一発勝負に出たネタニヤフ


マリウス・シャットナー(Marius Schattner)

ジャーナリスト


訳:土田修、川端聡子


 2015年3月17日に投開票したイスラエル総選挙で第1党となった右派政党リクードのネタニヤフ氏が組閣作業に着手する見通しとなった。右派とユダヤ教系政党による連立内閣が誕生した場合、イラン核開発やパレスチナとの和平交渉などを巡り強硬な外交姿勢が続くことになる。ネタニヤフ氏は右派層から支持を得て勝利したが、急場しのぎの選挙戦術は対米関係悪化の代償を招いている。この記事は投開票前に書かれた。[日本語版編集部]





 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は未熟な魔法使いのようにハイリスク・ハイリターンの挙に出た。首相は総選挙の時期を早めるという派手な駆け引きに打って出た。確かに路線がかなり違う政党の連立内閣ではあるが多数派を形成しており、2017年まで政権を維持するには十分だったはずだ。3月17日の選挙で首相が再選されたとしても、国際的な支援を得るのに役立った中道政党の大臣を更迭してしまった以上、リクード党首のネタニヤフ首相は超国家主義者と超正統派による強硬な連立内閣の長であり続けることになる。

 選挙に勝利した場合、首相は同意しようがしまいが、右派の最強硬派の捕らわれの身になるのは間違いない。首相は外国から外交関係を持ちたくないと思われている嫌われ者の政府の長であり続け、内政面では深刻な問題に直面する。選挙に敗北した場合、首相は労働党と中道右派による連立内閣に政権を譲る。右派が優勢であることは間違いないが、労働党と中道右派による連立内閣が現実味を帯びてきた。その可能性は数カ月かには考えられなかったことだ。

 三つ目の可能性は、国民統合内閣を組織するためそれぞれの主張の違いを取り繕うという無意味な戦いになることだ。その内閣は(平和合意のプロセスと経済上の)「停滞」を生み出すに違いない。その場合、ネタニヤフ首相が敗北して政権を去ったとしてもイスラエルの政治の方向性に変化は起きない。

 選挙に打って出るという首相の考えは不可解だ。「恐らく首相は内部対立によって疲れ切った連立内閣が空中分解してしまったと感じ、先手を打とうとしたのだろう」とヘブライ大学政治科学教授のヤロン・エズラヒは分析する。「首相は国内での支持率低下と西欧で募っているイスラエルへの反感を打開するため強固な政治基盤を欲している」。ネタニヤフ首相の手持ちカードを見てみると、これで首相が降板すると判断するのは時期尚早だ。老練にして雄弁なこの65歳の政治家は、一度ならず政界カムバックを果たしてきた。「魔術師」という異名さえ取っている。

「恐怖」という武器

 国内政策についてネタニヤフ首相は、右派の支持、特に1967年以来、イスラエルが東エルサレムとヨルダン川西岸を占領し入植していることにすっかり慣れきっている若者たちの支持を当てにできる。首相はテロと国境での脅威が増加していることとオスロ和平合意の挫折につけ込み、恐怖という武器を振りかざしている。もっともその張本人である首相が1993年に労働党が始めたオスロ和平合意の行程を停滞させるために全力を尽くしてきた。

 対外的にネタニヤフ首相は米国共和党の支援を享受している。首相は主要な献金者の一人であるボストンの億万長者シェルドン・アデルソンから計り知れない経済支援を得ている。このカジノの大立者は首相を支持する無料紙イスラエル・ハヨームに多額の出資をしている。同紙はイスラエルで最大の発行部数を持ち、他の日刊紙の手強い競争相手である。

 米国の極右との同盟には代償が伴う。米国下院議長のジョン・ベイナーからの招待が物語っている。賛否両論を起こしたものの、その招待を受け入れた首相は3月3日に米国の上下両院合同会議で演説した。招待というよりイスラエル政府が自ら進んでアメリカにお願いしたのではと思えるほどあまりにその演説に積極的だった。

 だが米国の内政に明確に不当介入したことでネタニヤフ首相は民主党議員の多くの反発を招き、オバマ大統領を敵に回した。イスラエル政府が米国の国際的な支援を今まで以上に必要としている時期だけに危険な賭けだった。

 イスラエルの野党にとっては好都合だ。米議会での演説を2週間後に迫った総選挙の選挙運動に利用したとして首相を非難できるからだ。米議会での演説はイスラエルの国家利益を犠牲にしたとする批判をイスラエルのメディアは大々的に取り上げた。左派系新聞だけではない。日刊紙エディオット・アフハロノトも次のように書いた。「かつてネタニヤフ首相はイランに取り憑かれ正気を失っていると思われていた。今はそうではない。首相が取り憑かれているのはいかなる犠牲を払っても3月17日の選挙に勝つことだ」(1)

 この犠牲が軍事行動の拡大にいたるのではないかという憶測が今年1月18日、シリアでヒズボラの車列に対して空爆を行った後に持ち上がった。ヒズボラがその10日後に報復攻撃を実行した。前イスラエル南部戦線指揮官で中道右派新政党クラヌの候補者であるガラント将軍は「空爆のタイミングは選挙と無関係ではない」と発言して物議を醸した。その際、将軍は2013年の総選挙2カ月前にガザ地区でハマス軍司令官のアフメド・ジャバリを無人機攻撃で暗殺した例を上げた(2)

 緊張が高まると短期的には右派にとって有利に働くが、長期的には現在の危機がイスラエルを新たな暴力の連鎖へと引きずり込むことになる。それは昨年夏のガザ侵攻よりもっと凄惨なものになるだろう。だが誰も長期的に考えようとはしない。ネタニヤフ首相の目下の関心事は2013年の結果のパッとしないかった選挙結果を覆し、強力な権限を手中に収めることだ。

 果たしてネタニヤフ首相の思いどおりにいくのだろうか。昨年12月初めに首相が連立政権の解散を発表した時点では、世論調査は彼に有利な結果を示していた。だが現在、勝敗の行方は不透明度を増している。そうこうする間に労働党(中道左派)とハトヌア党(中道右派)による中道左派統一会派「シオニスト・キャンプ」(現在シオニスト・ユニオンに改名。日本ではシオニスト連合とも表記される)が形勢逆転したと、世論調査の結果が示しているのだ。

 労働党元国会議員のダニエル・ベン=シモン氏は言う。「イスラエルが建国されてこのかた、これほど奇妙な選挙キャンペーンはありません。和平プロセスが暗礁に乗り上げ5年が経った今、イスラエルは瀬戸際に立っています。にもかかわらず、肝要の問題について党派を超えた取り組みは皆無です」。そして、こうも付け加える。「パレスチナとの和解、占領地区の将来計画、エルサレムを巡る問題、国内における宗教派と世俗派の紛争、その他、国内の社会問題など何一つ議論されていません」。ベン=シモン氏は、このような本質的な議論の欠落は今回の総選挙が突然だったことに関係していると分析する。

 選挙キャンペーン突入以降、ネタニヤフ首相はより強硬さを増している。2009年の(渋々ながらも)ヨルダン川西岸にパレスチナ国家樹立を認める発言(3)を全面撤回し、まず先にパレスチナ人たちがイスラエルを「ユダヤ人国家」として認めるよう徹底して要求している。首相はまた、シオニスト・キャンプを「アンチ・シオニスト・キャンプ」と呼び、イスラエルの国策に逆らう内敵だと攻撃する(4)。さらには、国内メディアや要職にあるエリートたちを猛批判している。だが、首相の批判するような状況を作り出したのは、20年来政権の座にあったエリートである、右派自らであることには触れていない。

 リクードと連立与党を組むパートナーで、ライバル政党でもある「ユダヤの家」は、パレスチナ人との問題についてさらにヒステリックな取り上げ方をしている。「もう謝罪はしない」という党のスローガンがすべてを表わしている。つまり、「境界防衛」作戦(2014年7-8月のガザ攻撃)で犠牲となった(大部分は一般市民である)2140人もの死に対し弁明しないというのだ。党の中心人物、アイェレット・シャクド議員は、ジャーナリストの故ウリ・エリツァーの言葉を引用し、イスラエルはただ自衛しているだけだと主張する。彼女は言う。「イスラエルは戦時国際法に抵触しておらず、一般市民犠牲者が出ることはやむをえません」と(5)

 ヨルダン川西岸で遂行される軍事作戦や入植プログラム。パレスチナ人の市民権の否定。少しずつイスラエル社会全般に浸透していくアパルトヘイト。これらについて謝罪しない。ましてや国際社会からのイスラエル政策非難など、むき出しの反ユダヤ主義なのだから謝罪すべきではない。「イスラエルの地はイスラエルの民のものだ」と神が告げたのだから、こんりんざい謝罪などしないというのが同党の方針だ。

 もう一つの極右政党「イスラエル我が家」は、相次ぐ汚職スキャンダルで支持率を下げた。そこで今一度アラブ系住民(イスラエル国民の17%)をターゲットとし、彼らにユダヤ国家への忠誠を強要することで巻き返しを図ろうとしたわけだ(6)。だが、党首のアヴィグドール・リーバーマン氏は、自身が政治家キャリアを築いてきた極右主義と、新たな実用主義(といっても、かなり相対的にだが)との間で揺れ動いている。現時点でリーバーマン氏が警戒するのは、外交上の大きな突発事故であり、アメリカ政府との関係の悪化だ。

 「右派が過激化しているのは確かですが、とはいえ右派がさらに勢力を強めているわけではありません。右派も含む幅広い世論が、こうした右派のシフトチェンジを危惧しているからです。ルーベン・リブリン新大統領(リクード党元国会議員)がアラブ人に配慮する立場をとっていることからも、それはうかがえます」。こう語るのは、エズラヒ教授だ。リブリン大統領のような見地に立つことが、極右が「民族中心主義的見解に沿って市民権を認めようとしない」パレスチナ人たちの市民権を守り、ひいては「1948年のイスラエル独立宣言憲章に記された民主主義国家の原則」を守ることにもなる、というのがエズラヒ教授の意見だ。

 今回の選挙戦において、労働党のイツハク・ヘルツォグ新党首率いるシオニスト・キャンプにとって追い風となっていることがある。生活費(特に住宅費)の高騰、そして失業率は5.7%(7)と低いにもかかわらずますます広がる社会的格差、経済成長率の低下、入植にかかる莫大な費用に対する中間層や労働階級層の不満だ。また、イスラエル資本ボイコット運動「BDSキャンペーン」(8)が高まりを見せ、イスラエル経済界で危機が叫ばれていることもヘルツォグ氏に有利に働きそうだ。

素顔を隠した中道左派連立

 もし仮にアラブ系イスラエル人が大挙して投票場に押し寄せ、彼らを代表する3党合併によるアラブ統一会派に投票すれば、右派・極右連立政権を阻止することも可能かもしれない(アラブ統一会派は120議席中11議席だが、棄権が減った場合さらに議席を増やすこともありうる)。なぜなら、シオニスト・キャンプと連立を組まなくとも、彼らには固定票があるからだ。

 こうした状況を「右派支配の終わりの始まり」と捉えていいのだろうか。急進右翼思想の歴史を研究するゼエヴ・スターンヘル氏の意見は少し違う。「もちろん、新世代のリクード党員や極右主義者は怖いです。彼らは本当に民主主義をご破算にしてしまいかねません。ですから中道左派(シオニスト・キャンプ)の勝利を願っていますが、私は現実主義者でもあるので、容易でないことはわかっています。それにしても、左派は本来の左派の位置にあり、中道派は右に傾かずにあるべきではないでしょうか。ところで、シオニスト・キャンプがなかなか手持ちのカードを明かさないところを見ると、うまい話を持ちかけられさえすれば右派との大連立も考えているのでは、という疑惑を私は持っています」。事実、こうした妥協を許していないのは、順風満帆とはいえない弱小政党のメレツ(左派・6議席)ただ一党だ。

 シオニスト・キャンプの態度は曖昧なままだ。彼らは選挙キャンペーンでは経済・社会問題に焦点を絞り、イスラエルが反民主主義的方向へと流れるのを批判する。確かに、ネタニヤフ首相が挑発的言動によって国際社会を敵に回したことを批判はしている。だが、聖域であり続ける軍隊や、軍事作戦については批判しない。さらに、パレスチナが国連に国家承認を求めたり、国際刑事裁判所にイスラエルを戦争犯罪で訴追しようとする動き対し、ネタニヤフ首相同様に反対している。

 シオニスト・キャンプ代表のヘルツォグ氏はパレスチナ政府との交渉再開を約束するものの、その先にある壁をいかにして打破するかについては言及しない。入植問題の解決についてもほとんど発言はなく、制限することをほのめかすのみだ。結局のところ、公約は選挙に勝つための戦略にすぎないということなのだろうか。





  • (1) Article du journaliste-vedette du journal, Nahum Barnea, le 22 janvier 2015.
  • (2) « Livni et Herzog défendent le timing de la frappe en Syrie », The Times of Israel, 19 janvier 2015, http://fr.timesofisrael.com
  • (3) 2009年、バル=イラン大学におけるスピーチでのネタニヤフ首相の発言。
  • (4) 特に首相自身のフェイスブック上でのこうした発言は、2015年1月15日公共ラジオ放送で取り上げられた。
  • (5) «Exposing militant leftist propaganda», The Jerusalem Post , 16 juillet 2014.
  • (6) この数字には、東エルサレムに暮らすアラブ人約30万は含まれていない。彼らはイスラエル市民として認められていない、あるいは選挙権を持っていない。
  • (7) 2013年、経済協力開発機構(OECD)の調査による所得格差ランキングで、イスラエルは、チリ、メキシコ、トルコ、アメリカに次いで5位である。
  • (8) Lire Julien Salingue, «Alarmes israéliennes», Le Monde diplomatique, juin 2014.



(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2015年3月号)