『ユーラビア』、あるいは、怪しげな論考の大きな波紋

「アラブ=イスラムによる侵略」という神話


ラファエル・リオジィエ

社会学者。著書に『到来するポピュリズム』[未邦訳]がある
Raphaël Liogier, Ce populisme qui vient, Textuel, Paris, 2013

訳:浅川尚子


 教師の官舎が「地方自治体によって売却され、モスクに改築…」。これは哲学者のアラン・フィンケルクロートが4月11日に『ヨーロッパ1』で述べた発言である。この発言は、甚だ漠然としているものの、今日広く知られた幻影をあぶり出している。とりわけ2005年に世に出た『ユーラビア』[訳注a]の影響は大きい。[フランス語版・日本語版編集部]


《ナイルの娘》が書き上げた『ユーラビア』

 1956年の秋、イスラエルと同盟を結んだフランスとイギリスは、数日の間スエズ運河を占領した。その少し前、エジプトのナセル大統領によって国有化された運河である[訳注b]。しかしソビエトとアメリカの圧力によって、三国は撤退せざるを得なかった。ただし、ナセル大統領はこの衝突への回答として、数千人のユダヤ人をエジプトから追放した。その中にいた一人の少女は、「国外追放」体験によるトラウマから、多元的な影響を蒙った。少女の名はジゼル・オレビ。後にバト・イェオール(ヘブライ語で「ナイルの娘」の意)のペンネームで世に知られる事となる。彼女が焦点を当てようとしているのは、西洋に対するイスラムの陰謀についての最も極端な見方である。

 「アラブ=イスラム文化は、旧大陸をいわば『壊疽』状態に追い込み、その後征服することになるだろう」。バト・イェオールはこう断言している。彼女が数十年の成長後、2005年にアメリカで出版したベストセラー『ユーラビア』の骨子は、黙示録的な予言で出来ている。この本はヘブライ語・イタリア語・オランダ語・フランス語(ジャン=シリル・ゴドフロワ出版社、2006年)に翻訳された。サブタイトルの「ユーロ=アラブ枢軸」は、第二次世界大戦中ナチス・ドイツを中心に同盟を組んだ「枢軸国」[訳注c]を思い起こさせる。ノルウェーの極右殺人者、アンネシュ・ベーリング・ブライヴィーク[2011年7月22日にノルウェーで発生した連続テロ事件の容疑者――訳注]は声明文にバト・イェオールの次の言葉を引用した。「アラブ=イスラム世界の狙いはヨーロッパである。退廃的でモラルに欠けたヨーロッパを手中に収めている最中なのだ。雨あられとつぎ込まれるオイルダラーと引き替えにヨーロッパが与えたのは、パレスチナに対する永続的支持と地中海沿岸国の国境開放、そしてイスラム教の容認であった」。

 この筋書きは「とにかく馬鹿馬鹿しい」(原注1)にも関わらず、予想外にも当たり、ヨーロッパ極右の主張にも取り込まれた。例えばフランスでは極右政党の国民戦線(FN)党首、マリーヌ・ル・ペンが「イスラム帝国主義」を絶えず非難している。彼女は、サウジアラビアやカタールからの豊富な外国投資は「イスラム帝国主義」の表れだと批判し、スカーフ着用(原注2)から垣間見える「ヨーロッパのイスラム化」を責めたてる。ルペン氏の国際問題におけるアドバイザー役を務めている地政学者のエムリック・ショプラド氏は、「アラブの春」の数か月後に次のように明言した。「独裁制度はヨーロッパをアフリカの惨状から防衛する最後の砦だったのです。我々はこの独裁制度の崩壊を支持することで、いくつかの『エネルギー』を解放してしまいました。この『エネルギー』が3つの目的を叶える原動力となりました。すなわち、ヨーロッパへの移民の加速、密輸の増加、イスラム教徒の増大です」(『ヴァルール・アクチュエル』誌、2011年9月25日号)。

『ユーラビア』説の大衆化

 当初、『ユーラビア』説は一部の過激派グループ(フランスなら、《ブロック・イダンティテール》、《リポスト・ライック》・《オブセルバトワール・ド・リスラミザシオン》等)の支持する概念であったが、世間に広がり大衆化した。『ユーラビア』説を支持する政党は、選挙で好成績を挙げた。ヨーロッパ大陸では「スイス国民党」、ノルウェーの「進歩党」、「オーストリア自由党」が『ユーラビア』説を支持し、海峡を越えれば「イギリス独立党」が支持している。インテリ層の中にも『ユーラビア』説を信奉する者は存在し、中には公然と支持する者もいる。イタリア人ジャーナリストのオリアーナ・ファラーチ(『ユーラビア』の第1章の1行目に引用されている。2006年死去)、ドイツ人エコノミストのティロ・ザラツィン、フランス人作家ルノー・カミュ等である(原注3)。彼らの著書はいずれも飛ぶように売れた。

 ところでバト・イェオールの主張は雑誌の売り上げも伸ばしている。今や、巻頭記事にイスラムの「侵略」を取り上げる雑誌を数え上げることは不可能だ。『レクスプレス』誌は「抗争――イスラム教vs西洋文明」(2010年10月6日)を取り上げたり、イスラム教に関する「遺憾な現実」(2008年6月11日)をたきつけたりしている。『ル・ポワン』誌も負けずに、「イスラムの亡霊」(2011年2月3日)を論じ、「ブルカ――黙して語られない事実」(2011年1月21日)の特集を約束し、「無遠慮なイスラム教」(2012年11月1日)に対して怒りをぶつけている。『フィガロ・マガジン』・『ヴァルール・アクチュエル』・『マリアンヌ』・『ヌーヴェル・オブセルバトゥール』の各誌も、さして違わない切り口で取り上げている(原注4)

 ドイツの歴史学者エゴン・フライグ(原注5)のように、その道で有名な研究者でさえ、『ユーラビア』説の普及に一役買っている。フランスでは、人口統計学者のミシェル・トリバラの熱狂的賛辞がクリストファー・コールドウェルのベストセラーの序文で語られている。この本は、イスラム教に征服されたヨーロッパの崩壊を予告しているのだ(原注6)。

中東諸国を潤す「西」、逆は真ならず

 「アラブ=イスラムによる侵略」説は『ユーラビア』が火付け役となり、メディアの政治トピックで盛んに報じられているが、そもそも「アラブ=イスラムによる侵略」は本当に存在するのだろうか? バト・イェオールは、ペルシア湾岸のイスラム諸国は、オイルダラーによってヨーロッパを買い取ることが可能であると、第一に主張している。事実、『カナル・プリュス』は2013年5月20日の番組で「カタール、世界を征服。4つの教訓」を取り上げた。ところで、中東諸国が、ヨーロッパ・北米へ2011年に輸出した割合は22%に上ったのに対して、ヨーロッパ・北米が中東諸国へ輸出したのは5%に過ぎなかった(原注7)。つまり、中東諸国を外貨で潤すのは「西側」であり、逆は真ならずなのだ。

 『ユーラビア』の描きだす筋書において、「国際関係」の章はいっそう非現実的である。ヨーロッパ諸国は、パレスチナに対して好意的な態度を示すどころか、イスラエルと強い同盟関係を結んでいるからだ。バト・イェオールが強調するように、ヨーロッパ諸国は、国連総会《決議43/177》に賛成投票し、1988年のパレスチナの独立のために一役買った事は確かだ。しかし、104か国が同じように賛成投票を入れ、反対票を入れたのは、アメリカとイスラエルのみである。

 以後、EUがパレスチナへの支持によって高く評価されることは一切なく、むしろ正反対である。パレスチナ自治政府のマフムード・アッバース大統領は2011年9月に、国連安全保障理事会によるパレスチナの承認申請をパン・ギムン国連事務総長に提出した際、イギリス・フランス両国は直ちに声明を出し、自分たちは関与しないと、述べている(原注8)。

「ヨーロッパのイスラム化」は蜃気楼?

 ペルシア湾岸の君主国がヨーロッパを買収しているのではないとしても、ヨーロッパ自体が、爆発的なイスラム教徒の増加に、戦々恐々としているのではないか? インターネット上での最も高い推定によれば、EUに居住するイスラム教徒の人口は、不法滞在も含め実際は5,000万人に達し、2、30年後には1億人を突破するかもしれない。この数字は「お騒がせの素人」がでっち上げたものではなく、一見したところ信頼に足る人物がはじいた数なのだ。たとえばカナダ人ジャーナリスト、マーク・スタインがいる。彼は「ヨーロッパ人大虐殺」という表現の生みの親であり、北アメリカに於ける『ユーラビア』伝説の主要伝道者の一人である。スタインによれば、イスラム教徒は2020年に、ヨーロッパの人口の40%を占めることになる。

 イスラム教徒コミュニティー(「広義」の意味で)は、EUの人口の2.4%から3.2%(1,200万から1,600万人)に相当することを考慮すると、スタインの予想が現実となるには、このパーセンテージが10年で15倍に増加しなくてはならない。だが『ユーラビア』説の信奉者は実現可能な数字だ、と断言している。なぜなら、あまたのイスラム教徒がヨーロッパへ移住し、そして驚異的なスピードで子作りをし、大衆のイスラム教改宗「戦略」を実行するからだ。しかしこの3点について、現実の数字と『ユーラビア』信奉者の言い分とは食い違っている。

 ヨーロッパ社会は1980年代以降、一定の割合で移民が増加している。2009年の数字によると、移民の増加率はフランスで1.1パーミル[1000分の1が1パーミルである――訳注]、イギリスで3パーミル、ドイツはマイナス0.7パーミルである。EUにおける移民コミュニティー上位10位のうち、イスラム教徒が大半を占めるのは、モロッコ・チュニジア・アルバニアのたった3か国なのだ(原注9)。加えて、イスラム教徒は、非イスラム教徒より多産なわけではない。イスラム教国の大多数における出生率は、西洋諸国の出生率とさして違わないばかりでなく、イランのように、時には低い場合もあるのだ(原注10)。ヨーロッパに居住するイスラム教徒の女性の出生率は、1970年代以降恒常的に下落しており、2000年代初頭におけるヨーロッパ総人口の出生率と似かよっている(原注11)。

 残るは改宗についてだ。イギリスの日刊紙『インデペンデント』は2011年1月4日、「イギリスのイスラム化」の危険性に関して、読者に注意を喚起した。というのも、この10年間でイスラム教への改宗者は倍増し、2001年には5万人だった改宗者が2011年には10万に上ったからだ(人口総数は6,000万人である)。つまり600人に1人の割合でイスラム教に改宗しており、年間で5,000人が改宗していることになる(フランス・ドイツより若干多い)。となると、イスラム教がイギリスの主な宗教となるには、6000年かかるわけだ。

 キリスト教(福音主義とペンテコステ派[訳注d])への改宗者の世界的な増加は、聞けば耳を疑うほどだ。例えば中国とアフリカでは、なんと1日に1万人が改宗しているのだ(原注12)! これに比べれば、イスラム教による「侵略」のスピードは非常に遅い。 キリスト教への改宗は史上最速の宗教的な躍進を示しているが(1世紀も経たないうちに、信者数をゼロから5億人に引き上げた)、「世界的なキリスト教化」に警鐘を鳴らすメディアは皆無に近い…

やはり極右政党の餌?

 『ユーラビア』という筋書きは空想的ではあるものの、絶えず影響を及ぼしている。イスラムの陰謀という幻影は「文化の保護」という新たな論理を生み、育んでいる(「先祖代々」のヨーロッパ人の「価値観」と「ライフスタイル」を保護する必要があるのは、ありとあらゆる民族的・文化的マイノリティーに侵略されているせいだ)。中でもイスラム教徒は、人々を震撼させるには打ってつけだ。『ユーラビア』神話のお蔭で、客観的に見て極右に属するヨーロッパの政党は、左派・右派の垣根を越えたと主張できる。彼らは自らの価値観を、自由・革新・民主主義・独立・寛容・政教分離の擁護者のごとくでっち上げて自己を示し、通常の選挙支持者を越える支持を集めようとしているのである。




原注
(1) Cf. Le Mythe de l’islamisation. Essai sur une obsession collective, Seuil, Paris, 2012.

(2) この表現が用いられたのは、2012年のフランス大統領選挙の際に、FNが提案した外交政策方針である。

(3) オリアーナ・ファラーチの著書は『怒りと誇り』[未邦訳]である。ティロ・ザラツィンは『自滅するドイツ』[未邦訳]、ルノー・カミュは『大規模な入れ替え』[未邦訳]の著者である。 Auteurs, respectivement, des ouvrages La Rage et l’Orgueil (Plon, Paris, 2001) ; Deutschland schafft sich ab (« L’Allemagne court à sa perte », DVA, Munich, 2010) ; et Le Grand Remplacement (David Reinharc, Neuilly-sur-Seine, 2011).

(4) Cf. Julien Salingue, « Les obsessions islamiques de la presse magazine », Action-Critique- Médias(Acrimed), 6 novembre 2012, www.acrimed.org

(5) « Der Islam will die Welteroberung » (« L’islam veut conquérir le monde »), Frankfurter Allgemeine Zeitung, ,Francfort,15 septembre 2006.

(6) Christopher Caldwell, Une révolution sous nos yeux. Comment l’islam va transformer la France et l’Europe, Editions du Toucan, Paris, 2012.

(7) Source : Organisation mondiale du commerce, octobre 2012.

(8) Lire Laurence Bernard, « Faillite de l’Union européenne en Palestine », Le Monde diplomatique, novembre 2013.

(9) « Populations et tendances démographiques des pays européens (1980-2010) », Population, vol. 66, n° 1, Institut national des études démographiques, Paris, 2011.

(10) Lire Gérard-François Dumont, « Fausses évidences sur la population mondiale », Le Monde diplomatique, juin 2011.

(11) Charles F. Westoff et Tomas Frejka , « Religiousness and fertility among European Muslims », Population and Development Review, vol. 33, n° 4, Hoboken (New Jersey), 2007.

(12) Patrice de Plunkett, Les Evangéliques à la conquête du monde, Perrin, Paris, 2009.


訳注

[a] ユーロとアジアを足した造語。「ユーラビア」は、もともと1970年代に欧州アラブ世界友好関係調整委員会が発行した雑誌の題名であるが、現在は「アラブ化したヨーロッパ」の意に用いることが多い。

[b] 当時スエズ運河地帯はエジプトの中にありながら、エジプトの主権の及ばない地域であった。ナセルはこの地域への主権の回復を目指した。ナセルを打倒したいイギリス、ナセルを倒しアルジェリアの独立派に打撃を与えたいフランス、エジプトが強大になる前に先制攻撃をしかけたいイスラエルの三国がスエズに侵攻したが、国連の即時停戦決議や米ソのエジプト支援声明を前に、三国はスエズより撤退した。

[c] 第二次大戦前から戦時中にかけて、日本・ドイツ・イタリア三国を中心に、アメリカ・イギリス・フランスなどの連合国に対立した諸国家のこと。

[d] ペンテコステとは、イエス・キリストの復活・昇天後、神からの聖霊が信徒たちの上に降り、信徒たちは神の力を受けて、様々な国の言葉で神の福音を語り出したという出来事を指し、聖霊降臨と呼ばれている。ペンテコステ派は、20世紀に生まれた信仰復興運動で、聖霊の賜物、とくに「異言」を強調している。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2014年5月号)