[体制の構築]を支持していることを別にすれば、彼らの目的は近いようにも見える。だが、その目的に達するための手段に関してはまったく異なっている。互いの立候補が衝突し合い、そうして両氏ともに選挙レースから排除されるリスクをはらんでいる。

 アモン氏を見ると、デジャヴュの感覚から逃れることは難しい。雇用や環境問題に対してはより積極的な政策、そしてギリシャのような債務問題によって苦しむ国々にはより寛容な政策をEUが打ち出すことをアモン氏は訴えながら、彼自身のEUへの愛着と、緊縮政策をやめることへの願望を両立させようと試みている。社会主義者であるアモン氏は、現在のEUの制度的枠組みにも関連して、彼が切望する新たな道筋への方向転換が可能だと確信を持たなければならない。「欧州全体に背を向けることなく、目に見える結果の達成」も実現できるということも。そして彼は欧州の左派、とりわけドイツの左派の力が回復することに希望を抱いている。

 だが、それは5年前にオランド氏が示した可能性とほとんど同じだ。2012年3月12日、パリに集まった欧州の同志たちの前で、メルケル氏とサルコジ氏が結んだ「欧州財政協定について再交渉する」と約束しながら「厳かに」こう述べた。「私は一人ではない。欧州には進歩主義的運動があるのだから。私はこれからも一人ではない。[大統領の職務を]私に委任してくれるであろうフランスの皆さんの投票があるのだから」。

 オランド政権で住宅相に就任したセシル・デュフロ氏は、その後のことを私たちに思い出させてくれる。「誰もが期待していたのは、[オランド氏]がアンゲラ・メルケルとの対決に臨むことでした(......)私たちはついに『メルコジ』を拒絶しようとしたのです(......)イタリアのマリオ・モンティ氏が自由主義者で厳格な人間であろうとも、その傾向をフランスが反転させると期待していました。とても保守的なマリアノ・ラホイ氏も、オランド氏が選出されたことによって、スペインを締め付けていた[EUの]政策が緩和されると見ていました。ギリシャやポルトガルには、社会の崩壊を避けるためならば、どんな救い主にでも従おうとする覚悟がありました(10)」。その後に何が起こったかは皆が知っている。

 結局のところ、当時の状況はその15年前に起こったこととまったく同じだった(11)。ジョスパン氏が首相になり、オランド氏が社会党を率いるようになった頃の話だ。単一通貨[導入]の序章として財政規律を設け、赤字が行き過ぎた場合には罰金が課される「欧州安定・成長協定」の交渉が始まったばかりだった。野党党首だった頃のジョスパン氏は、この協定は「行き過ぎたマーストリヒト[条約]」、すなわち「ドイツへの不条理なほどの譲歩」だとして当然非難した。ところが、1997年6月に首相になると、彼はそのたった数日後にアムステルダムで開催された欧州理事会でのすべての条項を受け入れた。当時、欧州問題大臣だったピエール・モスコヴィシ氏は、合意する代わりに「経済成長と雇用における最も重要な決議を欧州理事会から引き出した」と主張していた。これがどれほど「電撃的な」効果を発揮した決議であったか、その後の状況については誰もが知っている。

 アモン氏とメランション氏はEUのあらゆる協定について再交渉しようとしている。今度こそはそのための手段を見つけられるのだろうか? アモン氏は欧州中央銀行(ECB)の独立について疑問を投げかけてはいないが「そのあり方を進展させたい」と考えている。また、財政赤字に関して[上限がGDPの]3%であるというルールに同意はしているが、彼自身のエコロジスト的な志と両立可能な「景気刺激策を望んでいる」。「ユーロ圏における民主的な議会の立ち上げ」を提案しつつ、即座にこうも述べた。「この件について議論が行われることはもちろん歓迎するが、私は“こうでなければだめだ”と言いながらベルリンや他の場所に赴くつもりはない。それはナンセンスだ」。

 メランション氏の期待は2012年から変化した。現在のEUでは、「さまざまな協定から協調して一斉に抜け出なければ」あるいはそれらを改定しなければ(プランA)「いかなる進歩主義的政策も不可能」であるから、「一方的な脱退」ももはや排除しない(プランB)。彼はいくつもの左派勢力がこの数年で力を失ったとみなし、今後並んで力を増すとはさほど考えていないため、EUで2番目の大国であるフランスが「欧州における闘いの“てこ”」になると見ている。こうして、大統領選に向けた彼の選挙キャンペーンのプログラムをともに作り上げたジャック・ジェネルは以下の方程式を立てる。「フランスが[EUから]強制的に脱退するならば、ユーロとEUの終わりがもたらされるだけだ。このようなリスクを取ることを誰も得策だとは考えない。特にドイツは」。したがって、経済面を優先させようとするEUのルールへの服従を拒むとしても、「フランスは恐れることなく、もし望むのであれば好きなだけ長くユーロ圏に留まることができる(12)」。

 EUは、民衆による民主的選択にはすでに関心がない。そして、加盟国の基本的な[政治や経済]の針路の変更が、いくつかの条約によって阻まれていることも分かり切っている。「ブレグジット」への投票やトランプ氏の勝利以来、[各国]政治による仕返しが行われている。EUは今、まるでみずからの運命がその結果に懸かっているかのように、それぞれの国で実施される投票をもどかしい様子で注視している。EUが「お墨付きを与えた」フランスの候補者のうちの誰かが勝利を手にしようとも、長い間安心感を得られることはないだろう。




  • (1) Gérard Davet et Fabrice Lhomme, « Un président ne devrait pas dire ça… ». Les secrets d’un quinquennat, Stock, Paris, 2016.
  • (2) 「ジャン=フランソワ・トラン」という偽名を使いながら著者の素性を隠して発表された共著。
    Lire Pierre Rimbert, « Toupie ou tout droit ? », Le Monde diplomatique, 2014年9月
  • (3) Cf. Le Grand Bond en arrière. Comment l’ordre libéral s’est imposé au monde, Agone, Marseille, 2012.
  • (4) Le Journal du dimanche, Paris, 2017年3月12日
  • (5) Cité par William Galston, « Steve Bannon and the “Global Tea Party” », The Wall Street Journal, New York, 2017年3月1日
  • (6) 前職での給料よりもその額が20%〜25%以上低くはならない給料の求人のこと。
  • (7) France 2, 2017年3月9日
  • (8) ル・モンド・ディプロマティーク2016年1月号「フランス社会をからめとる国民戦線」参照。
  • (9) Cf. Emmanuel Faux, Thomas Legrand et Gilles Perez, La Main droite de Dieu. Enquête sur François Mitterrand et l’extrême droite, Seuil, Paris, 1994.
  • (10) Cécile Duflot, De l’intérieur. Voyage au pays de la désillusion, Fayard, Paris, 2014.
  • (11) Lire « Quand la gauche renonçait au nom de l’Europe » (2005年6月)et « L’audace ou l’enlisement »(2012年4月), Le Monde diplomatique.
  • (12) Jacques Généreux, Les Bonnes Raisons de voter Mélenchon, Les Liens qui libèrent, Paris, 2017.


[訳註1] オルドリベラリズム(ordolibéralisme)は戦後ドイツで、いわゆるレッセ・フェール(自由放任主義)的な自由主義に対抗して強まった思想と政治形態。レッセ・フェールを信奉するアングロサクソン系の人々と同様、オルドリベラリズムも国家が市場の機能をゆがめることを拒否するが、後者は前者と違い、自由な競争は自発的には発展せず、国家がそれを管理しなければならないと考える。したがって、オルドリベラリズムの考えによれば、国家は市場に関わる法的・技術的・社会的・道徳的、文化的枠組みを構築し、ルールを遵守させなければならない。 http://www.monde-diplomatique.fr/2015/08/DENORD/53518>


(ル・モンド・ディプロマティーク2017年4月号)