欧州最後の植民地、ジブラルタル


本誌特派員 ローラ・パッラ・クラヴィオット(Lola Parra Craviotto)

ジャーナリスト


訳:出岡良彦


 「ブレグジット」(英国の欧州連合離脱)に大多数が反対票を投じたジブラルタルの住民は、自分たちに多くの特例措置を認め、スペインとの仲介役にもなってくれる欧州連合(EU)に残留の意志を示した。パリの20区とほぼ同じ面積の領土は、世界で最も裕福な場所のひとつであると同時に、国際連合によると、脱植民地化すべき欧州最後の領土でもある。[フランス語版編集部]



 日没間際になるとジブラルタルの出口では、数十台の自動車とオートバイが税関の前にずらりと並び、不安と憂鬱のムードが漂う。国境を越えてジブラルタルへ仕事に来ている人たちは、100メートルも離れていない隣接するスペイン、アンダルシア州の街、ラ・リネア・デ・ラ・コンセプションへたどり着くのに、2時間も待たされるかも知れない。深緑色の服にピストルと警棒を持った治安警察(スペインの準軍事警察組織)隊員が車体を入念に調べ、二重底に密輸品が隠されていないか確認する。スペイン領内ではタバコの不正取引で儲けられるからだ。わたしたちが訪れた前日にも、7万箱のタバコが警察に押収された。商品価格にして31万5,000ユーロに相当する。公式には通過のたびに住民は4箱まで、旅行者は10箱までの持ち込みが許されている。

 英国の植民地であるジブラルタルは、シェンゲン協定[ヨーロッパの国家間を国境検査なしで行き来することができる]に加盟していない。したがってスペイン当局は、財とサービスに対する付加価値税が免除されているこの自由貿易港周辺での検問を強化することができる(1)。「この数年来、スペインを襲った経済危機をきっかけに密輸入を始めた失業者がいる。それもあって押収されるタバコの量は急増した」と治安警察隊員は説明する。2008年の14万7,000箱から2013年には100万箱になり、2015年は33万箱に落ち着いた。しかし、「検問の厳しさは政府の意向によって変わる」と治安警察隊員は明言した。

 ジブラルタルの統治権を要求しているスペインは、シェンゲン協定の境界で警察の検問に加えて税関検査を政治的に利用し、一帯の交通を妨げている。1713年、ユトレヒト条約で英国に永久譲渡されたこの軍事的要衝を巡る係争は、ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ率いる社会労働党政権下(2004~2011年)では沈静したものの、2011年、保守派の国民党(民衆党)が政権につくと再び返還要求の声を強めた。カディス大学国際法学教授ヘスース・ヴェルドゥ氏によると、「ザ・ロック(標高426メートルの一枚岩の石灰岩を頂くジブラルタルの別称)を取り戻そうという強い気持ちは一度として諦められたことはなく、フランシスコ・フランコの独裁下(1939~1975年)でよみがえり、1968年5月からは国境閉鎖に踏み切った。当時は敵地と見られていたが、今日でもジブラルタルはスペイン人の愛国心を刺激する。しかし、ジブラルタルの実情について、あまりに知られていないことがある。それはこの地域の経済的な原動力になっているということだ」。

 カンポ・デ・ジブラルタルは、英領ジブラルタルに隣接するコマルカ(スペインの行政区分)で、面積1,500平方キロメートル、7自治体からなり、12万人の住民のほとんどがジブラルタル返還に反対している。英領ジブラルタルの商工会議所が2015年に発行したレポートによると、35%の失業率に喘ぐこの地方で、2013年に域内で創出された国内総生産の約25%は英領ジブラルタルによるものだった。これは6年前の2倍である。英領ジブラルタル商工会議所長エドワード・マクイステン氏は「2008年のリーマン・ショック後にジブラルタル周辺で職を失った人は、ここですぐに再就職先を見つけた。ここでは失業は実質的に存在しない。2015年の就労者数は約2万4,500人で、10年前に比べて7,500人増えている。その3分の1はスペインからの越境者だ。さらに、領内総生産は19億ユーロを越え、2008年の2倍になった」と話す。面積6.8平方キロメートル、人口3万人のこの「ちっぽけな岩」は、住民1人当たりの年収では世界でも有数の裕福な土地になった。

 2002年、「税に関して、透明性を高め情報交換を実施する(2)」ことをコミットしてからは、経済協力開発機構(OECD)は英領ジブラルタルをタックスヘイブンとは見なしていない。しかしながら、スペインでは30%の税率が利潤に課されるのに対し、ジブラルタルでは10%となっている。この非常に有利な税制に惹かれて、実際には他国で活動している企業が営業費を削減するだけの目的で本拠地を置く。このような事情から、商工会議所長によると、英国の自動車の20%がジブラルタルに本拠地を置く会社の保険に加入し、かなりの英国人がジブラルタルでバーチャルギャンブルをしている。オンラインカジノを先駆けて合法化し、ウェブ上の主要な20のカジノを誘致したのである。

スペイン政府はジブラルタルに海域を認めていない

 地中海の太陽の下では、ロンドンよりも暮らしはずっと快適で、ストレスも感じられない。犯罪率はほとんどゼロである。英国人にとっては、英国スタイルがしっかり浸み込み、本土と同じ赤のポストと電話ボックスがありながらも、電気代、電話代、家賃は安く済む街である。しかし、10人にひとりが英領ジブラルタルで働くカンポ・デ・ジブラルタルの住民にとっては、ラ・リネア・デ・ラ・コンセプションの3倍になることもある家賃は手の出ない額である。この地政学的係争に最初に影響されるのは国境の住民だ。アンダルシア州の街のオーベルジュ経営者によると、「スペイン当局がジャニートス(ジブラルタル住民の呼称)の妨害をして観光客の行き来を制限する目的で税関に圧力をかけると、かえって自国民のほうが報いを受けることになる」。

 英領ジブラルタルと直接隣り合うラ・リネア・デ・ラ・コンセプションは、かなり落ち込んでいる。多くの店が閉店に追い込まれた。残った店も50%近く売上が落ち、ビストロもがらがらだ。ジブラルタル中小企業連盟会長のジェンマ・ヴァスケス氏は、「観光客が減ったし、わたしたちジブラルタル住民も以前のようにはスペイン領へ行かないようになった。ジブラルタルから出ていくお金が減っている。というのも、この数年厳しくなった税関の長い検査と車体のチェックのせいで、国境の向こうまで行って安く一杯飲もうという気がしないから」と説明する。

 緊張が再び高まったのは2013年の夏にさかのぼる。このときジブラルタルは、人工漁礁を作るために突起のあるコンクリートブロックを70個沈め、底引き網漁を実質的に禁止した。植民地であるジブラルタルに領海を認めていないスペインは、この「エコ」な動きに業を煮やし、報復措置として国境での取締りに力を入れる。「隣接する海域に対する領土支配権をこのように否定するのは、1982年の海洋法に関する国際連合条約に背いている。19世紀に行われた話し合いが、英領ジブラルタルと隣接するスペインとの間の海域の境界画定にまで及んでいたことを考えれば、無意味なことだ」とヘスース・ヴェルドゥ氏は説明する。

 領海に関する係争に加えて、空域の問題もある。当地の空港の敷地は、19世紀にジブラルタル人が獲得した区域に含まれているため、疑義が挟まれているのだ。当時、英領ジブラルタルは黄熱病に繰り返し襲われ、スペイン人は、ユトレヒト条約で決められた境界を越えたところに健常者のための仮設収容所を建てることをジブラルタル人に認めた。ところが、感染が収まった後も収容所は存続した。2006年、コルドバ協定を通して当時の社会党政府は英国への歩み寄りを図り、スペインとジブラルタル間の初の空路を設置した。ところがそのすぐのち、新政府がこの協定を廃止した。それ以来、ジブラルタル空港から離陸した飛行機にはスペイン領空を航行する権利がない。そして、ジブラルタルは「単一欧州空域」計画から排除された。

 ジブラルタルの住民はほとんど(96%)が英国のEU残留に投票したが、ジブラルタルは独自の地位を享受し、多くのEU規定に抵触してもいる。例えば、付加価値税の徴収を免除されていることに加えて、関税同盟、通商政策、共通漁業政策に関わっていない。

 「ブレグジット以来、国境の両側で住民の不安は募っている。ここの経済は非常に力強いが、それはひとえにEUにおけるジブラルタルの特異な地位によるものだ。ここに移動してきた企業が欧州のほかの場所に新たな本拠地を探すこともあり得る。さらに、EU本部がジブラルタルとスペインの間の政治的危機の状況下で仲介役を演じることはなくなるだろう」とヘスース・ヴェルドゥ氏は続ける。それでも、ブレグジットの実質的な影響はいまのところわからないし、多くの住民は自信を持っている。マクイステン氏は、「何世紀にも渡ってジャニートスは逆境を生き抜き、いつも適応してきた。ここではみんながひとつになって共に暮らしているし、非常に進取の気性に富んでいるので、どんな小さなチャンスも逃さない」と明言する。

 スペインはブレグジットをチャンスと見ている。そこでホセ・マヌエル・ガルシア=マルガージョ外務大臣は、スペインへの返還につながる、一時的な共同主権による統治を提案した。この措置を取れば、ジブラルタルはEUに残留することができるが、ジブラルタルの住民は断固として反対している。さらに、スペイン国民党(民衆党)はジブラルタル代表との直接交渉を拒否し、ジブラルタルに植民地として以外の地位を認めることを拒絶している。これは脱植民地を前提として準備された非自治地域リストにジブラルタルを加えた国連決議に沿っている。「1960年代からスペインは国土統合の原則を掲げ、英国のジブラルタル統治がスペインの国家統一を損なっているとして引き合いに出している。それでも、国連総会はジブラルタルの脱植民地化に向けての論議に両国政府を招くにとどまる」とヘスース・ヴェルドゥ氏はまとめる。これらの議論をする場合、やはりジャニートスの利益を忘れてはならない。1967年の住民投票では、99.6%が英国海外領土の地位を選んだ。現自治政府は、外交関係と防衛問題以外で英本国が介入することはないと見ている。

 2013年の対立後の仲裁状況をブレグジットが変えるかもしれない。欧州委員会は、念入りな検査のせいで待ち時間が9時間にも及ぶことがある延々と続く行列を問題とし、国境の往来をスムーズにするよう強く勧告していた。もっとも、スペイン当局によるとこの検査で陸路の密輸入は50%近く減っている。スペインはただちに入国審査の刷新に取り組み、入口のレーンを2本から4本にして、そのうちの1本はスペインからの越境労働者専用にした。さらに、スキャナー、指紋読み取り機、顔認証システムを導入、疑わしい車両の検査場を別に設けた。この工事は2015年夏に終わったが、その数カ月前、ガルシア=マルガージョ氏は密輸入が続いていることを理由に税関チェックの軽減を拒否した。2010年から2013年の間のEUの損失額は7億ユーロとしている(3)。欧州不正対策局の調査が示すように、警戒を続けるのは必須である。英領ジブラルタル周辺で違法取引が行われている証拠とともに、この取引に関係するマフィアの存在が明らかにされているからである。2015年1月1日から、ジブラルタルはタバコの輸入量を1億1000万箱から9000万箱に減らすことを余儀なくされた。

「わたしたちの統治権に交渉の余地はない」

 ジブラルタルが地域一帯に及ぼしている経済的影響にもかかわらず、スペイン政府はジブラルタルの住民の意見をほとんど考慮していない。「わたしたちの統治権に交渉の余地はない。わたしたちは英国人であり、3世紀も前からここに住んできた住民の存在を尊重すべきだ」とジブラルタル首相ファビアン・ピカルドは断言する。国連によれば、2002年に行われた2度目の住民投票のように、住民が自らの将来を決めるべきである。このときは99%近くの住民がスペインへの併合を拒否する投票をした。「ジブラルタル人が英国に留まりたいと思うのは驚くことじゃないさ!」と、ジブラルタルから追放された人たちが10キロメートルほど離れたところにつくった小さな街サン・ロケの住民、フランシスコ・リナレス氏は話す。1704年に占領された後、ジブラルタルに住んでいた人々は英国人のためにその地を去るしかなかった。リナレス氏のように、スペイン国旗が再びジブラルタルに翻る日を夢見る人はたくさんいる。「ジャニートスが国境を一歩でも踏み越えると、生活レベルの違いにすぐに気が付き、スペインから何が得られるか考えてしまう。スペイン政府はジブラルタルを敵と見なすのはやめ、この地域一帯を改善してジブラルタル人の目にもっと魅力的に映るような取り組みをするべきだ」。

 そうは言っても、いま恵まれた状況にあり、何世紀も前から攻められ続けてきた相手と明るい未来を築く可能性などほとんどないと思っている人々をひきつけるのは、簡単なことではない。ビストロで交わされる英語の会話の中に出てくるスペイン語の表現の割合も減りつつある。「ここではバイリンガルであることが求められるが、うちの子のように、若い人たちはスペイン語で話すのがますます困難なことになってきている」と弁護士で、1996年から2000年まで通商産業相を務めたピーター・モンテグリフォ氏は指摘する。「英語での教育が行き届いているからということもあるが、スペイン語を敵対国の言葉だと思い、話そうとしないからでもある」。スペイン政府は、この状況の改善を目指すどころか、2015年、スペイン語とスペイン文化の教育、普及を目指す施設であるセルバンテス文化センターの閉館を決定した。以前は文化の混合を求めていた人々から、そこに残されていた足跡をまた少し、こうして消してしまうのだ。




  • (1) 欧州委員会メモ ブリュッセル 2013年9月24日
  • (2) ジブラルタル首相ピーター・カルアナからOECD事務総長宛のレター 2002年2月27日
  • (3) エル・パイス紙 マドリッド 2014年8月13日


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2016年10月号)