中近東におけるパワー・シフト


オリヴィエ・ザジェク(Olivier Zajec)

ジャン=ムーラン・リヨン第三大学政治学助教授


訳:土田 修、川端聡子



 2015年1月、英国のコラムニスト、ミシェル・アクスワーシーは「イランを味方に、サウジ・アラビアを敵に回す時だ」という見出しで掲載されたガーディアン紙の記事でこう書いている。「イランが湾岸地域の安定に影響力を持っているという考えには異論の余地がない」(1)。2011年9月11日以来、イランを「悪の枢軸」と決めつけるレトリックが無分別にしかも都合よく繰り返されてきたが、この記事はそれとは正反対のものだ。イスラエルのネタニヤフ首相は2015年3月3日に米議会で熱のこもった演説でイランの脅威を喧伝し、フランス外務省のネオコン信奉者テレーズ・デルペッシュ(2)は[イラン核開発についての]時代遅れの議論を提起した。だが結局、イランに対する見方を変えることはできなかった。

 イランは悪魔的存在からジハーディストとの戦いの地域の立役者へと変容した。その巧みな外交によって締結した原子力協定と、イスラーム国に対抗するため米国と結んだ同盟によって、その地位は一段と強化された。もはやイランは孤立した存在ではなくなった。こうした同盟による急激な変化の例は他にもたくさんある。

 ヨーロッパ連合は域内でのテロの続発と移民問題によって政治的安定性が揺らいでいる。これに対し、あたりさわりない論評が支配的となり、もはやいかなる確固たる事実をも提供できなくなっている。例えばフランスのメディアはあ然とするほどの分析力のなさを露呈している。イスラーム指導者の国・イランの危険性からシリアのアサド大統領に「罰を与える」道徳的義務へ、ジハーディストのカリフの否定から「トルコの民主化モデル(3)」という欧州の将来展望へ、プーチン大統領を引きずり下ろす必要性からグローバル化の中心となった湾岸首長国とのウイン・ウインな関係の早急な構築へ、仏独の揺るぎない関係からサダムフセイン元イラク大統領の絞首刑の生中継に続いて起きている低劣なお祭り騒ぎへ。こうした変化によって確実性は優柔不断へと、尊大な振舞いは言い逃れへと、大言壮語は冒涜へと取って変わった。

 もっと悪いことに、武力干渉の権利、親米的な運命共同体、「主権国家主義者の汚物」[ベルナール=アンリ・レヴィの表現](4)に対する武装十字軍が一貫して奨励される一方、世論調査ではシリア政権の崩壊、サウジ・アラビアとの関係強化、ロシアの抑制または大西洋自由貿易協定の締結が現在の最優先課題だとはみなされていない。

 こうしたイデオロギー的な回帰現象は、ポスト9・11期の救世主主義的で内政干渉を何とも思わないいい加減な行為の結果に対する現実的な対応の形をとっており、サルコジ-オランド時代のフランス外交政策担当者を悩ませてきた。最近の不安定な体制変化の失敗を正直に認めることもありうる。元々、正当化できないものを正当化するには、一つの解決策しか残されていない。災厄をもたらした責任を誰かに押しつけることだ。オバマ大統領は力のなさと優柔不断によって賞賛に値するようだが、中東の混迷に対して現在の世界中の指導者たちはもっと非難されてしかるべきだ。

 トルコのエルドアン大統領にとって、オバマ大統領は腰抜けだ。湾岸地域のスンニ派の君主たちは、イランという「悪魔」とトランプゲームをしているオバマ大統領に対する嫌悪感や、時には人種差別に基づく軽蔑をほとんど隠そうとしなかった。2008年の大統領選挙で共和党の対立候補だったジョン・マケインは常にイランやウクライナで武器に物を言わせようと準備しているが、最近、オバマ政権が米国のリーダーシップをぶちこわしたと発言している(5)。現在の共和党のスターであるドナルド・トランプはそれに同調している。オランド大統領は、イスラーム国が力を増している主な理由は米国の「弱腰」にあると繰り返し言ってきた。「2013年8月末の暗い土曜日」(6)に、フランス政府がアサド政権に対する空爆を思いとどまったのはそのせいである、と。

 しかしながら、オバマ大統領の対外政策を優柔不断の連続と決めつけるのは過小評価すぎる。いくつかの失策や数々の手詰まりはあっても、オバマ大統領の戦略の方がイギリスやサウジ・アラビア、フランス、あるいはイスラエルの戦略よりはるかに優れている。「戦時の大統領」がやりがちな世論調査に対する同調圧力を行使することなく、反対にオバマ大統領はグローバル外交において努めて自制的であろうとした。それは、ジョージ・ブッシュ大統領の任期を引き継いで大統領に就任した際、オバマ大統領自身が提唱したことでもある。2015年7月1日のキューバとの国交回復合意、続く同年7月14日のイランとの核協議合意、さらにはウクライナ問題へのアプローチは(プーチン大統領に対する嫌悪感、そして野党、特に時代錯誤の共和党レーガン支持者たちのヒステリックな攻撃にもかかわらず)慎重だった。これらの事例から、オバマ大統領が比較的、自制的であったことを示している。2011年のリビア内戦で冒険主義的な方針をとったサルコジ前大統領、自閉症的なまでに攻撃的なネタニヤフ首相、2012年以降、シリア問題で柔軟性を欠いているオランド大統領とはかなりの違いが見て取れる。

  結局のところ、オバマ大統領に失望しているのは、ドナルド・ラムズフェルド、アンソニー・ブレア、コンドリーザ・ライス(7)が国際外交の表舞台から消え去った現実を受け入れられずにいる夢遊病者どもだけだ。オバマの方向性は理に適っている。恒久的かつ根本的な解決策もないまま、連綿と続いてきた強権的な政治体制(特に中東において)の新たな変化を生み出す「冒険主義」を拒否した。「ゲーツ・ドクトリン」とも呼べるものだ。2006~2011年に米国国務長官を務めたロバート・ゲーツはリビア内戦時に、米議会で「最後に米国に必要なのは、国を創る新たな練習だ」(8)と述べた。この時、オバマ大統領はまさに自分自身の「水面下での舵取り」が非難されていると感じた。石碑に刻まれたような簡潔なこの言葉は軍事介入の時代の幕引きの象徴となった。

 数々の自己陶酔的な出来事の後で、米国政府は座右の書であったノーマン・ポドレツやアーヴィング・クリストルらネオコンの本を捨て去り、アリストテレスの書の中に「戦略的熟考」の意味を再発見したかのようだ。すなわちこうだ。「スキタイ人にとっての最良の国家体制について熟考するスパルタ人は一人もいない。(中略)われわれは自分たちにとって選択可能であり、実現可能なことについて熟考するのである(中略)。また、目的そのものについてではなく、そこへと至る方法について熟考するのである(9)」。

 シリア政策についてオバマ大統領が非難されるのは、最大の皮肉屋でしかもシリア内紛のフィクサー的存在でもあるトルコ政府に対する弱腰にある。不幸にもオバマ大統領の政策を非難することのできる最後の国はフランスだ。だが、こうしたフランス特有の言葉の上での能力だけでは戦略の無さを隠し続けることはできそうにない。シリアでの悲劇を機に展開されたフランス式話術は分析に値しないと認めた方がよい。フランス政府は何カ月もの間、イスラーム国に対する爆撃に反対してきた。最優先の敵であったアサド体制を強化することになるので問題外だった。このようにシリア内戦で反政府派に味方したフランス政府は思うままに行動し、定義は曖昧だが「穏健派」と目された反政府組織に無責任にも武器を供与した。その武器は即座にジハーディストの手に渡った(2014年8月21日付ル・モンド紙)。

 2015年9月27日、状況が悪化したことでフランス政府はついにイスラーム国爆撃を決断した。オランド内閣はこれを「戦略的進化」という本質を包み隠す言葉で表現した。洞察力を失った取材陣はこの言葉を「戦略の欠如」と推察するしかなかった。2015年10月4日、「進化」という言葉で自らを正当化したオランドは、フランスを訪れたプーチン大統領に「イスラーム国はわれわれが戦うべき敵である」と呼びかけた(10)

 見事なまでに図々しい決まり文句である。不幸にも、この決まり文句は健忘症の印象しか与えない。2011年のシリア内戦勃発、そしてイスラーム原理主義組織によるシリアでの人質事件の頻発によって、事態が次第に手に余るようになったロシアのプーチン大統領は、二つの側面を持つプランを固持している。第一に、アサド大統領を支持し、最大の脅威であるアル=カーイダとイスラーム国を弱体化させることだ。第二に、次いで体制を変化させる形でシリア政府と交渉し政治的解決を図ることだ。プーチン大統領にいかなる下心があるにせよ、ロシア政府の誰もがアサド大統領がこの先ずっと権力の座にとどまるとは考えていない。ロシアのラブロフ首相がハリド・ホジャ氏やハイサム・マンナーア氏らシリア反体制派の要人と密かに会談に応じていることからも明らかだ。「彼らの中から第二のカダフィは出現しない」。ロシア政府の戦略は、それ自体は批判の余地があるものの、明確かつ一貫しており、皮肉屋のトルコ政府、冷静さを失ったサウジ・アラビア政府、方針転換したフランス政府をより一層混乱させている。フランス政府の方針転換は、2013〜2014年に賞賛された、マリや中央アフリカにおける軍事的・外交的決断とは際だった違いを見せている。

 倫理的、戦略的な行き詰まりの代償として、西側諸国の決断のみに基づく外交的イニシアティヴが国際関係の中でその重要性をより増している。こうした外交的激変は基本的なものだ。では中東におけるゲーム・チェンジャー(11)は誰なのか? 恐らくオバマ大統領ではない。東欧やユーフラテス沿岸地域の米国に従属する国々からは米国が動くように求められているが、「平和の軸」の構築に重点を置くオバマ大統領は行動に踏み切れないでいる。オランド大統領については、もっと考えにくい。フランス政府は、ヨーロッパにおいてはドイツ政府の、非ヨーロッパ圏においては米政府の後を追って息切れ状態だ。ドイツと米国を批判することで、信頼を損なった独立国としての幻想を守ろうとしている。では、中東各国の政府についてはどうか。イスラエルは、米国・イランの核協議合意とパレスチナ人の抵抗運動が繰り返し起きることで麻痺状態に陥っている。サウジ・アラビアは、目下の石油価格の下落とイエメン侵攻で動きがとれそうにない。トルコはクルド労働党(PKK)との紛争が再燃状態にあり、クルド人との対立にイスラーム国を利用したことで信用が失墜し、それを取り戻すのに時間がかかりそうだ。

 現在、自由にカードが使えるのはロシアとイラン、中国だ。中国はいまのところ静観しているが、折を見て外交的解決策を提示してくるだろう。ロシアは2013年に持ち札を変えた。シリアが[ロシアの提案で]化学兵器工場を閉鎖したことですべての関係国に政治的解決を用意した。プーチン大統領はもう一度、強引なキャスリング手法によってシリア情勢での主導権を握った(12)。その第一段階として新たな対テロ同盟軍を国連に提案し(2015年9月28日)、(シリア政府の要請を受けて)空爆による軍事介入を行った。空爆はプーチン大統領自身のシリア内戦についての見解に従って実行された。その言葉どおりイスラーム国だけでなく、サウジ・アラビア、トルコ、カタールの支援によって集められた制圧軍(主としてアフラル・アル=シャムやヌスラ戦線、シリアのアル=カーイダ系組織などのサラフィー主義者たちで編成される)も爆撃目標とされた。

 こうしたロシア単独のイニシアティヴにより、インフルエンザにかかったチグリス・ユーフラテス流域のカードは再び切り直された。空爆と7000発の爆撃によるイスラーム国掃討作戦から1年がたち、米国の先導で2013年以降、西側諸国連合が遂行してきた戦略は、暗礁に乗り上げたようだ。今では米国国務長官のジョン・ケリーもアサドの出国日程について交渉可能であり、ロシア、イランとの協力が必須であると認めている(13)。ジャーナリストの論調も、「アサド退陣とイスラーム国壊滅、そしてシリアの平和な未来が究極の目的ならば、一度にすべてを行おうとしないことだ」というふうに一転した(14)

 レゼコー紙が多くの人に行ったインタビューのなかで、ウィルソン・センターの米ロ関係専門家であるマシュー・ロジャンスキー氏は、紀元前6世紀の「孫子」[中国春秋時代の兵法書]の教えを再発見している。それは、二つの戦場で戦うより一つの戦場で戦うほうがいい、という教えだ。ヘンリー・キッシンジャー氏もまた、似たような結論を述べている(15)。トルコのエルドアン大統領とフランスのファビウス外相は共通して「アサドとテロリストたちの間には明らかな協定(16)」があると呪文のように繰り返す。だが、彼らの主張には妥当性がない。フランスとしては、2017年の大統領選挙をにらみ、精彩を欠く外交政策をなんとか盛り立てようとしているのだろうが、こうした手の施しようのない「どっちつかず」の政策は、戦略として現状維持どころか逆効果であり、メディアもすぐに相手にしなくなるだろう。その政策は、ロシア軍とシリア政府軍によってパルミールが奪還されようものなら自殺行為になる。あり得るかどうかは別としてプーチン大統領とラブロフ首相が衝撃的な選択を検討していても不思議ではない。こうしている間にもロシアの戦略はイラン、そしてイラクへと支持を広げている(17)。エジプトは反対を表明していないし、中国も静観したままだ。

 このように「西側」以外の関係国はチグリス・ユーフラテス流域で、「予測不能と驚き」という外交戦略上の“気化燃料”を好き勝手に弄んでいる。「弱腰のアメリカ」と「日和見的なロシア」は、これからも混乱渦巻く中東で自国の利益を守ろうとすることだろう。両国の利益がヨーロッパの利益と完全に一致することは決してない。この問題に関して両国のいずれかに完全に味方することは知的降伏だ。プーチン大統領の正直そうなふりをして利益を追求する戦術的優位に異議を唱えるよりも、フランス外交を賞賛する方が満足できるようにさえ見える。だが、消えたはずの「ネオコン」の星がセーヌ川を照らし続け、EUは圏外の治安維持を放棄している(フランスのアフリカに深く関与する政策は例外だが)。こうした状況を悔やむ人々が政策の違いを超えて増えたとしても、さしたる救いにならない。



(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2015年11月号)