無理矢理の農業合理化

ルーマニアの農村地帯で活動する

EUのエージェント


ピエール・スション

(ジャーナリスト)

訳:石木隆治


 多くのルーマニア人は自給自足スタイルの農業を営んでいる。しかし、「競争力」の名のもとに、EUはルーマニアの自給自足農業を終わらせることを決定した。ヨーロッパ化のエージェントたちは、農民たちに昔の苦労を想い起こさせながら、国内を廻っている。エージェントたちのつくったモデル農村から遠く離れて暮らす自給自足農家は、EUによる圧迫に苦しみながらも、抵抗している。[フランス語版編集部]





牧歌的風景にそぐわないEUキャラバン隊

 ルーマニア農業省の車は、ブカレストを出るとすぐにねずみ取り探知機をオンにし、田園地帯に入り込んでいった。カルパチア山脈のふもとは、パイオニア社(アメリカの大手種子会社)の目立たない看板が並び、遺伝子組み換えトウモロコシを宣伝している。「アグロ・インヴェスト」社の穀物が植えられた数百ヘクタールの畑の中央に、重工業の要、巨大な鉄鋼炉が荒れ果てた姿を晒している。このルーマニアの大手農作物加工業「アグロ・インヴェスト」社は巨大な広告看板を掲げ、ヨーロッパで最高に肥沃な黒土(チェルノゼムと呼ばれる)獲得の意欲を謳っている。「ご覧なさい」と声を張り上げるガブリエル・ガルバン氏は言う。《漁業・地域開発支払代理店(APDRP)》の広報ディレクターである。「フランスの会社がここにありますよ!」太陽に反射してキラキラ光るミシュランの工場が、国道沿いに煙突を並べている。目と鼻の先に、チョウゲンボウ(小型のハヤブサ類)が、雑草の上に腰を下ろした70歳ほどの老人を鋭い目つきで見つめている。老人は鎌を置き、本を片手に、たった一頭の牛の番をしていた。この牧歌的風景を目の前にして、ガルバン氏がつぶやいた。「彼は教養を深めているのです…」――ルーマニアの哲学者、ルチアン・ブラガの有名な言葉、「永遠は農村で生まれる」を思い出した。

 ルーマニア中心部のシェルカイアに向かう道すがら、「永遠」がぐっとアクセルを踏み込んだように思えた。「農村振興国家プログラム(PNDR)キャラバン隊が町にやって来る!」こう書かれたポスターが、市庁舎の入り口に貼られている。市内のサッカー場には6人の「EU化エージェント」が青いユニフォームに身を包み、テントの中でパワーポイントを利用して、「牧畜農家の資金調達プロジェクト」のプレゼンテーションを始めた。ルーマニアは2007年から、「欧州農業農村振興基金(EAFRD)」の恩恵を受けている。EAFRDは確信を持って、あることに積極果敢に取り組んでいる。それは、1ヘクタールにも満たない土地で、自給自足農業を営む350万人のルーマニア人を「起業家の卵」に変容させることだ。ルーマニアの農業人口は、ヨーロッパの中で飛び抜けている。労働力人口のうち農業に従事する割合は、1989年は28%であったのに対して、現在は30%に達している。社会主義の崩壊後、工業分野の収縮が「帰農」をもたらした。土地は往々にして空間的に分散しており、1人当たりの平均所有面積は2ヘクタールである。ちなみにフランスは平均55ヘクタールある。

 「さきほどすれ違った羊飼いはルーマニア農業のイメージそのものですよ。競争力がないでしょ。1人当たり5リットルの牛乳しか取れないのに、どうやってヨーロッパ市場に乗り込むんだか?」ガルバン氏は皮肉った。どうやってだって? PNDRの行うプレゼンテーションを見れば解決策が見つかる。実際、シェルカイアの住民の約30人が参加しているのだ。「オピニオンリーダーを説得するのはとっても大切なんです。シェルカイアではね、司祭様と教育者が来ました」。ガルバン氏の同僚、カタリーナ・ムサト夫人はご満悦だ。プレゼンテーションは、「経済財政上の実行目標」について、パワーポイントの画面で順を追って説明している。この説明によれば、1人の農民が、23,754ユーロ(そのうち7,400ユーロは返済不要の公的援助)の融資を受けとり、5年間で24,000キロものトマトの収穫が見込めそうだ。「融資の恩恵を受ける可能性があるのは、小規模農家じゃないの。どちらかと言えば、『農業ビジネス』を始めたい人をターゲットにしているんです」。ムサト夫人は言い切った。


起業家の悲喜こもごも

アレクサンドル・ストラムトゥさんがプレゼンの行われる会場に来ていた。31歳になるこの農業エンジニアは、完成して間もないブルーベリーの有機農園を、我々一行に熱心に案内してくれた。農園立ち上げの為の資金は、半分はEUの融資(30万ユーロ)で、残り半分は自己負担した。「借金はしたけど、僕の仕事は順調です。収穫したブルーベリーは生産物すべてをポルトガルの会社へ売却します。今度はその会社が、ドイツやチリへ輸出するんです。時々ね、僕の農園で取れたブルーベリーを近くの市場で見つけることもあるんですよ!」、と説明してくれた。「ビオなのに、地球の裏側まで輸出なんて、エコじゃないですね?」と問いかけると、「エコ? そんなのどうでもいいですよ」と返された。

 翌日、ルーマニア南部のブルラのはずれに行くと、ハディ・コウリィ氏が歓迎してくれた。コウリィ氏はハディトン・グループで30年にわたり社長を務めているレバノン人である。彼はかつての生産者農業協同組合(原注1)の建物4棟に飼われている12万羽の鶏を汚染しないように、白のつなぎを用意してくれた。そして「ようこそ私の農場へ!これ着る?」と言った。コウリィ氏は12人の経営者(ほとんどが近東出身者)と協力関係にあり、ルーマニアで消費される卵の25%を作り出している。「EUのお墨付きがなければ、銀行は見向きもしてくれないよ。お墨付きさえあれば、銀行の方から、出向いて来ますよ!」、とコウリィ氏は教えてくれた。例えば、EAFEDは農園改築のために100万ユーロを出してくれたのである。若々しい投資家は嬉しそうに話を続けた。「ルーマニアは最高です。共産党のものだった建物は、ただ同然で購入できましたからね。私は25人の従業員を抱えていますが、彼らにはわずかな給料を払えばいい。EUの助成金は大事ですね。頭が痛いのはポーランド人ですよ」。「ポーランドはライバル関係にあるのですか?」と尋ねると、「ポーランドは卑劣ですよ。ポーランドの衛生基準はルーマニアとは同じでないのに、ルーマニアよりも助成金の額は多いのです。ヨーロッパとの関係が悩みですね。つまり、現代化には金がかかるが、その点は全く心配ない。問題は、ヨーロッパの中で競争し合っていることです」。

 テオドール・ニコレスク氏はかって司法省大臣を務めた経験があり、ブルラの議員である。彼は次のように語った。「ハディトンの成功はルーマニア人にとって、一つのお手本です。EUのお蔭で、ルーマニアは競争力をつけています。ルーマニアは、自由経済が機能して、国民意識が変わるような条件を作り出しているところです」。


農村の伝統的ライフスタイルと自給自足農業

 その夜、我々一行はペンションに滞在した。この施設は、EAFRDの助成のお蔭で竣工した。常駐人はおらず、60㎡もある部屋には、大理石の風呂がしつらえてある。乾杯の席で、ガルバン氏とムサト夫人は両親の話を始めた。彼らの父親は物理学者、母親はスタイリストをしていたそうだ。「都会的」な職業のお蔭で、二人は故郷の地を離れた。とはいえルーマニアの基本的な住居形態は、依然として、家・中庭・付属棟・家庭菜園がセットの住まい、いわゆるゴスポダリェである。農業省お抱えの運転手イョン・ニャグさんは、親から譲り受けた3ヘクタールの土地を、農民に貸しているという。農民は、所属組合(原注2)の請負で、ニャグさんに借地料を払っている。「ここで耕作をするよりは、パリで物乞いする方がましですよ…」。ニャグさんはこう話してくれた。この物言いに、ペンションのコックは驚き、我々のところに飛んできた。「僕は家庭菜園を手入れするよ。豚・鶏・牛の世話もね。それなしじゃ、どうやって暮らすんだ? コックの仕事は年中あるわけじゃないし」。給仕してくれた若いウエイトレスは、運よく両親のゴスポダリェの恩恵を受けてはいるものの、シャベルを手にした仕事は決して楽ではなく、「やらなきゃいけないことが、ありすぎるの」と話してくれた。ニャグさんは、人生の幕引きは故郷で迎えたいそうだ。「やっぱり、心のふるさとだからね…」。農業に対するかかわり方が、少しずつ変化している。どの家庭でも農業労働を評価しなくなったことで、自給自足農業をやめる動きに拍車がかかっている(原注3)。

 デオドール・ビンガルザンさんは、「私は50ヘクタールの土地で自給自足農業を営んでいます」と言ったが、我々は到底信じられなかった。彼が農業を営んでいるのは、ここからさらに300キロメートル先、PNDRキャラバン隊の訪問など到底あり得ない場所である。彼の息子ルチアン君は、宿泊施設の中庭で「僕について来てください」と言い、我々を案内した。34歳の彼はエンジニアなので、うまくいけば「都会で300ユーロ稼げる」が、故郷のビンツ・デ・ジョスに残り、自給自足農業を維持する道を選んだ。牛小屋で、彼は3頭の牝牛を我々に見せてくれた。そして一番年を取った牛の乳を搾り、まだ温かさの残る牛乳をお椀に移し替えて、差し出してくれた。「これ見て。現代化の証です!最近水道を引いたんです!」。冗談交じりにそう言うと、壁に備え付けてある蛇口の水でお椀を洗った。ビンガルザン一家は家畜ふんで堆肥を作り、穀物畑に使用しており、そこで収穫された穀物は、飼育している牛の食糧に回される。「年末は、クリスマス用の豚、それに牛乳と卵があります」とルチアン君は話してくれた。

 「奴隷」労働にも等しい、こうした自給自足のライフスタイルを強いる張本人は一体誰なのか? 「EUのクソどもですよ。ここで私たちが生産しているものは、最高品です。だって、すべてビオですから…。でも西ヨーロッパの作物のせいで、苦労も水の泡だ! だって奴らの方が、助成金もずっとたくさんもらっているし、機械化も格段に進んでいるから、結局、私たちの物より安いんですよ。私はこの地で、ありとあらゆるものを生産しているのに、何一つ売れやしない。スーパーを見学してください、一目瞭然です。ジャガイモの産地は、イタリア・ドイツ・フランスですから…」ビンガルザンさんは声を荒げた。彼の次男は仕事がなく、アメリカに渡り、職を見つけざるを得なかったそうだ。ビンガルザンさんも、かつては未来を信じていた時期もあった。チャウシェスク政権の崩壊から数週間後、彼は西ヨーロッパを訪れた。ベルギー・フランス・オーストリアの最新農業を目の当たりにして、確信するものがあった。帰国後、彼は配分された各家族所有の土地を買い集め、農業機械も購入し、繁栄しかけていた。しかし、「だまされた…」ビンガルザンさんは、こうつぶやいた。


迷走する「競争力」

 まったく意外なことに、農業閣外大臣のアキム・イリメスク氏は自給自足農業の大きな利点を指摘した。「自給自足は社会的に極めて重大な役割を果たしています。大勢の国民が失業を免れることができるばかりでなく、政府に援助を求めるなんてこともありません」、ブカレストにあるオフィスで、彼はこう述べた。その一方で、この保守党幹部は、「国民の多くを市場に組み入れ、EUの援助プログラムの助けを借りながら、国民に競争力をつけさせたい」と願っている。「進歩を続けない人間は、じきにこの世からいなくなります。ほとんどが老人ですし、そもそも老人を受け入れる雇用者なんていません。自然の掟に適った解決策なのです」。しかしながら、氏が実行中の措置を数え上げるとき――投資受け入れの面積制限の縮小、土地集積による生産力強化のみを条件とした投資などである――こうした合法的「戦略」を実行した結果、すでに「30万人の直接受給者」を失っているという。こうした政策の進め方は明らかに「不自然」に思えるのだが…。

 「競争力」という言い古された表現がこの国のあちこちで飛び交っている。あたかも農業における経済技術をバックにした1960年代のフランスのようだ(原注4)。クルージュ農業科学大学の農業経済学者クリスティーナ・ポコル博士は批判的論文を発表し、その中で「ルーマニアの悪条件」を列挙した。土地の細分化・乏しい生産力・ゼロに近い機械化といったことがらである。博士はまた、テレビで紹介されたリンゴ農園を例に取り、「農地面積は広大で、100%情報化されているので、採れたリンゴは競争力があります。この国が目指すべきは、まさにこのようなやり方です」と結論付けた。

 ツィベリュ・ビリス氏は、中国とドイツを訪問したことで確信を持ち、機械化の整った大規模農業経営を試みた。彼はブラージュで、養蜂業の協同組合を立ち上げた。最新機器を使用し、200人の養蜂業者から成るこの組合は、今日年間400トンの蜂蜜を生産しているが、そのほとんどが、ルーマニア国外へ輸出されてしまう。「ルーマニア産の蜂蜜は国内では食べられませんよ。高くて手が出ませんね。『西』に住む人々の口に入るんです」、200個の巣箱を所有するテオドール・パラウさんは、こう嘆いた。仲介業者が買値をギリギリまで引き下げるので、ビリス氏は「近い将来協同組合を閉鎖せざるを得ない」のではないか、と心を痛めている。何はともあれ、この国の蜂蜜が「競争力」があるのは間違いない。キロ単価を比べると、西ヨーロッパの蜂蜜の半額なのだから。


「競争力」の生んだ皮肉な結末

 2つの現象から、ルーマニアにおける自由主義農業のパラドックスが見て取れる。ルーマニア農業は海外ではマーケットシェアを取ることはできても、国民の腹を満たすことはできず、国内で消費される農作物の70%は外国産なのである。EUによって促されたこの、自由かつ狂った競争は、投資型農業の発展を助長したのだ。その証拠に、ここ10年ほどで、約100万ヘクタール、つまり農地面積の6.5%(原注5)が海外投資家による管理に移行した。コミュニティからの助成・安価な地価・安い労働賃金のお蔭で、ルーマニアへ降り注ぐ「投資の雨」は止むことがない。2013年の年末に、ルーマニア政府は土地購入を完全に自由化するための法案を導入した。その1年前には、ダニエル・コンスタンティン農業大臣が、産業型農場の主要所有者の一人から数10万ユーロを借金したことを弁明しなくてはならなかった(原注6)。さらに彼の前任者、バレリュ・タバラ氏とステリャン・フヤ両氏は多国籍バイオ化学メーカー、モンサント社の元社員であったこと疑いもない事実である…

 利害の衝突は明らかであるし、政治路線もはっきりしている。ルーマニア政府は、国際通貨基金と2009年と2011年に結んだ協約の代わりに、20万の公務員の仕事を廃止し、公務員の給与を4分の1カットし、付加価値税を5%も増税して24%に設定した(原注7)。国内の労働市場は往々にして低賃金であり社会保障も手薄いため、人々は国外での出稼ぎ労働をせざるを得ない。出稼ぎ労働をするルーマニア人は2007年に約12%に上り、そのほとんどはほぼ資格不要の単純職種に従事している(原注8)。


創意工夫を欠いたEUの手法

 「共同農業政策」(CAP)[訳注a]は何事もなかったかのように、1960年代に西ヨーロッパで行ったのと全く同じ手法をこの国に適用している。しかし、当時の西ヨーロッパでは、自給自足の問題は解決済みであり、労働市場は、地方出身で低学歴労働者を吸収しつつあり、彼らは往々にして都市での社会的上昇を体験することになった。一方、21世紀のルーマニアはどうであろう? PNDRのキャラバン隊が提案する契約の力だ。つまり、農民は自己責任において事務所に赴き、「農業ビジネス」プロジェクトの融資を依頼しなくてはならない。この契約の力がすでに存在している格差をさらに広げている。大農場地域と小農園地域の格差、「自力で耐える」自給自足農民とヨーロッパの資金に「おねだり」できる産業的農業経営者主との格差等、だ(原注9)。ところで、PNDRのキャラバン隊は、かつて「最良農法」の唱道者達が農村を巡回したことなど、お構いなしだ。1948年には共産党の宣伝・扇動活動の幹部が「映画キャラバン隊」を組み、国内を回っていた。このキャラバン隊はソ連の映画に続いて、集産化の素晴らしさを謳った映画を上映していた(原注10)。

「身を切られる思いだったわ。殺さなければならなかったのです」。チェゼラ・フィト夫人は最近絞めた30羽近くの鶏の死骸を前にして、自宅の庭でつぶやいた。彼女はアルバ・ユリア高校の教壇に立ち、音楽史を教えている。夫のヨシフ・フィト氏はルーマニア作曲家国民協会の一員だ。彼がテーブルの上に並べたトマト・きゅうり・赤ワイン・ツイカ(スモモの実で作る蒸留酒)は、どれも自家製である。「おばあちゃん達が市場に並べている地場の採れたて野菜は、桁外れに値段が高いのよ。スーパーマーケットの野菜は手ごろな値段だけど、輸入品だし農薬まみれだもの」、とフィト夫人は嘆いた。フィト夫妻はつい最近畜産業に転身した。娘の一人もその恩恵にあずかっている。この娘さんも教師だが、月給180ユーロだけでは、生活費を賄えないのだ。EUによる圧迫の行きつく先は、自給自足の促進である。ギリシャでは、国際通貨基金による資金援助の政策が発表されてから、数万人に及ぶ市民の「帰農」が目立つ(原注11)。畑を耕す作曲家や教育者…「チャウシェスクだってゆめゆめ考えもしなったでしょうね」、とフィト氏は自嘲した。

 フィト氏は「腐った」政治家層にはうんざりで、ルーマニアのはまった轍から引き上げるために脳裏にひらめくのは「マルサス主義的衝撃」だけである。彼は次のように語った。「地球規模の天変地異が起きれば、20、30億の死者が出るでしょう。生き残った人は、それまでの社会よりもっと道徳的信条に適った国造りをするでしょうね」。同じ理由で、ビンガルザンさんも、「王政復活」を望んでいる。ラモーナ・ドミニチョイウ夫人とアツィラ・スゾックス氏はエコ・ルラリスと名付けられた、ルーマニア独自の小規模農家保護協会に所属している。なんと二人はトマトを守るための基金の設立を試みており、「皆腐敗している政治家たち」の参加は拒否している。

 汚職は周知の事実であり、「袖の下を使う」ことを得意技の一つにするトラヤン・バセスク大統領までもが、手の施しようがないと認めている。汚職のために、公共政策によって国内問題が解決するかもと考えることは不可能だ。しかし、その方がマシである。私腹を肥やすことだけが目的の政治家達にとって、公共政策は隠れ蓑になるのだから。欧州委員会は、EU資金の使い道に対してルーマニア政府に要所要所で叱責するものの、ルーマニアへ資金援助を行うという針路は変えていない。「EUに加盟したお蔭で(中略)、ルーマニアは国内改革が進み、現代化した。ルーマニア国民は恩恵を受けた」、ジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長は、最近このように 時期を得た発言をした(原注⒓)。国際通貨基金はどうかといえば、ルーマニアとの協定は「成功という名の栄冠」に等しい、と評価している(原注13)。

 政治面で「成功という名の栄冠」に匹敵する出来事といえば、かつての農業大臣ダチアン・チオロシュが、2009年に欧州委員会の農業・農村開発担当委員に選任されたことくらいだ。オロシュはこの役職ゆえに、CAPの改正の再協議に乗り出したが、ルーマニア国民にしてみれば、オロシュの選任など自尊心の源にも値しないのである。





原注

(1),生産者農業協同組合は国家的組織だったが、1991年のルーマニア土地法により、主にその資産を清算することで分割された。

(2),農業企業に関する法律は、土地の返還に続く農地細分化を抑制する目的で1991年に発令された。この法律は、数種類の形態を農業企業として許可している。例えば商事会社・家族組合・「農業企業」があり、実にさまざまな組合員によって構成される、法的に認められた存在である。

(3) Cf. Patrick Champagne, L'Héritage refusé. La crise de la reproduction sociale de la paysannerie française, 1950-2000, Seuil, Paris, 2002.

(4),この問題の適切な要約としては、フランソワ・コルソン「フランス農業の多様性に対する農業開発」(未邦訳)がある。cf. François Colson, « Le développement agricole face à la diversité de l'agriculture française », Economie rurale, n° 172, Paris, 1986.

(5) Judith Bouniol, « L'accaparement des terres en Roumanie, menace pour les territoires ruraux », Ecoruralis-Transnational Institute-Hands off the land Alliance, janvier 2013.

(6) Attila Szocs, « Scandal hits Romania's newly appointed minister for agriculture », 6 février 2013, www.arc2020.eu

(7) Mirel Bran, « La bataille des deux Roumanie », Le Monde géo et politique, 30 novembre 2012.

(8) Despina Vasilcu et Raymonde Séchet, « Vingt ans d’expérience migratoire en Roumanie postcommuniste », Espace Populations Sociétés, n° 2, Lille, 2011.

(9) Béatrice von Hirschhausen, « Les sociétés rurales roumaines face à l'irruption des programmes de développement », Revue d'études comparatives Est-Ouest, n° 4, vol. 39, Paris, 2008.

(10) Ibid.

(11) Tania Giorgopoulou, « Le retour à la terre, version grecque », I Kathimerini, 8 avril 2011.

(12) Communiqué du ministère des affaires étrangères roumain, Bucarest, 2 décembre 2012.

(13) « La Roumanie redemande une cure de FMI », Le Monde.fr (avec AFP), 16 juillet 2013.


訳注

[a] 共通農業政策とは、EU において農業補助に関する制度や計画を扱う政策を言う。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2014年2月号)