国籍法改正への厳しい道のり


アラブ女性、その踏みにじられる平等性


ワルダ・モハメド

(ジャーナリスト)


訳:仙石愛子


 政治学者、ベネディクト・アンダーソンの著書『想像の共同体』によると、国家が分析されるとき多くの場合、それは主観的な用語で表現され、国への帰属意識は情緒的領域に属するものとして認識される。つまり人は自分がフランス人かメキシコ人かアルジェリア人かあるいは日本人かは――法律的にそうである以上に――自分で「感じる」ものだ、という。しかし、このアプローチにおいても重要な要素がなおざりにされている。それは国籍が法律に基づくものであり、政治権力によってコード化されている、という事実だ。つまり、出生地主義法(単一国籍、二重国籍がある、または事後に与えるものもあり)、血統主義法(無条件、または何世代以上という条件つき)、帰化、婚姻による付与、などである。時として誰の目にも明らかな不公平ぶりを伴っているとしても、人にどのように国籍を授けるかを定めるのはその国の《自由》なのだ。[フランス語版編集部]





「ボクはなにじん?」

 「私は1996年にフランス人のギヨームと知り合いました。彼はレバノンで学びながら徴兵代わりの文官勤務をしていました。以来、私たちはずっと一緒に暮らしています」と40歳のレバノン人建築家リナ(注1)は語る。しかし、夫婦の法的関係は容易なものではなかった。「私はイスラム教徒で彼はキリスト教徒でした。民事上の結婚が存在しないこの国では私たちは結婚できませんでした。それで、キプロスに行って結婚式を挙げたのです。2000年のことです」。その後二人はベイルートへ行って、レバノンの役所とフランス大使館に婚姻届を提出した。その1年後にリナはフランスの国籍を取得したが、二人は今も《杉の国》レバノンに住んでいる。ギヨームはこの国が気に入っているが、法律的な制約が二人の暮らしに重くのしかかる。たとえば、夫は滞在許可証の更新を毎年しなければならない。「どの手続きも大変なので気が滅入ります」と、不動産コンサルタントの彼(45歳)は本音をもらす。

 2004年に長男が生まれたとき、リナは思いもかけなかった問題に直面する。「レバノンでレバノン人の母親から生まれたわが息子が、まるで外国人のように滞在許可証を必要とするのです!」レバノンは、アラブ世界の中でもクウェート、カタール、シリア、オマーン、スーダン、ソマリアと同じように、母親の国籍を子供に継がせるのを認めていないからだ。例外は父親が判明しないケースだけだ。

 現在2人の息子の親となった夫妻は、長男の次のような疑問に直面する。「ボクはなにじんなの? なぜボクはレバノンのパスポートを持ってないの?」「あなたはレバノン人よ。でもほかの子たちと同じではないのよ」と答えるのはリナにとって不条理なことだ。父親は、息子たちのことで「欲求不満をつのらせている」とつぶやく。彼らは公立学校、厚生福祉、不動産所有、起業、あるいは職業選択においても完全な権利が行使できないかもしれない。さらにこういった不安定な身分は子孫へ引き継がれるのだ。


学校教育も受けられない

 2011年、キャロル・マンスール監督のドキュメンタリー映画、『レバノンのメイド』All for the Nation.[日本では未上映。日本語タイトルは仮訳――訳注]がレバノンで制作・公開された。その中で、身分証明書すら持つことのできないゼイナブさんの人生が語られている。彼女は生まれも育ちもレバノンだが、エジプト人の父親は彼女の出生届けをエジプトの役所に出す前に亡くなった。彼女の戸籍はレバノンにもない。さらに悪いことに母親は子供たちを孤児院に入れざるを得なくなった。国籍がなくては何の権利も与えられない。公立学校で学ぶことも、何も…。

 同じ映画にエジプト人弁護士アデルが出てくる。レバノン人女性と結婚し2人の息子の父親だ。自身がレバノンから退去させられたこと、あるいはレバノン滞在許可の申請料金についても言及している。フランス人のギヨームには無料なのに、彼の場合はそうではない。滞在申請は拒否されることもある。拒否されたら、夫や父親は数日以内にレバノンと家族のもとを去らなければならない。


見せかけだけの条約批准

 アラブ連盟に加盟している22ヵ国(注2)の中で、国籍授与の問題が議論されている。親子関係、結婚、帰化、二重国籍、別の国籍を取得するための国籍放棄、出生地主義法や血統主義法などに関する問題である。《国籍法》によって最も人権を侵害されているのは女性たちである。アラブ連盟諸国は1981年に《女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(CEDAW)》(注3)を批准したにもかかわらず、施策の実行に関する第2条と、子どもへの国籍の継承に言及している第9条に関しては、ほとんどの国が保留を表明した。


外国人妻よりも地位が低い本国人妻

 複数のNGOグループが平等の権利を求めて闘っている。男性の場合は、自分の国籍を外国籍の妻にも彼女との間にできた子どもにも――どの国で生まれたかを問わず――継承させることができる。アラブ人男性と結婚した外国人女性は、外国人男性と結婚したアラブ国籍の妻よりも大きな権利を持ち、制約は少ない。

 スージー・ハリルさんのケースを取り上げよう。彼女は1977年にアリゾナ大学で現在の夫、アドナン・ハリルさんと知り合った。彼女は25歳のアメリカ人、アドナンさんはサウジアラビアのジッダで生まれ、育った。12年後二人は結婚する。生まれた息子アダム君は自動的にサウジアラビア国籍を得るが、アメリカ生まれでサウジアラビアに住んだことは一度もない。出会いから30年後、夫妻はジッダに移り住む。妻スージーさんにサウジアラビア国籍を取得する権利はあるが、彼女は手続きをしていない。「取得すれば私は有利な生活を享受することができます。私の立場は外国人男性と結婚したサウジアラビア人女性より安定しています」と自身の特権的な地位を意識しながら話す。にもかかわらず彼女は「もし夫に何かあったら私はどうなるかしら?」と自問するのだ。


光が見えてきた《国籍法改正運動》

 長い交渉と国境を超えた啓発運動の結果、一部の法律が変わった。「私の国籍運動」のお陰で《外国人》のレバノン滞在許可の更新は、もはや毎年ではなく3年目ごとでよいことになった。2012年の3月に閣議は初めてこの問題を議題に上げた。さらに、2005年と2006年にはそれぞれ、アルジェリア人女性またはイラク人女性と結婚した外国人男性は、自分の子どもと同じように国籍を持てるようになった。2008年からはモロッコとエジプトで母親が国籍を獲得できるようになった。エジプトではモハメド・モルシ氏解任後、新憲法の草案が作成され、今月、国民投票に委ねられるが、その中にこの権利が謳ってある。そして2010年にはチュニジアとリビアでも実現した。但し、「夫がイスラム教徒であること」という条件が伴う場合もある。

 《モロッコ女性民主化協会(ADFM)》の全国議長代行、アミナ・ロトフィさんは、「20年にわたる長い道のり」について語る。「こういった改正は法律や労働など全ての分野の改正、中でも《ムダワナ》(注4)という家族法典の改正を必要とします。《制度の暴力》をこの協会に通報してきたのは女性たちです」と彼女は言う。ムダワナ改正のための国王召集の委員会に覚書が提出され、2001年には聴取と大規模なキャンペーン活動が行なわれた。「保守派の壁に立ち向かうために、それまでバラバラだった協会が1つの連合体にまとまりました。私たちは2002年に『平等の春』を実現させました。つまり、私たちの『春』はアラブの春より早くやって来たのです」とロトフィさんはさりげなく触れる。1958年に作られたモロッコの《国籍法典》は、ついに2007年政府の手で改正された。運動は7年以上続いたことになる。


娘の医療費が払えない

 こういった改正はアミナさん――51歳、モロッコ人、2002年にチュニジア人男性と結婚――の人生をも変えた。二人の娘は生まれたときから重い病気にかかり大きな手術を何回も受けた。「私たちは病院に医療費を払わなければなりませんでした。というのは、娘はチュニジア国籍しか持っていなかったからです」。彼女は医療費を支払うために清掃の仕事をして体を酷使した。貧しくて破綻寸前の夫妻にとってその額は非常に大きな負担だった。娘は今や10歳である。訴えは2ヶ月かけて裁判所で審理され、娘の「ひらけごま!」はついに通じた。「私たちは今だに貧乏ですし、病気は完治していません。でも今ではこの子もモロッコ人になり、様々な権利を持つようになりました」とアミナさんは結んだ。その間、女性たちは自分たちの要請に対する役所の対応の遅さを告発してきた。マリ人の夫を持つモロッコ人母親、イルハムさんもその一人だった。

 一方、サウジアラビア、イエメン、ヨルダン、モーリタニア、コモロの各国は法律を緩和した。アラブ首長国連邦(UAE)でも2011年から、国際結婚をした女性は生まれた子どもに自分と同じ国籍を継承させることができるようになった。湾岸諸国では初めてである。その子どもは18歳になると一枚の申請書を提出しなければならない。これはサウジアラビアと全く同様である。ただし、UAEの方が柔軟である。そういった子どもたちは、原則的に誕生と同時にUAE国民としての権利をもてるようになるが、法律が常に適用されるとは限らない。また彼らの母親たちにこの法律改正を知らない場合もある。故に運動は継続される。一方、レバノンのリナは、「今年は選挙の年です。この法律が改正される好機となるチャンスです。失敗したら永久にだめでしょう」ときっぱりと言う。しかし、そう言いながら彼女は疑い始めている。この運動が選挙で狙ったとおりの正常化をもたらしたようには思われないのだ。

 クレア・ボーグラン氏は、フランス中近東研究所(IFPO)客員研究員であり国際危機グループ湾岸諸国アナリストでもあるが、彼女は次のような見解を述べる。「この数年、国籍獲得と直結した問題は最大の運動を引き起こしてきました。家族の日常生活に直接かかわってくる問題だからです。行政の立場によっては差別がはっきりと現れます。法律改正の結果もさまざまです。国籍継承のルールが改正されれば国民構成の変化に道が開かれるのです。レバノンでは問題は特にデリケートで、パレスチナ人が結婚を通して少しずつレバノン人に同化して行く恐れから、強い不安が生じています。さらに、特に湾岸諸国は、自国の文化や民族性にこだわった制約の多い引きこもり状態を称賛し、そのことを権力の正当性のばねとしているのです。それが男性に対しても、同国人どうしの結婚を奨励することにつながります。要するに、政治的威嚇なのです」。


びくともしない《家父長制》

 彼女は続ける。「コーランや他のいかなる聖典も国籍については何も触れていません。この問題に宗教的教えを持ち出すのは間違っていますが、これは非常に強力な惰性体の一ファクターをなしているのです。口実が間違っているとか矛盾しているとか非難するのではなく、むしろ、なぜそれが一定の共感を呼ぶのかを理解すべきでしょう。アラブ世界独自の《身分法典》は宗教的原理から考え出されたものです。ですから家父長制を疑問視しそれを変えようとしても、それは非常に難しいことが多いのです。男性支配の議会で決議を行なう場合は特にそうです」。

 植民地化、その時代の国境線の書き換え、戦争、その後の非植民地化、宗教(レバノン)や民族(スーダン)をめぐる紛争を原因とする社会の不均衡等々いずれの要因もこの地域・やその法律を覆してきた。多くの国が規制を正当化し、「パレスチナ人に国籍を与えれば、自分らのアイデンティティは壊れ建国に回帰する権利も侵害されるだろう」と言い立てる。こういう議論はレバノンでの国籍運動グループに非難されている。統計によると、外国人と結婚しているレバノン人女性のうち、その夫がパレスチナ人というのはわずか6%しかいないのである。

 「アラブの春」は国籍問題に影響を与えるだろうか?「夫は私のためにフランスでの生活をあきらめました。彼に国籍を与えることなど最も簡単なことでしょうに」とリナは言う。次男のレバノン入国許可証申請のため役所に行ったときの話だ。無料の申請書を提出しに窓口に行ったら、代金を支払えという。リナは職員に、「私の子どもはレバノンで生まれ、血管には私のレバノン人の血が流れ、レバノン人の私の体から生まれたんですよ。どうですか?」と詰め寄った。彼女に返ってきた言葉は「彼は外国人ですから支払って下さい」だった。法律は法律、というわけだ。






(1)一部の取材協力者は希望により仮名とした。

(2)アルジェリア、サウジアラビア、バーレーン、コモロ、ジブチ、エジプト、アラブ首長国連邦、イラク、ヨルダン、クウェート、レバノン、リビア、モロッコ、モーリタニア、オマーン、パレスチナ、カタール、ソマリア、スーダン、シリア、チュニジア、イエメンの22カ国。

(3)国連総会で1979年に採択され1981年に発効した。[訳注]

(4)Wendy Kristianasen, « Débats entre femmes en terres d’islam », Le Monde diplomatique, avril 2004.



(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2014年1月号)