非常に危うい英国の国民投票

「ブレグジット」——自ら仕掛けた罠に落ちたキャメロン首相


ベルナール・カッセン(Bernard Cassen)

パリ第8大学欧州研究所名誉教授


訳:村松恭平


 経営者側からの支援、錯綜した労働党員からの支持、欧州のパートナー国から見込まれる譲歩。英国の欧州連合(EU)離脱をめぐる国民投票が目前に迫る中、こうした全ての要素がデーヴィッド・キャメロン英首相を安心させている。彼はただちに「ブレグジット(brexit=英国のEU離脱)」に反対する立場を取った。ところが、反EU感情の高まりの脅威がこのダウニング街10番の借家人にも及んでいる。[フランス語版編集部]



 「私を怒らせると怖いぞ」。外交的とはいえない言葉に翻訳されたこのメッセージは、昨年12月17日にブリュッセルで開かれた欧州理事会に集まった各国首脳27名に対してデーヴィッド・キャメロン氏が放ったものだ。首脳会議で行われる長時間に及ぶ議論といった偉大な伝統に組み込まれた英国首相は、EUへの加盟条件を再交渉するための合意を他の加盟国から引き出すため、「一晩中」闘うつもりだと発言していた。もし満足のいく結果が得られなければ、彼は「ブレグジット」、すなわち英国のEU離脱に賛同するよう英国市民に勧めるとほのめかしていた。それは彼にとっては辛く、やむを得ない状況であった。

 ところが、会合は結論を出すことなく深夜0時に早くも解散し、全ての決定は2月17・18日に召集される次の欧州理事会に持ち越されることになった。キャメロン氏が面目を失うことを免れさせようとしたEU加盟国の良き同僚たちは、多数の英国メディアの前で彼にこのように発言させようと示し合わせていた。「良い知らせをお伝えしましょう。それは合意の可能性があるということです」。この言葉以上に曖昧な言い方はできないだろう……。だが、一度彼が本国へ戻ると、確かな勝利宣言はできなかったものの、それでもやはり良い見出しが付けられていた。

 キャメロン首相は2015年11月10日に欧州理事会の(ポーランド人)議長であるドナルド・トゥスク(Donald Tusk)氏宛に送ったある一通の手紙の中で、彼の要求を表明していた。4つの章の冒頭で、その要求は「経済ガバナンス」「競争力」「主権」「移民」といった主題でまとめられていた。キャメロン氏にとって「経済ガバナンス」は、主としてシティー[英国の金融・商業の中心地]の利益保護を意味している。また彼はユーロがEUの唯一の通貨ではないこと、そしてユーロを使用していない国への差別がどのような形であれ、なされてはならないことを条文の中に記載するよう要求している。「競争力」に関する章では、EU域内市場の機能の更なる規制緩和、そして行間を読むならば、とりわけ労働法の規制緩和を狙っている。キャメロン氏は「主権」に関しては非常に明瞭な立場を取り、3つの要求を表明している。ひとつ目は「欧州市民の間で、より緊密な関係発展が絶えずなされる同盟」といった目標へのあらゆる言及を諸条約から削除すること。ふたつ目は、各国議会で望ましくないと判断された共同体レベルのあらゆる法令提案について、それらを阻止する権利を彼らに与えること。3つ目は「必要な場合における欧州、実行可能な場合は国家」といった補完性原則の厳密な適用である。

 キャメロン氏が望んだいくつかの規制措置の中で、外国人労働者に対する義務を示したのは4番目の「移民」に関する章だ。その義務は、他のEU加盟国出身の労働者に与えられる雇用給付金、あるいは社会住宅への入居に関して、英国人と同じ待遇を享受するためには4年間の英国滞在と社会保険の支払いを証明する必要があるといった内容である。この義務はEU加盟28カ国の住民の間での非差別原則を批判するものであろう。EUの諸協定によれば(一定の移行期間を要するケースもあるが) EUのどの加盟国においても居住し、働く権利が彼らにはある。別の言い方をすれば、それはEUの4つの「基本的自由」のひとつ、すなわち「人の移動の自由」に関連し、それが脅かされているといえるだろう。

 EU改革の諸提案がキャメロン氏によって議題に挙がった(そこにはある種の恐喝が盛り込まれたが)時期の選択について憶測することができる。英国において、そうした改革の提案は特に新しいものでは全くない。実際のところ、彼が選んだものは何もない。以前に自分自身が推進した力学とスケジュールの「囚人」に陥ってしまったのだ。そしてそれは深い確信のもとでなされたのではなく、完全に政治的な動機がその裏には存在していた。単に、2015年の国民議会選挙で勝利することが彼にとっては重要だったのだ! EU嫌いの英国独立党(UKIP)は従来からの支持者を獲得しようと保守党と争っていたが、その台頭に慌てふためいたキャメロン氏はUKIPを無力化するために、彼らにいくつかの保証を与えることにした(1)。その目的は新たに5年間、ダウニング街10番の賃借契約を確保することにあった。キャメロン氏は2010年の選挙の翌日から、[首相オフィスが位置する]この場所で、保守党と自由民主党の連立政権のトップとして過ごしている。

 キャメロン氏は2011年に、新たな重要権限を欧州機関へ移行させるあらゆる協定に批准する際には、議会による採決だけでなく、国民投票の実施を義務付ける法律を可決させた。それはブリュッセル(欧州委員会)を失望させる措置であった。発言する力を人々に直接与えるという考えは、欧州委員会にとって悪夢を想起させるものであった……。2013年1月、次の国民議会選挙において自分が再任されるという仮定のもと、英国のEU残留を決める国民投票を2017年末までに実施すると約束することで、キャメロン氏は議論を更に一歩前に進めた。この投票は英国政府と欧州理事会の間で取り組まれる交渉の結果をもとになされる。もし首相である彼が、その主張がパートナー国から聞き入れられたと考えたならば、「英国はEUの加盟国に留まるべきか」という問いに対し「イエス」に投票するよう呼びかけるだろう。もし逆の場合、彼はEU離脱の方を勧めることになる。

変わりやすいユーロ懐疑主義の強度

 2015年5月、予想を裏切り、保守党は絶対多数の議席を獲得して選挙に勝利した。キャメロン氏は選挙の際に公約した重要な問題を抱えることとなった。大半のEU加盟国において極右の台頭を助長する難民の大量流入とジハーディズムの問題によって、現在の欧州は非常に大きな影響を受けつつも、彼はこの選挙をうまく乗り切った。国民投票が不可避となったことで、それを可能な限り早い段階で実施したほうが良いとキャメロンは考えた。国内で、そして第一に保守党内で議論が悪化することを避けるとともに、その討論が他の国々においても予想外の展開を引き起こさないためでもあった。とりわけフランスでは、フランソワ・オランド氏が2017年の出馬をまだ公式に宣言していない候補者の立場である中で、EUに関する議論が選挙キャンペーン中に浮上することによって彼は敗北に晒される。2005年5月29日に行われた仏国民投票は社会党員の分断を公に晒すことになったが、いまだにそれは辛い記憶として残っている……。2016年2月の欧州理事会で全会一致の合意を実現し、6月もしくは9月に国民投票を行うというのが、採用される最善のスケジュールであろう。

 状況に応じてその強度が様々に変化するキャメロン氏のユーロ懐疑主義は文化的であり、本能的であるというより歴史に根ざしている。それは大多数の保守党員や何人かの大臣、大半のロンドンの日刊紙、そしてとりわけUKIPとそのリーダーで豪放な欧州議会議員であるナイジェル・ファラージ(Nigel Farage)氏が持つユーロ懐疑主義とは反対のものだ。キャメロン氏の懐疑主義はウィンストン・チャーチルが欧州合衆国の創設を勧めた1946年のチューリッヒでの発言の伝統を受けている。したがってそれは、その創設を英国は好意的に支援するものの、「外から」支持する連邦主義的な欧州である。「我々英国人はあなた方と共にある。しかし、我々はあなた方のものではない」。

 英国政府は1973年に欧州経済共同体(EEC)に加盟することで、この戦略的方針に立ち戻った。しかしだからといって、共同体レベルの政策への選択的離脱(opt-out)の絶えざる模索によって表現されるような特殊な地位を諦めることはなかった。その模索はEECに加盟した際に既に始まってはいたが、すぐに成功しなかった。今日、この国はユーロ圏のメンバー国でもなければシェンゲン協定の署名国でもない。これらふたつのシンボルは欧州統合主義者の誇りとなっている。英国はEEC各国に課される出資分担の計算方法において、適用除外の恩恵を1984年に受けた。それは多額のリベート(よく言われる「英国の小切手」)という形となって現れた。英国は28カ国の中でクロアチアやチェコと並び、「欧州財政協定」とも呼ばれる2012年の「安定・協調・ガバナンスに関する条約(TSCG)」には署名をしなかった。

 ある人々はそれをオフショア(2)と呼ぶが、歴代の英国政府は欧州共同体建設との繋がりにおいて第三国的な姿勢を完全には採用しなかったものの、彼らの関心を引く分野以外は片足ずつを欧州共同体の内と外に置くような立場を築き上げた。彼らの関心を引いた分野は第一に欧州域内市場の完成である。その次に、資本・財・サービスの自由な移動、すなわちEUの4つの「基本的自由」のうちの3つである(上記において、4つ目の「人の移動の自由」は少しのケースしか見られなかった)。最後に、金融サービスにおけるシティーの支配的地位の維持である。そこにはユーロでの金融取引も含まれる。

 キャメロン氏はこうして共同体規則の中に新たな英国の特例を刻むことを目指しているが、更に、それをEU全体にも拡大しようとしている。問題は、彼がトゥスク氏に送った手紙がEU域内外どちらにも関わる全ての関係国との協定の基礎として役立つかどうかだ。侮れない切り札を手にしながら、はったりの利いた駆引きにキャメロン氏は身を投じている。つまり、理由は様々だが、EU加盟国の他のどの政府も英国のEU離脱を望んではいないということだ。アンゲラ・メルケル氏とオランダや北欧、中東欧諸国のリーダーたちは、英国政府がその重要な保証人であるネオリベラル的な方向性を維持するために、更なる妥協に踏み出そうとさえしている。彼らは、他のパートナー国から政治的に信頼できるとあまり評価されていないフランスや地中海周辺国が相対的に台頭することによって、そうしたネオリベラル的な方向性が見直されることを恐れている。

 しかしながら、こうした方向性に忠実な同盟国にとってさえ、越えてはならないいくつかのレッド・ラインが存在する。たとえばドイツにとって絶対的な優先事項は、ユーロ圏加盟国の統合の進化プロセスを通じて、緊縮財政政策の支配と永続化の手段、すなわち単一通貨を強化することだ。ドイツ政府も欧州中央銀行(ECB)も、英国政府の拒否権によってこうしたプロセスが妨げられることを受け入れることはできない。そうした拒否権は、キャメロン氏の手紙の「経済ガバナンス」の章で要求されている。他の戦線では、「移民」の章で記載された措置に対して東欧諸国が逆風となっている。この措置は英国に移住した東欧出身の人々を直接的に狙ったものだからだ。特に欧州委員会と欧州議会にとって、この点はあらゆる問題の中で最も繊細なものである。というのも、既に指摘した通りだが、欧州統合プロジェクトの4つの「基本的自由」のうちのひとつを危うくするものだからだ。そうなれば前例を作ってしまうと同時に、他の3つの自由に対する異論も可能になるというリスクが生まれる。保護主義の脅威はこうして再来する。

内部分裂

 英国のEU離脱を回避するには、ふたつの解決策があるように見える。新たな協定の締結を目指して交渉するか、あるいは適切な法的手段(たとえば国家元首による声明)によって現在の諸協定を変更しないまま、解釈条項を採用するといったものだ。どちらのケースも28カ国全ての意見一致が必須になるのだが、2番目の解決策ならば改正と批准の手続きはなしで済む。そうした手続きは長い時間を要する上、多くの危険性が伴う。メルケル氏もオランド氏も2017年の両国の投票日直前にそうした議論に関わりたくはない。現在の制度枠組みの中に英国が留まるためには、キャメロン氏は彼の主要な諸要求を諦める必要がある一方で、巧みに言葉を操作するブリュッセルの熟練した法律家の側も、欧州理事会による仰々しい形式の文書を練り上げなければならないだろう。しかもその文書によってキャメロン氏はEUの法規範秩序と相容れながらも前言を完全に翻すことを免れなければならないため、大変狭き道ではある……。

 こうした仮説の中で、欧州議会の保守党議員であるダニエル・ハンナン(Daniel Hannan)氏に見られるように、英国のEU離脱に対する支持者たちの激しい憤りが想像できる。彼は、キャメロン氏がEUとの交渉を開始する前から既に要求の中身について妥協し過ぎたと述べている。「英国はEUに対して変化を求めるフリをし、一方でEUはそうした要求を検討するフリをしている。(……) これは演出であり、そのおかげでキャメロン氏は『取引は成立した』と述べることができる(3)」。

 2013年にキャメロン氏が想定していた楽な展開が現れることはなく、彼は自らの政党が、そしておそらくは内閣そのものさえ分裂する危険に身を晒している。彼は大臣たちに前もって投票の自由を与えたが、その中の6人程がユーロ懐疑主義的な姿勢を示した。彼にとって起こりうる、そして逆説的な救いは、労働党の有権者のみから訪れる可能性がある。彼らにとって欧州の社会法の諸要素は(それは実際、ほとんど進展してはいないが)とにもかくにも、保守主義者が望んでいる無統制の規制緩和に対する歯止めとなる。今回ばかりはあらゆる政治路線の区別はない。

 キャメロン氏は、遅くとも2020年5月に行われる次の国民議会選挙の際に、3期目を目指して立候補はしない見込みであると既に発言している。彼がその選挙日までこの国の首相であり続けるかは何の保証もない。彼自身が追い込まれた状況が含む未知の要素は、それほどまでに恐ろしいものだ。そしてその状況から道が開かれる恐れのある英国のEU離脱を、彼の後継者が切り抜けなくてはならなくなるだろう。



(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2016年2月号)