欧州エリートに浸透した米国式「ソフト・パワー」


ジャン=ミシェル・キャトルポワン(Jean-Michel Quatrepoint)

ジャーナリスト
Alstom, scandale d’État(Fayard, Paris, 2015)(未邦訳)の著者


訳:村松恭平


 グローバリゼーションも格差拡大も自然現象ではない。新自由主義が世界のさまざまな地域で社会の分断を引き起こす中、高級官僚、大企業のトップ、あるいは欧州委員といった「特権階級」に属す者たちが歯車となって、現代の政治・経済システムを形成している。日本でいう「天下り」を彷彿とさせる欧米エリート層の「公」から「私」、あるいは「私」から「公」への自由な「転職」は、権力とカネを動力源として、その動きをいっそう加速しているようだ。[日本語版編集部]



 彼らの間にはどんなつながりがあるのだろうか? かつて大臣を務めたエマニュエル・マクロン、フルール・ペルラン、現職大臣のナジャット・ヴァロー=ベルカセム、イル=ド=フランス地域圏議会の議長ヴァレリー・ペクレス、ジャーナリストのジャン=マリー・コロンバニ[訳註1]、クリスティン・オクレント、実業家のアラン・マンク、銀行家のマチュー・ピガス(ル・モンド株式会社の所有者の一人)、あるいはまた、元首相のアラン・ジュペ。その全員が「ヤング・リーダーズ」プログラムに参加したフランス=米国財団(French-American Foundation)のメンバーだったのだ。同じようにこの財団に加入した他の著名なフランス人500名の中には、フランソワ・オランド大統領もいる。

 この民間の財団は1981年から2年間のスケジュールでセミナーを企画し、そこでは12名のフランス人の若者が同年代の米国人エリートたちと交流している。プログラムの公式の目的は仏米間の対話の促進だが、実際には、企業家や政治リーダー、ジャーナリストといったフランスの未来の意思決定者たちに「アングロ・サクソン風」のグローバリゼーションの恩恵を十分に理解させることがその狙いだ。確かに、この「誘惑作戦」が失敗となったケースも後になってあちらこちらでみられた(たとえば[右派政党 “立ち上がれフランス”(Debout la France)の党首]ニコラ・デュポン=エニャン氏の場合がそうだ)。だがこうした若者たちは、概して権力機構や実業界において輝かしいキャリアを積むことになる。将来において彼らが反米の態度を示すことはないだろう……。

 このプログラムは、影響力の拡大を狙った米国の戦略を示している。エリートたちの「パントゥフラージュ」[公務員、特にグランゼコール出身者がときに違約金を支払って私企業に就職すること]を通じて、その戦略はいっそう驚くべき形で展開されているのだ。ことに欧州のエリートたちは米国の大企業に就職する。最近では、ゴールドマン・サックス銀行に入ることを決断したホセ・マニュエル・バローゾ氏の事例が非常に象徴的だ。この欧州委員会の元委員長は、みずからが持つ経験と「人脈」——彼のアドレス帳には特に欧州連合(EU)のすべての政治リーダーたちの情報が含まれる——をこの名高い企業のために捧げるだろう……。ギリシャがユーロ圏に加わる際に、この国の収支偽装に関わったゴールドマン・サックスに。

 報酬の高い職務に就いた欧州委員はバローゾ氏だけではない。最近ではネリー・クルース氏(バンク・オブ・アメリカへ)と、[EU・米国間の自由貿易協定TAFTAによって実現されうる]巨大市場を称賛し、その交渉委員も務めたカレル・デ・グフト氏([投資ファンド]CVCパートナーズへ)も同様のケースだった。マリオ・ドラギ氏に関しては、そのキャリアはゴールドマン・サックスからイタリア銀行総裁、そして欧州中央銀行(ECB)総裁へと直進した(1)

 「公」から「私」、あるいは「私」から「公」へのこうした移動は、米国では日常茶飯事だ。ウィリアム・クリントン氏が大統領だった頃、1933年に制定され、預金業務と投資[証券]業務を分離していたグラス=スティーガル法がウォール街からの要求で撤廃されたが、その推進者たちは大手の金融機関にすんなりと転職した。[「巨大企業」を意味する]「ビッグ・ビジネス」は、彼らに大いに協力した人々の働きに報いる。2006年から2014年まで連邦準備制度理事会(FRB)のトップを務めたベン・バーナンキ氏は通貨発行量を拡大し、金融界のアクターたちに利益をもたらした。バーナンキ氏は銀行救済を口実として8兆ドルを経済に投入したのだ。2015年、米国の主要な投資ファンドの一つであるシタデルに彼は入社した。同じ年、クリントン氏の「お気に入り」で、かつてオバマ政権のもと財務長官を務めたティモシー・ガイトナー氏が大手投資ファンドのウォーバーグ・ピンカスに加わった。

 ビジネス界はまた、彼らの利益を優先させ、彼らのために行政機構の扉を開き、彼らの主張を広めてくれる人たちを当てにする。米国ではもちろんのこと、他の国々でも同じだ。その戦略によって、賄賂という手段に訴えることは時代遅れとなった。そうする必要はもうないのだ。市場や情報を得るために、直接的な揺すりも脅迫ももはや必要はなくなった。いまはロビーイングという「ソフト・パワー」が使われているのだ。

 一部の人々が「不正」と呼ぶだろうこの戦略は、フランスでは1986年にその端緒が開かれた。高級官僚機構の「後見人」で、その象徴的人物であった65歳のシモン・ノラが、後にリーマン・ブラザーズとなった投資銀行シアーソン・リーマン・ブラザーズに転職した。1990年代の10年間で、グローバリゼーションは「パントゥフラージュ」を加速させた。それ以降、フランスや欧州の市場に食い込もうと目論んだ米国の大手金融機関がフランスのエリートたちを安く「買い取って」いった。多くの国立行政学院(ENA)卒業生や財務検査官たちが一斉に退職年齢に近づいた。高級官僚としての給料、かつて国有だった銀行や大企業のトップとして得られた給料は、正確なところ、米国で支払われていた給料の額とはまったく違っていた。米国の銀行や投資ファンドは、[フランスでの]キャリア全体を通じて得られたのと同じ額を、たった数年間で稼げるといった見込みを彼らにちらつかせた。彼らは自分たちが[上の世代も皆、同様のキャリアを進んでいったとして]「歴史の流れ」に向かっているという感覚を得ているだけに、こうした提案に気がそそられるのだ。

 国家公務員としてソシエテ・ジェネラルの総裁だった頃に「付加価値税(TVA)の父」となったジャック・マイユは、1989年にこうした流れに乗ってパリのゴールドマン・サックスの代表となった。そして、多くの者が彼の後に続いた。ジャック・ドロール氏が経済・財政・予算大臣だった頃に彼の官房長を務め、預金供託公庫の局長にもなったフィリップ・ラガイエット氏は1998年にJPモルガンに入社した。「左派」といわれたENAの卒業生たちもまた、この「共謀の資本主義」の誘惑にますます屈していった。こうした要人たちは行政機構の扉を開くため、そして銀行が推し進めたフランス企業の合併・買収を促進するために選ばれ、たっぷりと謝礼金を受け取っていた。

 年々、数百もの会社の所有権が[企業買収手法の一つである]レバレッジド・バイアウト(LBO)を通じて、人の手から手へと移っていった。そのたびに投資銀行は手数料を受け取り、そこで働くフランス人のリーダーたちは、その役割に値する報酬を当然得ることになった。結局のところ、フランスの産業が衰退したとしても、資本効率を上げようと賃金労働者たちが解雇されたとしても、貿易赤字が増大したとしても、そんなことは彼らにとってどうでもいい話だった。肝心なのは、世界を席巻したこうした金融の波を捉えることではなかっただろうか? かつて、[エリート官僚集団]グランコール・ド・レタから輩出された国家公務員たちは、たとえその頃からすでに彼らが「パントゥフラージュ」を行っていたとしても、国のために奉仕するミッションがみずからに与えられていると感じていた。だが、1990年代からはその考え方が変化した。グローバリゼーションによって、国家のために働く「使節」たちは「金目当てに動く人間」へと変貌し、「国家資本主義」は「歯止めの効かない資本主義」に置き換わったのだ。

 この動きは年々拡大していった。2004年にはフランス商業銀行(CCF)の元総裁シャルル・ド・クロワセ氏がマイユの後を引き継ぎ、ゴールドマン・サックスの国際事業顧問、次にゴールドマン・サックス・ヨーロッパの副社長に就任した。米国の5つの巨大な投資銀行のフランス支店は、ENA出身の高級官僚たちがそのすべてを指揮している(2)。フランスガス公社とエンジーの元幹部で、ジャック・シラクの内閣官房のメンバーだったジャン=フランソワ・シレッリ氏はブラックロックの子会社に入社し、フランスとベネルクスの市場を担当している。一般大衆にはほどんど知られていないこのファンドは、世界で最も多くの資産(5兆ドル)を運用している。

 クララ・ゲマール氏の経歴も同様に象徴的だ。ENA出身で、シラク氏のもとで大臣を務めたエルヴェ・ゲマール氏の妻である彼女は、2003年に[フランスの]国際投資業務の代表に任命された。そこから彼女はENA出身者による高級官僚の中で最も幅広い人脈を作り出した。2006年、ジェネラル・エレクトリック(GE)は彼女にフランス支社の社長のポスト、次に、大口の顧客と政府との連絡業務を担うGEインターナショナルの副社長のポストを提示した。GEが2014年の春にアルストムのエネルギー部門を買収した際、彼女は仲介者としての役割を担った。この「作戦」が完了すると、GEグループの社長ジェフリー・イメルト氏は突然、彼女を解雇した。しかし、彼女が多額の補償金を受け取ったことは間違いないだろう。クララ・ゲマール氏は10年間、米国の影響力をフランスに及ぼした重要な仲介者の一人だった。彼女は三極委員会(3)に属し、米国商工会議所の議長、そしてフランス=米国財団の理事会のメンバーだ。

 キャリアの終わりが近づいてきた人々に「有終の美」を提案すること、メディア界と政治界に影響力を持つパリの「名士」の中で何人かのキーパーソンを当てにすること、将来有望な若手の幹部たちに投資すること、そういったものが米国式の「ソフト・パワー」の基軸であり、この戦略が世界の至るところで展開されている。こうした若者への投資は、アルストムのケースに見られた。その[アルストムのエネルギー部門買収の]際、フランス政府からの要望により、GEは3年間で1,000人の雇用をこの国で創ることを約束した。ところが、GEグループは後になって、グランゼコールを卒業したばかりの優秀な240名の若者を「リーダーシップ・プログラム」に採用しようと乗り出したのだ。その若者たちは米国や世界の他の地域に展開するGEの中で、早い昇進が見込まれたキャリアを提案されるだろう。これは、優秀な若者を引き抜こうとする実に抜け目のない作戦だ。そして、フランスからその活力を少しずつ奪い去る手口でもあるのだ。

 というのは、今や資本の海外投資は高等教育を終了した若者たちの国外流出を伴っているからだ。彼らは米国だけでなく、ロンドン、シンガポール、あるいは他の場所へと向かう。大抵の場合、そうした若者は、利益ばかりを追求する経営者によって形成された、新たな特権階級に属す子供たちだ。両親のコネによって彼らは多国籍企業の中で報酬の高いポストを見つけることができる。グローバル化した現代の世界において、フランス人エリートたちは米国人エリートたちと同じ振る舞い、同じ野望を取り入れているのだ。




  • (1) Vicky Cann, « De si confortables pantoufles bruxelloises », Le Monde diplomatique, 2015年9月号 参照
  • (2) Jean-Pierre Robin, « Créer son fonds d’investissement, ainsi font font font les petites marionnettes », Le Figaro, Paris, 2016年10月17日 参照
  • (3) 三極委員会は、米国・欧州・日本の間のつながりを強化することを目的として、1973年にデイヴィッド・ロックフェラー氏によって創設された。Diana Johnstone, « Une stratégie “trilatérale”  », Le Monde diplomatique, 1976年11月号 参照

[訳注1] オランド政権において、エマニュエル・マクロンは経済・産業・デジタル大臣(2014年8月〜2016年8月)、フルール・ペルランは文化・通信大臣(2014年8月〜2016年2月)を務めた。ナジャット・ヴァロー=ベルカセムは現職の国民教育・高等教育・研究大臣(2014年8月〜2017年2月現在)。ジャン=マリー・コロンバニはル・モンド紙の編集長(1994年〜2007年)を務めた。


(ル・モンド・ディプロマティーク2016年11月号)