知識人の潰走


セルジュ・アリミ(Serge Halimi)


訳:土田 修


 米国人は政治経験のない大統領を選んだだけでなく、ジャーナリストや芸術家、専門家、大学人らの圧倒的多数の意見にも耳を貸さなかった。ドナルド・トランプ氏に投票した有権者たちは、彼らの教養レベルと結び付けて考えられてしまい、民主党員の中には[トランプに投票した]同胞に対して教養レベルが低いと決め付ける者もいる。[フランス語版編集部]



 米大統領選挙の結果が速やかに影響を与えた国が少なくとも一つ存在する。ドナルド・トランプが勝利して以来、メキシコの通貨ペソは下落し、フランスでは住宅ローンが値上がりした。欧州委員会は緊縮財政を緩和し、世論調査員や選挙のマイクロターゲット[選挙運動などで対象となる個人情報を分析し行動パターンなどを把握することで効果的な戦略をつくる手法]戦略の同調者は姿をくらませ、ジャーナリストへの信頼は地に落ちてしまった。日本は再軍備への道に追い風を感じており、イスラエルはテルアビブにある米国大使館のエルサレム移転への期待を高めている。そして、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)は潰え去った。

 さまざまな騒動と憶測が渦巻くトランプ旋風は、不安が入り混じった幻想を米国人にかき立てている。つまり大統領には不適格で下品な人間として広く知れわたった男が米国大統領になれたのだから、今や何が起こっても不思議ではないからだ。予想外の結果が外交政策の専門家だけでなく、全世界的の注目を集めただけに、米大統領選の影響が世界中に感染することすら十分に考えられる。

 10年ほど前から、この種の驚くべき選挙が繰り返されてきた。たいていの場合、批判の的となった政治的リーダーたちは選挙後3日程度は反省するものの、その後は[選挙で]ノーを突きつけられた政策が何事もなかったかのように再び取られてきた。[選挙結果への]そのような無理解がなぜなくならないのか、換言すればそのようなまやかしがなぜ繰り返されるのかは、体制に批判的な有権者の大部分が、経済や金融の権力からだけでなく、芸術・メディア・大学も集中する大中心地[ニューヨーク、パリ、ロンドンなど]からはるか遠くで暮らしていることをみればよく理解できる。[昨年の米国大統領選挙で]ニューヨークとサンフランシスコはヒラリー・クリントンを選んだ。昨年6月、ロンドンの多くの市民は「ブレグジット(英国のEU離脱)」に反対した。2年前の熱狂した地方議会選挙の後、パリの左派の議員団は、右派メンバーに入れ替わった。選挙のすぐ後で(当選した)幸運な人たちは馴れ合いの派閥の中で政治を行う自由を手にしたも同然だ。彼らは相変わらずいつもメディアや欧州委員会の勧告に注意を払い、体制批判的な有権者たちの怒りを無視するという心理的・文化的な不作為をすぐに有権者のせいにする。結局、有権者たちはデマゴーグに操作された無知蒙昧な人々とみなされてしまう。

 こうした理解の仕方は、特に教養のある人々の間で古くから存在した。トランプを支持した労働者階級の有権者たちが示す「権威主義的パーソナリティ」についての最近の分析は、右派であれ左派であれ、「破壊活動分子」について知識階級の冷戦支持者たちがつくり上げた心理学的性格付けとよく似ている。

 中流階級というよりはむしろ、労働者階級の反体制派に広がる「罹患率」を分析することで、1960年に米国の政治学者のシーモア・マーティン・リプセットはこう結論づけた。「要するに、労働者階級の人たちは幼少期から、罰を受けることや愛情の欠如、緊張感や攻撃的な環境に晒されてきた。そこから民族的偏見や政治的権威主義、[キリスト教終末論の一つである]至福千年説的な信仰として現れる根深い敵意を生み出す傾向にある(1)」。

 ヒラリー・クリントンがトランプ支持の6200万人の有権者の大部分を「不幸な人びとのファイル」に分類した。その8年前の2008年4月、バラク・オバマは労働者階級で共和党を支持する有権者の投票行動におけるパラドクスの原因を次の事実に求めた。「銃や宗教、自分たちとは境遇が異なる人びとへの反感、あるいは移民や国際商取引に対する敵対感情に固執する時、彼らは自分の利益に反して投票するという事実だ。理性と欲求不満のせめぎ合いだ。すなわち教養ある人びと、多くの場合、自分たちの選択が合理的であると信じて疑わない人びとは、ペリシテ人[古代パレスチナの住人で俗物を意味する]によってしばしば狼狽させられる。ペリシテ人は彼らを信用しないからだ」。

 社会学者のピエール・ブルデューが「知性の差別主義(2)」――左派の新自由主義者だけでなく、急進的な知識人や大学人の多くの元でより一層、含蓄のある言葉になっているが――と呼んでいるものを、信望篤いフォーリン・ポリシー誌のウェブサイトに載った米国大統領選挙の記事がうまく説明している。その記事のタイトルは「有権者が無知だからトランプは勝った、これは本当だ」だ。この言葉だけでは理解しにくいが、次の文章からはよく理解できる。「民主主義は人民の意志を実行に移す使命を持っている。だが、その人民が、自分がしていることを理解していなければどうなるのか?(3)」。

 当然だが、一連の数値と説得力のある意見がこの論法を支えている。記事の筆者である哲学教授ジェイソン・ブレナンは手心を加えない。「そうです、ついに起きたのです。ドナルド・トランプは無教養で無知な白人の多くの支持を受けたのです。ブルームバーグ・ポリティクス社の世論調査によれば、ヒラリー・クリントンは8月には大卒レベルの白人有権者の間で25ポイントもリードしていました。反対に、2012年の大統領選挙では同様の有権者の間でバラク・オバマとミット・ロムニーの差はわずかしかありませんでした。昨夜、我々は歴史的な出来事を経験しました。愚か者たちのダンスです。教養ある人びとが一人の候補をこれほど一様に拒否することは一度もなかったし、無教養な人びとが別の候補をこれほど一様に支持することもありませんでした」。

 ブレナンは自分の反民主主義的な確信を強める事実確認によって、仰天するのを通り越して衝撃を受けているのである。政治学の研究者らが行った「65年以上」の研究を背景に、大多数の有権者における知識の「恐るべき」欠如が彼らの選択に対する信用を失わせているとする確信をブレナンは既に得ていた。「有権者は一般的に誰が大統領であるかを知っているが、それ以上のことをあまり知らない。彼らはどの党が議会を支配しているのか、最近、議会が何を決めたのか、経済が良くなっているのか悪くなっているのかを知らない」。

 とはいえ一部の有権者は対立党派の人たちより勉強熱心だ。民主党員であっても共和党員であっても、彼らはみな最高の高等教育を受けているからだ。こうした教育を受けた最高に幸せな人びとは、自由主義者のブレナンのように、自由貿易、移民、赤字の削減、同性愛者の権利、刑法体系の(進歩主義的な)改革、福祉国家の(保守主義的な)改革に対して好意的である。こう言っても良い。すなわち昨年11月8日[の大統領選挙で]、情報や教育、知性が勝利していたとすれば、ドナルド・トランプのような粗野で学ぼうともせず、「左派・右派・中道の経済学者たちのコンセンサスと対立する国際商取引や移民に敵対する政策」を掲げる人物がニューヨークのトランプタワーの住居からホワイトハウスの大統領執務室に引っ越すことはなかったであろう。ある集会で彼は「私は教養のない人間が好きだ」と明言している。

 一つの反論として、例えば、シカゴ大学で法律を教えていたオバマ氏がそれにもかかわらず、教育程度の低い人たちの支持で当選・再選したこと、ハーバードやスタンフォード、イエール大学を出たばかりの輝かしい頭脳の多くがベトナム戦争を立案し、イラク侵略を準備し、今世紀の金融危機を生み出したことに注意を向けても何になるだろう?(4) 実は、民衆の判断欠如を疑うにいたるあるアメリカの投票分析は、時代の空気を反映することを主たる関心事とし、その空気を読む必然的に教養ある人の優越感を強固にすることを主たる利点としている。しかし、その分析は政治的なリスクをはらんでいる。すなわち、危機の時代にあって、「知性の差別主義」は能力主義や高学歴者、エキスパートによる支配の特権化をもたらすことによって、しばしば、教育することよりも仲間に取り込むことに腐心する権威主義的な人々を生み出す温床になっているのである。

 解説者の多くは大統領選の投票結果における人種差別主義的かつ性差別主義的側面に光を当てることを選んだ。結局、クリントン候補の[初の女性候補という]歴史的性格にもかかわらず、男性と女性の投票行動や白人と黒人の投票行動にさしたる違いがなかろうが、解説者にとって大した問題ではなかった。トランプの勝利を予想した映画監督のマイケル・ムーアは11月11日にニュース専門放送局MSNBCでこの問題を次のように言挙げした。「あなたがたは、バラク・オバマに投票した多くの人々が今回は意見を変えたことを受け入れなければならない。彼らは人種差別主義者ではない」。

 黒人のイスラム教徒でミネソタ州の民主党下院議員のキース・エリソンもこの方針に従い、経済的動機からの投票行動や、エスタブリッシュメントに近く都会派で威圧的な候補が引き起こす不信感を力説している。「われわれはラテン系やアフリカ系の米国人に対して良い結果を得なかった。したがって白人労働者階級に責任を押しつけたがるこの考え方は誤りだ(5)」。エリソンは予備選の際、議会内でバーニー・サンダースを支持した数少ない議員の一人だった。サンダースを支持したことで、エリソンは今や民主党役員候補の一人になった。民主党左派のリーダーであるサンダースは彼を支持する学生たち向けに演説した際、ヒラリー・クリントンを時代の寵児とみなした人たちにアイデンティティ政治を乗り越えるように求めた。そして彼はこう付け加えた。「誰かに『私は女性だ、私に投票して』と言うだけでは不十分だ。そう十分ではない。我々が求めているものはウォール街に、保険会社に、化石燃料の産業に、敢然と立ち向かう勇気を持つ女性だ」。アメリカの大学はえてして多様性への配慮が平等への配慮よりも優先される場であるとともに、文化的偏見が他所よりも少ないわけではなく、その逆の場でもあるから、サンダースは、その日、納得済みの学生たちにそれ以上説くようなことはあえてしなかった。

 だが何を言っても無駄だ。多くの民主党員たちは、各々の人間がただ一つのグループに属すると考えている。しかもそれは経済的側面とはまったく関係のないグループだ。したがって、もし黒人男性がクリントン氏に反対票を投じたとしたら、その男性は女性蔑視と判断されるし、もし白人女性がトランプ氏に投票したとしたら、その女性は人種差別主義者と判断される。黒人男性が共和党候補の保護主義的な言説に敏感に反応する鉄鋼労働者でもありうるという考えや、白人女性が減税の公約に注意を向ける裕福な納税者でもありうるという考えを、民主党員たちは想像することさえできない。

 今回の米国大統領選挙では、性別や肌の色よりも教育と収入の水準が選挙結果を左右した。なぜなら、前回の選挙から今回の選挙にかけて数値が最も大きく変化したのがその項目だからだ。高等教育を受けていない白人階層の間では、4年前には共和党が25パーセント優勢だった。それが今回は39パーセントに上昇した(6)。つい最近まで民主党の大統領は高等教育を受けていない白人なくしては選出されなかった。米国の人口の中での彼らの比率が減少し(7)、労働組合組織が崩壊し、彼らがますます[民主党にとって]「困った」投票をするようになっているからといって、多様性を戦略として強調している一部の民主党員たちが、そんな白人たちに抗して選挙に勝たねばならないという考えを、今後、素直に受け入れるだろうか?

 こうした政治的反逆は米国に限ったことではない。イタリア人の歴史学者エンツォ・トラヴェルソは大西洋を挟んだ両岸[米国と欧州]の学生たちについて次のように言及している。「自分はトランプに投票するという者は誰もいないだろう。誰もがほとんど同じ言い方をする。『我々は教育を受けており、尊敬に値し、知的で、……リッチだ。大学に入れなかった者たちは率直に言って田舎者で、(有名なイタリア映画のタイトルをもじれば)“醜く、汚く、意地悪”だ』と。これは昔ナショナリストが労働者階級に対して使った言葉だ」(8)

 しかし、「田舎者」を有効に批判するためには、批判者は「田舎者」から何らかの信頼を得るべきであろう。ところが、批判者が抽象的で意味不明瞭な言辞に終始し、ラディカル・シック[急進的な言辞を弄する有閑階級の気取り屋]的な駄弁にはまり込めばはまり込むほど、自殺率が上昇し何よりも生活条件の改善が関心事である小都市や荒廃した地域の物言わぬアメリカ人たちは彼らの言葉に耳を傾けなくなるのだ。

 その結果、右派は反知性主義を有効な政治的武器に、皆が求めている文化的アイデンティティに作りかえた(9)。2002年に流布した記事で、ブレイク・ハーストは、怒りで真っ赤になった共和党員(赤は共和党の選挙マップの色)が「田舎者」という汚名を反対に自分たちの「長所」にしたと書いた。「赤い米国人(共和党員)の大半はポストモダンの文学を解体することも、家政婦に必要な教育を施すことも、甘草風味のカベルネ種を選定することもできない。だが、我々は子どもたちを育てることも、自宅に電気ケーブルを敷設することも、自然体でしかもくつろいで神について話すことも、モーターを修繕することも、銃や電動ノコギリを使うことも、アスパラを育てることも、安全装置や精神分析学者なしに平穏に暮らすことだってできるのだ」(10)

 トランプは新聞を「事実を歪曲し、改悪するし、不誠実だ」と酷評し、集会でもやじらせた。だが、赤い米国人の大半は新聞を読んでいない。トランプは選挙キャンペーンの最中、平気でウソをついてきたのだから、彼らがジャーナリストたちの批判の的になっても当然のことだ。だが、米国メディアの中でも真実ばかりが報じられている訳ではないし、真実を報じることで利益が生まれるわけでもない。それに加えて、メディアがクリントンをバックアップしたことやトランプを支持した有権者に対する無理解もまた社会的・文化的な引きこもりの帰結なのだ。二つの講演で3万ドルの報酬をもらっている、ニューヨーク・タイムス紙の論説記者ニコラス・クリストフは、11月17日にフォックス・ニュースで次のように述べた。「ジャーナリズムの問題は、経済面の多様性について比べると、あらゆる面の多様性を優先して取り上げることだ。我々には田舎の労働者階級のコミュニティ出身のスタッフがほとんどいないのだ」。米国でこうした社会学的な偏見は四半世紀にわたって語られてきたことだ。こうした観点で、変化はすぐには訪れないだろう。

 だが、「アウトサイダー」の候補者たちは、彼らがメディアに憎悪を吹き込んできたことを自慢しているかのようだ。イタリアでジュゼッペ・グリッロが米国大統領選挙から自身の党にとってのポジティブな教訓を引き出している。「メディアは我々のことを性差別主義者、同性愛嫌い、デマゴーグ、ポピュリストと呼んできた。だが数百万人が新聞を読まないし、テレビも見ないということを彼らは理解しない(11)

ヒラリーの敗北はすでに決まっていた

 民主党が抱える白人労働者階級の扱いをめぐる問題は、彼らの経済的利益を守る政策を実行に移せなかったことにとどまらなかった。実はそこに影響力の大きい文化的次元の問題があり、そのことはクリントンが資金調達の集会で語ったコメントで裏付けられていると言ってよい。クリントン曰く、「トランプの支持者の半分は嘆かわしい人たちという部類に入るのではないかしら。いい、彼らは人種差別、性差別、同性愛への差別はするは、外国人嫌いでイスラム教徒嫌い、ともかく何もかも嫌いなひとたちなのよ」(11)。これらのコメントに対し会場に集まった富裕な人々から笑い声が聞こえたというが、トランプの支持者にとってみれば、「民主党の連中は我々を侮辱している」という思いを深めることになった。

 11月10日のフランス・アンテル局で、広告業者からジャーナリストになったフレデリック・ベイグベデルは無邪気にもジャーナリストがこうむった影響力の喪失について、拍子抜けするほど率直にこう語った。「先週、私は自信を持ってドナルド・トランプが大統領選で敗北すると話しました。それは無知な人間ゆえの自信でした。……いかなるインテリも書くことによってトランプ勝利を妨げることはできませんでした。……人民の人民による政府は、私がそこで暮らしたいと願っている唯一の社会政治システムです。でも私は人民について何を知っているのでしょうか? 私はパリに住んでおり、今はジュネーヴにいます。私は作家やジャーナリスト、映画人に会います。私は完全に人民の苦しみと無関係に生きています。これは自己批判ではありません。社会学的な事実です。私はフランスをあちこち旅しますが、私が出会う人たちは文化に興味を持っています。彼らはこの国に広がる根強い怒りには関心を持たない知識人という少数派の人たちです」。

 カリフォルニア州では多くの有権者がクリントン夫人に投票した。夫人は経済的にうまくいっている州で高等教育を受けた白人たちに圧倒的な支持を得ていた。大統領選挙の結果に動転したカリフォルニア州の住民の中には国家からの分離「カレグジット(米国からのカリフォルニア離脱)」を叫ぶ者も現れた。トランプが9・78パーセントしか票を獲得できなかったサンフランシスコ市の前市長でカリフォルニア州副知事のギャヴィン・ニューサムはそうした人たちとは違った意見を持っている。彼は西洋世界の「賢明なリーダーたち」に歩み寄り、新しい大統領の政策に真っ向から立ち向かう決意をしている。彼に残されているのはそうした賢明なリーダーを見出すことだけだ。




(ル・モンド・ディプロマティーク2016年12月号)