マスコミとの関係が深まる


躍進する《国民戦線》


エリック・デュパン

(ジャーナリスト)

著書に『フランス旅行』(未邦訳)
(Eric Dupin, Voyage en France, Seuil, Paris, 2011),
『腐敗した勝利、そして今は?』(未邦訳)
(Eric Dupin, La Victoire empoisonnée. Et maintenant ?, Seuil, 2012)がある


訳:石木隆治


 国民戦線は自党を「反体制」の党と自負しているが、メディアから軽んじられていることには文句を言っている。しかしそうはいっても、党幹部たちは他党の多くの政治家と同様にメディアを利用しており、どこでも取り上げられるような短い決めセリフを用意している。アンケート調査が何回となく行われ、結果はいつも異論の余地ありであるが、その調査の結果を承けて国民戦線は新聞記事の大きなタイトルとなる。一方、国民戦線の人種差別的社会観は二義的な扱いを受けることになる。なお本記事は国民戦線の統一地方選での歴史的勝利の前に書かれた。(フランス語版・日本語版編集部)





 かつてジャーナリストたちが国民戦線を取り上げることを躊躇していた時代があった。それもいまや遠い昔のことになってしまった! 現在は、党首マリーヌ・ル・ペンがテレビでもラジオでも大活躍である。副党首のフロリアン・フィリポは朝のインタビューの常連で、今年1月1日の放送《ヨーロッパ1》のインタビューをも大胆にも引き受けた[フランスのテレビインタビューは大統領といえども、ジャーナリストの手厳しい追求を受ける――訳注]。2013年12月の朝のテレビ番組には4回も出演した。彼の仲間たちは、連続ニュース番組をはしごするフィリポの傾向をからかう。彼は「テレビはそこに出演しない者をいらいらさせますからね」(原注1)と反論している。

 戦略・広報担当のフィリポ氏は、自党のメディアにおける存在が大きくなっていることに満足している。しかし選挙における自党の影響力の大きさと比べるとまだ不充分だと判断している。「視聴覚最高評議会(CSA)の統計によると、前回の大統領選挙以来、私たちは放送時間の約5%を利用させてもらっているのみです」とフィリポ氏は不服である。複雑な統計を使ったこの調査によれば、彼の言い分は間違ってはいないようだ(原注2)。国民戦線の放送時間はラジオで僅かに《ヨーロッパ・エコロジー=緑の党》を下回り、連続ニューステレビ・チャンネルで断トツにトップである。しかし、一般テレビの報道番組や連続番組では、存在が薄れる。量的に言ってこの極右政党は「小党」のように扱われている。つまり、国民運動連合(UMP)や社会党(PS)より、遥かに少ない。

 こうした評価を裏付けるもう一つのデータがある。《ヨーロッパ1》付属研究所は毎月、ラジオ・テレビの朝番組に出演した政治家の出演リストを発表している(原注3)。2013年の12月、国民戦線の幹部たちは総計8回、これは《ヨーロッパ・エコロジー=緑の党》と同じで、左翼党(0回)よりは段違いに多い。社会党(66回)と国民運動連合(37回)よりは俄然少ない。だが国民戦線は「幾人もの幹部の顔を印象づけること」に成功したと喜んでいる。その顔とはマリーヌ・ル・ペン氏とフィリポ氏、代議士マリオン・マレシャル=ル・ペン、副党首ルイ・アリオなどだ。


インタビューアーのやぼな質問

 国民戦線が語り口を甘くした結果メディアでの存在観は強まったが、このことは、ジャーナリストたちに戦略的な問題を投げかけることになった。これからは国民戦線の幹部たちに、他党の政治家と同じような質問をすることが理に適っているのだろうか。実際問題としてこうしたいつもながらの問題は、正常化の方へと向かうことになった。「インタビューのやり方に文句を言うべきではありません」とフィリポ氏は言い切る。彼はメディアを充分にコントロールしている。「番組の終わる前から、AFP(フランス通信社)が何を狙っているのか分かっていますよ」と高慢に言うフィリポ氏。ラジオ放送局RTLの政治専門インタビューアーのジャン=ミシェル・アパティは、そのことに異論はない。「彼はこちらのどんな質問に対しても、主導権を取り戻せるようなやり方で答えることができます」。

 「国民戦線幹部のインタビューはもうそれほど論争的ではありません。ずっとジャーナリスムにふさわしいやり方になりました」とアパティ氏は判断し、この移行を、提起する問題設定が変わったせいだとしている。移民、治安悪化といった物騒な主題にはあまり集中することはしなくなり、国民戦線のいつもながらの議論を放棄し(例えば中絶反対――少なくとも、ダイレクトに問題にすることはなくなった(原注4))、国民戦線はもっとおだやかな討論を行うためのチケットを獲得したということのようである。

 なぜメディアは、移民・治安悪化という二つの論点にもっと集中しないのだろう? 「フランス優先」に「フランス贔屓」が取って代わったという、意味のない揚げ足取りは別として、国民戦線はこの問題については政策を変えてはいないのだが。この批評の欠如はおそらく、国民戦線の提起したものの見方があたりまえになったせいである。多数の保守層(特にフランス南部の議員のあいだに)にそうした見方が広まったせいなのだ。このテーマに関してのジャーナリストたちの不手際ぶりも、国民戦線にとっても都合がよい。2013年10月29日、ラジオ・フランス・アンテルでパトリック・コーエンがマリーヌ・ル・ペンに尋ねた。「なぜ国籍が、あなたにとってそんなに大事なのでしょうか?」するとル・ペンはこう説明した。どこの国の出身であろうと、フランス国籍の所有者がいくらか優位性を保つことを望んでもいいではないかと。

 今や国民戦線がこれまでよりも頻繁に質問されることは、社会福祉及び経済対策に関してである。しかしここでもまた、質問がはっきりしない。マレシャル=ル・ペン女史に向かいジャン=ジャック・ブルダンが使用した大雑把なやり方がある。2013年12月16日、RMC(ラジオ・モンテカルロ)のインタビューの折り、ブルダンはこう言った。「国民戦線の政策を読みますと、私は左派と共通の政策、故ベネズエラ大統領ウゴ・チャヴェスの政策を読んだような気がしました!」(原注5)。このような「ソフトイメージ」の一タイプは、ル・ペンの孫娘を微笑ませるだけの効果しかなかった。アパティは声高に自問する。「世間は我々に国民戦線の政策を細かく分析しろと要求します。しかしそれはまた国民戦線に真憑性を与えるようなものです。国民戦線の計画を批判することはそんなに簡単ではありません。与党の失敗は誰もが分かっているからです・・・」。この公然たるリベラル派のコメンテイターが、国民戦線の経済政策を批評する効能を疑っているのは、現在の状況が深刻だからである。

 こうしたことが何でもかんでもフィリポ氏を面白がらせる。「我々と対立している人々は何の戦略も持っていないのです。我が党の思想を内容で批判するか、純粋に道徳的な糾弾をするか、迷っているのです」と彼はライバルの政治家やジャーナリストについて言っている。国民戦線は、自己の主張・成功の中心となったある核心的課題において、公開論争がしかるべく行い得ないことを利用している。つまり、ユーロについてである。この主題に関する討論は稀だが、ユーロ離脱をはっきり表明できるのは同党とニコラ・デュポン=エニャンのグループのみで、孤高の国民戦線は良い結果をもたらす。フィリポ氏は回想する。「『モ・クロワゼ(原注6)』に出演していた時、他の出演者たちに私一人が対立することになりました。でも司会者のイヴ・カルヴィがうまく場を仕切ってくれて、批判者たちに答えることができました」。ユーロ離脱は「堂々巡りになって、成果を得られない討論です」とアパティ氏はやんわりと反論し、彼の言うところの「良心派グループ」を優遇しているという説を否定した。優遇は明白なのだが。


国民戦線、「普通」の存在に?

 かつては民主主義には属さないとされた党を前に、ジャーナリストたちはちょっとした罠をしかけるのだが、その罠は、国民戦線の語り口が柔らかになるにつれ、成功することが減ってきた。札つき道徳家たちの引き起こす矛盾が具合良く取り繕われることもなくなってきた。「なんでも言わせておくことはできませんからね」と2013年12月9日《ヨーロッパ1》のジャーナリスト、ジャン=ピエール・エクラバックは不服そうに言った。なぜならマリーヌ・ル・ペンが軍情報法20条を厚かましくも非難したからである・・。インターネット上の個人情報へのアクセスを情報機関に認めているので、大勢のコメンテイターはこれを自由への侵害行為とみなしているのであるが。

 ラジオでもテレビでも、国民戦線の登場による緊張は稀になった。時折緊張が走る時でも、それは国民戦線の優位に終わることが多くなった。反ファシストの若い活動家クレモン・メリックが極右の発砲により命を失った。その翌日2013年6月6日、アパティはマリーヌ・ル・ペンと、この事件の目撃者を対峙させた。目撃者は極右の襲撃者の一人が国民戦線のTシャツを着ていたと証言した。ル・ペンは激高して言った。「私があなたに責められる道理はありません。あなたは何の証拠もないでしょう」。実際、《ヨーロッパ1》が前の晩スタジオに招いた証人の発言は裏付けを得られなかった。アパティは6月11日、謝ることになる。

 国民戦線とメディアの最後のいざかいは国民戦線の政治的位置づけについてだった。マリーヌ・ル・ペンはもう充分に、ジャーナリストたちが国民戦線を「極右」の党とすることを禁じたつもりだった。法的措置をとるという脅迫めいた要求は、しかし不発に終わった。大部分のジャーナリストが「極右」という呼び名に名誉にかけて固執している。もっとも今日の国民戦線の分析にあたっては、党の歴史から言っても、その変貌から見ても、「ナショナリスト的ポピュリスム」と呼ばれる思潮を取り入れなければならないのだが(ジャン=イヴ・カミュの分析を参照されたい)。しかしこのような言葉の問題を蒸し返しても、国民戦線に引きつけられている人々を抑止する効果があると確信させるものは何もない。彼らは、ちっぽけなメディア政治世界で使用される呼称の問題などまったく興味がない。


マスコミの過熱ぶり

 「メディアは私たちに取りつかれていますよ」とフィリポ氏は笑って言う。本当に、新聞は書き過ぎだ。2013年9月14日から2014年1月7日まで、つまり4か月足らずの間に、『ルモンド』は国民戦線を8回大見出しで取り扱った。当の党はこの期間、特に危機もなかったし、重大会議もなかったのだが。他のどの政党もこのような扱いを受けなかった。8回の「一面」記事の幾つかは妙に持ち上げる色調さえあった。「国民戦線、権力獲得の旅へ」(9月4日)、「地方議会選挙でも、ヨーロッパ議会選挙でも注目の的は国民戦線」(10月11日)。

 こうした誇大な扱いは容易に説明できない。ジャーナリスティックな幻想とか、何か思想的動機とか、商業的な企みとかが混ざっているのである。モンペリエ大学の政治学講師アレクサンドル・デゼが週刊誌『ポリティス』のインタビューを受け、国民戦線を「新聞を売るための切り札(原注7)」だと評価した。ジャーナリストのダニエル・シュナイダーマンは、エドウィ・プルネルが『ルモンド』の編集長だった時代(1996-2004)、国民戦線の扱いは、論争的動機のものであったと回顧している。一方、マリーヌ・ル・ペンを起用した大見出しは、長い間『リベラシオン』に上々の売上をもたらした(死亡記事を除く)。2013年10月12日の『リベラシオン』は太文字で「100%極右」と題し、マリーヌ・ル・ペンが微笑む写真で一面を飾った。撮影した写真家は、あまりに演出しすぎているとして、この写真の採用を批判したが。

 国民戦線が1980年代初頭に選挙に登場して以来、メディアは相矛盾する態度を交互に取った。極右党の幹部たちに言葉をかけることを拒むかと思うと、次に熱狂が続いた。国民戦線はいずれの場合にも、ジャーナリストたちの当惑に乗じようと努めた。自分らが犠牲になった締め出し行為を告発したり、討論会をたっぷり利用したりしたのだ。

 メディアはここ最近、国民戦線が歓迎される未来を告げ、危険を知らせる。2012年には、幾人のジャーナリストが、あまり意味のない平板な調査を基に、ル・ペンという名を口にしたことだろう。『ヌーヴェル・オブゼルヴァトゥール』(2013年10月10日)は、政治的フィクションを物語るという点で目立った。ル・ペンの顔に、大きな字で「24%」と載せ、ヨーロッパ選挙展望の「怖しい調査」で昔ながらの読者を震撼させた。けれどもアンケート調査を厳しく分析すれば、国民戦線の抗し難い力の上昇という命題をこれほど安易に記述できないはずなのだが。

 2013年10月13日、ブリニョール(ヴァール県)の補欠選挙で、メディアのヒステリー最盛期を迎えた。アクション・クリティック・メディアグループ(ACRIMED)(原注8)による明確な分析がある。滅多にないことだが、ニュース番組BFM-TV取材部長のエルヴェ・ベルーは、このささやかな県会議員選挙がメディアに「報道されすぎ」だと嘆きさえした(原注9)。選挙民から遠く離れたメディアにとって、この過剰さはきっと、国民戦線選挙にまつわる異常さを反映するものだ。「彼らの苦情を聞くために住民に会いにいきましたよ」とニュース番組TF1 の20時放送スタッフが恭しく言う。このような住民とマスコミの間に社会学的距離があるために、どんな紋切も、そして複雑な選挙現象を理解するにはあまりふさわしくない近道も許されるのである。


国民戦線に賭けるジャーナリスト

 もっと重大なことがある。アパティは以下のように考える。「国民戦線に対してジャーナリスト界は魅了されているのです。何しろこの党だけが全てに逆らい、疲労しきった政治体制に対峙しているように見えるのですから。国民戦線はとても変わりました。右翼が変わっているのです。右翼は権力の座につかないと断言できる人がいますか? いません!」この未来の逃走線が、過剰な注目ぶりの理由を説明し、一部の者にとっては正当化さえするのである。自動的に実現するような予言の話を誰もしているわけではない。権力を奪取しようとする国民戦線に将来加担することを早くも考え、多くのジャーナリストは彼らにたいしてこれまで以上に理解を持っているように振る舞う。国民戦線の幹部たちは、こうして権力を握るにふさわしい尊厳を持とうとしていることが、彼らの戦略の中心にあることを隠さない。

 仮に彼らの理念がゆがんでいても、彼らにがっかりさせられても、メディアは作り話をしているわけではない。ロレーヌ大学政治コミュニケーション学の教授のアルノー・メルシエ氏はこう指摘する。2002年4月21日、ジャン=マリ・ル・ペン氏は大統領選挙決選投票に上った。これまでメディアにおいて過少評価されていたというのにである。しかしこの事件によって、民衆は「治安悪化」のテーマがほとばしり出るのを見た。今日、間違いなくメディアは遠回しで不安換気的な演出に屈している――ロムの追放から、執拗な税制告発にいたるまで――そのために、「国民戦線に賭ける」のである。




原注

(1)情報源の無い引用は、著者との会見に基づく。

(2) Cf. « Le pluralisme hors période électoral », www.csa.fr

(3)この統計は、少なくとも月二回登場した人物しか数えていない。http://lelab.europe1.fr 参照。

(4)ジャン=マリ・ル・ペンはスペインでの妊娠中絶の権利の見直しに満足の意を表明した。娘のマリーヌ・ル・ペンは、社会保障が赤字であるなら中絶行為の払い戻しをしないことを希望している。

(5)ブルダンはエドワール・テトロの時評欄のテーマを取り入れている。 « Le Front national ou la fusion de tous les extrêmes », Les Echos, Paris, 11 décembre 2013.

(6) Magazine de France 2 présenté par Yves Calvi et diffusé le lundi en deuxième partie de soirée.

(7) Politis, Paris, 31 octobre 2013.

(8) Blaise Magnin, « Progression du FN ? Des salves de sondages en guise d’enquêtes », 24 octobre 2013, www.acrimed.org

(9) Gilles Klein, « Béroud (BFM) regrette d’avoir surmédiatisé Brignoles », Arrêt sur images,





(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2014年3月号)