クラウドファンディングの光と影

すべての製作者に及ぶ影響


ジャック・ドゥニ

(ジャーナリスト)


訳:鈴木久美子


 銀行や金融機関に行く必要はもうない。参加型融資制度によって個人があるプロジェクトの実現に出資できるようになった。文化の領域でアーティストはこうして業界や補助金の規制から解放されるのである。それで天国が訪れるのだろうか?[フランス語版編集部]





ヨーロッパのクラウドファンディング

 ペストリーとスライドが用意されている。ここはユリュール(Ulule)の朝食会、すなわち、毎週行われる説明会で、ウェブ2.0を利用した参加型資金調達の新志願者たちを対象に行われている。メニューには、クラウドファンディングのプレゼンがある。文字通り「群衆(クラウド)による資金集め(ファンディング)」だ。銀行融資や贔屓メセナに代わるこの方法は、アイディアはあるがお金のない人たちを次第にひきつけてきている。その朝、参加者は7人。一人はパリ周辺にロマ文化会館を作ろうとしている、もう一人は遊びとアートのイベントを計画しており、その隣の人はビデオ・クリップを作ろうとしている…あらゆる年代のあらゆる社会的地位の人たちがこのテーブルに集まって、自分たちの計画を実現するための資金を手に入れようとしている。

 プレゼンは「幸福なプロジェクトを叶えるための6つの基本原理」で始まる。それに続いてデモンストレーションが行われ、合間にアクセントをつける数字データとイメージを膨らませるキーワードが入る。だが大事なことは一つの原則に集約される。ウェブ上での資金徴募者の知名度の高さである。なぜなら、大きな「コミュニティ」を握る者は「友達」の心に訴えることが期待できるし、さらに友達の友達とも、そしてさらに…。

 ジョン・カサヴェテスの『アメリカの影』は、彼のラジオでの呼びかけに応じたニューヨーカーたちの資金援助のおかげで金のやりくりができたが、それから半世紀たってインターネットは可能性をもっと広げた。フェイスブックやツイッターでは「友達」の群れは当時よりもいっそう拡がっており、より身近になっており、リアルタイムで進行する。自由の女神の国アメリカは、自由の女神自体が参加型の寄付によって完成し、参加型資金集めの先駆者となった。ヨーロッパはそれ以来この傾向に追随している。クラウドファンディングは様々なかたちで、企画を抱えている人たち・起業家たちすべてに呼びかけている。おそらくもっとも重要な役割を担うのは文化領域においてだろう。最初に映画の世界を惹きつけ、今では音楽の世界に浸透しようとしている。

 ユリュールはわずか3年の間に、1000万ユーロを上回る集金と25万人の資金協力者と3000件の資金獲得プロジェクトによって、しのぎを削るクラウドファンディングの分野(原注1)でヨーロッパ最大のサイトとなった。ユリュールのスローガンは「創造、革新、連帯」である。プロジェクトで最も多く資金を集めているのが「映画とビデオ」(芸術的なものやそれ以外のもの)と「音楽」であり、「市民活動」の企画を上回る。2010年にできたキスキスバンバンク(KissKissBankBank)というクラウドファンディングのサイトは2013年11月に934万1651ユーロを5000件以上のプロジェクトに対して集め、これは「18万5903人の会員キスキスバンカーのおかげです」と発表した。

 この2つのパイオニアは双璧をなす。参加型資金調達は2012年のフランスでは4000万ユーロにしかならなかったが、2013年には8000万ユーロに達したとみられ、現在から2015年までには1億5000万、2億ユーロに跳ね上がるものと思われる。インターネット普及以前にさかのぼる法規制の改訂がこの現象の急成長に寄与したと考えられる。

 昨年9月30日に、イノヴェーション・デジタル経済担当のフルール・ペルラン大臣はこのクラウドファンディングの関係者たちを集め「柔軟であると同時に保護的な」制度を実施すると発表した。この最初の会議が目指したのは様々な形の「見返り」を区別するのが狙いで、それぞれに適合した金銭面と規約面での枠組みを提案するためである。「クラウドファンディングにモデルはありませんが、大きなグループが3つあって、集めたお金に見合うものを現物で返すもの(ユリュールが実施している)と出資分担型(アナクサゴやウィシードなどのプラットフォーム)と融資として利子が支払われるもの(プレデュニオン)あるいは非利子型(バビローン)があります」とユリュールはまとめている。

 文化領域では、海外との合作映画に賭けるクラウドファンディング・サイトがあり、貸付額に応じた報酬を受けられる投資者となるよう資金提供者に提案している。また製作支援に賭けるクラウドファンディング・サイトもあり、ネット会員は自分の援助の度合いに応じて見返りをもらう。5ユーロで裏側に名前の入ったCD、50ユーロで前述のCDとリリース記念コンサートの席、といった具合である。

 このコラボ・モデルが現在追い風を受けて成長している。そういうわけで、マイ・メジャー・カンパニーは2007年からネット・ユーザーに対してコインと引き換えに、あるアーティストの共同プロデュースを呼びかけてきたが、場合によっては金銭的見返りの提供も続けるとしている。最初からこの会社はビジネスとして成功し、有名になった。歌手のグレゴワールのアルバム『トワ・プリュス・モワ(Toi+moi)』はほとんど無名だったが389人の「ファンプロデューサー」から7万ユーロの資金援助をうけて、100万枚を超える売り上げとなった。しかしこの会社は失敗も経験しており、ビジネスの不透明さが旧来のCDレーベルに似ていることが表面化し、フェイスブック上で激しい議論を引き起こした。お金はどこに行くのか、そして誰が「投資に対する見返り」を保証するのか?(原注2)ユリュールとキスキスバンバンでは状況はより透明である。もしも、プロジェクトが決められた期間内に要求金額まで資金集めができなければ、これまでの作業を白紙に戻し、資金提供者には返金される。目標資金額に達した場合、これらのプラットフォームは集めた資金の7から8%の金額を受け取る。


アーティストとクラウドファンディング

 音楽業界がすっかり様変わりして、そこではプロダクションはもはや仕事の中核ではなくなりつつある。そんなときに、資金集めに成功したプロジェクトを掲示したユリュールやキスキスバンバンのホームページには、無名だがちょっとは知られた何らかのアーティストの名前やインディペンデント・レーベルや、領域を特化した出版社(エンターテインメントのウェブマガジン『ゴンザイ』は紙媒体にも移行している)の名前が見られる。「この傾向は加速するでしょう。映画祭もレーベルも私たちのサイトを見に来て、情報を得ます。他の大手配給会社も後れを取ってはいられません。今のところそういう会社は遠くの高いところからこちらをうかがっています」とユリュール代表の一人マテュウ・メール・デュ・ポセ氏は見ている。「一方、アーティストたちはこの機会を掴んだのです。もうだいぶ以前から彼らはラジオ放送も、あちこちに見られた看板も当てにしなくなっています」と断言する。

 将来は自分のファン・コミュニティにアピールすることが大事になるだろうと、以前から理解している人たちもいた。2007年にレディオヘッドのアルバム『イン・レインボウ』はCDの販売の前に、各自の判断で適当な金額を出して行うダウンロードとして提示されたが、無料のダウンロードにもなりかねなかった。このやり方は宣伝面、金銭面すべてで成功した。口コミによる効果が示されたのだ。

 ヘヴンリー・スイートネス・レーベルのフランク・デコロンジュ氏はすでに2回キスキスバンバンクを使って成功した。1回はマイスペース[音楽・エンターテインメント関係のソーシャルネットワークシステム――訳注]で8年前に見つけたアンソニー・ジョセフのニューアルバムのレコーディングの出張費用7500ユーロの支払いにあて、もう1回はラップミュージシャンのガッツの新譜に多くのゲストを迎えるために1万2000ユーロをつぎ込んだ。「アーティストらにとっての関心事は資金を得ることばかりでなく、ファンを巻き込むことなのです。こうすることでさらにより多くの人と直接結び付くことができるのです。一方で、信頼関係による契約は守られなくてはなりません。アーティストは一生懸命、約束したものを返さなくてはならなくて、情報に通じているファンたちを引き留めておかなくてはなりません。融資もしくは共同制作のような純粋に資金面での関係から出発して、助け合いによる一層人間的な関係になるのです」とデコロンジュ氏は語る。

 トランペッターのアルバン・ダルシュとシルヴァン・ジョブランはこうして「オルフィ・キューブ」という「音楽とアート」のプロジェクトを達成した。メタル・ロック・グループ、クローヌはヨーロッパ・ツアーに着手できたし、ブレド・ドゥ・ラヴェルはグッズを開発できたし、ドゥラーノ・オーケストラは3枚目のアルバムを出すことができた。オーストラリアの伝説的ロック・グループ、ジ・アパートメンツは20年の沈黙の後2012年の秋にパリのシアター、ブッフ・デュ・ノールでライブを行うことすらできた。一見したところすべては可能である。アメリカのクラウドファンディング・ナンバーワンのキックスターターのキャンペーンは見向きもされなくなったカタログから1960年代、70年代の旧ユーゴスラヴィアのロマ音楽のテープの復元を可能にしたほどである。

 「このようなキャンペーンはそもそも、補足として現れたのです。つまり、プロジェクトを達成するための補助手段ということです」と語るルリュールのメール・デュ・ポセ氏は慎重な様子だ。しかし、アメリカの例では逆の傾向を示すようになっている。アマンダ・パルマーはキックスターターで約2万5千人の寄付者から2012年5月にすでに要求金額10万ドルに達していたのにその12倍の119万2793ドルを集めた。クリエイディブコモン(ライセンスフリー)――知的財産権の緩和を可能にする――を信奉していたアマンダは「資金集めの方法」と題したTED(テクノロジー・エンタテインメント・デザイン)のセミナーまで開いた。

 「アーティストはしつこくお金を求めなくてはならないのです。しかしこれは貧困の表れなのです」と、コルネット奏者メデリック・コリニョンは醒めた目で語る。確かにアーティストは支払わなくてはならないし(プラットフォームに対して約8%)、しかし、さらに自分のファンとつながるために体を張らなくてはならない。――この場合には8400ユーロを得て5年越しで難航した彼のドキュメンタリーを完成させることだ。目標は達成され、13%金額オーバーするほどだった。コリニョンは、インディペンデントの立場を維持することができるクラウドファンディングに満足しているとしても次のアルバムでも同じやりかた方をしようとは考えてしない。「このやり方で、プロダクションを活気づけたしCNC(国立映画センター)の規制からも自由になれましたが、日増しに重圧となる仕事です」と語る。

 自分の「コミュニティ」の支持を得るためには、自分のソーシャルネットワークを管理しなくてはならない。誰もがメデリック・コリニョンほど才能があるとは言えない仕事だ。トゥアレグ族のロック・グループ、テラカフトはCDのオマケの本やDVDの資金を作ろうとして、苦い思いをした。2週間のキャンペーンで目標設定額の1万5000ユーロの10パーセントに到達しなかった。いわばビジネスが頓挫した感がある。特に雪だるま式の資金集めで成り立っているこのシステムでは初日が決め手となる。

 満足のいく結果がほしいなら、ミュージシャンたちは音楽の領域を出て、企業家の領域に入らなければならない。プロジェクトを打ち立て、それを実現し、さらには売れた後のサービスを確かなものにしなければならないということだ。こういう見方はあまりありがたくないが、ニューヨークタイムズのブログにアリーナ・シモン(ミュージシャン)はこう書いている。「私はアーティストになりたかったのだが、自分の顔のついた服を売らなくてはならなくなるなんて御免だった(原注3)」ミュージシャンが仕事を変えるという現実に加えて、彼女はクラウドファンディングの欠陥を強調する。口コミ型マーケティングに長けた者が、必ずしも一流のミュージシャンとは限らなくても、最も人目に触れて聞いてもらえるのはこのタイプのミュージシャンなのだ。

 古き良き音楽業界のようなところに台頭してきたこの資金調達モデルでは、アーティストとしての才能とは別の才能を受け入れなくてはならないのだ。心配はない。大きなプラットフォームにはすでに解決策がある。プロジェクトを立ち上げるに当たって必要な様々なコツを共有することだ。自分の資料をネットで公開する者もいるし、投資家としての知恵を公開する者もいるし、ビデオの才能をそこに発揮する者もいる。「産業への貢献」と呼ばれるものに似ているが、非常に手作り感が出ている。これが《クラウドソーシング》だ。




原注

(1)27のクラウドファンディング・サイトが「フランス参加型資金調達協会」の旗のもとに集まった。フランス参加型融資は1901法で規定されるアソシアシオン[日本のNPO]で、法律に則った資金調達で重要な役割を果たしている人(サイト)を紹介する目的で作られた。

(2)Cf. Sébastien Tortu, «My Major Company, le revers peu reluisant de la médaille», Le Point, Paris, 9 janvier 2013.

(3)Alina Simone, «The end of quiet music», 25 septembre 2013, http://opinionator.blogs.nytimes.com





(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2014年3月号)