クリミアをめぐる「善人」と「野蛮人」


ウクライナ問題で反ロシアに凝り固まるEU


オリヴィエ・ザジェク

比較戦略研究所


訳:﨑山章子


 クリミア半島がプーチン大統領の承認を受けてロシアに編入され、ロシアに対する制裁が発令された。こうしてウクライナの危機は地政学的な混沌状態に至っている。この紛争を理解するには、すべての当事国の対立し合う主張を考慮に入れることが前提となる。しかし西欧諸国においては、威勢の良い道徳的主張が冷静な情勢分析を押しのけることが常態化している。 [フランス語編集部]





偏見に満ちた欧米メディア

 ここ数週間、ウクライナの近況に関するメディアの取り上げ方を見ていると確信することがある。欧米外交筋の一部にとって、もはやウクライナの危機は、互いの利害関係と当事者たちの理性的な認識との間に齟齬を来しているというようなものではもうなくなり、まるで歴史的意味が問われる「善」と「悪」の最終戦争の様相を呈しているということである。

 ロシアはうまく単純化されたこのシナリオに見事に手を貸している。メディアの多くのコメンテーターたちにとり、コサックが支配する野蛮国家ウクライナは、KGBの後継者に統治される半モンゴルのようなもうひとつの国ロシアと同類である。KGBの後継者たちはエゴイストの氷海の中に浮かび上がる神経症の皇帝たちのために腹黒い陰謀を企てている(原注1)。彼ら独裁の担い手たちは、時代から遊離し、狭い場所に閉じこもって巨大な象牙のチェスボード上の駒をゆっくりと動かしていて、『エコノミスト』など読んだりはしない。時折、彼らは原子力潜水艦を白海に沈めて海の汚染を楽しみ、「近い外国」[旧ソ連諸国——訳注]で不法な国民投票を引き起こし、ソビエト連邦を再建しようとしている。[訳注a]

 この件について欧米メディアに見られる決まり文句を集めてみれば――ウクライナ危機の問題が始まってからだけでなく15年前から続いており――このけばけばしい色の伝説は、一般読者が今日のロシア連邦の政策について心に抱くものとほぼ同じだ。このように全くネガティブな認識は戯画化され、染みついた伝統の域にまで至っている。

 こうしたネガティブな認識は、ロシアの文化の全体主義的で「虚偽の」心理的威迫を強調する分析に基づくこともあり(原注2)、またヨシフ・スターリンからウラジーミル・プーチンに至るまで一貫している継続性に基づくとされることもある。フランスの論説記者やアメリカの新保守主義のシンクタンクから好まれる発想である(原注3)こうした発想はルネサンス時代のヨーロッパ人の旅行記にまで遡ることができるもので、そのなかでもうすでに、「粗野な」ロシア人と凶暴な古代スキタイ人との間には類似性があるなどと書かれている(原注4)。

 ウクライナの首都キエフのマイダン(独立)広場の騒乱は、こうした悪魔主義的分析のもつ不都合な面を示す。ウクライナは言語学的にも文化的にも東西で相異なっており、現在の国境を保証するために絶えずリヴィウとドネツクとのバランスをとる必要がある。リヴィウはウクライナの中のヨーロッパの中心であり、ドネツクはウクライナ内のロシアの中心なのである。ウクライナにとり、EUとロシアのどちらか一方を選んで結婚することは、国の土台をなしているものを否定し、チェコスロバキアで起きたように取り返しのつかない国家分裂のメカニズムを始動させるに等しいことだ(原注5)。キエフは永遠に地政学的な花嫁候補なのである。

 キエフには花婿を「選ぶ」能力がない。それなら高い指輪をいくつももらって満足するしかない。2013年12月にロシアは150億ドルを約束したし、また同じころ、頓挫したEUとの連合協定の引き出物としてEUからは30億ドルが提案された。ウクライナは求婚者双方に対して、いくつかの仮の約束を与えている。すなわち2010年の《ハリコフ合意》ではセヴァストポリの海軍基地のロシアの使用権を2042年まで延長した。またそのうえでヨーロッパ農業の大物に対しては耕作地の使用権を与えている。ロシアに批判的な固定観念のとりこになっている専門家たちは、文化地理学的な三角関係をウクライナとロシアとの無理矢理の結婚とみなし、綿密な分析を欠いている。彼らはプーチン大統領を強権的政治の偏狭な枠から出ないと批判するが、彼らの観点には、ウクライナを西欧社会に解放・吸収するという見方しかない。こんな精神的に麻痺した認識もまた非難されて当然というべきだ。

ロシア語の公用語廃止問題

 これまでメディアが書いてきたこととは異なるが、この不安定なウクライナの内部の均衡の崩壊は、2014年2月27日に起きたのではない。その日は、武装集団がクリミア議会と政府の支配権を掌握した日にあたるが、この劇的な事件は2月22日に大統領だったヴィクトル・ヤヌコヴィッチ氏が逃亡した出来事に対するプーチン氏からの返答なのだろう。実際には、大きな変化はこの両日の間に(正確には2月23日から27日の間)起こっている。それはウクライナの新しい指導者たちが、東部地域でロシア語の第二公用語としての地位を廃止するという常軌を逸した決断を下したことである―—その条項について、大統領代行は今日まで署名を拒否している。署名は、四つ裂きの刑にあっている者がみずから馬に鞭を当てるようなものだろう。

 プーチン氏はクリミア進攻作戦を開始するにあたって、これ以上具合の良い口実を思いつかなかった。それゆえに、ヤヌコヴィッチ氏(2010年選出)の失脚から、ロシア語住民の多いクリミアのウクライナからの分離に至るまでの抵抗運動は、ウクライナという「東のベルギー」に内在する文化的悲劇の最新の徴候に他ならないのである。

 ドネツクやシンフェロポリにおいて、ロシア系ウクライナ人は一般に、ビッグブラザーすなわちロシアのプロパガンダが言うほどには敏感になっていない。事態を運命論者的な皮肉でもって解釈することは、彼らの習い性になってしまっている。本物の法的国家に対する彼らの正当な希求、腐敗の根絶を求める声は、ガリツィア地方[ウクライナ南西部を中心とした地域。ロシア系住民の割合は低い。——訳注]のロシア系住民の思いと同じである。プーチン氏はこうしたことを全て知っている。しかし彼はまた、自分たちの言語にこだわりのあるロシア系国民が、アレクサンドル・プーシキンや「大祖国戦争」(第二次世界大戦のソビエト式名称)の記憶を、ベルナール=アンリ・レヴィの雑誌『ゲームの規則』と取り替えたりしないとわかっているのだ[訳注b]。 2011年において、ウクライナ人の38%は家庭でロシア語を使っている。ところが、2月23日に下された危険で報復的な決定は突然にロシア側の言説を本当らしく思わせることになった。すなわち東ウクライナの人々にとって、選挙で選ばれた大統領を失脚させて新政権ができたことに問題があるのではない。新しい政府の最初の決断が、まさに国民の半数に服従を強いることだからである。

「二極化」という幻想とスパイ小説

 新政権がクリミア半島を失ったのはこの日である。クリミアが1954年ニキータ・フルシチョフ氏によってウクライナに「与えられた」ことを誰も忘れたわけではなかった(下記年表参照)。この点については、3月17日ミヒャエル・ゴルバチョフ氏がロシアへの帰属をめぐるクリミア市民の住民投票のあと、次のように指摘している。「ソ連の法律に従ってクリミアはウクライナに編入されました(…)、しかし人々の意見は求められないままだったのです。今日ここの人々はその誤りを正そうと決意しています。このことは認められなくてはなりませんし、制裁を課すべきではありません(原注6)」。EUはアメリカと連携してロシアに対する一連の対抗措置を準備していたのだが(渡航の制限、ウクライナとロシアの高官の資産凍結)、この言葉によってまるで冷や水を浴びせかけられたようなものである。

 たとえロシアの目論見が正当化できるものではなくても、その動機を解明する試みは興味深いものだ。もちろんロシアが糾弾されるのは当然のことであるが。それというのも、ウクライナにとって失うものがクリミアだけですまないことになりかねないからだ。実に「礼儀正しい」ヴィクトリア・ヌーランド(原注7)も、実に「偶然に」同滞在を延ばしてウクライナをNATOに加入させようと圧力をかけている。新政権には極右民族主義政党(スヴォボダ)(原注8)の4名の大臣が含まれており、新政権の有力者のなかにはこのNATO参加案に賛同を表しているものもいる。

 おそらくロシアに関する項目の中から「冷戦」という言葉はもう取り去るべき時期に来ているだろう。こうした概念は現在の歴史の流れから外れており、世界の二極化という幻想の焼き直しでしかないような条件反射的な言説を正当化するのに役立つのみである。その良い例がジョン・マケイン氏である。彼はアメリカ共和党の元大統領候補でアリゾナ州選出の有名な国際問題専門家だが、プーチン氏を「ロシア帝国主義者でKGBのまわしものだ」とし、オバマ大統領の「弱腰」のせいで勢いづいているとしている。オバマ氏はおそらく自国民の健康保険問題に謀殺されているためだろうが、「クリミア侵攻は(…)他の侵略者たち、中国のナショナリストからアルカイダのテロリスト、イランの神学者まで勢いづかせるようになる」ことがわかっていないという(原注9)。どうすべきなのか? アメリカの元副大統領候補サラ・ペイリン氏は答える。「私たちは道徳的・知的な武装を再強化しなくてはいけません。プーチン氏の闇世界がこれ以上人類に襲いかかるのを防ぐためには」。彼女の話は、神学者たちを糾弾しているにもかかわらず神学的スタイルを乱用している。

メルケルとプーチン

 アメリカもEUも似たり寄ったりで、この危機を鎮めるどころか争いを煽っているように見える。この極端な態度から距離をおくドイツのアンゲラ・メルケル首相は(ロシア語で)プーチン氏と電話会談を行った。彼らは単に互いに声を聞き合う以上のことをした。理解し合ったのだ。ふたりは全然違う立場にいるのではないのか? いや、この機会を互いにののしりあうのではなく一歩ずつ語り合い交渉するきっかけと捉えたのである。

 いっぽうイギリス、フランス、それにアメリカでは、まるでトム・クランシーのスパイ小説と いった有様だ。ベルリンとモスクワは経済、エネルギー(ドイツの天然ガスの40%はロシア産)だけでなく、東部戦線での戦時の試練の記憶で結びついた「冷静な」都であり、両政府には《中央ヨーロッパ》の地図というものが念頭にある。今日この地域の問題の本質について実際に取り組んでいるのは彼らしかいない。ロシアに関するメルケル首相の発言は厳しいが、プーチン氏のいらだちの客観的な理由や、彼の戦術的手腕の内実をよく理解している。

 メルケル首相はこの点でヤヌコヴィッチ氏とは違うのである。ヤヌコヴィッチ氏は彼の《庇護者》プーチン氏の心理を大して理解していなかった。彼は2月28日に次のように述べている。「ロシアは行動するべきだ。私はプーチン氏を理解しているから、なぜ彼がこんなに慎重なのか、沈黙を守っているのかわからない」。この問題の根本は次の点にある。失脚したヤヌコヴィッチ氏の言動は、十分な情報に基づいておらず、長期的展望も無ければ自国民の考えていることについての考察もない。したがって彼は結局プーチン氏のことが理解できない。厳しい外見を装いながらプーチン・ブランドはそれ以上行き過ぎてはならない範囲を理解している。つまりヤヌコヴィッチ氏とは違うし、NATOやEUの無限拡張主義の支持者たちとも異なるのである。

 プーチン大統領のカードの切り方は間接的である。クリミアにおいて軍を国境に展開させることと平行して、私服の軍人を浸透させて抑止する策をとっている。それは次に法的論争の分野での巻き返しにうまく移っていこうとしているからだ。2014年3月16日のクリミア半島の住民投票とともに、半島の分離問題は今や国際法上の論議の的となっている。それにはコソボ問題の法解釈に関わる影(西洋諸国側を矛盾に陥らせている原罪)がまとわりついている(原注10)。

複合国家ウクライナという挑戦

 急務とされるのは、長期的な地政学的バランスのために対策をとり、この「変化の影響」を制御することである。言い換えれば、戦略家カール・フォン・クラウゼヴィッツの言う「交互作用」の概念を念頭に置くことである[訳注c]。理論上の決闘である戦争というものは、暴力、あるいは暴力を使用するぞという威嚇によって解決されるとした。西欧諸国の無意味な長広舌には、「不安定な変数」(原注11)に対するパニック的拒絶反応があり、その外交は反射的痙攣症状に至っている。ロシアは、国際関係には二つの力点がある、つまり二つの対応があると考えている。中国は類似の分析を行っており、国連安全保障理事会で3月16日、クリミアにおけるロシアの外交政策を非難する決議の投票には棄権した。

 2001年のアフガニスタン、2003年のイラク、2011年のリビアでのケースは、理想の幻想にとらわれた列強諸国の人道的行為の所産であったかもしれぬが、自由への軽率な熱情だったと非難されるのみである。侵攻は大きな誤りであり、他の当事者たちも自分たちの利益を守ろうと罪深い攻撃活動に手を染める。フランスのオランド大統領が言うには、3月16日のクリミアの住民投票は「偽りの投票である。なぜならウクライナの国内法にも国際法にも合致していない投票によるものである」(3月17日の声明)。しかし2008年2月17日(国連の承認を受けずに決行された軍事作戦の9年後にあたる)アルバニア人が占めるコソボ議会はセルビアの反対を振り切り、セルビアからのコソボ自治州の独立を可決した。フランスとアメリカはこれを支持している。しかしロシアとスペインは、この国際法に対する違反行為を承認しなかったし、今も承認していない。結局何もかもがこのような有様であり…ウクライナでも同じなのだ。

 三つの優先課題がウクライナを待ち受けている。すなわち、ロシアとヨーロッパとの地政学的バランス。東部住民と西部住民の文化・言語上の平等。さらに指導層の腐敗の根絶である。「民主派」であれ「親ロシア派」であれ、彼らは同じ金庫の中の金を使い、つながりのある同じ政治顧問たちを相手にしていたのである(原注12)。上のような代償を払ってのみ、領土全体が「不可侵」となるのだろう。物覚えの悪い外交筋の話とは異なって、1992年のチェコスロヴァキア、1999年セルビア、さらに2011年のスーダンで領土の保全は「不可侵」でなくなったのと同じように、ウクライナでも領土は不可侵ではないのである。

 ウクライナが直面しなければならないチャレンジとは、外部的なものでなく内部にあるものだ。社会学者ゲオルク・ジンメルが述べていたように、「国境は社会学的な結果を含む空間的事実なのではなく、空間的な形をとって表される社会学的な事実なのである(原注13)」。プーチン氏がイワン雷帝なのか[訳注d]どうかを知ることが問題なのではなく、ウクライナの指導者たちが仕事に対処する能力があることを示し、彼らが複合国家ウクライナの統一を完遂するための社会の変革者になれることを証明できるかどうかなのである。誰もが望んでいるその日にこそ、ウクライナはついにその国境を我がものにできるのである。



原注

(1) Bernard-Henry Lévy,« L’honneur des Ukrainiens », Le Point, Paris, 27 février 2014.

(2) Alain Besançon, Sainte Russie, Edition de Fallois, Paris, 2014.

(3) Steven P. Bucci, Nile Gardiner et Luke Coffey, « Russia, the West, and Ukraine : Time for a strategy – not hope », Issue Brief, n° 4159, The Heritage Foundation, Washington, DC, 4 mars 2014.

(4) Cf. Stéphane Mund, Orbis Russiarum, Droz, Genève, 2003.

(5) 1989年の「ビロード革命」をきっかけに、1992には民族言語学的な基盤に基づいて国が二つ に分裂することになった。

(6) 2014年2月17日、インターファックス通信での発言。

(7) ヨーロッパ担当の米国務次官補ヌーランドが在ウクライナ米大使との電話のなかで「EUのく そったれ…」と話した事が暴露された。

(8) Emmanuel Dreyfus, « En Ukraine, les ultras du nationalisme », Le Monde diplomatique, mars 2014.

(9) John McCain, « Obama has made America look weak », The New York Times, 14 mars 2014.

(10) Jean-Arnault Dérens, « Indépendance du Kosovo, une bombe à retardement », Le Monde diplomatique, mars 2007.

(11) ロバート・コヘイン氏(Robert Keohane)の国際関係論における認識の重要性に関する研究を参照。

(12) Cf. Georg Simmel,《Soziologie des Raumes》, dans Jahrbuch fur gesetzgebung und Volkswirtschaft,XXVII,Leipzig,1903.

(13) (13)Cf. Georg Simmel,《Soziologie des Raumes》, dans Jahrbuch fur gesetzgebung und Volkswirtschaft,XXVII,Leipzig,1903.

訳注

[a] この部分は全体の序章として、ヨーロッパの人々が昔から持っている、ロシアやウクライナ(コサックの国)に対する歴史観を背景にした憎悪・偏見・差別感情が露骨にメディアに表されるようになった様子を、戯画化して表現している。モンゴル帝国に征服された野蛮な国あるいはかつての皇帝たちの亡霊といったイメージは、ロシアがバルト海などで原子力潜水艦などを投棄した問題やクリミアの住民投票との関わりなど、KGB出身のプーチン氏ら現代の指導者達と過去の歴史上の人物達とが渾然一体となって常に陰謀を巡らせているように捉えられている。

[b] ベルナール=アンリ・レヴィはフランスの哲学者・ジャーナリスト。雑誌『ゲームの規則』を創刊。彼はこの雑誌や原注(1)などで、強烈なロシア批判を行っている。著者はこの一節でベルナール=アンリ・レヴィの論難ぶりを軽薄であると皮肉っている。

[c] クラウゼヴィッツはプロイセン王国の軍人。『戦争論』が死後出版された。この中で彼が展開している「交互作用」とは、戦争が強力行為であることから限界がなく、交戦者のいずれもが自己の意志を相手に強要しようとして「交互作用」が生ずるとしている(クラウゼヴィッツ、篠田訳『戦争論』岩波文庫、上巻、p.32sq)。筆者はこれを援用してドイツを除く西欧のヒステリックな状況 を批判し、冷静な状況分析や対応をもとめている。

[d] モスクワ・ロシアの初代皇帝。残虐な性格でロシア史上最大の暴君とされている。




激動の60年 (年表)

1954年  ニキータ・フルシチョフがクリミアをウクライナに帰属させる。

1991年8月 ウクライナ独立。

1993年7月 クリミアの自治特別法

2004年11月 「オレンジ革命」が始まり、ヴィクトル・ユーシェンコ氏が大統領になる。

2006年8月 ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ氏がユーシェンコ氏の首相に。

2010年2月 ヤヌコヴィッチ氏がユリア・チモシェンコ氏を破って大統領に選ばれる。

2013年11月21日 EUとの連合協定を拒否。キエフでデモが始まる。

2014年2月20日 キエフで流血の惨事。

2月21日 ヤヌコヴィッチ氏、反政権側とEU代表の間で交渉妥結。

2月22日 ヤヌコヴィッチ氏逃亡し、「クーデター」の宣言をする。

2月23日 議会がロシア語を廃止。

2月27日 記章をはずしたロシア兵士に支援された民兵がクリミアを制圧。

3月16日 クリミアで住民投票。96,7%がロシアへの編入を支持する。



(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2014年4月号)