なぜ自由貿易を拒否するのか


セルジュ・アリミ(Serge Halimi)

訳:山中達也



 フランスで「ニュイ・ドゥブ(屈しない夜)運動」のもとに集結したデモ参加者たちは「闘争の集中化」が、より若く、より学歴の低い参加者に支持を広げ、国際的なダイナミクスに包摂されることを望んでいる。そんな彼らが選んだ闘争のテーマの一つに「自由貿易協定の拒否」がある(1)

 だが往々にして複雑な貿易協定を前に抵抗運動は停滞する。なぜなら協定を精査しようにもいま交渉のどの段階にあるのかを理解するのは困難であり、一見してどの技術的措置が社会の抱える爆弾を覆い隠すためのものかわからないからだ。とはいえ、自由貿易協定を支持する政治家、企業家、メディアによる誇大広告にもかかわらず、これらの協定に敵意を抱く人々は増えている。ドイツやベルギーでは環大西洋自由貿易圏(GMT、英語ではTAFTA)に対する抵抗運動が高まりをみせているのだ(2)。米国では大統領選挙の有力候補が環太平洋パートナーシップ協定(PTP、英語ではTPP)に反対を表明している。第二次世界大戦終結後、アメリカ帝国主義は貿易自由化の旗振り役を務めてきた。歴代の大統領たちは、この点に関してはほぼ完全に意見が一致していた。民主党も共和党も関係ない。ジョン・F・ケネディからロナルド・レーガン、さらにはジョージ・W・ブッシュからバラク・オバマまで。それが突如として貿易自由化のエンジンが止まったのである。

 オバマは「低賃金労働のみを求めるような企業はすでにこの国を去った」と主張したが、これを信じる者はほとんどいなかった。いまも生産の国外移転は続いており、過去の自由貿易協定が約束していた高収入の雇用とやらが大量にもたらされることはなかった……。したがってドナルド・トランプとバーニー・サンダースのように毛色の異なる候補者が、自由貿易協定を徹底的に批判することで大躍進するのもうなずける。ヒラリー・クリントンもオバマ政権の国務長官時代に表明していたTPPへの支持を否定せざるを得なくなった。こうしたなかフランソワ・オランド大統領もまさに環大西洋自由貿易圏に対する考えを変えようとしている。彼はたった2年前には「速やかな締結」を望んでいた。その時点で何ら緊急性を要するものではなかったのに……。

 生産の国外移転と失業の脅威に晒され賃金を圧迫された労働者たちは、自由貿易に反対したとしてももはや孤独な存在ではない。エコロジスト、農家、消費者がこれに加わったのだ。そして消防士をはじめ公務員も運動に参加している。アメリカのある経営者団体の代表は当惑し、「これらの労働者たちは誰一人として輸入品による競争激化の影響を受けていない。にもかかわらず彼らの労働組合は周りとの連帯を示している」と述べた(3)。公務員の労働組合は、他の労働者の待遇が崩壊し続けるならば、組合員200万人の待遇を守ることは不可能だと考えている。そして消防士たちは、税金を支払っている企業群が消え産業荒廃地となった場合、市町村の財政は切り詰められ、消防署の数が減らされることをよく理解している。だからこそ闘争の集中が存在するのだ。それはすでに最初の成果を勝ち取っている。




  • (1) le dossier « Les puissants redessinent le monde », Le Monde diplomatique, juin 2014.参照。
  • (2) Amélie Canonne et Johan Tyszler, « Ces Européens qui défient le libre-échange », Le Monde diplomatique, octobre 2015.参照。
  • (3) Noam Scheiber, « Labor’s might seen in failure of trade deal as unions allied to thwart it », The New York Times, 14 juin 2015.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2016年5月号)