仕組まれたギリシャの金融麻痺

静かなるクーデタ


ステリオス・クログル(Stelios Kouloglou)

ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家、SYRIZA代表欧州議会議員


訳:川端聡子



 「すべては変わり、すべてはそのまま」——この古いギリシャ民謡の歌詞がこの国の現状を表している。ギリシャ総選挙における急進左派連合SYRIZAの勝利から4カ月が経つ。独裁政権崩壊以降の政権を担ってきた全ギリシャ社会主義運動(PASOK)と新民主主義党(右派)の信用は地に落ちてしまった。ドイツ占領時代の《山岳政府》(1)以来となる急進左派政権が国民の圧倒的人気を博している(2)

 選挙後、欧州委員会、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)という我慢ならない《トロイカ》について誰もなにも言わなくなった。だが、ギリシャが陥っている財政破綻の元凶である《トロイカ》がギリシャに緊縮財政を押しつけようとしていることに変わりはない。「脅し」「恫喝」「最後通牒」と化した《トロイカ》が、前政権を踏襲しおとなしく緊縮財政を実施するようツィプラス新政権に迫っている。

 2010年以降25パーセントが失われたGDP、そして27パーセントという失業率(25歳以下では50パーセント超)によってギリシャは未曾有の社会的・人道的危機にある。だが2015年1月の総選挙の結果、明確な信任——つまりは財政緊縮を終わらせる権限がツィプラス氏に与えられたのだ。にもかかわらず、EUはあたかも“EU学校”の厳しい教師から罰を受ける落ちこぼれ生徒のごとき役割をギリシャに背負わせている。何のためか? スペインやその他の国の《夢見る》有権者たちの気をくじき、EUのゲルマン的ドグマに彼らの政府が反対できるなどと思わせておかないためだ。

 こうした状況から思い起こされるのは、1970年代初頭のチリである。当時、米国のニクソン大統領はチリのアジェンデ政権打倒に躍起となっていた。米国の“裏庭”である南米の国々にチリから同様の抵抗運動が飛び火するのを阻止するためだ。「経済に悲鳴をあげさせろ!」。これがニクソンの指示だった。この命令が実行されると、すぐさま戦車隊を率いたピノチェト将軍がアジェンデ大統領に代わり権力を手にしたのだ。

 現在ギリシャで進行中のクーデタは、チリの場合とは違う。ここで使用されているのは戦車ではなく、ECBを経由した信用格付機関からメディア報道までという、より現代的な武器である。ひとたび強力な締めつけ態勢ができあがれば、ツィプラス政権に残された道は二つに一つ。あくまでも自分たちのプログラムを主張してこのまま財政破綻するか、選挙公約を撤回して国民の支持を失うかだ。

 2015年1月22日(つまりギリシャ選挙の3日前にあたる)、ECBのマリオ・ドラギ総裁は、ECBのギリシャ支援プログラムは条件つきでしか認められないと発言した(ECBはユーロ圏諸国から毎月600億ユーロの国債を買い取っている)。この発言は、SYRIZAから他のEU諸国に「希望」という病が伝染するのを防ぐためにほかならない。ユーロ圏のアキレス腱である、いまもっとも支援を必要としている国ギリシャが、EUに従属しなければ支援も受けられないのだ。

相次ぐ脅迫と悲観的予測

 だが、ギリシャ人は頑固だ。ギリシャ国民がSYRIZAに投票したことを受け、ユーロ圏財務相会合のイェルーン・ダイセルブルム議長はギリシャ人たちに冷静さを取り戻すようこう呼びかけざるをえなかった。「この選挙結果によってギリシャ経済の重要問題が解決したわけではないことを、ギリシャ人たちは認識すべきだ」(ロイター通信、2015年1月27日付)。また、IMF専務理事のクリスティーヌ・ラガルド氏は「いちいち特定の国に対して特例を作るわけにはいかない」とコメントした(ニューヨーク・タイムズ、2015年1月27日付)。この二つの発言の間にも、ECB理事のブノワ・クーレ氏が「ギリシャは債務を支払わなくてはならない。それがユーロ圏のルールなのだから」(ニューヨーク・タイムズ、2015年1月31日付・2月1日付)と追い打ちをかけている。

 選挙から一週間の後、ドラギ氏は「経済に悲鳴をあげさせる」というやり方がユーロ圏内においても可能であることを実証してみせた。必要最低限の説明もなしにギリシャの銀行への主要融資を閉鎖し、よりコスト高となる週ごとの契約更新が必要な緊急流動性支援(ELA)に切り替えさせたのである。いわばギリシャの指導者たちを一触即発の状況へと追い込んだのだ。これを受けて信用格付機関のムーディーズは、SYRIZAの勝利は「ギリシャの経済成長にとってマイナス効果」との見解を示した。

 いわゆる《グレグジット》(ギリシャのユーロ圏離脱)とデフォルト(債務不履行)のシナリオが緊急課題として再浮上していた。選挙からわずか2日後、ドイツ経済研究所所長で元ECB専門委員のマルセル・フラッシャー氏は以下のように述べている。ツィプラス首相がやろうとしているのは「危険な賭け」であり、「人々が、ツィプラス氏が本気だと思いはじめれば、大量の資本流出と銀行への殺到が起きかねない。われわれにはギリシャのユーロ離脱を可能にする準備がある」(ロイター通信、2015年1月28日付)。まさに「自己充足的予言」ともいえるこうした発言が、ギリシャの財政難をさらに悪化させてきたのだ。

 SYRIZAの政策方針には、ある程度、譲歩の余地が残されていた。ギリシャ国民がツィプラスを選んだのは、国が抱える債務の「援助」条件を再交渉するためである。ユーロ圏離脱については国民の大半は支持していない。ギリシャ国民は、国内外のメディアの報道から《グレグジット》がとてつもない悲劇となることを確信していた。だがそれだけではない。ギリシャ人には、ユーロ圏という単一通貨圏への参加に心の底から共鳴する理由がほかにあるのだ。

 1822年の独立以来、ギリシャはオスマン帝国統治下にあった過去と「ヨーロッパ化」との間でバランスをとってきた。ヨーロッパの一員となることは近代化を意味し、発展途上状態からの脱却であると、エリートも一般市民もともにそう考えてきた。ヨーロッパの「中核」メンバー入りは、こうした国家的理想の具現化だとみなされていた。だからこそ、選挙キャンペーン期間中のSYRIZAの候補者たちにも「ユーロ離脱」に触れることをダブーとする強い気持ちがあった。

 ツィプラス政権と諸機関による交渉の中心は、債権団側が設定した返済条件である。具体的にいえば、2010年以降ギリシャ政府に国をぼろぼろにするような緊縮策の実施と重税を強いてきた、あの例の“覚書”である。債権団側がギリシャに融資を支払っても、それは債務返済に充てるためのものであり、したがってその額の90パーセント強が(ときには融資が下りたその翌日に!)そっくりそのまま債権団である諸機関に返済されている。ヤニス・ヴァルファキス財務相はこれを簡潔に「ギリシャのここ最近の5年間は、“貸付”という次の投薬を受けるために生きている、まるで薬物中毒者のような状態だった」と表現し(2015年2月1日)、債権団側と新たな契約を結び直すことを要求したのである。

 だが、未返済債務が一種の破産である「クレジットイベント」相当額に上ることから、融資貸付という“投薬”再開が債権団側の強力な脅迫の手段となっている。理屈としては、債権団側はギリシャの債務返済を望んでいるのだから、ギリシャ政府側にも交渉力はあると考えられたはずである。ただし、ECBの融資打ち切りというギリシャ通過ドラクマ復活を意味する方向に交渉が進んだ場合は別である。

 ギリシャ選挙から早くも3週間後、当然のこととしてEU加盟18カ国の首脳たちは19番目の家族であるギリシャに最後通牒を突きつけた。ギリシャ政府は前政権の緊縮政策を引き継ぐか、どこか外から資金調達して債務を返済すべきだという。そうなった場合、「多くの金融市場関係者は、ギリシャにはユーロ離脱以外の選択肢はほぼ皆無だと考えている」とニューヨーク・タイムズが報じた(2015年2月16日付)。

 最後通牒を突きつけられたギリシャ政府は、ピンチから抜け出そうと4カ月の停戦を申し出た。72億ユーロの借入れ要請のためではなく、停戦中にギリシャの経済発展、そして債務問題解決の手段を含めたお互いの合意点を探ろうとしたのである。ギリシャをうまく抑え込むことができなかった債権団側は、仕方なくギリシャの提案に応じた。

 ギリシャ政府は(少なくとも暫定的に)まとまった金が戻ってくるものと考え、当てにしていた。欧州金融安定ファシリティに12億ユーロの銀行救済基金の返還を求め、同じくECBに対してもギリシャ債務で得た19億ユーロの利益の返還を求めた。ECBはこの19億ユーロの返還を約束していた。だが2015年3月中旬、ECBは19億ユーロを返還しないと表明。他方、ユーロ圏財務相会合は銀行救済基金の返還を否決し、まるで「ギリシャ人が銀行強盗を働くかもしれない」とでもいわんばかりに(!)12億ユーロを[経済開放政策により優遇税制や預金者保護の法整備があり、EU関連の金融機関などが集中する]ルクセンブルグへ移すことを決定した。経験浅く、こうした策略など思いもよらなかったツィプラス内閣は、合意の際に裏付けとなる書面を要求しなかった。スターTVのインタヴュー(2015年4月27日)で、ツィプラス首相は「合意書作成を要求しなかったのは、われわれのミスだった」と発言している。

 それでもツィプラス政権は依然高い支持率を得ている。前政権の民営化プログラムの見直しは取り消され、最低賃金の引き上げは延期となり、付加価値税は増税されるといういくつもの債権団側への譲歩はあまりひびいていない。そこでドイツ政治はツィプラス政権の信用失墜作戦を開始した。2015年2月末、独シュピーゲル紙は「ヴァルファキスとショイブレの苦悶に満ちたやりとり」についてある記事を掲載した。執筆者の一人で最近ビルト紙からシュピーゲル紙に移籍したニコラウス・ブロムは、2010年にシュピーゲル紙が展開した「怠け者のギリシャ人」批判キャンペーン(3)のヒーローだ。ドイツのヴォルフガング・ショイブレ財務相はEU史上、そして国際外交史上異例の振る舞いを見せた。ギリシャのヴァルファキス財務相を「バカみたいなお人好し」(2015年3月10日)と公式の場でからかったのである。この発言を取り上げたドイツの雑誌は、ご親切にもシジフォスのような不毛な努力を繰り返し、残念ながらギリシャは破綻しユーロを離脱する運命にあるとの論を展開、さらには遠回しにヴァルファキス氏が更迭されればまた話は別だと述べている。

 資本逃避が増え、悲観的予測と脅しが吹き荒れるなか、ユーロ圏財務相会合のダイセルブルム議長が新たな一手に出た。「ギリシャへの《キプロス・モデル》適用の可能性を検討している。つまりギリシャの銀行への資本流入を制限し、預金を没収するということだ」とニューヨーク・タイムズに語ったのだ(2015年3月19日付)。このような発言は、(不毛な試みだが)意図的に銀行パニックを引き起こそうとするものとしか思えない。他方では、ECBとドラギ氏がさらに締めつけを強め、ギリシャの銀行の資金調達手段をさらに制限した。独ビルト紙はアテネで取付騒ぎが起こっているとする架空ルポを掲載し(2015年3月31日付)、年金受給者が給付金を受け取りに銀行に列を作るという日常風景の写真を捏造することも平然とやってのけた。

 4月末、ドイツ政府の信用失墜作戦が初めて功を奏した。ヴァルファキス財務相に代わりツァカロトス外務副大臣が債権団との交渉役についたのである。更迭に際し、ヴァルファキス氏は以下のように述べた。「ギリシャ政府は新種のクーデタに直面している。われわれを包囲したのは1967年のクーデタでは戦車だったが、今回は銀行だ」(2015年4月21日)。

 この「静かなるクーデタ」に襲われたのは、いまのところヴァルファキス財務相のみだ。だが、時はネオリベラル的処方箋を強いる債権団に味方している。債権団はそれぞれ独自の脅迫観念に取り憑かれている。机上の論理ばかり並べ立てるIMFの専門家は労働市場の規制緩和や集団解雇の合法化を要請している。IMFの専門家たちは、これらをギリシャの少数支配層である銀行主たちに約束していたのである。また、欧州委員会(ドイツ政府と言い換えてもいい)はドイツ企業に利益をもたらす民営化を、これ以上ない低コストで迫っている。たとえば、2013年にギリシャが行った膨大な資産売却のリストがあるが、その不都合なリストのなかでも28軒の不動産がそのまま使用されていることは、特に眼に余るスキャンダルだ。この28軒の売却で得た(そしてそっくりそのまま債権団への返済に充てられた)金額のほぼ3倍にあたる6億ユーロを、ギリシャはこの先20年ものあいだ新しい持ち主[ドイツ企業]に支払わねばならないのだ。

 頼みの綱だった国々(たとえばフランス)からも見放され立場の弱いギリシャにとって、耐え難い債務という重要問題は解決不可能だ。1953年、ドイツは国際会議で巨額の戦争賠償金を免除され、奇跡の経済発展への扉が開かれた(4)。しかし、ギリシャについて同種の会議を開く提案は、怒涛のような脅迫と最後通牒にかき消されてしまった。ツィプラス首相は前政権よりもよい内容の合意を引き出そうと必死の努力を続けているが、おそらくツィプラス首相の声明や選挙によってギリシャ国民に選ばれた政策とはほど遠いものとなるだろう。ギリシャ総選挙の翌日、欧州委員会のユルキ・カタイネン副委員長が「欧州委員会がギリシャの選挙結果によって方針を変更することはない」と明確に述べていることからも、それはうかがえる。

 選挙公約の核心を守ろうとしている国に対し、いかなる政策変更も認めないというのであれば、選挙に意味などあるのだろうか。ギリシャのネオナチ政党「黄金の夜明け」はすでにその答えを持っている。ツィプラス政権が失墜することで多くの利益を得るのは、ギリシャ政府内におけるショイブレ氏の支持者ではなく、むしろ彼らかもしれない。



(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2015年6月号)