ソチ五輪:巨額の予算で黒海に雪を


ギヨーム・ピトロン

(ジャーナリスト)


訳:上原秀一


 「より速く、より高く、より強く」というオリンピックの標語は、スキー選手の活躍に当てはまるだけではない。ソチで開催される冬季五輪の予算にも当てはまる。プーチン大統領にとって重要なこと、それは、国民アイデンティティーを賞揚し、北コーカサスにおける国家権力の強さを見せつけ、ロシアが地政学ゲームの中心に戻ったことを確認することである。[フランス語版編集部]





亜熱帯の冬季五輪

 いたる所にヤシの木がある。最初に見えるのは作り物だ。ココヤシの形をした緑色の蛍光ネオン管が、空港とソチ中心部を結ぶ道路に飾られている。そして次は本物のココヤシである。海浜リゾート都市のペディメントの上に張り出していて、黒海とコーカサス山脈支脈とを分かつ薄い緑のカーテンのようになっている。「楽園へようこそ! ここはフランスのコートダジュールと同じ緯度ですから、世界一快適な気候に属しています!」と、この町に住むイゴール・シゾフさんが熱心に語ってくれた。晴れの日は年間300日、平均気温は14.5度、史上最高気温は2000年7月の39.4度……。11月でも温度計は20度を指している。訪問客は、アイスクリームを食べながら港をぶらついたり、灰色の砂利浜で日光浴したりしている。

 アブハジア自治共和国との国境からは銃撃の射程距離内にある。ソチは、昔ながらのロシアのイメージとは無縁の都市である。すなわち、この町には、北極圏の針葉樹林やウラル山脈のコンビナート、ナポレオンの退却といったイメージはない。その証拠に、この湯治場は、ソ連時代に中間層や共産党特権階級によって、さらにはスターリンによっても愛され、社会主義の成功を国外に示す大使夫人のようなものになっていた。シゾフさんは、「冷戦時代には、西側諸国の人々がソ連で訪問を認められていたのは、モスクワ、サンクトペテルブルグ、ソチという三大都市だけでした」と言う。共産圏は23年前に崩壊したけれども、それを象徴したものたちはいまだに残されている。そして、2014年2月7日から23日までの間、「ロシアの夏の都」は、一大イベントに際して、再びこの国のショウウィンドウとしての役割を演じることとなったのだ。第22回冬季オリンピックである。亜熱帯気候が招致にマイナスに働くことはなかった。

 「ロシアの国土の3分の2は、永久凍土に覆われています。なぜこのオリンピックを亜熱帯地方で開催しなければならないのでしょうか?」いささか当惑した様子で、『モスクワ・タイムズ』のイヴァン・ネチェプレンコ記者は自問する。しかし実際には、見かけによらず、この都市は、ウラル山脈やアルタイ山脈の人里離れた地域をはるかにしのいで、選択しうる最善の場所となっているのである。ソチは、クラスノダール地方政府によるインフラ整備のおかげで交通の便が良く、また、コーカサス山脈を50キロほど入れば、理想的な雪質のゲレンデを擁するクラスナヤ・ポリアナ(ロシア語で「赤の林間地」を意味する)に行くことができる。また、ソチは、プーチン大統領の個人的な選択でもある。プーチン大統領は、この都市を好むあまり、2005年から2007年にかけて国際オリンピック委員会(IOC)で候補地にロシアを残すために、相当な額の政治的資本を注ぎ込んだ。


大統領が自ら監督

 とりわけ、ソ連崩壊以降初めてのオリンピックを海と山が隣接した特別な立地で開催するというのは、技術的な壮挙である。ネチェプレンコ記者によれば、そこには、できる限り国境線を押し戻したいという熱狂的な意志が現れている。世界で最も広大なこの国が今日抱く野望に見合った驚嘆すべき追求である。この傲慢さは、様々な地政学的挑戦を再開しようという意志となって現れている。ロシアの砲弾は、2008年、ソチが以前属していたグルジアを襲った。このため、コーカサスを拠点とするイスラム過激派グループは、オリンピックの妨害を誓っている。そしてまた、この傲慢さは、桁外れな規模の建設活動となって現れている。2010年のバンクーバー冬季五輪は、持続可能な開発のムードの中で、環境に対する人間の影響を最小限にしようとしたため、《たったの》14億ユーロしかかからなかった。一方、ソチ五輪は、史上最も高額な予算を費やす大会と言われている。政治評論家のマリア・リップマン氏は、「予算は既に510億ドル(約370億ユーロ)に上っています。政府から独立した機関が調査をすれば、これよりずっと高額であることが明らかになるはずです」と指摘している。

 大型トラックや軍の輸送部隊、そして道に迷った牛たちが行き交う曲がりくねった道の果てに、オリンピックの町、クラスナヤ・ポリアナが出現する。標高600メートル。粉塵がもやのように立ちこめている。足場の前で動き回るクレーンやトラックを見ていると、これから100日以内に1万9,000室の建設が完了するとは信じられなくなる。一方、クラスナヤ・ポリアナ周辺の四つのスキー場の一つであるローザ・クトールは準備が完了している。ニッケル王のウラジミール・ポターニン氏が経営するインターロス・グループが完成させたのである。このアルペン・スキー場では、スーパー大回転やノルディック複合などの競技が行われる。このスキー場の管理責任者であるアレクサンダー・ベロコビルスキー氏は、いまだひとけのない町の一角にある事務所に籠もって仕事をしている。彼は、「ロシアの最も美しい姿を世界中に見せることができて誇らしい」と言う。フランス・アルプスで半世紀かかって開発したインフラと同程度のものをコーカサス山脈に5年で建設することができた国家の姿である。

 スケート、アイスホッケー、カーリングといった種目の競技は、ソチから50キロ以内にある海沿いのオリンピック会場で開催される。工事を請け負うオリンプストロイ社の女性ガイドは、「すべて準備は整いました。最後の掃き掃除をしています」と言って、六つのスタジアムの特徴を教えてくれた。いずれも空調が完備され、合計で7万人を収容する。中心にある環状道路を囲むように配置されている。そして、これで終わりではなく、居住施設、道路、鉄道、電力網、下水道などが続くのである。

 国際オリンピック委員会(IOC)は、2007年7月にソチを開催地に決定した。それ以来、300社以上の企業が400件の建設工事を成し遂げてきた。工事の途中にロシア連邦の各地域や旧衛星国から雇われた労働者の数は、7万5,000人に達した。工事の進み具合は芳しくないが、それはたいしたことではない。政府当局は、ロシアが時間の約束を守るために、ダゲスタン共和国とチェチェン共和国からさらに7,000人を雇用する、と発表しているからである。

 この事業のトップには、プーチン大統領がいる。彼は、長期間にわたって国家のリーダーを務めてきた(注1)。だから、オリンピックの準備を取り仕切るところから、準備の経過を見守ってそこから政治的な利益を引き出すところまで、すべて自分でやったのだと誇らしげに言うこともできるだろう。工事の進捗は、大統領が自ら監督している。プーチン大統領がオリンピック会場を訪問した回数は数え切れない。ここ数か月は、クレムリンよりも、ソチ近郊にあるロシア指導部の公邸ボチャロフ・ルチェイで過ごす時間の方が長くなっているほどである。

 プーチン大統領が使った方法は、地方において「力の上下関係」を再構築することであった。すなわち、共産主義の失墜によって無に帰していた中央政府の権力を復活させたのである。工事現場のレベルに至るまであらゆるところに、強い国家すなわち専制的な国家の姿が現れている。実際、巨額の支出は、何よりも石油の売り上げによってまかなわれている。これは、2004年にユコス石油会社を国有化し、新興財閥に属する寡頭資本家(オリガルヒ)を配下に収めたおかげである。プーチン大統領は、その手始めに、ユコス石油会社のミハイル・ホドルコフスキー社長を2004年に投獄し、昨年12月に恩赦を与えて釈放した。ポターニン氏もオレグ・デリパスカ氏も、今では政治権力に屈服し、ローザ・クトールとクラスナヤ・ポリアナのスキー場建設に赤字を覚悟で投資するよう強いられているのである。


コンクリートのジャングルと化した海浜リゾート地

 建設指示に従わない地方の責任者は、失脚する。例えば、ロシア五輪委員会副委員長だったアフメド・ビラロフ氏は、スキージャンプ場建設の遅れを理由に2013年2月に解任され、現在はドイツに亡命している。メディアも厳しく監視されている。アレクサンダー・ヴァロフ氏は、「ソチから150キロの場所で最近発生したマグニチュード5.6の地震についてさえも、報道機関は完全に沈黙を守りました」と冷ややかに言う。ヴァロフ氏は、数少ない独立系メディアの一つ「ブログ・ソチ」の創設者である。彼は、「オリンピックを批判するのはタブーです」と言う。

 ネチェプレンコ記者は、「オリンピックは、今やすでにプーチン大統領による政治的遺産の象徴となっています」と言う。確実な実行力と中央集権の組み合わせによって、今日、プーチン大統領の人気は有権者の間で確固たるものとなっている。しかし、この力強さもさることながら、ソチの近代化を強行したことによって生じた混乱も相当なものである。確かに、この海浜リゾート地は、深刻なインフラ不足に悩んでいた。シゾフさんは、「工事の恩恵には素晴らしいものがあります」と言って喜んでいる。「度重なる停電や未完成の公共交通機関、ベニヤ板でできた空港」を思い出すからである。しかし、あまりにも急いでこの静かな村を海浜リゾートの拠点に変貌させるならば、それに見合う副作用ももたらされることとなる……。ソチの評判が高まったことによって、おびただしい数の不動産業者が引き寄せられている。最近建てられた10棟ほどの高層ビルは、オリンピック期間中に見込まれる観客を収容するためというよりも、大会終了後に高額で転売するためのものになっている。

 その結果、海岸沿いの美観は完全に損なわれてしまった。共産党のルドミラ・シェスタク市会議員は、「ロシア唯一の海浜リゾート地にとっては自殺行為です」と憤慨する。それもそのはずである。2009年に採択され国際オリンピック委員会(IOC)も承認した新しい都市開発計画は、4階建て以上の建物の建築を禁じるものであった。しかし、それは初めから実現しなかった。女流建築家のオルガ・コジンスカイヤ氏は、不動産業者の収益によって財政上の利益を得るという理由で、「市の役人は、20階建て以上の高層ビルの建設計画を例外だと言いながらいくつも認可したのです。今では例外であるはずのものが規則のようになっています」と嘆く。コジンスカイヤ氏は、都市開発計画の実施を担う市の委員会の委員であったが、こうした混乱ぶりを見て2011年に辞職した。

 野党議員のボリス・ネムツォフ氏によれば、無許可建築は数百件に上り、贈収賄は慢性的でその額は全体で220億ユーロに相当する。ソチの魂は、自由放任とお目こぼしの風潮によって打ちのめされ、「あっという間にコンクリートのジャングルと化してしまいました」、とヴァロフ氏は言う。コジンスカイヤ氏は、「ロシアはいまだに1990年代の混沌の余波を被っています。ソチの美観の損壊がその最も良い例です」と語る。この建築家に言わせると、オリンピックの開催は、ポスト共産主義時代のロシアにおいては、まったくの時期尚早であった。「私たちの国には再建のための時間がなかったことはご覧の通りです」。


外国からバカンス客を引き寄せる

 NGO「メモリアル」の支部長を務めるセムヨン・シモノフ氏は、次のような見方をしている。ロシア国籍を持たない労働者は、全体の3分の1に相当する。彼らの労働条件が引き起こしているのは、工事が続くなかで生じている作業の混乱である。手狭で簡素な事務所の中で、彼は、「2013年3月から給与の支払いを絶たれている職員704人の名簿を検察に提出しようとしているところです」と教えてくれた。彼がねらいをつけているのは、怪しげな方法で建設業や公共事業に携わるロシアとトルコの企業数社である。シモノフ氏は、「就業許可を取得してやることなく外国人の臨時雇いを雇用しておきながら、不法就労を当局に告発すると言って彼らを脅すのです」と言う。こうした恐喝の被害者の中に、ウズベキスタン人の契約職員たちがいる。彼らは、1万6,000人の外国人労働者の大多数を占めている。ウズベキスタン人は、時給1ドルそこそこの薄給を強いられている。外国人労働者は、給与の支払いを求めているが、錯綜した下請け関係のせいで求めが受け入れられることはほとんどない。「オリンプストロイ社が下請け会社のやっていることをまったく知ろうとしていないということははっきりしています」とシモノフ氏は声を荒げる。この「作られた混乱」は、「できるだけ安く、最も短い期間で、世界一たくさん働かせる」という狡猾な論理に支えられているというのである。

 しかし、NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のモスクワ支部には、微妙な空気が流れている。メンバーのユリア・ゴルビュノヴァ氏は、「確かに、これらの企業は咎められるべきではあるのですが、このようなやり方は、2008年の北京五輪で私たちが告発した悪弊に並ぶほどのものではないのです」と言う。同じく、北京から追い出された人々が何百万人にも上るのに対し、ロシアで新しい住居に移転させられたのは2,000世帯にとどまる。しかも、ゴルビュノヴァ氏によれば、住居移転は、全体的にみて満足の行く条件で行われた。これは、当局の側の配慮を物語っている。しかし、それ以外のことについては、ソチの住民には、ただ黙っていることしか認められていない。権力によるこの一大芝居において、住民は、単なるエキストラの役割へと押しやられているのである。民間団体「エンヴァイロンメンタル・ウォッチ・オン・ノース・コーカサス」のメンバーであるウラジミール・キマエフ氏は、工事の最初から確認されていたはずの環境規則がことごとく破られている事実を指摘し、「ウソとごり押しだらけです」と不満げに述べた。

 閉会式が終わった後は、経済的な思惑がいっそう強く働くようになるだろう。政治情報センター所長のアンドレイ・ムキーヌ氏は、「執行部は、スポーツ設備を資本にして、ソチをロシア南部のレジャー・エリアにしようとしています」と指摘する。ソチには、国際大会に使えるゲレンデがある。また、F 1サーキットは、2014年10月に国内で初めてグランプリを招致する。そして、オリンピックスタジアムのそばにディズニーランドをまねて作られた「ソチ・パーク」があり、それに倣って複数のアトラクション・パークが建設されることになる。人々は、この夏の都をレジャーの中心地とすることを夢見ているのだ。ロシアやアジア、ヨーロッパからバカンス客を引き寄せることができるレジャーの中心地となる。プーチン大統領は、最近、新しく設けた建設・公共事業大臣のポストにミハイル・メン氏を起用した。メン氏に課せられたのは、この地の経済を発展させるという職務である。

 それというのも、今日に至るまで、収益を上げるための戦略が実際にはまったく立てられていないということを認めざるを得ないからである。ソチでホテルを経営する有力な実業家のドミトリー・ボグダノフ氏は、「毎年200万人の観光客が見込まれていますが、インフラに要した費用が見合うようにするのには足りません」と今からすでに予測している。それに加えて、ロシア経済の見通しは期待どおりではなく、中間層の購買力を高めることはほとんどできない。ソチは、黒海でバカンスを過ごすほど裕福とは言えない国内の需要と、トルコやフランスの沿海地方にとられてしまう裕福な外国人バカンス客との間で板挟みに遭っている。ロシアの国力のシンボルであるソチは、じつはただの金食い虫でしかないということにもなりかねないのである。






(1)プーチン氏は、1999年から2000年まで首相を、次に2000年から2008年まで大統領を、そしてさらに2008年から2012年までメドヴェージェフ大統領の下で首相を務めた。2012年5月に再び大統領となった。





(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2014年2月号)