ロシアのマリオネット


セルジュ・アリミ(Serge Halimi)


訳:土田 修


 トランプの世界観では、アメリカが第一。他は皆、有益な資産、でなければ邪魔者だ。ロシアとは短期的に関係が改善しそうだし、中国は北朝鮮へのお目付役を期待される。だが、ヨーロッパの注目度は、この2カ国より低いのだ。[フランス語版編集部]



 冷戦真っ盛りの1950年2月9日、まだ無名だったひとりの共和党上院議員が次のように激しく非難した。「私はこの手に国務長官がその存在を把握している共産党員205人のリストを持っている。彼らは国務省の政策を決定している」。ジョゼフ・マッカーシーは米国の不名誉な歴史の扉を開けたところだ。彼のリストは存在しなかった。だが、反共産主義の熱狂とレッドパージの旋風が現実に吹き始めた。そして大勢の米国人の生活が打ち砕かれた。

 2017年においてまさに問題となっているのは、次期米国大統領の「愛国的忠誠心」だ。戦争屋と大金持ちばかりが入閣したように、トランプの大統領就任が問題視される理由はたくさんある。だが、民主党と西欧メディアの多くは、ドナルド・トランプがロシア政府の「マリオネット(操り人形)」(1)になるであろうというおかしな考えに取りつかれている。トランプの大統領選の勝利はロシアによる組織的なハッキングのおかげであるとも彼らは言う。マッカーシー主義者のパラノイア[偏執狂]は遠い昔のことだが、ワシントン・ポスト紙はマッカーシー旋風の歴史の糸をたぐり寄せ、「故意であるかないかにかかわらず、ロシアのプロパガンダを公表したり、あるいはそれに同調した200を越すウェブサイト」の存在への懸念を報じている(2016年11月24日)。

 今、たちの悪い風が西欧を吹き荒れている。ほとんどの選挙の評価にもロシアのプリズム[視点]が必ず介在する。米国のトランプであれ、英国のジェレミー・コービンであれ、ジャン=リュック・メランション、フランソワ・フィヨン、マリーヌ・ルペンといったフランスの大統領候補であっても同じことだ。ロシアに対する制裁措置や米中央情報局(CIA)――それは間違いをするはずがなく、申し分のない機関だと周知されている――が流布しているロシアの陰謀説に疑いを持つだけで、ロシア政府の意図に沿った言動をとっているとみなされかねない。アンゲラ・メルケルの電話を盗聴したのが米国政府ではなくロシア政府であったとしたら、あるいは、インターネット上でグーグルが収集した膨大な個人データが米国家安全保障局(NSA)ではなくロシア政府の手に渡っていたとしたら、どれほどの激しい怒りが沸き起こっていたことだろう。ところがバラク・オバマは自分の言葉が生んだ皮肉にいっさい気付くことなく、ロシア政府をこう脅した。「ロシア政府が我々に対して仕掛けることは、我々にもできるということを彼らは理解すべきだ」(2)

 米国政府に他国の政策に大きな影響を与える力があることをプーチンはよく理解している。1996年春、病気を患い、アルコール中毒だったエリツィン大統領――彼はロシア社会を混乱に陥れた政治責任者であり、腐敗し、大変な不評を買っていた――は、西側諸国政府が表明した政治的・財政的支持と“思いもよらぬ”大量得票がなければ政治的命脈を保つことができなかった。米国・ドイツ・フランス政府内の民主主義擁護派のお気に入りだったエリツィンは(ロシア議会に砲撃させ数百人の死者を出したにもかかわらず)こうして再選された。そして1999年12月31日、そのエリツィンは彼に忠実な首相であった、魅力的なウラジミール・プーチンにすべての権力を移譲する決意をした……。




  • (1) 2016年10月16日、ヒラリー・クリントンがドナルド・トランプとのテレビ討論会で発言した言葉。
  • (2) 2016年12月16日の記者会見での発言。


(ル・モンド・ディプロマティーク2017年1月号)